Se connecter「櫂斗さん、だったんですか?」 目を丸くして戸惑うかすみと同様に、弥一も驚きを隠せなかった。 (お兄さんのこと名前で・・・しかも“さん”付けでも呼ぶのか?それにー) 花のことはあまり詳しくない弥一だったが、それでも、あのスタンド花には、自分が贈った花束にも使用したスミレの花が含まれていたのを思い出した。 つまりー (この人もかすみさんの好きな花を知っていた?) 兄弟なのだからお互いの好きなものを把握しているのは不思議なことじゃない。 けど。 弥一の中で急に、言葉で言い表せない焦燥感が生まれる。 そんな弥一を他所に、櫂斗はかすみの顔に浮かんだ表情に苦笑した。 「まあ、俺からだとは予想だにしなかっただろうな?俺なりにあのメッセージに想いを込めたつもりだったが・・・」 そこで櫂斗はちらりと弥一を見ると、 「むしろ誤解を招いただけだったか。悪かったな。彼からじゃなくて。」 まるで、かすみがそう期待していたことを見抜いたような櫂斗の言葉に、かすみは動揺したように目を泳がせた。 (メッセージ?それに、俺からじゃなくて悪かった、って) メッセージの内容がわからない弥一は訝しむように眉を寄せ、それから、 「かすみさん、メッセージって何?何て書かれていたの?」 自分からだと勘違いするようなものって、一体どんな言葉なのだろう、という、安直な好奇心から聞いたものだった。 がー かすみはなぜか自分のその簡単な問いに、サッと答えてくれない。 「かすみさん?」 「御子柴さん、そんなに気になるなら見に行ってらどうですか?目につきやすい位置に添えてあるはずですから、すぐに見つけられると思いますよ?」 弥一はムッとすると、 「あなたには聞いてません。それに、一方的に俺のことを知っているなんてフェアじゃないと思いませんか?俺はあなたがどこの誰かもわからないのに。」 櫂斗は「失敬。」と鼻で笑うと、胸ポケットから名刺を取り出して、 「宗方櫂斗(むなかた かいと)と申します。」 (宗方?宗方、って。まさかー) 弥一も驚いたが、雪菜も心底驚いた。 櫂斗は雪菜に名前は教えてくれたものの、苗字までは教えてくれていなかったのだった。 そんな櫂斗の新たな姿を目に、この瞬間から、雪菜の関心は完全に弥一から櫂斗
(死んだことにしてとんずら?とんずらって何だ?というか、一体さっきから何の話をしているだ?) 会話の内容に加え、兄弟とは到底思えない二人の空気感に、弥一の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。 しかし、櫂斗を目の前にして身体をこわばらせているかすみに、弥一はそのことを追求するより先にかすみの盾となるべく二人の間に入った。 すぐさまかすみが、「ダメです!」と自身が弥一の盾になろうとするが、弥一はそれを手で優しく制した。 弥一は櫂斗の目を真っ直ぐに見据える。 弥一が前に出てきたことに雪菜はすぐさま反応すると、 「弥一!」 呼ばれた弥一はちらりと雪菜を見た。 久々に弥一が自分を見てくれたことに、雪菜は胸が高鳴る。 何か期待を込めたような目の雪菜に対し、弥一は温度のない目で雪菜を見下ろしながら、 「この人とはどういう関係?」 (やだ!弥一ったら案の定彼に嫉妬しちゃってる!) 雪菜は顔がニヤけそうになるのをを必死になって堪えると、澄ました顔で、 「見ての通りだけど?」 そう言って、雪菜はより一層、櫂斗の腕に密着するように絡みつけると、笑ってみせる。 瞬間、そうされた櫂斗の顔に浮かんだうんざり顔を、弥一は見逃さなかった。 こっちもこっちで詳細はよくわからないが、目の前の男が雪菜にその気がないことだけは明らかであった。 弥一が嫉妬していると勘違いしている雪菜は、さらに弥一の嫉妬心を煽ろうと、 「そんなにあたしと彼のの関係が気になるの?まあ、そうね。敢えて言葉にするとしたらー」 「黙って。」 これ以上雪菜に喋らせたところで有益な情報は得られないだろう。 そう考えた弥一は早々に雪菜の話を遮った。 かすみに声を掛けた時とは打って変わって、冷えた口調でばっさりと切ってきた弥一に、雪菜はツヤツヤと輝く唇を噛むと、忌々しいといった目つきになった。 そしてその目を、弥一の背中で守られているかすみへと向ける。 目の前の男たちの光景に気が気でないかすみは、その雪菜の毒々しい視線に気づかなかった。 弥一は視線を櫂斗から外すことなく、 「いろいろ聞きたいことはありますが、昨今はプライバシーに関しては非常にデリケートな世の中ですからね。大体の疑問は飲み込みます。ですので、あなたにお聞きしたいの
