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№02・魔王の名刺・上

last update publish date: 2026-09-04 21:54:51

「おっはよ」

「……おはようございます」

「……なにやってんの?」

 翌朝、約束通り酒場にやってきたメルランスは、南野の姿を見ていぶかしげな顔をした。

 それもそのはず、南野はせっせと酒場の床をモップで磨いていたのだ。

 モップにもたれかかって、南野はぜいと疲れたようなため息をついた。

「昨晩はこの酒場の物置を借りました。その対価として、雑用を任されたんです」

「あー、そういうこと」

「雑用! モタモタしてんな! 次は芋の皮むきだ!」

「は、はい! ……ってことで、出発はちょっと待ってください」

「別に構わないけど」

 メルランスはその様子を見ておかしそうにしながら、カウンターのスツールに腰を下ろして南野を待った。

 ……二時間ほど後。

 芋の皮むきと皿洗いを経て、ようやく南野が解放されたときには昼時になっていた。

「お待たせしました」

「ずいぶんこき使われたもんだね」

 にやにや笑いながら、メルランスは南野が席に着くのを待った。

 本当に、この女の子に頼っても大丈夫なのか……?

 素性も知らない、名前と姿を知っているだけの少女がなにを考えているのか、南野には見当もつかないというのに。

 不安に思いながらも、南野は話を切り出した。

「それで、ふたつ目のレアアイテムなんですけど……」

「どんなの? どんなの?」

 わくわくと目を輝かせながら、メルランスは南野が開いて見せたレアアイテム図鑑の二ページ目を覗き込んだ。

「…………『魔王の名刺』…………?」

「魔王でも名刺なんて持つんですね。これって難しいアイテムなんですか?」

 凍り付いたように動きを止めるメルランスに、南野はなんの気なしに尋ねてみた。

「……あの……メルランスさん……?」

「…………やっぱ、あたし下りようかな」

 だらだらと冷や汗を流しながら、とんでもないことを口走るメルランス。ここで下りてもらっては困る。

 南野は説得するような口調で問いかけた。

「そんなに難しいものなんですか?」

「バカ! 難しいなんてもんじゃないよ!」

 急に大声を荒らげられて、目を白黒させてしまう南野。

 メルランスはさらに追撃する。

「魔王だよ魔王!? わかってんの!? すべてのモンスターの王様だよ!? 魔王討伐のために何人の勇者パーティが行方知れずになったと思ってんの! 人間の村は焼き払うし、ひとは食うし、ものすごい魔法使ってくるし、この世の諸悪の根源だし、ああもう、とにかくヤバいの!!」

「いや、でも……」

「なに!? なんか秘策でもあるっての!? あるなら言ってみなよ!」

 腰が引けている南野に、目を血走らせたメルランスが詰め寄る。なだめるように両手を上げて、南野は小さく答えた。

「……もう、アポ取っちゃいましたし……」

「は? あぽ?」

「アポイントメント、面会の約束です。今朝この宿の伝書鳩を借りて手紙を書きました。ビジネスにはアポが不可欠ですからね、いきなり押しかけても先方も困るでしょうし」

「は……? はぁ……??」

「いやぁ、意外とすんなり取れて安心しましたよ。先方も歓迎してくださってるみたいですし。これは手ごたえありますよ」

「魔王が!? 歓迎!?」

「ビジネスですからね、商材はなんとか用意できましたし、名刺をいただくくらいならどうにでもなるでしょう」

「え、ええ……?」

 混乱の表情を浮かべるメルランスをしり目に、南野はさくさくと立ち上がってレアアイテム図鑑に片手をかざした。

 いざ、商談のとき。

 くたびれたネクタイを、きゅっと締め直しながら、

「さあ、アポの時間までもうすぐです。10分前行動、ビジネスマナーです。行きましょうか」

「ちょ、ちょっと……!」

 まだ事態についていけていないメルランスの手を引いて、南野はレアアイテム図鑑にぴたりと手を置いて、目を閉じた。これでレアアイテムのもとに自動的に転送してくれると『緑の魔女』は言っていたが……

