約二十五年前、世界唯一の魔法国家であるフィオレニア王国は避妊と堕胎を禁じた。
魔法士の減少による兵力の低迷が主な理由として、国民に説明された。母数を増やすことにより、突発的な魔力を持ったものを含めて国力にしてしまおうと考えたのだと。しかし時が経つにつれて、国王の本当の狙いを国に住む民が皆知る羽目になった。 急激な人口の増加に伴う、孤児の増加―――貧困の差が激しいこの国では子供を育てきれず、孤児院に預けるものが後を絶たなかった。魔力さえ持っていれば国から補助金が出るがそんな幸運はほとんどなく、次第に国営の孤児院どころか、貴族が慈善活動として経営している孤児院すら逼迫してしまい溢れる事態へとなった。 そして―――孤児は奴隷という商品として、国の主な産業として発展していくこととなる。***
燦々と太陽が高く昇っている。北部出身であるイリスにはひどく熱気が篭って辛く、今にも倒れてしまいそうだ。
フィオレニア王国は花が多く咲き誇り、神の寵愛を受けた島国として知られている。遥か昔、円形の島国だったそうだ。幾度となく繰り返された魔法士同士の戦争によって東と西の領土は陥落してしまった。現在は縦長の国土を持ち、北部、中部、南部として領域が分かれていた。 北部は貴族や芸術家も多く、フィオレニアの名の通り豊かな自然に囲まれており、一年中過ごしやすい気候だ。しかしイリスが足を踏み入れた南部は貧しい人も多く、様々な熱気が篭っている。 イリスは奴隷船に乗るため、港の奴隷市場へと足を踏み入れた。 襤褸を纏ったイリスは他の奴隷と共に列に並ばされ、逃亡を図らないよう首と足を前の奴隷、後ろの奴隷へと枷を繋がれている。身体を動かす度に、しゃらん、しゃらんと鎖の音が響いた。 靴なども履かせてもらえず、足の裏に石が刺さって痛い。徹底的な逃亡対策は、この二十五年間で積み重ねられたものだ。この港の奴隷市場が最期のチャンスであった。 奴隷船に乗ってしまえば、糞尿が塗れた劣悪な環境で他の国へと輸出される。海の氾濫や環境に耐えられず亡くなる者が多いと聞く。 「さあ、さあ!見てらっしゃい!お気に入りの奴隷がおりましたらお声かけくださいな!」 奴隷商人の明朗な声が複数響いた。国の商品として奴隷を売るよりも貴族や芸術家などの金持ちに奴隷を売った方が利益になるのだと、生き別れた弟が言っていた。そのため奴隷商人たちは商売魂を見せつけ、大きく高らかに声を張っている。 人間が敷き詰められたような場所では、どれも同じに見えるだろうに。道の端に奴隷は並べられ、その中央を貴族らが見世物小屋のように通過していた。 「やあ、商人さん―――今日もお元気そうで何よりだよ」 不意に少年の声が響いた。咄嗟に俯きかけていた視線を上げると、シルクハットにスーツ、杖という上流貴族の三点セットを身に纏った少年がイリスを請け負っていた奴隷商人に話かけていた。 「これはこれはメディチ侯爵、貴方様も姿変わらずお元気そうで」 「ああ、ようやっと最近趣味のサーカスが軌道に乗りそうだ、国王様もお喜びだよ」 「それはそれは。どうです?うちの奴隷なんかも、北から南まで美男美女を揃えておりますゆえに玩具としてもご利用いただけますよ」 「私にその趣味はないのだがね、見させてもらうよ」 下卑た笑みを浮かべた商人をあしらいながら、メディチ侯爵と呼ばれた少年は整備されていない地面を踏みしめた。こつ、こつと革靴の音が響く。集団的な緊張が走る―――最期のチャンスを掴み取れる奴隷がいるのかもしれない。恐怖で、上昇していた視界が下がった。 ふと、目の端に高級そうな靴が止まる。 「ふむ」 少年のまだ喉奥の上澄みが残ったような声が耳に入る。そして、視界の端でステッキが動いた―――途端、顎に衝撃が走り顔が上がる。杖によって無理やり顔を上げられたのだと理解するのに、数秒を有した。 「商人、この奴隷の名は?」 「なんと侯爵、お目が高い。そやつは言葉が喋れずにおります奴隷で、名前がはっきりとしません。知能も少し遅れ気味で文字も書けませぬ。しかし、近頃こういう輩や奇形などが貴族様の中では大人気でございます」 燦々と照らす太陽が翳って、貴族の彼に影を落とす。薄暗い中で、少年の瞳はひどく鮮明に赤く光った。瞳に捕らえられる。「なるほど、口が利けないのだな―――それは好都合だ、これを買おう」
