Se connecterそう言うと、女の子はその長い足で一直線に弥一たちに向かって歩いてくると、ソファにうなだれて座っている弥一を前にし、その腕を組んで仁王立ちした。
彼女の服装は上下紺色のセットアップで、上は胸元が大胆に開いた白いTシャツにジャケットを羽織り、下はショートパンツを履いていた。 そのショートパンツから覗く、長くて真っ直ぐな美脚を前に、三雲はごくりと唾を飲み込んだ。 そして、そのまま視線を上げて女の子を覗き見る。 そこには腰近くまで伸びた綺麗な栗色の髪に、透き通った肌の整った顔立ちがあった。 その小さな枠の中に、長いまつ毛のぱっちりした目と程よい高さで形の良い鼻、ぷっくりした色艶のいい唇が配置良く納められている。 まさに完璧なまでの美女だった。 そんな三雲お墨付きの美女は、その形の良い眉毛を軽く寄せると、未だうなだれたままの弥一を見下ろしている。 「ちょっと、聞こえてるんでしょ?何とか言いなさいよ!てか、こっち見なさいよ!」 そう言って、美女はその足に履いている高いピンヒールの靴の先で、弥一の革靴の先を軽く小突いた。 小突かれた弥一は、はあ、と短くため息を漏らすと、面倒くさそうに顔上げる。そうして、 「呼んだ覚えないんだけど?」 そのあまりにかったるそう物言いに、美女はさらに怒りの炎を燃やすと、 「こっちだって帰国して早々、こんなダッサい薄情人間の顔なんて拝みたくなかったわよ!」 「じゃあ帰ればいいだろ。」 「おばあさまからの言いつけじゃなきゃ、あたしだって来なかったわよ!」 その言葉に弥一はびくりと身体を震わせた。 「おばあさま?咲希、お前…おばあさまに頼まれてここに来たのか?」 咲希(さき)と呼ばれたその美女は、片方の口の端をくっ、と上げ、意地悪そうな表情になると、 「そうですけど?どうせお兄のことだから、結婚したタイミングでおばあさまが海外に行くってなったことで油断してたんでしょうけど、あたしが知ってるぐらいだから、お兄の行動なんて全ておばあさまに筒抜けよ?」 そう告げられた弥一の顔はみるみる青ざめていった。 "くそ、何でだ?早苗さんにはおばあさまに黙ってるよう念を押しておいた。てことは、あの女が告げ口したのか?" 「言っとくけど早苗さんがおばあさまに言ったわけでもなければ、かすみさんが告げ口したわけでもないからね!」 弥一の考えを見抜いたかのように、咲希はそう言って弥一に釘を刺す。 「かすみさん、って…お前あのおばさんと面識あるのか?」 咲希はその問いには答えずに、 「お兄はおばあさまの先見の目を侮りすぎなのよ。おばあさまには、あの日お兄が形式上折れたように見せただけで、実際はこの結婚を蔑ろにすることくらいはじめからお見通しだったってわけ。理解できた?」 弥一はうんざりしたように咲希から目を逸らせた。 と、同時に、ある考えが頭をよぎる。 今日、彼の初恋はあっさりと終わりを迎えた。 それは仕事の就業間際、突如として起こった。 面と向かって言われたわけではなく、たった一つのメッセージ、"私もう耐えられないの。どうせ一緒になれないのならいっそ、あなたの全てから離れることに決めたわ。" そのメッセージを見た直後、弥一は掛け慣れたその番号に電話をしたが、返ってきたのは無機質な機械音の、 「おかけになった電話番号は現在使われておりません。」だった。 それでも何かの間違いではと、もう一度同じ番号に掛け直したが、返ってきたのはさっきと一言一句変わらないものだった。 "終わ、った?" その不意に突きつけられた現実に、直後の弥一は打ちのめされていた。 だから、そんなに親しいわけでもない三雲を誘い、慣れない酒を煽ってまで気を紛らわせようとしたくらいだったのだが、自分が彼女に振られた直後、八重子の頼みだと言って咲希が現れた。 まるで祖母には、今日自分が誰かの手を借りなければならない状態になることが分かっていたかのような、測ったかのようなタイミングの良さであった。 だから人様に迷惑を掛けずに済むよう、事前に妹に報せておいて、こうして送りつけて来たのではないか? つまり、八重子が彼女に圧をかけるなりして、自分に諦めさせるよう仕向けたのではないか? その答えに至った弥一は、またしても心の中で"あのくそばばあ!"と罵ると、奥歯をギリギリと噛み締めた。 咲希はそんな弥一を一瞥し、 「いい歳して、いつまで現実から目を背ける気?