Share

6話

Penulis: 佐伯れもん
last update Tanggal publikasi: 2026-04-21 11:06:52

そう言うと、女の子はその長い足で一直線に弥一たちに向かって歩いてくると、ソファにうなだれて座っている弥一を前にし、その腕を組んで仁王立ちした。

彼女の服装は上下紺色のセットアップで、上は胸元が大胆に開いた白いTシャツにジャケットを羽織り、下はショートパンツを履いていた。

そのショートパンツから覗く、長くて真っ直ぐな美脚を前に、三雲はごくりと唾を飲み込んだ。

そして、そのまま視線を上げて女の子を覗き見る。

そこには腰近くまで伸びた綺麗な栗色の髪に、透き通った肌の整った顔立ちがあった。

その小さな枠の中に、長いまつ毛のぱっちりした目と程よい高さで形の良い鼻、ぷっくりした色艶のいい唇が配置良く納められている。

まさに完璧なまでの美女だった。

そんな三雲お墨付きの美女は、その形の良い眉毛を軽く寄せると、未だうなだれたままの弥一を見下ろしている。

「ちょっと、聞こえてるんでしょ?何とか言いなさいよ!てか、こっち見なさいよ!」

そう言って、美女はその足に履いている高いピンヒールの靴の先で、弥一の革靴の先を軽く小突いた。

小突かれた弥一は、はあ、と短くため息を漏らすと、面倒くさそうに顔上げる。そうして、

「呼んだ覚えないんだけど?」

そのあまりにかったるそう物言いに、美女はさらに怒りの炎を燃やすと、

「こっちだって帰国して早々、こんなダッサい薄情人間の顔なんて拝みたくなかったわよ!」

「じゃあ帰ればいいだろ。」

「おばあさまからの言いつけじゃなきゃ、あたしだって来なかったわよ!」

その言葉に弥一はびくりと身体を震わせた。

「おばあさま?咲希、お前…おばあさまに頼まれてここに来たのか?」

咲希(さき)と呼ばれたその美女は、片方の口の端をくっ、と上げ、意地悪そうな表情になると、

「そうですけど?どうせお兄のことだから、結婚したタイミングでおばあさまが海外に行くってなったことで油断してたんでしょうけど、あたしが知ってるぐらいだから、お兄の行動なんて全ておばあさまに筒抜けよ?」

そう告げられた弥一の顔はみるみる青ざめていった。

"くそ、何でだ?早苗さんにはおばあさまに黙ってるよう念を押しておいた。てことは、あの女が告げ口したのか?"

「言っとくけど早苗さんがおばあさまに言ったわけでもなければ、かすみさんが告げ口したわけでもないからね!」

弥一の考えを見抜いたかのように、咲希はそう言って弥一に釘を刺す。

「かすみさん、って…お前あのおばさんと面識あるのか?」

咲希はその問いには答えずに、

「お兄はおばあさまの先見の目を侮りすぎなのよ。おばあさまには、あの日お兄が形式上折れたように見せただけで、実際はこの結婚を蔑ろにすることくらいはじめからお見通しだったってわけ。理解できた?」

弥一はうんざりしたように咲希から目を逸らせた。

と、同時に、ある考えが頭をよぎる。

今日、彼の初恋はあっさりと終わりを迎えた。

それは仕事の就業間際、突如として起こった。

面と向かって言われたわけではなく、たった一つのメッセージ、"私もう耐えられないの。どうせ一緒になれないのならいっそ、あなたの全てから離れることに決めたわ。"

そのメッセージを見た直後、弥一は掛け慣れたその番号に電話をしたが、返ってきたのは無機質な機械音の、

「おかけになった電話番号は現在使われておりません。」だった。

それでも何かの間違いではと、もう一度同じ番号に掛け直したが、返ってきたのはさっきと一言一句変わらないものだった。

"終わ、った?"