にやりと歪んだ口元が、確かにその言葉を吐いた。イリスの瞳は大きく見開く。
「かしこまりました!すぐに鍵を持ってきます」 「必要ない」 駆けようとする奴隷商人を引き留めて、少年は勢いよく杖の先を土の地面に叩きつけた。直後、しゃらり、しゃらりという音と共に、鎖が引きちぎられたかの如く枷が外れ、地面に砂のように流れ落ちた。 イリスは力が抜けて、その場に座り込む。 「どうした少年。そのような顔をして、随分と間抜けじゃあないか。誇れ、お前は私に見染められた。この国で解放奴隷として生きることができるのだぞ―――ジラソーレと名付けよう。お前は今日からジラソーレという名のもとに太陽に向かって生きることを誓え」 淡々と愉快そうな口調で語られる侯爵の言葉に、イリス―――ジラソーレは小さく頷いた。レンガ造りの、近代的な機械が立ち並ぶ工場内。耳を劈くような金属音に、咄嗟にジラソーレは耳を塞ぐ。二日間の旅路で平衡感覚を失った身体を翻して、背後にあったサーカステントを見やった。入り口の幕が大きく捲られており、何人かの団員が天井にある”ナニカ”を取ろうとしている姿が視界に飛び込む。入り口付近ではメディチ侯爵ともう一人、黒い前髪で左目を隠した青年―――ソッフィオーネが言葉を交わしていた。 目的地のベッナには、魔法石を点検する整備施設がある―――ソッフィオーネはサーカス団『フィエスタ』専任の整備士であり、普段は魔法士が利用する武器整備を行っている。「うわぁ~、僕、魔法科学を利用した武器なんて初めて見た」 スリジエは壁に立てかけられた武器を眺めながら感嘆の声を零した。団員たちは各々好きに過ごしていて、工場の敷地内に隙間なく収められたテント群の中で過ごすことを選ぶ人もいれば、ジラソーレやスリジエのように工場見学に赴く者もいる。 ジラソーレは退屈の溜息を吐きながら、ダフネがいないかと疎らに散った人の中から彼を探す―――その視界を遮るように薔薇が咲いた。「誰をお探しネ?」 アルレノだ。目の前の手を弾いて、彼に視線を向ける。燦々と降り注ぐ太陽が彼の髪に吸収されて、茶髪の中に潜んだオレンジ色を濃く示している。スリジエとはまた違った色合いのグリーンアイズに、不機嫌そうなジラソーレが映り込んでいた。『べ つ に』「ダフネならアソコにいるネ!」 アルレノはそう言うと、工場の入り口とは真反対―――ジラソーレの後ろを指差す。アルレノの指先を辿って視線を流すと、ココア色のウォーキングドレスに身を包んだサクラと白シャツに鈍い茶色のスラックスを身に纏ったダフネが、機械の隙間から見えた。彼の髪の毛は美しく整えられており、おそらくサクラが整髪したのだろう。 もやり、と黒い靄が湧き上がって、胸の奥でつっかえる。ジラソーレは眉根を寄せて、工場の床を蹴った。アルレノの驚愕の声が耳を通過したような気がした。ダフネのもとへと駆けると、後ろから子供のように勢いよく抱き着く。「うおっ、誰―――なんだ、ジラソーレか」「あら、可愛らしいこと。ダフネに会えなくて寂しくなっちゃったのよ」 サクラの言葉を耳の片隅に置きながら、うりうりとジラソーレは彼の背中に額を押し付けた。ダフネは困惑の息を漏ら
