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君が与えた愛、またの名を孤独

君が与えた愛、またの名を孤独

By:  楚里ちゃんCompleted
Language: Japanese
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久我佳典(くが よしのり)を想い続けて十年、ようやく彼の恋人になることができた。 彼の両親にも紹介され、結婚の日取りも決まって、 もうすぐ彼の妻になれるはずだった。 これで本当に幸せな永遠を手に入れられると思っていた。 でも、神崎心遥(かんざき みはる)が再び現れたと知った時、その幻想は儚く散ってしまった。 鏡に映る滑稽で哀れな自分の顔を見つめながら、 無理に口元を歪めて笑顔を作り、 鏡の中のもう一人の私に向かってこう呟いた。 「最初から分かっていたじゃない。彼はあなたを愛していないって、そうでしょう?」

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Chapter 1

第1話

久我佳典(くが よしのり)を想い続けて十年、ようやく彼の恋人になることができた。

彼の両親にも紹介され、結婚の日取りも決まって、もうすぐ彼の妻になれるはずだった。

これで本当に幸せな永遠を手に入れられると思っていた。

でも、神崎心遥(かんざき みはる)が再び現れたと知った時、その幻想は儚く散ってしまった。

最初から分かっていたのだ。彼は私を愛していないということを。

----------

新聞社、編集長室。

「結婚を控えているのに?本当に南国に一年間援助に行く気なの?」

編集長が驚いたような顔で私を見つめる。

その熱い視線から逃れるように目を逸らし、無理やり唇の端を上げて苦笑いを浮かべる。そしてこくりと頷いた。

「茂野心晴(しげの こはる)さん、引き受けてくれて本当に助かるわ。最近、誰も行きたがらなくて困っていたの」

編集長が私の肩を軽く叩き、約束するように言った。

「一年後に戻ってきたら、必ず昇進と昇給を約束するから」

彼女の声は弾んでいて、肩の荷が下りたような安堵感が滲んでいる。

それとは対照的に、私の声は沈んで平坦で、いつもの情熱など微塵も感じられない。

会社を出てわずか数歩歩いただけで、あの何もない部屋に戻ってきてしまった。

二人で暮らしている新居なのに、結婚を控えた部屋らしい華やかさなど欠片もない。

ソファに身を丸めて、私は時計をじっと見つめていた。

この時間なら、佳典はもう帰宅しているはずなのに。

いつもなら必ず電話をかけて、何時に帰るか聞いて、夕食の準備をするのに。

でも今日は、もう三回も電話をかけてしまった。

仕方なくLINEを開き、メッセージを打つ。

文字を入力しては消し、消してはまた入力して。私の気持ちが重荷に感じられないか心配で。

なんといっても自由奔放な佳典は、束縛されることを何より嫌うから。

過去のやり取りを遡ってみると、最後の会話は三日も前。

それ以降は私の一人芝居ばかり。

ため息をついて、結局「いつ帰る?」と送信した。

メッセージを送った途端、玄関のドアが開く音が聞こえた。

帰宅した佳典は、ソファにいる私にまったく気づかない様子だった。

どこか落ち込んだような足取りで部屋の奥へ向かっていく。

もう十時を回っていて、電気も点けていなかったから、気づかなくて当然かもしれない。

そう自分に言い聞かせた。

「お帰りなさい。今日は遅かったのね。

電話したけど、出なかったから」

私の声には棘があった。

佳典が一瞬きょとんとして、適当な理由をつぶやく。「会議があって、気づかなかった」

空気中に、かすかな酒の匂いが漂っていた。

言いかけた言葉を飲み込む。結局何も言えずじまい。

バスルームから聞こえるシャワーの音が、一滴一滴、私の胸に響いた。

言葉にできない孤独感だった。

彼の携帯電話がローテーブルの上に無造作に置かれている。