その不意に突きつけられた現実に、直後の弥一は打ちのめされていた。

だから、そんなに親しいわけでもない三雲を誘い、慣れない酒を煽ってまで気を紛らわせようとしたくらいだったのだが、自分が彼女に振られた直後、八重子の頼みだと言って咲希が現れた。

まるで祖母には、今日自分が誰かの手を借りなければならない状態になることが分かっていたかのような、測ったかのようなタイミングの良さであった。

だから人様に迷惑を掛けずに済むよう、事前に妹に報せておいて、こうして送りつけて来たのではないか?

つまり、八重子が彼女に圧をかけるなりして、自分に諦めさせるよう仕向けたのではないか?

その答えに至った弥一は、またしても心の中で"あのくそばばあ!"と罵ると、奥歯をギリギリと噛み締めた。

咲希はそんな弥一を一瞥し、

「いい歳して、いつまで現実から目を背ける気?今はまだホテルに泊まれてるからいいかもしれないけど、おばあさまが本気になったら、御子柴系列のホテルだけじゃなく、日本中でお兄が泊まれるホテルなんてなくなるんだからね?そうなった時は一体、毎日どこで夜を切り抜けるおつもりなんですかー?」

八重子の汚いやり口に苛立っている様子の弥一は、「好きにすればいいだろ?」と、投げやりな口調で返す。

そんな弥一に三雲は近くまで寄っていくと、小声で、

「おい、俺を置いてけぼりにするな。まさかと思うがこの美女、君の妹さんなのか?御子柴家って美男美女しか生まれないのか?」

と、言った。

彼の頭にはもう、この美女は一体誰なんだろうということしかなく、弥一の不機嫌さなど微塵も気にならなかった。

尋ねられた弥一は、眉間にしわを寄せると三雲とは反対の方へ顔を背け言った。

「うるさい。」

そう返された三雲は、弥一が酔っているのをいいことに、わざと拗ねたような態度になると、

「うるさいってことないだろ?飲みに誘っておきながら、自分だけ飲んで酔っ払って、俺はまだ一口も飲む食いしてないってのにお前の介抱してやったんだぞ?それなのに、うるさいだなんて…ひどいじゃないか。すごく傷付いた!」と、弥一の良心に訴えるように言った。

案の定、弥一は罰が悪そうな顔になると、次いでぼそりと、「ーつ下の妹だ。」と、言った。

妹!!

それを聞いた三雲はすぐさまちらりとそばに立っている咲希に視線を送った。

その視線に気づいた咲希は女神のような美しい笑顔を浮かべると、

「はじめまして、御子柴咲希と言います。クズなバカ兄が大変お世話になっております。」と言って、三雲に向かって軽く会釈をした。

三雲はその笑顔に、瞬時に顔を赤らめると、緊張のあまり咲希と目を合わせられず、目線を外したまま、

「いやいやいや、そんなお世話というほどのことは何も。あ、っと、僕は三雲って言います。三雲諭です。よろしくお願いします。」

と、しどろもどろに返す。

そんな三雲に咲希は、"照れちゃって可愛い♪"と、くすりと笑う。だが次の瞬間には厳しい目になり、その目を弥一に向けると、

「で、どうするの?近々終わりを迎えるホテル生活を今の内に満喫するのか、それともこれからは大人しく自分の家に帰るのか。どちらを選ばれます?」

まるで八重子の分身にでもなったかのように口うるさい咲希を前に、ついに弥一も堪忍袋の緒が切れた。

「どいつもこいつも御子柴家の女ときたら、なんでこうも皆ピーチクパーチクやかましいんだ?さてはお前ら、揃いも揃って前世は九官鳥かなんかだったんだろ?ホント、うるさいったらない。人の事情にとやかく口出してきて、暇なのか?余計なお世話なんだよ!俺のことはもうほっといてくれっ!」