随分とすっきりとしたテントの中に入ると、ジラソーレはベッドに腰かける。スリジエも同じく隣に腰かけた。シーツを撫でながら、昨晩の彼の言葉を思い出す。『君にかけられている魔法はひどく古くて強力な魔法だよ。昨今の魔法士弱体化に伴った技術力の低下の中じゃ、それを不治の病だと思ってしまうのも無理はない―――僕だって、その刻印を見ていなかったら気付かなかったし』 スリジエは薄暗いテント内で、肌に橙色を灯しながら朗らかに笑った。ジラソーレが眉根を寄せながら怪訝そうに首を傾げると、彼は顎に指を添えながら言葉を連ねる。「その刻印はあの大魔法士”アルクス”が開発した魔法につけられるものだよ。君の周囲にそういうのに詳しい人はいなかった?」 否定。「ふぅん、なるほどね。こんな高度な技術を使える人間、僕も会ってみたいなぁ」 再度、首を傾げる。「―――この魔法はね、かけた人間の魔力を少しずつ奪っていくものなんだ。だから”呪い”をかけた人間は、今もずっと魔力を奪われ続けている。そもそも僕みたいに魔力の少ない人間…いや、多分、相当ベテランの老魔法士くらいじゃないと実現さえ不可能な魔法なんだ」 僅かに息が漏れた。ジラソーレは目を見開きながら、蜂蜜色の視線でゆらゆらりと空中に絵を描く。 この症状を発症したのは齢十歳のことだった。情報と人間との関わりを遮断された屋敷の中、魔力を持った人間は弟であるジャッジョーロとジラソーレもといイリスだけ。 可能なのは―――弟だけだ。だけれども、あまりにもスリジエの言う人物像と異なり、そっと走り出した思考を否定するように首を横に振る。頭がどうにかなってしまいそうだ。双子だったのだから、弟も同じく十歳のはずだ。「誰か心当たりあるの?」 ジラソーレの様子に、スリジエは疑問を重ねる。ジラソーレは顔を顰めながら、協力してくれると言われた手前、情報は開示しなければならないだろうと口を開いた。『お と う と』「おと、と?―――ああ、弟か」 合点したように呟くスリジエをよそに、頭を抱えるように額を手で支える。ふわりと彷徨わせるように視線を隣に向けると、彼はジラソーレに真っ直ぐエメラルドの瞳を向けていた。「その弟さんとは生き別れに?」 こくりと頷く。「ふうん。まあ、生きてはいるんだろうね。未だにジラソーレさんが喋ることができないということは――
オーライ、オーライ―――魔法で空高く浮き上がるテント群を眺めながら、ジラソーレは腕をさすった。底が抜けたような寒さが這う秋の昼空、次の目的地に向かうための移動準備にサーカス団は勤しんでいる。貴重品や失くしたくないものの馬車の積み込みは完了していて、あとは自テントに戻るのみであった。 ジラソーレの宝箱や鏡台もすべて馬車に運び込んでいる。あとはテントに戻るだけだが、何度経験してもジラソーレは慣れなかった。 「どうしたの?戻らないの?」 背後から抱き着くようにスリジエが、ジラソーレの肩に顎を乗せる。肌寒さに震えていた体には心地よい体温に、ほっと息を吐いた。ジラソーレは後ろに視線を流しながらも『こ わ い』と声を模る。 「ああ―――そうだよねぇ、テントって床がなくて、全部魔法石の力で浮いてるから怖いよねぇ。そんな高くは飛ばないけど」 不安で視線が揺れる。それを元気づけるようにスリジエは笑いかけた。 「大丈夫だよ、あの魔法石はちゃんと安全装置ついてるから!落ちても僕らが怪我することはないよ!」 とんとん、と彼はジラソーレの背中を両手で叩く。短い息を吐き出しながら、ジラソーレは改めて上空を眺めた。 ”魔法石”―――大魔法士かつフィオレニア王国屈指の大罪人と称されるアルクスが発見・開発した、魔力の篭った石。 遥か昔、魔力は人間のみが持ちうるものだと考えられていた。しかし―――真実は異なる。魔力は母なる海から地へ、そして空へと上昇し、雨や雪となって海に還るとアルクスは考えた。