画面が明滅を繰り返していた。何度も何度も。

LINEの通知で「M」と登録された相手から、立て続けにメッセージが届いている。

散々迷った末、私は佳典の何年も変わらないパスコードを入力した。

Mとの会話画面を開く。

【佳典、ありがとう】

【今夜は連絡するべきじゃなかった。もう連絡しないから】

だから今夜、佳典の機嫌が悪かったのか……

アイコンに目を向けると、可愛らしい白いウサギが表示されている。

昔、佳典の初恋の人もこのアイコンを使っていた。もうずいぶん前のことだけれど。

それに、あの女性はとっくに結婚したはず。

私は心の中で祈った。佳典の初恋の人、神崎心遥でないことを。

でもタイムラインを開いた瞬間、すべてが明らかになった。

やっぱり女の勘は当たるものなのね。

バスルームのシャワー音が小さくなった。

慌てて平静を装い、携帯電話を元の場所に戻す。

佳典がバスタオルを腰に巻いて現れた。濡れた髪から雫が滴り落ちている。

湯気のせいなのか、彼の瞳が赤く潤んでいた。

私はティッシュを一枚取って差し出した。

「何かあったの?」

彼はちらりと私を見て、背中を向けた。

「友達が離婚したんだ。少し飲んできた」

私の胸がどきりと跳ねる。

さらりと言った彼の言葉に、かすかな悲しみが滲んでいるのを見逃さなかった。

心遥が結婚した時、佳典は泥酔していた。

ずっと彼女の名前を呟いていた。

私は彼のそばで慰め、世話をした。

心遥はもう結婚したのだから、佳典との間に続きなんてあるはずがないと思っていた。

長年追い続けた憧れの人にやっと近づけるチャンスだと、内心喜んでいたほどだった。

その後も佳典は私の好意を拒み続けたけれど。

でも私は挫けなかった。

諦めずに続ければ、石だって温まると信じていたから。

一ヶ月後、佳典は私の告白を受け入れてくれた。

その時、彼の友人が冗談交じりに言ったものだった。

「茂野は神崎に感謝しなきゃな」

心遥が早く結婚してくれたおかげで、佳典は彼女を忘れようとして私と付き合うことにしたのだと。

当時の私は、それをただの冗談だと思っていた。

理由がどうあれ、結果オーライ。私は大きな一歩を踏み出せたのだから。

佳典と付き合ったこの数年間、彼はいつも私に対してどこか冷めていた。

普通のカップルがするようなことを、彼は私とはしなかった。

私がねだりにねだって、やっと頬にそっとキスをしてくれる程度。

人目のない時だけ、短い時間だけ手を繋いでくれる。

夜、一緒に寝ていても、私が寝返りを打って彼を抱きしめようとすると、決まって「暑い」と言い訳をした。

「君は寝相が悪いから」と、布団も別々にされた。

今思えば、私なんてどうでもよかったのかもしれない。

また携帯電話が鳴る。視界の端で、Mからのメッセージだと分かった。

佳典がメッセージを読む時の表情を、さりげなく観察する。

明らかに彼の瞳に光が宿っていた。

口元にも自然と微笑みが浮かんでいる。

その夜、私はなかなか眠れずにいた。鏡の前に立ち、静かに自分の顔を見つめた。

二十代らしい生き生きとした表情ではなく、まるで人生に疲れ果てたような、諦めにも似た影が浮かんでいる。

無理やり苦笑いを浮かべて、鏡の中の自分に問いかけた。

「最初から分かっていたでしょう。彼はあなたを愛してなんかいないって、そうじゃない?」

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第1話