そう叫ぶ弥一を、咲希は冷たい目で見下ろしながら、

「ほうっておくなんて無理よ。」

「なんでだよ?俺はもう22歳だぞ?社会人にだってなった!なのに何でお前らの監視下に置かれてないといけないんだよ!」

「お兄には女の見る目がないからよ!」

咲希は一切の躊躇なくそう言って弥一をバッサリと切った。

弥一は以前に八重子に言われたその言葉に、一瞬にして意気消沈すると、

「お前たちは彼女のことをよく知らないだろう?彼女は俺の運命の人だ。出会うべくして出会ったんだよ、俺たちは。彼女は俺をとても愛してくれたし、俺も彼女のことを愛してる。なぜこんな俺たちを引き離そうとするんだ?」

悲痛な面持ちでそう呟く弥一を前にしながら、咲希は場違いにも吹き出した。

信じられない、という目で彼は妹を見つめる。

「お前に人の心ってものはないのかよっ?」

咲希は必死に笑いを堪えながら、「いや、だって、お兄があまりにも可笑しいこと言うから。あんな性悪女が運命の相手だなんて!そうなったら、御子柴家の栄華もいよいよ終わるわね。」

そう言って心底可笑しそうに、お腹を抱えて笑った。

「咲希、お前!よく知りもしない人間を何でそんな風に言えるんだ?失礼にもほどがあるぞ!」

弥一の怒号に、咲希はその笑いを引っ込めると、

「ふーん、じゃあ。お兄の知ってる彼女ってどんな人なの?」

と、右手の人差し指に自身の髪の毛の先をくるくると巻きつけながら、さも生意気な態度で問いかける。

弥一はその態度にムッとしつつも、そこは深呼吸を一つ吐くことで心を落ち着かせてから、

「俺が出会った女性の中で、誰よりも愛らしくて優しい人だ。彼女ほど魅力的女性は他にいない。」と、真剣な表情でそう言い切った。

それを聞いた咲希は、顎に手を当てふむふむと頷くと、

「へ〜。そう、なるほどね。だからなのかしら?」

「なにがだよ?」

「いや?ただ…それほど魅力的な女性だからこそ、彼女はあちこちにその魅力を振りまいては男を食い漁ってるのかな、って。」

「は?」

「ああ、ごめんごめんごめん。なんでもない、失言だったわ。忘れて。」

咲希はわざと慌てふためくような素振りをして見せた。

もちろん弥一が見逃すはずもなく、

「一体、誰の話をしてるんだ?男を食い漁る?」

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   144話

    とある日曜日。 海老原市の別荘にある自室で、弥一は一人ベッドに横になっていた。 あの日ー 最後にかすみと別れたあの日から既に2ヶ月が経過したが、あれから何度かすみに連絡してみても返事は一度もなかった。 巴とジョンも、あの日を境に仕事が忙しくなったのか、結局何の説明もないままに二人は海外へと飛び立った。今はどうやらE国に行っているらしいことを後々咲希から聞いた。 弥一は力なく寝返りを打つと仰向けになった。 真っ暗な部屋にも何時間といれば目が慣れてくる。 天井の壁の模様を眺めながら、弥一は力なくため息を吐いた。 ありがたいことに、平日は仕事で忙しく、余計なことを考える暇がない。 だがその代償として、休日になると襲ってくるありとあらゆる思考の波に、ベッドから起き上がることさえ難しい。 家族だったり、三雲や愛蘭や加島、冬馬までもが心配して連絡を寄越してくるが、むしろその気遣いが今の弥一には苦痛でしかなかった。 あの日以降、櫂斗という人物を個人的に調べている。 才覚溢れる敏腕CEOだが、使えないとわかったら部下だろうが取引先だろうが、問答無用で切るような利己的で冷酷非道な人間であることがわかった。 でも、どうやらそれだけではないようでー 店主不在のかすみの店は、オープンすることすらできないままかと思いきや、当初の予定通りに次の日にオープンしたし、なんなら初日から繁盛していた。 弥一が見に行った時には、少なくとも三人の人間が働いているようで、店は大変な賑わいを見せていた。 さらには、かすみの意見を第一に考えているかのように、営業時間もメニューも彼女が言っていた通りのものだった。 まるで、いつか彼女が戻ってきた時に難なく仕事を引き継げるようにしているかのようであった。 では、ここまでのことを、一体誰が事前に手配していたというのか。 あの男がかすみを恐怖で縛りつけているのは間違いない。 だが、それと同時に、あの男がかすみを特別に思っていることも間違いないー 今の弥一にとって一縷の望みは、かすみの店がかすみの理念に沿って経営している以上、いずれ彼女は戻ってくるだろうということだった。 ただ、それがいつになるのかがわからない。 何ヶ月後か、あるいは何年か後か。 ときに、時間の流れは人の思い

