LOGIN梨沙は勢いよく二歩詰め寄り、信じられないという顔で尋ねた。「私を監禁するつもり?」海渡は両手を上げた。その手のひらに力を込め、梨沙の両肩を強く押さえつける。その重圧は、彼女の心まで押し潰してしまいそうだった。海渡は梨沙の耳元で、一語ずつ区切るように告げた。「君を信用して放っておくことはできない。この事業は俺にとって何よりも重要なんだ。誰であろうと、邪魔する隙は一切与えない。君がおとなしくしてさえいれば、おばあちゃんも、琉生も、望も無事でいられると約束する」乾いた音が響いた。平手打ちを受けた海渡の顔が横を向く。数秒後、彼はゆっくりと顔を戻した。口の中には、生臭く甘い血の味が広がっていた。海渡は奥歯を舌でなぞりながら言う。「......逆らうなら、その後どうなっても知らないぞ」また乾いた音が響いた。二度目の平手打ちだった。梨沙は全身を震わせながら叫んだ。「望は手術を終えたばかりよ。私は病院へ戻らなきゃならないの!私を監禁したら警察に通報するわ。監禁罪で訴えてやるから!」梨沙の肩を押さえていた海渡の指が、ゆっくりと後ろへ移動した。絹のように柔らかく長い髪の中へ指を差し入れ、突然、少しずつ力を込めて握りしめる。梨沙は無理やり顔を上げさせられた。目の前では、海渡の顔の筋肉が一つ一つ引きつっている。その形相は醜悪そのものだった。海渡は唇をつり上げた。「いい子だから、言うことを聞け。俺たちは幼い頃から一緒に育ったんだ。君に手荒なことはしたくないんだ、梨沙」声が優しくなるほど、その奥に潜む危険な気配は濃くなっていった。梨沙は部屋に閉じ込められた。正確に言えば、監禁された。足首には鉄の鎖をつけられた。鎖の長さはわずか3メートルで、どうにかトイレへ入れる程度しかなかった。海渡は梨沙のスマホを取り上げ、千鶴の番号を表示した。「おばあちゃんに電話して、無事だと伝えろ。これから数日間は俺と一緒に事業のPRをするから、そっちへは戻れないと説明して、安心させるんだ」当然、梨沙は拒んだ。海渡は笑った。「琉生がまだ病院で寝たきりだということを忘れるなよ。梨沙、まさか琉生の命を賭けるつもりじゃないだろう?」梨沙の目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。そのとき、千鶴に電話がつ
梨沙は、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。いつの間にか海渡に外されていた補聴器を見つめたまま、呆然とソファに横たわっている。頭の中を埋め尽くしていたのは――もし海渡が、彼女と真希子の計画まで知っていたら、どうすればいい?もし彼が、自分の手元に不倫の証拠があることまで知っていたら?口封じのために、殺されるのではないか?廊下を抜けてきた風が、外に舞う粉雪を連れてリビングへ吹き込んだ。その風は、梨沙の心の中にまで入り込む。全身が痺れるほど寒かった。まるで身体中に氷の破片がまとわりつき、身動きひとつ取れなくなったかのようだった。海渡は梨沙の補聴器を無造作にローテーブルへ放り投げた。乾いた音が響く。その音に、梨沙の肩がびくりと震えた。海渡は歩み寄り、手のひらで梨沙の頬をなでた。その手をゆっくりと下へ滑らせていく。やがて、親指と人差し指の間で梨沙の首を挟むように手をかけた。ただし、力はまだ込めていない。「いったいいつから聞こえるようになったんだ?梨沙、教えてくれ。何を聞いた?」梨沙の喉が大きく上下した。海渡の冷たい手は影のように首筋へまとわりつき、次の瞬間にも首をへし折られるのではないかという錯覚を抱かせる。それでも、梨沙は鼻で笑った。「怖くなったの?」海渡はかすかに笑った。「梨沙、今の君は俺の手の中だ」梨沙は尋ねた。「私を殺すつもり?」海渡は唇を引き結び、奥歯を強く噛みしめた。「そんなわけがない。君を殺せるはずがないだろう?」梨沙の顔には嘲りが満ちていた。しかし海渡は、あくまで優しい声で問いかける。「梨沙、教えてくれ。いつから聞こえていたんだ?」梨沙はもう、どうにでもなれという気持ちで答えた。「あなたが露木と関係を持っていたときよ。私を汚いって、露木はあなたと500回寝たって言ってたこと。父の命日にも、あなたは露木に会いに行ったくせに、会社で緊急事態が起きたと私に嘘をついたこと。それから、村上先生に指示して、私の補聴器に細工までさせていたこと......」一つ、また一つと罪を並べられるたびに、海渡の顔から血の気が失われていった。梨沙はおかしそうに尋ねた。「どうしたの?知られたくなかったのなら、最初からしなければよかったでしょ