人間が魔力を持っているのは、その過程で、媒体として介されているに過ぎないのだと。地から人間へと伝播すると考えられているものだから、この国では高い建築物を滅多に拝むことができない。そのおかげで空中飛行しながら移動ができるのだけれど。 魔法石はその考え方をもとに、地から捻出した魔力を特別な鉱石に閉じ込めたものだ。ただ魔力を篭められているだけの石に自動装置機能を付属させるのに人類は苦労したようで、開発されたまだ五十年も経っていない。世の中の歴史学者はアルクスが大罪を犯して処刑されなければ、もっと魔法技術は進化していただろうと言ってしまうくらいに、伝説と現実は乖離していた。 「―――あとはお前たちだけだ、早くテントに戻れ」 「ねえ、ユーリさんもああ言ってるか
首を垂れながら、とぼ、とぼと帰路につく。後ろではあざといくらいに小さい歩幅で、スリジエがジラソーレの背中を追っていた。メインのテントをすり抜けて、他の演者の居住地テントをすり抜ける。そして一番奥まったところに設置された緑色のテント―――薄く伸ばした月光に照らされたテントは黒にも見える―――の重たい入り口幕を開けた。 ランタンの灯っていないテント内はひどく薄暗く、不気味だ。ジラソーレは帰宅直後のこの瞬間がとても苦手だった。真っ暗で息苦しい中、光を灯す道具を手探りで探さなければならない。 「ありゃ、暗いね」 軽快な口調でスリジエはテント内を見回して、ジラソーレの隣を通り過ぎた。そして鏡台の上のランタンを見つけるや否や手を翳す―――すると、ぼっ、と鈍い音をたてながらランタンの芯に火が点いた。 驚愕しながら彼の白いシャツを引っ張る。スリジエは首を傾げながら「何?」と疑問を零した。どう説明すればいいのか分からず、ジラソーレはとりあえずランタンを指さす。初めて会話をする相手なのに、大して広くもないテントの中で暮らさなければならない。心臓の奥が締め付けられるようにじくじくとして痛い。 スリジエは幾許か沈黙を捕らえて、ジラソーレの疑問に思い当たったのか「ああ」と相槌を零した。 「僕、実は魔法が使えるんだぁ。と言っても、あまりにも魔力が少なすぎて兵士候補から外れて今に至るんだけどさ」 ゆらりと金髪がオレンジ色に灯る室内で揺れる。彼の言動はあまりにも楽観的で、この国で生まれた人間じゃないような気さえしてくる。このフィオレニア王国の人間は幾度とない悪政のおかげというべきか、薄暗く粘着質な性格が多い。 怪訝そうなジラソーレの表情を読み取ったのか、スリジエは口元に弧を描いた。 「そんな邪険にしないで、嘘じゃないよ。僕はジラソーレさんと仲良くなりたいし、役に立ちたいんだ」 ぐい、と彼の顔が近づく。 「っ!」 狭いテント内、片づける暇さえ与えられなかった宝の山たちが、ジラソーレの足を掬った。息を漏らす猶予すら与えられず、ベッドに倒れ込む。 スリジエは驚愕したようにエメラルドの瞳を見開いて、そして慈愛の満ちた表情で眦を下げた。彼は足を投げ出した
いつの間にかジラソーレの隣に移動していたメディチ侯爵がそっと囁いた。 「彼は昨日会ったリンチェが経営する見世物小屋で”美人すぎる少年”として置かれていたのを、私が賭けで買い取った。ジラソーレが彼の誘いを断ってくれたおかげだ、ありがとう」 瞠目しながらメディチ侯爵を見つめると、彼はにやりとしたり顔をする。どうやらジラソーレは賭博の商品になりかけていたらしい。唇を尖らせながら、再び、スリジエに視線を戻した。 「…!」 「ふふ、やっと会えて嬉しい」 妖しく照明を吸い込んだ緑色の瞳が、這うようにジラソーレの肌を撫ぜる。スリジエはそのまま肌に吸い付くようにジラソーレを抱きしめて、そして―――唇に吸い付いた。 「っ!っ!」 