かすみは入り口に立つ人物を凝視すると、 「櫂斗、さん?」 だが、そんなかすみの囁き声は、やかましい女性の声にかき消されてしまう。 「うそっ、弥一?どうしてここに?」 櫂斗と腕を組みながら、雪菜は驚いたように声を上げるた。 (ああ、なるほど。これが櫂斗さんが言ってたとっておきのプレゼントってわけね) 彼女は弥一の元へ向かおうと、櫂斗と組んだ腕を離そうとしたが、そこで、待てよ、といったように動きを止めた。 そして、ちらりと自身の横に立つ櫂斗に目をやる。 弥一と遜色ないスタイルと顔の良さに加え、彼にはさらに大人の色気があった。 櫂斗と仲睦まじい様子を見せつけてやれば、未だヘソを曲げてい弥一も、悔しがって自分との復縁を考え直すかもしれない。 そう考えた雪菜は、勝ち誇ったような笑みを浮かべると、より一層、櫂斗に密着するようにして、その姿をこれみよがしに弥一へと見せつけた。 しかし、お目当ての弥一はというと、彼の隣で息を呑んで立ち尽くしているかすみしか見えていなかった。 弥一は心配と戸惑いが滲んだ声で、 「かすみさん?」 そう声を掛けたが、かすみは微動だにしない。 弥一は焦ったように、 「かすみさんっ!」 かすみは、ハッとしたように二度三度とまばたきをすると、やっと自分がどこにいるのかを思い出したようで、 「あ、ご、めんなさい。私ったら、ぼーっとしてました。」 弥一はかすみの肩にそっと触れると、 「大丈夫?」 かすみは額を押さえながら、 「ああ、はい。はい、大丈夫です。ごめんなさい。」 誰がどう見ても大丈夫であるようには見えなかったし、実際、かすみはちっとも大丈夫ではなかった。 心の中では絶えず、この場をどう切り抜けようかと、そのことばかりが頭を駆け巡っていた。 かすみの身体に弥一が触れた瞬間、櫂斗はピクリと身体を動かした。雪菜も、弥一に心配されているかすみの姿を目に(誰よ、あのおばさん)と、目を鋭くする。 弥一がかすみに顔を近づける姿に、櫂斗は目を細めた。 彼は、チッ、と小さく舌打ちをすると、雪菜が腕を取っていることも忘れて、大股で早足にかすみたちへと距離を詰める。 雪菜は、そんな櫂斗に引っ張られるようになりながらも、腕を離すことなく何とかついて行った。 こち
「ごちそうさまでした。」 手を合わせた弥一の前にはきれいに平らげらた後の食器だけが並んでいた。 結構な量を用意したはずだったのに、全ての料理を完食した弥一にかすみは目を丸くする。 「御子柴さんて、もしかして痩せの大食いですか?」 弥一はキョトンとした顔でかすみを見つめ返すと、 「いや、普通に人並みだと思うけど・・・どうして?」 その問いに答える代わりに、かすみは目の前の空になった食器へと視線をやると再び弥一に視線を戻した。 その視線の意味に気づいた弥一は、ははっ、と笑うと、 「美味しいものだったり、好きなものってなったら別!俺にとってかすみさんの料理はどちらにも当てはまるから、そりゃあ、箸が止まらないよね!」 かすみも、あはっ、と笑うと、 「最高の褒め言葉です。ありがとうございます。」 弥一はかすみの笑顔を愛おしそうに眺めていたが、ふいに、 「そうだ、ケーキなんだけどさ。」 ん?といったように、かすみは弥一を見つめる。 「先に二人で少しだけ食べちゃわない?せめてチョコプレートの所だけでもかすみさんに先に食べてほしいな。」 「チョコプレート、ですか?」 「うん、メッセージ書いたからさ。それを家族に見られたくないんだ。見られたら最後、イジり倒してくるに決まってるから。」 