久我佳典(くが よしのり)を想い続けて十年、ようやく彼の恋人になることができた。彼の両親にも紹介され、結婚の日取りも決まって、もうすぐ彼の妻になれるはずだった。これで本当に幸せな永遠を手に入れられると思っていた。でも、神崎心遥(かんざき みはる)が再び現れたと知った時、その幻想は儚く散ってしまった。最初から分かっていたのだ。彼は私を愛していないということを。----------新聞社、編集長室。「結婚を控えているのに?本当に南国に一年間援助に行く気なの?」編集長が驚いたような顔で私を見つめる。その熱い視線から逃れるように目を逸らし、無理やり唇の端を上げて苦笑いを浮かべる。そしてこくりと頷いた。「茂野心晴(しげの こはる)さん、引き受けてくれて本当に助かるわ。最近、誰も行きたがらなくて困っていたの」編集長が私の肩を軽く叩き、約束するように言った。「一年後に戻ってきたら、必ず昇進と昇給を約束するから」彼女の声は弾んでいて、肩の荷が下りたような安堵感が滲んでいる。それとは対照的に、私の声は沈んで平坦で、いつもの情熱など微塵も感じられない。会社を出てわずか数歩歩いただけで、あの何もない部屋に戻ってきてしまった。二人で暮らしている新居なのに、結婚を控えた部屋らしい華やかさなど欠片もない。ソファに身を丸めて、私は時計をじっと見つめていた。この時間なら、佳典はもう帰宅しているはずなのに。いつもなら必ず電話をかけて、何時に帰るか聞いて、夕食の準備をするのに。でも今日は、もう三回も電話をかけてしまった。仕方なくLINEを開き、メッセージを打つ。文字を入力しては消し、消してはまた入力して。私の気持ちが重荷に感じられないか心配で。なんといっても自由奔放な佳典は、束縛されることを何より嫌うから。過去のやり取りを遡ってみると、最後の会話は三日も前。それ以降は私の一人芝居ばかり。ため息をついて、結局「いつ帰る?」と送信した。メッセージを送った途端、玄関のドアが開く音が聞こえた。帰宅した佳典は、ソファにいる私にまったく気づかない様子だった。どこか落ち込んだような足取りで部屋の奥へ向かっていく。もう十時を回っていて、電気も点けていなかったから、気づかなくて当然かもしれない。そ
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第2話
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第3話
この家で私の物と呼べるものは、驚くほど少なかった。まるでここは私の一時的な休憩所で、いつかは立ち去る場所のように。半分も埋まらないスーツケースを見て、胸が重くなる。一から築き上げてきた生活だから、普段は質素に暮らしている。でも佳典のためなら、いつも一番良い物を選んできた。彼が私のものだと証明したくて、必死だったから。ペアのマグカップに歯ブラシ、お揃いのパジャマ、クッション……でも結局「使いにくい」という理由で、すべてお蔵入りになった。大きなビニール袋を取り出して、ゴミ扱いされた品々を次々と詰め込む。私が去った後、この部屋には新しい女主人が住むかもしれない。私のセンスは元々よくないし。佳典のために部屋を片付けてあげる、と思うことにした。一通り整理を終えて、テーブルの上のほとんど手つかずの朝食に目が留まる。以前なら、もったいなくて冷蔵庫にしまって夕食にしていただろう。でも今日は迷った末、すべて捨てることにした。パンも、ベーコンも、コーヒーも好きじゃない。桜国人の胃を持つ私は、お粥や味噌汁が恋しい。でも佳典は「口の中に匂いが残る」と言う。だから朝食はずっと彼の好みに合わせてきた。彼に合わせるうちに、自分が何を好きだったかさえ忘れてしまった。今日は思い切ってすべて処分して、携帯で自分好みの朝食を注文する。そして食器を流しに運び、一番嫌いな皿洗いを始めた。同棲を始めた頃、食洗機を買いたいと佳典に相談したことがある。でも彼には潔癖症があって、「機械より手洗いの方が清潔」だと言い張った。私が洗剤アレルギーだということを、彼は忘れていた。水に触れた手がちくちくと痒くなり、視界がだんだんぼやけてくる。一粒の涙が情けなく頬を伝った。佳典にとって私は一体何なのだろう?暇つぶしの調味料?それとも生活のお手伝いさん?少なくとも、本当の恋人ではない。すべてを片付け終えて、ベランダのロッキングチェアに身を委ねた。肌に降り注ぐ陽光が、ほんの少しでも慰めをくれることを願いながら。携帯に通知が届く。開いてみると、心遥が久しぶりに更新したSNSだった。位置情報は東山。【日の出を見逃したなら、今度は運命の人を見逃さないで】添付された写真は彼女のセルフィー。右下の隅に、佳典