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   143話

    かすみが二人のために用意してくれたのはネギと玉子のシンプルなうどんだった。 だが、共にテーブルを囲むかすみの前には何も置かれていない。 櫂斗はちらりとかすみに目をやったが、結局は何も言わずに席に着いた。 「いただきます。」と手を合わせる羽柴に対し、櫂斗は無言で食べ始める。 そして一言、 「味が薄い。」 羽柴の手から箸が滑り落ちた。 「大丈夫ですか、羽柴さん⁉︎別のお箸を持ってきましょうか?」 立ち上がったかすみに羽柴は慌てて、 「テーブルの上に落ちただけですから大丈夫です。」 羽柴はかすみにはニコニコと笑って、箸が落ちた箇所を布巾で拭いた。 拭きながら、目線は隣りに座る櫂斗を凝視する。 文句を付けておきながら、食べる手を一切休めない櫂斗に、羽柴は目を細めた。 「これ以上俺を見るつもりなら、今すぐこの箸をお前の目に突き立ててやるぞ。」 羽柴はムッとしたような顔つにきなって、 「こちらこそ。思ってもないような失礼なことを言うだけの口なら、いっそのこと一思いに縫って差し上げましょうか?」 互いに睨み合う男二人に、かすみは困った顔で、 「お二人とも。うどん、伸びますよ?」 羽柴は「すみません。」と、席に座り直し、再度手を合わせてからうどんをすすった。 昆布の旨みが存分に引き出された優しい味付けの出汁に、ふんわりとした溶き卵とネギが絡みついたうどんはたまらなく美味しかった。 箸が止まらない羽柴は、そのまま汁まで残すことなく一気に食べ切った。 ふう、と羽柴は息を吐くと、 「久々にかすみ様の料理が食べられました。感無量です。ごちそうさまでした。」 手を合わせる羽柴に、かすみは、 「そんな大層なものは作っておりませんが、お口に合ったのなら幸いでー」 かすみの前に、ずいっと器が差し出された。 かすみが目線を上げると、無表情の櫂斗が空になった器を手に、それをかすみへと差し出している。 「ーおかわり、ですか?」 「それ以外に何がある?」 かすみは器を受け取ると、立ち上がりながら、 「少し味を濃くしますね。」 「余計なことはするな。」 かすみは眉根を少し寄せて、 「薄かったのですよね?」 櫂斗はふんぞり返るようにして腕を組むと、 「こんな夜中に味の濃