かすみは思わず吹き出すと、 「では、先に少しだけ二人で食べちゃいましょうか!」 弥一は「賛成!」と手を挙げると、 「よし!じゃあ、作業を分担しよう。かすみさんはケーキを取り分ける係、俺は皿を運んで洗う係をやります!」 かすみはすかさず両手を振ると、 「いけません。御子柴さんに皿洗いなどさせられません。」 だが、弥一はかすみの言葉を聞きながらもスーツの上着を脱いで椅子に掛けると、腕時計を外し、ワイシャツの袖をまくりはじめる。 「かすみさん。海老原市での俺たちの関係はもう終わったんだ。だから、俺が皿洗いをしたっていいでしょう?」 「いや、でも・・・それではおもてなしにならないです!」 「十二分にもてなしてもらったよ?俺の大好物ばかり作ってもらえたんだもん!だから、ね?」 ふいに、弥一のそんな甘え顔を正面からくらったかすみはたまらず目を泳がせると、 「ですが、私ばっかりもらいっぱなしっていうのはち
お店のドアが開いた音に振り返ったかすみの目に、弥一が映った。 彼女は微笑むと、 「お待ちしておりました。」 そう言って入り口に立つ弥一を出迎える。 弥一ははにかんだ笑顔を浮かべながら彼女に歩み寄り、ケーキが入った箱をテーブルの上に置くと、 「かすみさん、カフェのオープンおめでとう!」 そう言って、花束を手渡した。 かすみは美しい花束を目に顔を綻ばせると、 「わあ、きれい。」 手の中の花束に感嘆の声を洩らした。 「表にあるスタンド花といい、すごく嬉しいです。ありがとうございます。こちらは店内に飾らせていただきますね!」 弥一はかすみの言葉に少し引っ掛かりを覚えたものの、「もちろん!」と言って笑い返した。 それから、 「それともう一つプレゼントがあってー」 そう言いながらケーキの箱までかすみを誘導すると、 「開けてみて?」 かすみが、いいのですか、というように弥一の顔を見たので、弥一は「どうぞ」と言って促した。 かすみはケーキの箱に手を伸ばすと、大事なものを扱うときのような優しい手つきでそっと箱を開ける。 「わあ。」 またしても、かすみの口から感嘆の声が洩れた。 生クリームといちごのシンプルなケーキだが、生クリームで見事にデコレーションされたケーキは言葉にできないほどの美しさであった。 「これって愛蘭たちのお店の、ですか?」 目の前のケーキに目を奪われながらもそう尋ねるかすみの姿に、弥一は堪らずクスッと笑って、 「そう。急な注文だったにも関わらず作っていただいたんだ。最初は顔を顰めてたけど、かすみさんのオープン祝いにプレゼントしたくてって言ったら、二つ返事で引き受けてくださったよ。」 かすみは感極まったような表情でケーキを見つめると、その視線を弥一に移して、 「こんなにも心のこもったプレゼントをいただけて、本当に胸がいっぱいです。御子柴さん、ありがとうございます。」 胸に手を当ててお礼の言葉を述べるかすみに、弥一自身も何だか胸が熱くなった。 「こちらこそだよ。喜んでもらえてすごく嬉しい。」 かすみは今一度花束とケーキに目をやってから、 「では、次は私がおもてなしをする番ですね!御子柴さん、少しの間椅子に掛けてお待ちください。すぐに準備をいたしますの
あの水族館の日以来、加島には連絡をしていないし、あちらからも音沙汰なかった。 言わないほうが良かった。言わなければずっと友達としていられたのに。 などと、らしくないことで悩む自分に腹が立つ。 自分がうまくいかなかったからって、あの子にあんなことを言ってハッパをかけるなんて。 「だっさ。」 「何が?」 驚いた愛羅が会計のおつりを落としそうになると、加島が愛羅の背後から彼女を抱くよう手を伸ばし、見事にキャッチする。 加島は、二人のやり取りを目に黄色い声を上げているお客に向き直ると、「ビックリさせてしまい申し訳ありません。こちらおつりの630円になります。ありがとうございました。」と言って、おつりを手渡した。 「な、何しに来たのよ。」 久しぶりの彼に、声が上ずる。 お客に聞こえないよう、また加島を目を合うことがないよう、愛蘭は加島に背を向けた状態でそう小声で問い詰める。 