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第4話
ドアノブを握る私の手に、自然と力が入った。最低限の礼儀を保ちながら、心遥の腕の中で力なく横たわる佳典を支え起こす。彼は薄目を開けて、私を押しのけようとした。口の中でぼそぼそと呟いている。「心遥……俺の彼女は心遥だから」心遥(みはる)、心晴(こはる)。確かに似ている。酔いが回って呂律が回らないだけだと、自分に言い聞かせた。「酔っぱらって。さあ、帰りましょう」佳典をしっかりと支えながら、心遥に丁寧に頭を下げる。「初めまして、茂野心晴です。彼の世話をしていただいて、ありがとうございました。お先に失礼します」さっきまで和やかに談笑していた同級生たちが、水を打ったように静まり返った。誰もが見物客のような目つきで、空気が氷点下まで冷え込んでいく。それぞれの息遣いまでが小さくなった。心遥がばつの悪そうに立ち上がる。「彼、酔いすぎちゃって。ちょうどあなたが来てくれて良かった」「佳典ね、酔うといつもこうなの。ヨーグルトを飲むと酔い覚ましになるから、もう注文してあるの。すぐ届くと思う」私は頷いて、小さくお礼を言った。まるで彼女こそが佳典の恋人で、私はただの不適格な付き添いみたいだった。佳典を連れて帰ろうとしたが、彼の体重は重すぎて一人では支えきれない。昔の同級生が駆け寄って、倒れそうになった彼を支えてくれた。「茂野、ちょうど来てくれたんだし、久我も急いで帰る必要ないだろ?もうちょっと飲まない?」「飲む!今日は絶対におまえらより飲んでやる!」佳典が私の支えを振り払って、テーブルの酒瓶に手を伸ばそうとする。よろけて、私まで引きずり込まれそうになった。幸い心遥が手を貸してくれて事なきを得た。私は濃いお茶を注いで、佳典に差し出した。「これを飲んで。酔い覚ましになるから」しかし彼は何も考えずにそれを払いのけた。もみ合いになり、熱湯が私の服にかかって激しく熱かった。心遥がすかさずお茶を受け取る。子供をあやすような口調で、「佳典、お茶よ。飲んだら楽になるから」佳典は彼女に向かって馬鹿みたいに笑いかけながら、湯呑みを受け取って一気に飲み干した。私はまるで余計な存在で、屈辱を味わいに呼ばれたようなものだった。一杯の濃茶で、佳典もだいぶしっかりしてきた。さっきの醜態を思い出したのか、心遥
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第5話
佳典が委員長に向かって怒鳴っていた。顔は怒りで紅潮している。「俺はお前を助けようとしてるんだ!」委員長が一歩前に出て、佳典と視線を合わせる。その瞳にも怒りが宿っていた。「お前はいつも我慢して、堪え忍んで……好きなら本人に言えよ?今のままじゃ何なんだ?俺だったら、お前みたいに意気地なしにはならない。彼女はもう離婚したんだろ?諦めきれないなら追いかけろよ!一人を逃がして、もう一人まで傷つけるなんて最低だ。お前が神崎を何年も好きでいるのは、みんな知ってる。お前が彼女を忘れられないことも。茂野だって本気でお前を愛してるんだ。もしお前の本当の気持ちが神崎にあるって知ったら、きっと身を引くはずだ!」佳典の怒りが急速に冷めていく。まるで冷水を浴びせられたように。振り返ってタバコに火をつけた。深く煙を吸い込む。薄い煙の向こうで、低い声が響く。「俺のことに口出しするな」佳典が振り返ると、後ろに立つ私に気づいた。反射的に、私は踵を返そうとする。でも佳典に遮られた。「すまない。今夜は……取り乱してしまった」少し迷った後、彼が付け加える。「俺と心遥は友達だ。誤解しないでくれ」私はただ淡く微笑んで見せた。軽く頷く。もう彼らの関係なんてどうでもよかった。恋愛感情でも、断ち切れない過去でも。どうせ私は去るのだから。残された数日間、自分に少しでも尊厳を残しておきたかった。酒席に戻ると、佳典はさらに激しく酒を呷っていた。止めることはせず、私はできる範囲で彼の世話を焼いた。何度か乾杯を重ねて、ようやく解散となったふらつく佳典を支えながら、タクシーを呼ぼうと手を上げた時。声をかけられた。振り返ると、心遥が携帯を差し出している。画面にはQRコードが表示されていた。「連絡先交換、構いませんか?」迷ったが、礼儀として携帯を取り出してコードを読み取る。友達追加が完了すると、心遥が私のプロフィール画像を見つめた。「ああ、これってあなただったのね」彼女の瞳が何もかも見透かしているようで、背筋が寒くなった。罪悪感に駆られて、急いでその場を離れたくなる。佳典を車に押し込んで帰路についた。家に戻ってからも、心遥の言葉が頭から離れない。そこに、メッセージが届いた。【お疲れさま。実は