梨沙は笑いながら首を横に振った。だが、今になって気づいたとしても、決して遅くはない。彼女はまだ若い。いくらでもやり直せる。家へ到着する直前、海渡が再び口を開いた。「梨沙、俺が成功してもうれしくないのか?祝ってもくれないのか?昔は、俺がどんなに小さな仕事を取ったときでも、あんなに喜んで、俺を誇りに思ってくれただろう......?」やがて家に着き、車が止まった。梨沙は車のキーを手に取ると、後ろを振り返った。その顔には何の感情も浮かんでいない。「今の飛田社長なら、祝福してくれる人には困っていないでしょう?」海渡は口元に笑みを浮かべ、人差し指を伸ばして軽く左右に振った。「君はあいつらとは違う。俺の妻だ」梨沙はドアを開けて車を降りた。海渡もあとに続く。二人は前後になってリビングへ入った。梨沙は言った。「私は病院へ戻って、望に付き添うわ」そう言って背を向け、立ち去ろうとした瞬間、海渡が彼女の手首をつかんだ。「梨沙、行かないでくれ......頼むから、行かないで......」梨沙は力任せにその手を振り払った。「望を一人で病院に残しておくなんて心配なの」しかし次の瞬間、再び行く手を阻まれた。梨沙を見つめる海渡の目には、欲望が浮かんでいた。胸に不安が走り、梨沙は慌てて彼を押しのけようとしたが、腰をつかまれてしまう。海渡は酒の勢いに任せ、梨沙をソファに押し倒した。「梨沙、もう俺を避けないでくれ......ずっと会いたかった。本当に、どうしようもないほど君が恋しかったんだ......」梨沙は必死に抵抗し、海渡の頬を何度も平手で打った。苛立った海渡は、片手で彼女の両腕をまとめてつかんだ。そのまま頭上へ持ち上げ、力ずくで押さえつける。彼の唇が梨沙の鎖骨に触れた。太ももに押し当てられた感触から、彼の欲望が高まっていることがはっきりと伝わってくる。梨沙の胃から、激しい吐き気がこみ上げた。「......これ以上、私にあなたを憎ませないで」海渡の動きが止まった。顔を上げ、おかしそうに言う。「梨沙、俺たちは夫婦だぞ。夫婦なのに、しないほうがおかしいだろう?」酒に酔った海渡は、梨沙の身体を力任せに押さえつけていた。彼女には、振りほどく隙すらない。強烈な酒の臭いと、男
柊治は大きく手を振った。そして、とうとうと持論を語り始める。「今の男はろくでもないのが多いですからね。とにかく猫をかぶるのがうまくて、結婚前はあんなにいい男だったのに、結婚した途端、別人みたいに変わったりするんです!離婚の何が悪いんですか。別に恥ずかしいことじゃないでしょう。うまくいっていないのに離婚しないなんて、自分を苦しめるだけじゃなく、相手まで苦しめることになります。俺に言わせれば、離婚も転職も本質的には同じです。今の環境が合わないから、もっといい未来を求めて次へ進む。それだけのことでしょう?」そこまで聞いて、千鶴は内心、喜びを抑えきれなくなった。指先をもじもじといじりながら言う。「そういう考え方もあるよね。それに、離婚した女性に子どもがいたら、結婚したその日から、その子にお父さんと呼んでもらえるんだよ。すてきじゃないか」いくら柊治が鈍くても、ここまで言われれば彼女の意図に気づく。笑いながら尋ねた。「千鶴さん、まさか秋谷さんを私に紹介しようとしているんですか?」千鶴は少し気まずそうな顔をした。軽く咳払いをしてから答える。「いやだねえ、ちょっと言ってみただけだよ。梨沙はまだ離婚していないんだから。でも、もしもの話だよ。