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   142話

    荷物を運び終え一息ついている櫂斗に、羽柴が声を掛ける。 「櫂斗様、悠長にしていられる時間はありません。あっちの件もそうですが、何よりも先ず優先すべきことはかすみ様とのことです。小5男子みたいな態度をとっている場合じゃありませんよ。もっと大人の男性らしく振る舞わないと!」 「小5男子みたいな態度とは何だ?」 羽柴はため息を吐くと、 「好きな子に対して意地悪な態度を取ることです。」 絶句している櫂斗に、羽柴はさらに言葉を続けて、 「意識するあまりそうなってしまうのだとは思いますが…いいですか、櫂斗様?そんな態度じゃ伝わるものも伝わりませんよ?」 羽柴はさらに櫂斗に詰め寄ると、 「何度も言いますが我々には時間があまりありません。間違いないために、後悔しないために、素直になることが一番なんです。いいですか、素直ですよ!」 「気色悪い顔を近づけるなっ。」 櫂斗は不愉快そうに眉間を寄せると、羽柴から距離を取った。 「お前こそ、いい加減俺がかすみを好きだと決めつけてくるのはやめろ。そんな幻想は二度と抱くな。わかったか?」 「フラワースタンドのメッセージにあんなことを書いて?」 櫂斗は羽柴から視線を逸らすと、 「羽柴、お前はジョークってものを知らないのか?それに、だ。よく考えてみろ。あいつはこの俺に相応しいと思うか?いいとこ俺専用の家政婦ってくらいだろ。あんな芋娘、俺の伴侶になど到底値しないー」 どこか遠くを見るような目の櫂斗に、羽柴は再度ため息を吐いた。 (だったら俺専用とか言うなよな) 「いいですよ。認めたくないのなら、認めなくても構いません。ただ、私が主のためにできる限りやるまでです。」 「余計なことはするな。」 「いいえ、します。何せ、我が主は小学5年生ですからね。手が掛かるのは当然です。」 「誰が小学生5年生だ?」 睨みつける櫂斗に、羽柴は真剣な表情で、 「櫂斗様が心配するのも無理はありません。あなたはかすみ様が再び母親の毒牙にかかることを恐れているのでしょう?」 櫂斗はぴくりと眉を動かした後、目を細めた。 「櫂斗様は、かすみ様との思い出作りに来日されたつもりなのかもしれませんが、私はそれだけで終わるつもりはありません。お二人の未来のためにも、今度こそ茉莉(まつり)をブタ箱

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   141話

    そんな祖母のお葬式の場ですぐさま始まったのが、親戚たちによる遺産相続争いだった。 祖父母は家をはじめとするすべてをかすみへと遺すと言ってくれていたが、肝心の遺言書が見つからなかった。 そんな中、ギャンブル好きで知られる祖父の弟夫婦が、生前兄は遺産は全て自分とその家族にやると言われていたと言い始め、彼らが連れてきた弁護士がその証言を裏付ける書類を提示して皆に見せた。 かすみはせめてこの家だけでも自分に譲って欲しいと頼み込んだが、一切聞く耳を持ってもらえなかった。 そして祖母のお葬式後、かすみはあっという間に家を追い出され、この家もギャンブルで作った借金返済のためにすぐさま競売にかけられてしまったのだったーー そして、時を経たずしてどこぞのお金持ちがこの家を買い取ったと聞いたが、まさかそれが櫂斗だったとはー 「そんなことをしてお金をみせつけたら、その後も何かにつけてタカりにきたんじゃありませんか?」 どこか蔑んだような言い方をするかすみに、櫂斗は手の中の置物をそっと元の位置に戻すと、 「黙らせた、と言ったろう?ゴミクズみたいな人間の扱いなら慣れている。2億払って、それで奴らとはおしまいだ。」 かすみは櫂斗を真っ直ぐに見上げると、 「ありがとうございます、櫂斗さん。本当に・・・ありがとうございます。」 祖父母の靴を抱きしめ、かすみは櫂斗に深々と頭を下げた。 櫂斗はかすみを見下ろして、 「礼なら羽柴に言え。俺だったらこんな気味悪い家、例えタダでも買わなかっただろうからな。」 そこへ、荷物を手に抱えた羽柴が現れ、大きなため息を吐いた。 振り返る櫂斗に、羽柴は視線で訴える。 櫂斗は眉間にしわを寄せ、チッと舌打ちをすると、 「俺に報いたいのなら、キッチリとこの分の対価を払うことだな。何、時間はたっぷりある。これからゆっくりと返していってもらうさ。」 どこがたっぷりだ、限られた時間しかないというのにーー 羽柴は切羽詰まったような顔をした。 薄ら笑いを浮かべる櫂斗に、かすみの顔からスッと温度が消えると、 「もちろんです。」 櫂斗は鼻で笑って、 「家中の明かりをつけろ。それが終わったら冷蔵庫にあるもので何か夜食でも作っておけ。」 そう命令すると、荷物を運びにさっさと戻って行ってしまう。