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第6話
心遥を送る時、私は後部座席に身を縮めていた。「助手席の方がナビしやすいでしょ?」佳典のその一言に、私の居場所はあっけなく決まってしまった。半開きの窓から忍び込む風が、額にかかった髪を無造作に舞い散らす。この瞬間、車から飛び降りてしまいたい衝動に駆られた。数日後──心遥が佳典の会社で働き始めたという知らせが届いた。二人の息の合い方は、私たちが起業に向けて奔走していた頃よりもずっと自然で、見ていて胸が締め付けられる。最初のうちは心遥から電話がかかってきていた。「久我社長が飲みすぎちゃって……迎えに来てもらえる?」やがてそれも変わり、彼女が直接佳典を家まで送り届けるようになった。でも今夜は違った。時計の針が深夜を指しているのに、佳典への電話は何度鳴らしても応答がない。約二時間後──心遥からのLINEが画面に踊った。【久我社長、お客さんとの飲み会で潰れちゃって……心晴さんもう寝てるかなって思ったから、今夜はうちに泊めることにしたよ】あまりにも自然な口調で、私こそが佳典の正式な恋人だということを忘れそうになる。その夜、眠りは浅く途切れがちだった。夢から夢へと彷徨い続ける。内容は朝になると霧のように消え去っていたが、夢の中でも声を殺して泣いていたことだけは覚えている。ヒステリックに、胸が裂けるほど激しく。目覚めた時、頬に涙の跡が冷たく残っていた。正午の陽射しが部屋を満たしている。牛乳をグラスに注ぎながら、壁のカウントダウンカレンダーに目をやる。残り日数が一桁になっていた。佳典が帰ってきた時、その顔には深い疲労の色が浮かんでいた。私の姿を見つけて、少し驚いたような表情を見せる。「今日は会社に行かないのか?」「ええ、職場から数日間の休暇をもらったの」私は何気なく答えた。正直なところ、こんなに憔悴した彼を見ていると、やはり胸が痛む。手に持っていた牛乳のコップを差し出した。「お酒を飲んだ後は、牛乳が胃に優しいから」いつもなら受け取って飲み干してくれるのに、今日は手を伸ばそうともしない。私は無言でコップを握る手を引っ込めた。佳典は部屋に入って清潔なシャツに着替えると、ソファに腰を下ろした途端、心遥から電話がかかってきた。片手でボタンを留めるのに手間取り、スピーカーボタン
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第7話
私が捕まってしまったせいで、まず誰か一人が救出に向かわなければ、次のステップに進めない。周りからため息混じりの声が漏れる。まるで私が足手まといになったかのように。佳典はNPCに囲まれた私を見詰め、次に背後の心遥に視線を移した。心遥の手を握っていた指が、ぎこちなく離れていく。「彼女を救うペナルティは何だ?」NPCが答える。「再び鬼花嫁にキスをして、魔力を発動させ、捕らわれた者を解放してもらう必要があります」今度はみんなも、私が佳典の恋人だということを思い出したようだった。しかし、ゲームのルールには逆らえない。佳典は心遥を振り返り、少し躊躇した。私を救わなければ、私は一人で暗い部屋に閉じ込められる。彼が心遥の耳元で何かささやいた。そして、心遥の唇に軽く触れる。心遥は恥ずかしそうに俯いた。甘えるような声で弁解する。「私たち、小さい頃からままごとをして遊んでたの。それに、心晴さんを助けるためだから……」心遥は私のもとに駆け寄り、私の手を取って、どうやって許しを得ようかと考えているようだった。先に口を開いたのは佳典だった。