もし梨沙が離婚したら、紹介してもいいかい?」それを聞いた柊治は、横目で礼都をちらりと見た。そして臆面もなく答える。「もちろんです。秋谷さんは美人なうえに、あれほど優秀な方ですからね。断る理由なんてありませんよ!」そう言いながら、柊治は礼都に向かってしきりに目配せした。「兄さんもそう思うだろ?」礼都の冷えきった視線が柊治を射抜いた。柊治は思わず首をすくめる。礼都はさっさと立ち上がると、バルコニーへ出て唐沢に電話をかけた。「事務局と交渉して、土岐グループの入札書を取り下げろ」それを聞いた唐沢は息をのみ、声を潜めて思いとどまらせようとした。「それは......入札はすでに締め切られています。今になって入札書を取り下げれば、入札保証金が返還されないだけでなく、場合によっては信用記録にも傷がつきますよ!」礼都は眉をひそめた。「だから、事務局と交渉しろと言っている」さらに一言付け加える。「どんな代償を払っても構わない。金ならいくらでも出す」唐沢は
梨沙の脳裏に浮かんだのは、先ほど明里が口にしていた「アキタニ」という工房の名前だった。名前をそっくりまねただけではない。どうやら、工房の場所まで同じにしたらしい。梨沙は思わず笑った。「相手も花火のデザイン工房なの?」初香が声を上げた。「そうです!どうして分かったんですか?」梨沙は笑いながら教えた。「相手の工房名が『アキタニ花火工房』だと言ったら、もっと驚く?」初香は叫んだ。「信じられません!!!」エレベーターのドアが開いた。梨沙は外へ出て、病室へ向かいながら続けた。「その工房のオーナーが露木明里、つまり飛田にいた元秘書だと言ったら?」初香は、もはやどんな悪態をついても、胸の内の驚きと怒りを表しきれないと思った。腹立たしそうにまくし立てる。「うちの工房が飛田から独立したのは、その露木明里がデジタル花火をやろうとしたからじゃないですか。ようやく独立できたと思ったら、今度は見よう見まねで伝統花火を始めるなんて......梨沙さん、あの人は絶対にあなたを狙ってやってますよ!」梨沙は笑った。その声は水のように柔らかく、少しも腹を立てていないように聞こえる。「気にしなくていいわ。みんなは今までどおり、自分たちの仕事をして。工房を開くなとは言えないんだから、これからはお互い実力で勝負すればいい。あとで白澤さんが花火を届けに来るから、20分後に柳たちと下へ降りて、建物の前で待っていて」初香は返事をした。「梨沙さん、そろそろ私たちも倉庫を借りたほうがいいですよね」梨沙も、それが頭の痛い問題だと思っていた。少し考えてから、工房全体の事情を踏まえて答える。「市街地で花火を保管する倉庫を借りるとなると、関係各所の許可が必要になるし、審査基準も厳しいの。消防設備にも高い基準が求められるし、保険料も高くなるわ。私も最近ずっと悩んでいたところなの。うちの工房から白澤さんの花火工場までは、1時間半くらいかかるでしょう?あとで白澤さんと相談して、これからはもう少し早い時間に届けてもらえないか聞いてみるわ」初香はうなずいた。――病室には、柊治が望の見舞いに来ていた。望へのプレゼントとして持ってきたのは、今回も高さ1メートルもあるフィギュアだった。望はすっかり気に入り、手放そうとし
中から物音がしなくなるのを待って、礼都が病室のドアをノックした。梨沙はすぐにドアを開けた。「土岐さん、お目覚めになったんですね」礼都は軽くうなずいた。その目には、夜の闇のような深い色が宿っている。「千暁から、望が目を覚ましたと聞いた」梨沙の顔がぱっと輝いた。急いで礼都とともに集中治療室へ向かう。千暁は集中治療室の中で、望を入念に診察していた。異常がないことを確認すると、望は一般病棟へ移された。ベッドに横たわった望は、小さな頭を傾けていた。全身麻酔の影響でまだぼんやりしていたが、それでも懸命に目を開け、梨沙の指に自分の指を絡ませている。千暁は梨沙に説明した。「人工内耳の音入れは、一週間ほど後になる。傷口が完全に治るのを待つ必要があるので。埋め込んだ人工内耳は現在、世界でも最先端の機種。