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   140話

    「え?」 車から降りたかすみは、目の前の日本家屋に目を丸くした。 あれから何度かサービスエリアに寄ったのだが、その名前に、時折目にする看板の文字に、おそらく東北に向かっているのだろうということは見当がついていた。 しかしー 立派な日本家屋を前に立ち尽くしているかすみの姿を、櫂斗はしばらくの間黙ってみつめていたのだったが、ふいに、 「おい。」 と、声をかける。 かすみは肩をビクリとさせると、ためらいがちに振り返った。 「なぜ、ここに?」 かすみの質問に、櫂斗は顎を少し上げてかすみを見下ろすと、 「しばらくはここに身を置く。さっさと荷物を移動させろ。」 そこへ、すかさず羽柴が、 「かすみ様、荷物は私が責任を持ってお運びいたします。なので、先に行って家の明かりをつけてきてもらえませんか?鍵は開けておきましたので。」 かすみの戸惑った目に、羽柴は優しく笑って、頷いてみせた。 かすみは再度日本家屋に振り返ると、ゆっくりとそこへ向かって歩き出すり 門を跨ぎ、吸い込まれるようにして歩き出したかすみに、櫂斗は荷物を下ろす手を止めると、「後はやっておけ。」と羽柴に言い残してかすみの後を追う。 かすみは家屋の引き戸に手をかけたものの、開けられないでいた。 その間に櫂斗はかすみに追いついたが、1メートルほど後ろでその足を止める。 背後の櫂斗に気づかないかすみは、そこで目を閉じると大きく深呼吸をした。 そして意を決したように目を開けると、一気に引き戸を引く。 かすみがここを訪れるのは実に8年ぶりだった。 暗くて良くは見えなかったものの、不思議なことに古びた空気の匂いはしなかった。 そして、例え暗くてもかすみの身体がこの家の間取りを未だにちゃんと覚えていた。 彼女は玄関で靴を脱ぐと、数メートル先の壁まで歩いていき、そこにある三つのスイッチの中の真ん中を押した。 すると、パッと辺りが明るくなる。 明かりに照らされ露わとなった玄関に、かすみは息を呑んだ。 ピカピカに磨き上げられた床に敷かれた玄関先の敷物は、真新しいものの、かすみが祖父母と暮らしていた時と全く同じ柄のものだった。 玄関先の靴箱の上には、祖母が集めていた可愛らしいカエルの置物たち(カエルと帰るを掛けて、大事な人たちが無事に帰

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   139話

    空港を出たかすみたちは、再度羽柴の運転する車で移動していた。ただ、今度の車はアルファードだったために、軽自動車の時のような圧迫感は皆無だった。櫂斗は上質な皮のシートで難なく脚を組んでは、流れる外の景色を眺めていた。時折、窓ガラスに反射したかすみを盗み見ては、彼女の様子を見張る。羽柴も時折、バックミラーで二人の様子を気に掛けては、「喉は渇いていませんか?お腹はどうです?」「お手洗いは大丈夫ですか?次のサービスエリアでトイレ休憩にしましょうか?」と、声を掛けた。だが、かすみは、こんな姿で外なんて歩けない、という思いから、トイレに行く必要がないよう羽柴が差し出した水を受け取らなかった。櫂斗も櫂斗で、「俺はいい。」と断る。そんなわけで、車は一度も休憩を挟むことなく、ひたすら高速道路を走るのだった。とはいえ、空港を出てそろそろ5時間。かすみの我慢も限界に達していた。ただでさえ緊張するような場面に5時間。かすみの口の中はもはや唾液すらまともに出ていなかった。だが、それよりも深刻なことがあった。1時間ほど前からトイレに行きたくてたまらないのである。かすみはちらりと横にいる櫂斗を盗み見た。自分と同じ状況のはずのに、隣の彼はいつも通り、余裕綽々とした様子であった。トイレに行きたい。けど、こんな格好で出歩きたくない。そんな思いの狭間に揺れるかすみは、困ったように眉根を寄せている。するとー「羽柴、次のサービスエリアでおろせ。タバコが吸いたい。」主の注文に、羽柴はすぐさま、「承知いたしました。」と答えた。幸いなことに、次のサービスエリアはここから2キロほど先の距離であったため、数分走っただけで着くことができた。羽柴が車を停めると、櫂斗は流れるような動作で車から降りた。と、すぐさまかすみ側のドアが開けられ、そこから姿を現した櫂斗が一言、「降りろ。」と、かすみに命令する。かすみが戸惑ったように目を泳がせたので、櫂斗はその目を細めると、「俺にペットボトルか、何かちょうどいい容器でも持って来させる気か?」最初は櫂斗の言葉の意味がわからなかったかすみだったが、すぐさま意味が理解できたのか、次にその顔を赤くした。そんなかすみに櫂斗は、「さっさと降りてトイレに行ってこい。」かすみは唇を引き結ぶと、そろりそろりと車から降り、少し前屈みになってト