「君が一人で怖い思いをするのが心配だったから……」私は何と言えばいいのかわからなかった。彼を責めるべきだろうか?私が暗い部屋で一人怖がるのを心配して、別の女性にキスをして私を救い出したことを?それとも、私のことなど構わず、せめて私たちの最後の尊厳を守るべきだったと責めるべきか?小さくため息をついた。結局、これだけ多くの人の前では、最低限の体裁は保たなければならない。「ただのゲームでしょう?本気にするわけないじゃない」残りのゲームは、ただ集団の後ろをついて歩くだけだった。心が重く沈んでいるせいか、薄気味悪い演出にも動じなくなっていた。密室から出た後、心遥はまだあのキスの余韻に浸っているようで、佳典の肩を軽く叩いた。「家に帰ったら、心晴さんにちゃんと説明してよね。まるで私たちの間に何かあるみたいじゃない」同僚たちも疲れ果てたのか、心遥は一人でタクシーに乗って帰っていった。みんなを見送った後、佳典はようやく私に視線を向けた。「お腹空いただろう?君の大好きなあのレストランに行こうか」佳典の表情には謝罪の色が浮かんでいる。先ほどの軽率な行為への償
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第8話
その後数日間、佳典は蒸発でもしたかのように姿を消した。電話をかけても出ず、LINEを送っても既読すらつかない。彼の会社の同僚からまで安否を問われる始末だった。佳典と共に消えたのは、心遥も同じだった。少し考えてから、もっともらしい理由を答えた。二人とも出張に出ているのだと。この期間、一人暮らしの生活にもすっかり慣れてしまった。毎日昼まで寝て、食事を摂ることさえ億劫になっている。手持ち無沙汰を紛らわせるため、新聞社から依頼された原稿を何本か引き受けた。深夜になってようやく、自分にまだ恋人がいたことを思い出すような日々だった。心遥のSNSは途切れることなく更新されている。佳典の姿が時折、さりげなく彼女のカメラに映り込んでいた。今夜の投稿にはこうあった。【骨折は百日かかるって言うし、豚足スープが飲みたい】特に気にも留めずスクロールして通り過ぎた。翌日の明け方、キッチンから音がするのに気づいた。重いまぶたをこじ開けると、佳典がシャツの袖をまくり上げ、エプロンを身につけて豚足と格闘している姿が見えた。包丁が骨に当たる音が響いて、地震でも起きたのかと錯覚するほどだった。「何をしてるの?」佳典の目は血走っており、ここ数日まともに休んでいないのは明らかだった。髪はぼさぼさで、顎には無精髭が伸び放題になっている。ひどく疲れ切った様子だった。「彼女が豚足スープを飲みたがってるんだ。何軒も店を予約して試してもらったけど、どれも口に合わないと言うから……だから自分で作ってみようと思って」もし私が他人だったなら、きっと二人の愛情に感動していただろう。佳典が私のために料理を作ってくれたことなど、片手で数えるほどしかない。肉を扱う時の手のぬめりを、彼は何より嫌っていたはずなのに。つまり、できないのではなく、やりたくなかっただけなのだ。その後の日々は矢のように過ぎていった。気がつけば残り三日となっていた。家にこもりきりで退屈したので、友人に別れの挨拶をしに行こうと思った。親友の二宮想美(にみや そみ)の家で、私はポテトチップスを抱えてソファにくるまっていた。「心晴ちゃん、本当に南国に行く気なの?あんな大変で過酷な場所、暑いのが一番苦手なくせに。みんな虫がすごく多いって言ってるよ
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第9話
