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第2話

Author: 楚里ちゃん
南国での援助活動の件は、友人や家族には伝えた。

ただ一人、佳典にだけは話していない。

どうせ彼は気にしないだろうし、言っても言わなくても同じことだと思ったから。

翌朝、いつものようにカレンダーの昨日のページを破り取る。

今日のページに色ペンで書かれた文字を見て、また胸が痛んだ。

【佳典が約束してくれたキャンプの日!】

この約束は、私が佳典のために1600万円の契約を取ってきたご褒美だった。

佳典が私に約束してくれたことは、すべてカレンダーに書き込む癖がある。そうすることで日々に希望を感じられるから。

そんな些細なことから、彼の愛情を集めようとしていたのかもしれない。

まさかこのカレンダーが、私の別れのカウントダウンになるとは思わなかった。

佳典と付き合うようになってから、いつも考えてしまう。

もし心遥があんなに早く結婚していなかったら、今彼の隣にいるのは私じゃなかったかもしれない。

当時、佳典の心遥への想いは誰もが知っていた。

優秀な彼はいつも女子たちの注目の的だった。

自由奔放で少しクールなところがあって、近づきがたい雰囲気もあったけれど。

でも学校中の女子が知っていた。彼が心遥を好きだということを。

最初、彼を追いかけようと決めた時は私も躊躇した。

でも恋心は理性でコントロールできるものじゃない。

私はもともと情熱的で外向的な性格だし。

彼に優しくすることが、いつの間にか習慣になって、執着になっていた。

卒業の日、私は佳典に告白するつもりだった。

彼に会った時、彼の手にも花束があった。

黒いヴェールに包まれた薔薇が、自由に咲き誇っている。

佳典の心遥への愛情のように、奔放に。

私は彼の後ろに立って、遠くから彼が心遥に告白するのを見ていた。

彼の前にいる人が自分だったらと想像して……

名状しがたい悲しみが押し寄せてきた。

天が作った理想のカップルだから、きっと結ばれる。私には勝ち目がないと思った。

でも心遥は淡く微笑んで、少し申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい。もう婚約しているの。相手は資産家の御曹司で……このチャンスを逃したくないから」

佳典はもともとプライドの高い人だった。少し迷った後、それでも花束を差し出した。

「それなら、幸せになって」

振り返った時、彼の瞳の奥に深い悲しみが刻まれているのが見えた。

拳を握りしめて、自分の無力さを悔しがる彼の姿に、私の胸も締め付けられた。

この出来事の後、久典は長い間沈黙を保った。

やがて彼が起業するという話を聞いた。

私は真っ先に両手を挙げて賛成し、その後は佳典の事業に付き添った。

営業も、広報も、総務も、事務も……彼の会社のすべてを一人で担った。

顧客との連絡、協力会社の開拓、契約交渉……大小問わず、すべて私がこなした。

一日に数時間しか眠らない日々が続いた。

佳典に笑顔を取り戻してほしかったから。

現実に打ちのめされて、顔を上げられずにいる彼をもう見たくなかった。

ようやく会社に成果が見え始めた頃。

心遥の結婚の知らせが届いた。

結局、佳典は一歩遅かった。

あの時の私は、自分が幸運だと思っていた。

佳典にもうチャンスがないことが幸運で。

彼が友人たちの前で私を恋人だと認めてくれたことが幸運だと。

今思えば、すべて一人よがりな勘違いで、滑稽でしかない。

佳典の足音で現実に引き戻される。

さっき焼いたベーコンがほんのり焦げ臭くなっていた。

捨てるのももったいないので、自分の皿に移す。

きれいに焼けた方を、佳典の皿に載せた。

食卓に漂うコーヒーの香りが心地よい。

クロワッサンもふんわりと温かい。

斜めに差し込む朝陽も悪くない。

本来なら活気に満ちた朝のはずなのに。

どうしても胸の奥がどんよりと重かった。

皿の上の少し焦げたベーコンをフォークでつつきながら口を開く。

「今日のキャンプの約束、覚えてる?」

佳典は顔を上げることもなく、手元の携帯電話をいじり続けている。

口元にかすかな笑みまで浮かべて。

「佳典さん?」

もう一度名前を呼ぶ。

ようやく彼が鈍い反応で顔を上げた。「ん?何?」

がっかりした。きっと私との約束なんて、とっくに忘れているのだろう。

視線を落として、むくれるように呟いた。「……何でもない」

佳典が顔を上げると、カレンダーの色とりどりの文字が目に留まったようだった。

「ああ、そうか。今日キャンプに行く予定だったんだな」

胸のもやもやが、その一言で少しずつ晴れていく。

沈んでいた気持ちが明るくなった。

やっぱり覚えていてくれた。

私は再び希望を抱いた。

「東山の日の出がきれいだって聞いたんだけど、もう遅いから夕日でも見ない?キャンプ用品ももう買ってあるし……」

「ごめん、心晴。今度でもいいかな?今日は会議があって……また今度行こう」

胸がきゅっと締め付けられる。それ以上は何も言わず、パンを一口かじった。

機械的にうなずく。

佳典は私の様子がおかしいことに気づいたようだった。

近寄って私を抱きしめる。

以前なら、彼のドタキャンも許して、舞い上がって喜んでいただろう。

でも今は、冷たく応じるだけだった。

佳典が眉をひそめる。まだ怒っていると思ったのだろう。

「心晴、今日帰りに君の好きなあの店のエッグタルト買ってくるから、な?」

「来週末は、来週末は絶対に一日空けて一緒に行こう」

気まずい空気が流れる。佳典はまだ何か言おうとしていたようだった。

幸い、携帯のアラームが彼を救った。

「心晴、先に行くよ。会議に遅れそうだから」

彼の甘い声調は、ドアの閉まる音にかき消された。

残されたのは、がらんとした部屋と湯気の立つコーヒー。

そして一人ぼっちの私だけ。

廊下に響く足音もやがて消えていく。

ため息をつく。

昨夜、佳典の携帯に届いたメッセージを思い出した。

心遥から送られてきたあの一通。

【明日朝7時、東山で】

まあいいか。どうせ私は去るのだから。約束を破られたくらい、もう些細なことだ。

スーツケースを開いて、この家にある私の物を詰め込み始めた。

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