加島は愛蘭の背中を見つめながら、 「スタッフの子から、誰かさんが最近上の空でアホ面晒してるもんだから困る、って聞いたもんだからさ。オーナーとして喝入れに来てやったの!」 「はあ?誰がアホ面晒してるですって!」 巻き舌で怒りを露わに振り返る愛蘭に、 「やっとこっち見た。」 してやったりといった加島の顔に、愛蘭は唇を噛んでそっぽを向いた。 「何しに来たって聞いたんだけど。」 加島は愛蘭の隣にそっと立つ。 瞬間、愛蘭は身体をビクリとさせた。 加島は、フッと笑うと、 「お前さあ、今日この後空いてる?ちょっと付き合ってほしいんだけど。」 「つ、付き合うってどこに?」 「かすみがお店をオープンさせたろ?その開店祝いにさ。お前、プレゼントのセンスがいいじゃない?だから、一緒に選ぶの手伝ってほしいんだよ。」 ああ、そういうこと。 散々ありえないことだとわかっているはずなのに、何かを期待した自分が恥ずかしくて、愛蘭は眉間にしわを寄せると、 「わかった、買い物には付き合うわ。だから、とりあえずそこ退いて。」 だが、加島は動こうとしなかったため、愛蘭は苛立ったように加島を見上げると、 「ねえ、退いてって言ってー」 「買い物行った後はさ、ディナーを予約してるんだ。隣町にあるお好み焼きの店。前に食べに行きたいって
接待を終えた御子柴弥一(みこしば やいち)はいつもよりだいぶ遅くなったものの、ちゃんと帰宅しようとしていた。 今日の相手は得意先の中でもダントツで厄介な質で、酒好きな上に女好きとあって、そいつの接待には必ず美味しいお酒と華やかな女を用意しなければならなかった。 弥一自身もかなり酒を飲まされた上に、そのルックスから女たちは皆彼をロックオンすると、あからさまなボディタッチをするなどしてアピールしてきた。 残念ながら弥一がそれに釣られることはなく、むしろベタベタ触られたことで彼女たちの付ける香水の匂いが自分からもしていることにかなり苛立っていた。 車の空気を入れ替えようと後部座席の窓を
過去に思いを馳せていた弥一の耳に、「社長、着きましたよ。」と、三雲の声が響く。 一気に現実に引き戻された弥一は、反射的に「ああ。」と返して、シートベルトを外した。 そして、運転手が開けてくれたドアからその長い足を外に出しながら、 「今日は厄介な接待に付き合わせて悪かったな。明日の昼にでもこの埋め合わせをしたいから、予定空けといてくれよ。お前の大好きな寿司でも一緒に食いに行こう。じゃあ、お前も早く帰って休め。」 そう三雲に言って車を降りると、今度はドアを開けてくれた運転手に向かっていつものように「ありがとう。」と言った。運転手もまた、「とんでもございません。」と言って微笑む。弥一
そんなことに気づく由もない孫を尻目に、八重子はソファから立ち上がると、「じゃあ、あたしはそろそろお暇しようと思うのだけれど、その前に。かすみちゃん、荷物はもう部屋に運んだのかしら?」 かすみはゆったり微笑むと、「はい、荷物は全て午前の内に業者さんに手伝っていただいて運び終わりました。」 その返答に八重子は安心したように微笑むと、 「それなら良かった。弥一にはこの後すぐ荷物をまとめさせるけれど、それでもなんだかんだこの別荘に来るのには二、三日かかると思うわ。その間大丈夫?いつでも早苗はいてくれるとしても、何か心配事はない?」 かすみは首を横に降ると、「早苗さんが居てくださるので
見知らぬ女の唐突の挨拶に面食らった弥一はしばらくお辞儀したままの女を見つめていたが、女が顔を上げて再度自分と目が合うと、すぐさまハッとしたように我に返って女の挨拶を無視して八重子に向かって言った。 「おばあさま、誰ですかこの人?てか、何なんですかこの状況!」 そう尋ねながら、ちらりと女を見る。 その後、弥一は女のそばに寄りたくないのを隠す様子もなく、女から距離を取るようにわざと迂回して八重子に近づいていった。 その様子を見ていた八重子はこちらも不快な気持ちを一切隠すことなく、ありありとその顔に浮かべると、 「あんたみたいな女の見る目もなければ礼儀もなってないような人間を孫