今はまだホテルに泊まれてるからいいかもしれないけど、おばあさまが本気になったら、御子柴系列のホテルだけじゃなく、日本中でお兄が泊まれるホテルなんてなくなるんだからね?そうなった時は一体、毎日どこで夜を切り抜けるおつもりなんですかー?」 八重子の汚いやり口に苛立っている様子の弥一は、「好きにすればいいだろ?」と、投げやりな口調で返す。 そんな弥一に三雲は近くまで寄っていくと、小声で、 「おい、俺を置いてけぼりにするな。まさかと思うがこの美女、君の妹さんなのか?御子柴家って美男美女しか生まれないのか?」 と、言った。 彼の頭にはもう、この美女は一体誰なんだろうということしかなく、弥一の不機嫌さなど微塵も気にならなかった。 尋ねられた弥一は、眉間にしわを寄せると三雲とは反対の方へ顔を背け言った。 「うるさい。」 そう返された三雲は、弥一が酔っているのをいいことに、わざと拗ねたような態度になると、 「うるさいってことないだろ?飲みに誘っておきながら、自分だけ飲んで酔っ払って、俺はまだ一口も飲む食いしてないってのにお前の介抱してやったんだぞ?それなのに、うるさいだなんて…ひどいじゃないか。すごく傷付いた!」と、弥一の良心に訴えるように言った。 案の定、弥一は罰が悪そうな顔になると、次いでぼそりと、「ーつ下の妹だ。」と、言った。 妹!! それを聞いた三雲はすぐさまちらりとそばに立っている咲希に視線を送った。 その視線に気づいた咲希は女神のような美しい笑顔を浮かべると、 「はじめまして、御子柴咲希と言います。クズなバカ兄が大変お世話になっております。」と言って、三雲に向かって軽く会釈をした。 三雲はその笑顔に、瞬時に顔を赤らめると、緊張のあまり咲希と目を合わせられず、目線を外したまま、 「いやいやいや、そんなお世話というほどのことは何も。あ、っと、僕は三雲って言います。三雲諭です。よろしくお願いします。」 と、しどろもどろに返す。 そんな三雲に咲希は、"照れちゃって可愛い♪"と、くすりと笑う。だが次の瞬間には厳しい目になり、その目を弥一に向けると、 「で、どうするの?近々終わりを迎えるホテル生活を今の内に満喫するのか、それともこれからは大人しく自分の家に帰るのか。どちらを選ばれます?」 まるで八重子の分身にでもなったかのように口うるさい咲希を前に、ついに弥一も堪忍袋の緒が切れた。 「どいつもこいつも御子柴家の女ときたら、なんでこうも皆ピーチクパーチクやかましいんだ?さてはお前ら、揃いも揃って前世は九官鳥かなんかだったんだろ?ホント、うるさいったらない。人の事情にとやかく口出してきて、暇なのか?余計なお世話なんだよ!俺のことはもうほっといてくれっ!」 そう叫ぶ弥一を、咲希は冷たい目で見下ろしながら、 「ほうっておくなんて無理よ。」 「なんでだよ?俺はもう22歳だぞ?社会人にだってなった!なのに何でお前らの監視下に置かれてないといけないんだよ!」 「お兄には女の見る目がないからよ!」 咲希は一切の躊躇なくそう言って弥一をバッサリと切った。 弥一は以前に八重子に言われたその言葉に、一瞬にして意気消沈すると、 「お前たちは彼女のことをよく知らないだろう?彼女は俺の運命の人だ。出会うべくして出会ったんだよ、俺たちは。彼女は俺をとても愛してくれたし、俺も彼女のことを愛してる。なぜこんな俺たちを引き離そうとするんだ?」 悲痛な面持ちでそう呟く弥一を前にしながら、咲希は場違いにも吹き出した。 信じられない、という目で彼は妹を見つめる。 「お前に人の心ってものはないのかよっ?」 咲希は必死に笑いを堪えながら、「いや、だって、お兄があまりにも可笑しいこと言うから。あんな性悪女が運命の相手だなんて!そうなったら、御子柴家の栄華もいよいよ終わるわね。」 そう言って心底可笑しそうに、お腹を抱えて笑った。 「咲希、お前!よく知りもしない人間を何でそんな風に言えるんだ?失礼にもほどがあるぞ!」 弥一の怒号に、咲希はその笑いを引っ込めると、 「ふーん、じゃあ。お兄の知ってる彼女ってどんな人なの?」 と、右手の人差し指に自身の髪の毛の先をくるくると巻きつけながら、さも生意気な態度で問いかける。 弥一はその態度にムッとしつつも、そこは深呼吸を一つ吐くことで心を落ち着かせてから、 「俺が出会った女性の中で、誰よりも愛らしくて優しい人だ。彼女ほど魅力的女性は他にいない。」と、真剣な表情でそう言い切った。 それを聞いた咲希は、顎に手を当てふむふむと頷くと、 「へ〜。そう、なるほどね。だからなのかしら?」 