私は佳典を深く見つめた。これが最後になるかもしれないと伝えたかった。もう二度と戻らないと告白したかった。あなたが本当に愛する人と、幸せな人生を歩んでほしいと願っていると言いたかった。口を開こうとした瞬間、佳典の携帯が鳴り響いた。着信表示を見ると、心遥の名前が光っている。彼は眉間にしわを寄せ、迷った末に通話ボタンを押した。「どうした?」……「分かった。すぐに戻る」佳典は申し訳なさそうな表情で私を見つめ、携帯を握りしめて落ち着かない様子で口を開いた。「ごめん、心晴。誕生日は今度必ず埋め合わせするから。心遥の足の具合が悪くて、一人じゃ動けないんだ。急いで戻らないと」「分かった」私は素っ気なく答えた。心が死ぬというのは、きっとこういうことなのだろう。これほど悔しい瞬間でも、もうどうでもよく感じてしまう。私の冷たい反応を見て、佳典は内心怒っているのだと勘違いしたようだった。慌てて付け加える。「明後日、明後日には心遥が退院するから、必ず君のそばにいる。そうそう、君が前に食べたがっていたスイーツの店があったよね。明後日、絶対に買ってくるから」ドアの閉まる音と共に、佳典はまた去っていった。テーブルの上のケーキを見つめたまま、私は動けずにいた。彼と過ごしてきたこれまでの年月で、実は一番嫌いだったのは記念日だった。正確に言うなら、記念日が怖かった。失望するのが怖かったから。他の女の子の誕生日には、恋人がプレゼントやサプライズを用意してくれる。少なくとも一緒にいてくれる。でも私は?前回の誕生日は、重要な会議があると言われた。その前は日付を間違えたと言い、後で必ず埋め合わせすると約束された。さらにその前は起業したばかりでお金もなく、生活のために会社で残業すると決められた。……結局いつも、私は一人きりだった。今回も例外ではなかったということだ。壁にかかったカレンダーが示す残り一日を見つめる。再びがらんとした部屋を見回した。もう私の物は何一つ残っていない。以前、佳典はいつも言っていた。無駄な物を買うのはやめろと。例えばソファの上のぬいぐるみ。冷蔵庫に貼ったステッカー。私はただ、家というものは無意味な物を置く場所だと思っていた。そうす
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第10話
ベッドに身を横たえ、一日の疲れを解いていく。布団からほのかに香る柔軟剤の匂い——その香りが、またしても佳典のことを思い出させた。小さくため息をつく。そろそろ新しい柔軟剤に変える時期かもしれない。夜の帳が降りた頃、部屋のドアがノックされた。開けてみると、翔が湯気の立つ小鍋を手に立っていた。「新入りさん、これ、僕がずっと大事にとっておいた逸品なんです。今日は君のために特別に」覗き込むと、何か珍しいものかと思いきや——ぐたぐたに煮えたインスタントラーメンだった。少し肩を落とす。佳典が家にいない時、私の食事といえばいつもインスタントラーメン。まさかここに来ても、またラーメンとは。私の表情を見取った翔が、茶化すように言う。「これはシーフード味の特上品ですよ!ほら、新鮮さを味わってみて。特大伊勢海老でダシを取ったんですから!」私は横に身をずらして彼を招き入れた。テーブルを囲んで、二人であぐらをかく。一人暮らしの彼は食器の用意もしていない。だから私たちは鍋から直接、一口ずつ麺をすすった。翔は食べたそうにしながらも、遠慮がちに私に譲ろうとする。数口食べた後は、じっと私が食べる様子を見つめていた。その様子がおかしくて、つい笑ってしまう。「もうお腹いっぱい」鍋を押し戻すと、翔は何度か辞退の素振りを見せてから、鍋を抱えて勢いよく食べ始めた。人が美味しそうに食べている姿を見るのも、こんなに幸せな気持ちになるものなのか。「君が南国に来た理由って何?こんなところ、普通は誰も来たがらないよ」翔は麺をずるずると啜りながら、顔も上げずに話題を振ってきた。「まあ、人生経験ってやつかな」私はさらりと答えてみせる。「本当に?人生経験?信じないなあ。上司に目を付けられたとか、誰かの機嫌を損ねたとか」目を細めて、私の心の奥底を見透かそうとするような視線を向けてくる。その視線から逃れるように、私は目を伏せた。「人として一番大切なのは誠実さだよ。これから運命を共にする二人なんだから、お互い正直になろうよ」翔は追及の手を緩めない。もういいか。話したところで別に失うものもない。私は観念した。「うん、恋人と別れたの。気分転換したくて」「やっぱりね。普通の人がこんなところに来るわけないもん」
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