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第470話

Author: こふまる
夕月はその場に立ち止まり、颯爽として気品溢れる男の姿を眺めていた。

逆光の中、涼が顔を上げて微笑みかける。

「どうしてそんなに遠くに立ってるの?」

夕月は彼に向かって歩み出しながら、軽やかに応じた。「じっくり見させてもらってるの」

「もっと近くで見ないと」涼は身を乗り出し、夕月との距離を縮めた。

一歩の距離まで近づいた二人の顔が、今にも触れ合いそうになる。

思わず息を止めながらも、夕月は彼の魅力に引き寄せられるように見つめていた。

「よく見えた?」涼が尋ねる。

「うん」夕月は頷いた。

「で、どう?」

「本当に綺麗」夕月は心からの言葉を紡いだ。「桐嶋さんは私が見た中で……最も美しい男性の一人よ」

それは偽りのない感想だった。

涼は鼻で軽く笑った。彼女は数多くの美しい男性を知っている。天野も冬真も、そして凌一も。

特に凌一は、涼でさえ危機感を覚えるほどの美貌の持ち主だった。

「俺の顔なんて、体の中で一番つまらない部分さ」涼は自信に満ちた声で告げた。

夕月の頭に、以前涼から送られた上半身の筋肉質な写真が蘇った。

頬が一気に熱くなる。

あの魅惑的な腰つきは、確かに深い印象を残していた。

夕月は軽く咳払いをした。このままでは、動揺が涼に見透かされてしまう。

彼の傍を通り抜け、執務机の向こう側に腰を下ろすと、ビジネスライクな口調に切り替えた。「桐嶋さん、本題に入りましょう」

「ん?」彼は舌先で上顎を軽くつつきながら、「今までの話は本題じゃなかったってこと?」

夕月は「……」

その魅惑的な狐のような瞳が、心の奥まで見通すように。「それとも、夕月さんは俺を見て、別のことを考えてたのかな?」

「こほっ!」

今度は本当に唾を詰まらせてしまった。

強引に話題を変える。「楼座社長は高額で桐嶋さんを法務顧問として迎えたいようですが、星月法律事務所全体の顧問料は量子科学の会計から出ることになります。

私としては、その金額は高すぎると思います」

涼の提示した金額は市場価格の三倍。夕月からすれば、法務顧問は必ずしもギャラクシーである必要はなかった。

涼は片手を机に置き、「無料でもいいよ」と告げた。

夕月は喉を鳴らした。「そこまで値下げする必要はありません」

「無料どころか」涼は続けた。「俺から夕月さんに賄賂を贈りたいくらいだよ」

夕月は
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