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   5話

    三雲は、信じられないといった様子で弥一を見つめていた。 ウォッカとはいえ、弥一が口にしたのはほんの小さなグラスにたったの二杯である。 そんな量で泥酔って… そもそも、そんなに酒が弱いならウォッカなんて頼むなよ! しかもこっちはまだ一口も飲んでもいなければ食べてもいないってのに。独りよがりが過ぎるだろ! と、一通り頭の中で喚き散らかしてから、はあ、とくたびれたように息を吐き出した。そして、仕方なしに弥一の介抱に取り掛かる。 彼は弥一の肩に手を掛けると、そのまま優しく揺さぶり起こそうとした。 弥一は嫌そうに「うーん。」と低く呻くだけで、目を開けようとさえしない。 三

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   4話

    過去に思いを馳せていた弥一の耳に、「社長、着きましたよ。」と、三雲の声が響く。 一気に現実に引き戻された弥一は、反射的に「ああ。」と返して、シートベルトを外した。 そして、運転手が開けてくれたドアからその長い足を外に出しながら、 「今日は厄介な接待に付き合わせて悪かったな。明日の昼にでもこの埋め合わせをしたいから、予定空けといてくれよ。お前の大好きな寿司でも一緒に食いに行こう。じゃあ、お前も早く帰って休め。」 そう三雲に言って車を降りると、今度はドアを開けてくれた運転手に向かっていつものように「ありがとう。」と言った。運転手もまた、「とんでもございません。」と言って微笑む。弥一

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   3話

    そんなことに気づく由もない孫を尻目に、八重子はソファから立ち上がると、「じゃあ、あたしはそろそろお暇しようと思うのだけれど、その前に。かすみちゃん、荷物はもう部屋に運んだのかしら?」 かすみはゆったり微笑むと、「はい、荷物は全て午前の内に業者さんに手伝っていただいて運び終わりました。」 その返答に八重子は安心したように微笑むと、 「それなら良かった。弥一にはこの後すぐ荷物をまとめさせるけれど、それでもなんだかんだこの別荘に来るのには二、三日かかると思うわ。その間大丈夫?いつでも早苗はいてくれるとしても、何か心配事はない?」 かすみは首を横に降ると、「早苗さんが居てくださるので

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   2話

    見知らぬ女の唐突の挨拶に面食らった弥一はしばらくお辞儀したままの女を見つめていたが、女が顔を上げて再度自分と目が合うと、すぐさまハッとしたように我に返って女の挨拶を無視して八重子に向かって言った。 「おばあさま、誰ですかこの人?てか、何なんですかこの状況!」 そう尋ねながら、ちらりと女を見る。 その後、弥一は女のそばに寄りたくないのを隠す様子もなく、女から距離を取るようにわざと迂回して八重子に近づいていった。 その様子を見ていた八重子はこちらも不快な気持ちを一切隠すことなく、ありありとその顔に浮かべると、 「あんたみたいな女の見る目もなければ礼儀もなってないような人間を孫

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status