耐久性も十分にあるので、ご安心を」梨沙は何度もうなずいた。しばらくして、千鶴と秋子がやって来た。二人は果物を提げている。秋子はにこにこしながら梨沙の前まで来た。「このスープは、私がちゃんとそばで見ながら作ってもらったんだよ」梨沙は親指を立てた。褒められた秋子は、すっかり上機嫌になった。そのとき、雄飛から電話がかかってきた。梨沙が必要としていた年越し用の花火がすべて完成し、最後の便も今朝、工房へ届くという。梨沙は確認に行かなければならなかった。まず望に声をかけ、それから千鶴に望のことを頼むと、慌ただしく病室をあとにした。ところが、思いがけずエレベーターの中で、また明里と出くわした。梨沙は、自分と明里の腐れ縁は、まるで小説の筋書きのようだと思った。エレベーターの中には二人しかいない。正面の扉は鏡のように磨き上げられており、互いの一挙一動を監視するにはうってつけだった。梨沙は前だけを見つめていた。一方、明里はずっと梨沙を見つめている。彼女のほうから声をかけてきた。その顔は血色もよく、晴れやかな笑みを浮かべていた。「梨沙さん、私たちって本当に縁があるよね」梨沙はちらりと彼女を見た。「縁なんて感じないけど。災難続きだとは思ってるわ」明里は腹を立てることもなく、続けた。「ちょうどお話ししたいことがあった。彼が私のために工房を一軒用意してくれたので、いろいろ考
梨沙は食事を作り、望と二人で夕飯を済ませた。食後、望は窓辺に張りつき、きらきらした目で夜空を見上げる。「ママたちが設計した花火って、今日打ち上がるんだよね?」梨沙は花火デザイナーだ。飛田傘下に自身の花火工房を構えている。三か月前、都市中心広場の花火演出コンペを勝ち取り、チームと共に三か月もの歳月をかけ、何度も試験を重ねて完成させたのが、「天の川を君に」。その花火が、今夜――大晦日の夜に、初めて夜空を彩る。梨沙は望の前にしゃがみ込み、優しく問いかけた。「望、広場で花火見ようか?」望は勢いよく頷いた。ちょうどその時、梨沙のスマホが鳴る。画面には「夫」の一
昨夜、レストランで自分を助けてくれた男だった。まさか彼が土岐家の人間だったなんて。梨沙は慌てて二歩ほど前へ出る。だがボディーガードが即座に立ちはだかった。梨沙は焦ったように声を上げた。「土岐さん、少しお待ちください!」その声に、男がゆっくりと横を向く。深い瞳には、他人を見るような冷たい温度が滲んでいた。伏せ気味の目尻は鋭く、淡々としていて、静かに梨沙へ視線を落とす。彼が軽く手を上げると、ボディーガードたちは拘束を解いた。梨沙の澄んだ瞳に感謝が浮かぶ。彼女は急いで男の前まで歩み寄った。頭上から落ちる影に包まれた瞬間、梨沙はようやく気づく。この男
オークション会場の入口。きっちりと制服を着込んだ受付係が手を差し出した。「招待状とVIPカードをご提示ください」梨沙は淡々と言う。「梨沙です。飛田海渡の妻です」受付係は眉をひそめ、値踏みするような視線を梨沙の顔から裾へと滑らせた。「飛田様とその奥様でしたら、三分ほど前にすでに入場登録を済ませていますが」梨沙は眉を寄せる。「彼に電話してください」受付係は口元をわずかに歪めた。斜めから見下ろす目には、露骨な揶揄が滲んでいる。「飛田様は今、奥様とご一緒ですので。わざわざ気分を害するような真似はしたくありません」この業界では、こういう話など珍しくない。
スマホをしまい、梨沙が振り返った瞬間だった。ふいに足元から力が抜け、その場に倒れ込みそうになる。身体の奥深くから、じわじわと熱が込み上げてきた。骨の隙間から這い出してくるような熱。それに伴う、どうしようもない渇望と空虚感。梨沙の脳裏に、天音が渡してきたスパークリングワインがよぎる。――酒に薬を入れられていた。おそらく、指示したのは天音の祖母だ。梨沙は深く息を吸った。個室へ戻る気は、一瞬で失せた。もし戻れば、海渡と――そう思っただけで吐き気がした。汚い。梨沙は迷わず踵を返し、ふらつきながらレストランの外へ向かって走る。その時、派手なアロハシ