その場が騒然と混沌に満ちる。ばたばたと手足を動かして、逃げようと試みるも力は強いらしくびくともしない。ジラソーレは羞恥心で頭がどうにかなってしまいそうになりながら、横目で好意を抱いている―――彼を見つめた。 愕然。 ダフネは一点を見つめて硬直していた。その視線の先を辿ると、ジラソーレにキスしている真っ最中のスリジエがいた。心臓が、ばくばくして、痛い。 「止めなさい」 「いたっ」 メディチ侯爵がスリジエの金髪頭を杖で小突く。やっと離された口からたくさんの空気を吸い込んで、肺をいっぱいに満たした。口元で溢れた唾液を拭いながらジラソーレは、そっと視線をダフネに向ける。 彼は考え込むように顎に手を当てて、視線を下げて―――そしてまた上げて、スリジエを注視した。明らかに見惚れている。ほのかに赤く染まる、ダフネの頬。 そんな愕然とした思考回路に満ちたジラソーレを咎めるように、下から杖が生えて、スリジエと同じように頭を小突かれた。何事かとおどおどと視線を彷徨わせると、メディチ侯爵が混乱を落ち着かせるように言葉を連ねる。 「落ち着け―――ジラソーレは今日からスリジエと同じテントで暮らしてもらう。次の公演の地、ビチエに移動するまでに仲良くなるように」 「っ!っ!?」 「やったー!ジラソーレさん、仲良くしようね!」 混沌がテント内に充満した。驚愕したジラソーレを捕らえるように、スリジエは力強く抱き着く。動物を可愛がるように頬をすりすりとされながら、腰を這う指先が妙にくすぐったい。 助けを求めるようにダフネに視線をやるも、
サーカスのある敷地に戻ると、空気の奥底がざわざわとしていた。本来のお客様入り口付近からサーカステントに向かって、人が溢れかえっている。何事かと首を傾げると、化粧を落としたすっぴんのアルレノ―――橙色が混じった茶髪に蛇のような緑色の瞳、全体的に軽薄そうな印象を受ける―――が、ジラソーレを見つけるなり飛びついてきた。 「すごいネ!すごいネ!」 ぐらりと軸を失って倒れかけた身体を、背後に立っていたダフネの手が支える。 「危ない―――ほら、アルレノどいて。ジラソーレが死んでしまう」 「ワァ!これは申し訳ない!だけどビック・ニュウスだヨ!―――ニュウ・フェイスってやつサ!」 後ろに下がったアルレノに安堵しながらも、ジラソーレは首を傾げた。理解できない単語だ。 「新しい団員が来たんだろう。ほら、お前が前にユーリさんと話してた、もう一人の男踊り子」 ジラソーレは納得したように相槌を打って、人垣を掻きわけて歩を進める。サーカステント内に足を踏み入れる―――すると、団員や準団員がジラソーレを突き刺すように視線を穿った。 びくり、と怯えて身体が震える。ダフネが落ち着かせるようにジラソーレの肩を抱いて、奥へ進むように促した。 「ああ、帰ったか―――ジラソーレ、待っていた」 舞台の上からメディチ侯爵の声が響く。視線をゆるりと上昇させると、身長の低い侯爵の隣に少年が立っていた。背丈はジラソーレと同じくらいだろうか、肩付近まで伸びた切りっぱなしの金髪が照明に照らされて、髪の一本でさえ美しく揺れている。赤みのかかった白い肌は、隣にいるメディチ侯爵の陶器のような温かみのない肌と相まって、ひどく健康的で綺麗に見えた。 団員らがみんなして騒々しくなる理由も理解した―――ひどく、美しいのだ。まるで絵画を彷彿とさせるような端正な顔立ちに、少し妖しげな緑眼。華奢ではあるが肉付きは悪くない―――男と一定数の女にはひどく持て囃されただろう。 「なんだ、早く舞台に上がってこい」 メディチ侯爵が不機嫌そうに声を上げたので、ジラソーレは慌てて板を踏む。少年はにこにこと天真爛漫な表情で目を細めて、ジラソーレを見つめていた。 「彼の名前はスリジエだ。スリジエ、彼