 ぐいん、とからだを引き延ばされるような感覚のあと、足の裏に地面の感覚。

 目を開くと、眼前には街の城壁よりもずっと堅固な壁がそびえていた。昼間のはずなのに空は暗く、見た目がグロテスクな生き物が飛び交っている。

 辺りの植物も毒々しい色合いをしていて、その茂みからは赤く光る無数の目がこちらを観察していた。

「なるほど、ここが魔王城……」

「ああああああああ! 来ちゃったよ! あたし帰る! 帰して!」

 頭を抱えて祈るように緑色の空を仰ぐメルランスに、南野はちょっと困ったような顔で告げる。

「そうは言っても約束しましたし。メルランスさんには、俺のお手並み拝見していただきます」

「殺される! 絶対殺されるから! ああ、あたしまだ若いのに! 将来有望な冒険者なのに! これからばんばん稼いで稼いで稼ぎまくってやるつもりだったのに! こんなわけわかんない白髪頭のせいで!」

「なに言ってるんですか、ビジネスですよ? 殺されるわけないじゃないですか。そりゃあ、殺されるよりも辛い時間になるかもしれませんけど……」

「ひっ!? 拷問なの!? 拷問されるの!? その上凌辱されたりするの!?」

「まあ、商談が成立しなかったときの空気感は拷問であり凌辱でもありますけど……」

 いまいち話がかみ合わない。これは単なるビジネスなのに、なにをそんなに騒いでいるのか。

 なおもぎゃんぎゃんわめくメルランスを置いて、南野はさくさくと歩を進めて城門を叩いた。

「すみませーん! 13時にアポを取っておりました、石垣商事の南野アキラと申しますが!」

 なにもおかしいことはない。普通の商談だ。

 受付らしいところで来訪を告げる南野には、どこにも臆する様子などないのだった。 

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  • 南野コレ式!~蒐集狂の無能営業、レアアイテムコンプするまで元の世界に帰れま100~   №01・レアアイテム図鑑・5

    「じゃあ、元の世界へ返してくださいよ。俺は帰らなくちゃいけないんです。残してきたものがあるから」 送ることができたのならば、返すこともできるだろう。 何の気なしにそう言った南野に向かって、緑の魔女は玉虫色の瞳を輝かせた。「ほほう、家族でもおるのか?」「そんなもののために帰るわけじゃありません」「『そんなもの』か。お主、なかなか変わっておるの」 緑の魔女は、そこで一口お茶を口に運んだ。なんとなく焦らされているような気がして、南野は尻の据わりが悪くなった。 それから、ふう、と小さくため息をついて言葉を継ぐ緑の魔女。「ことはそう簡単なことではないのじゃよ。まず、時間がかかる。返す側は送る側のように気が付いたらすぐに返せるわけではないのじゃ。魔力を蓄え、最適なときを待ち、ときが来てようやく返すことができる」「けど、それって浦島太郎みたいに向こう側の時間が百年くらい過ぎてるなんてことは……?」「うらしまたろう、がなんなのかはわからぬが、その可能性はある。ときの流れ方が違えばそういうことも起こるじゃろ。逆に、向こう側の時間が一秒程度しか過ぎていないということもある」「そうであることを願うばかりです……」「こればかりはどうしようもないからの。問題はまだまだあるぞ。お主も『跳躍力』を蓄えねばならぬ」「ちょうやくりょく……って、ジャンプするちからのことですか?」「もちろん物理的に跳びはねるちからではないぞ。時空と時空の壁を飛び越えるちから……簡単に言えばこの世界の魔力じゃな。この世界になじみ、呼吸とともに魔力をからだに取り入れなければならぬ。その『跳躍力』がなければ元の世界には帰れぬ」「……あの、どうすれば?」 話が難しくなって頭がこんがらがってきた。 とりあえず対処法を聞くと、緑の魔女は事もなげに言ってみせる。「簡単じゃ。この世界に身をゆだねる覚悟をすることじゃ。そしてこの世界に受け入れられること。さすれば魔力はからだを巡り、お主の『跳躍力』は増していく」 『緑の魔女』は、そこでトンボを捕まえるように南野の前でぐるぐると指先を回した。見ていると、同じような動きで目が回りそうになる。「この世界を拒絶してはならぬ。この世界の住人であることを受け入れよ。無理に帰りたいと思うな。もっとも、来てすぐのお主にはなかなか難しかろうが」 たしかに、南野は

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