「なにがだよ?」 「いや?ただ…それほど魅力的な女性だからこそ、彼女はあちこちにその魅力を振りまいては男を食い漁ってるのかな、って。」 「は?」 「ああ、ごめんごめんごめん。なんでもない、失言だったわ。忘れて。」 咲希はわざと慌てふためくような素振りをして見せた。 もちろん弥一が見逃すはずもなく、 「一体、誰の話をしてるんだ?男を食い漁る?」かすみは、ハッと何かに気づいたように目を開くと、 「わかりましたっ!一緒に行きますから、誰にも手を出さないでください!」 「何言ってるんだ、かすみさん!ダメに決まってるだろう!」 弥一はすかさずかすみにそう叫び、 櫂斗は、心外だ、というように眉根を下げると、 「なるほど・・・やっぱりお前の中での俺は、簡単に暴力を振るう人間なんだな。」 「それはー」 「やめろよ、その言い方!わざと彼女に罪悪感を抱かせるようとしてんのが見え見えなんだよ!」 「そんなこと微塵も考えていなかったけど。でも、良かった。かすみは俺と来てくれるらしいんでね、そろそろ互いに手を離そうか?」 「連れていかせねーって言ってんだろ。」 「ちょっと‼︎さっきからあたしのことほったらかしにしないでよ!」 こんなにも可愛い自分を差し置いて、目の前の男たちが平凡なおばさんなんかを取り合っていることに、雪菜は我慢がならなかった。 だがー 「「うるさいっ‼︎」」 二人からそう怒鳴りつけられ、雪菜は悔し涙を浮かべると、唇を強く噛んだ。 見かねたかすみが二人の間に割って入り、胸ぐらを掴み合う手を離させる。 かすみは弥一に背を向けて立つと、正面に立つ櫂斗を見上げて、 「櫂斗さん、ここを片付けてから出て行ってもいいですか?」 「かすみさんっ‼︎」 だが、かすみは弥一の方を振り返りもしない。 櫂斗は満足そうな笑みを浮かべると、 「悪いがそんな時間はない。必要なものだけ持ったらすぐに出るぞ。」 「ーわかりました。では、少々お待ちください。」 そこで踵を返したかすみの目が、今に泣き崩れそうな弥一を捉えた。 かすみの胸が、酷く、痛む。 かすみは胸の痛みから逃れるように俯くと、弥一の横を何も言わずにスッと通り抜けた。 しかし、弥一はかすみの腕を素早く掴むと、 「無視しないでよ!」 「ー離してください。」 「かすみさんが付いていく必要なんてないじゃないか!」 「離して・・・」 「俺は、そんなに頼りにならないの?」 「・・・・・・」 弥一はかすみの握る手に力を込めると、 「行かないで。」 震える弥一の声に、かすみの心が揺れる。 しかしー 「かすみ。」 深淵から響いてくるような、低く湿ったそ
「はあ⁉︎唐突に何をー」 吠える弥一だったが、そこで櫂斗の携帯電話がメッセージを受信した。 「失礼。」と、櫂斗が携帯電話を取り出しメッセージを確認したために、弥一の言葉は無理矢理中断させられる。 メッセージを確認した櫂斗は目を細めると、携帯電話をスーツの内ポケットに戻した。 「申し訳ありませんが、急がなければならない事情ができてしまいました。ですので、簡潔にこちら側の要望をお伝えいたします。」 櫂斗はそこで真っ直ぐにかすみを見つめると、 「かすみ、俺と一緒に来い。」 もう我慢ならなかった弥一は櫂斗の胸ぐらに掴み掛かると、 「何なんだよ、あんた!いきなり出てきて、引っ掻き回すようなことして!」 櫂斗はそれでも涼しい顔をして笑うと、 「いいですね、その勢い。若造って感じが全面に出てて、僕は好きですよ?けど、さっき言った通り急がなければならないんです。外野はひっこんでてください。」 「外野はあんたの方だろう!それに、かすみさんがあんたに付いていくわけない。彼女はどう見たってあんたに怯えてる。そんなこともわからないのか?」 櫂斗はちらりとかすみに目をやると、戸惑ったように瞳を揺らすかすみと目が合った。 櫂斗はそのままかすみを見ていたが、弥一の「聞いてるのかよ!」の声に、視線を彼へと戻すと、 「何でしたっけ?」 弥一は奥歯をギリっと噛み締め、 「だから!雪菜を連れてここから立ち去れっていってるんだ!従わないなら警察を呼ぶ。」 そんな弥一の脅し文句に、櫂斗は、プッと吹き出した。 「な、何がおかしいんだよ?」 櫂斗は、くっくと笑いながら、 「いやあ、いいですね御子柴さん。想像通りの真っ直ぐな方だ。真っ直ぐで、若くて、青くてー」 と、そこで櫂斗は弥一の胸ぐらを掴み返すと、グッと自身に引き寄せ、そして、 「反吐が出る。」 弥一は眼前に迫った櫂斗の漆黒の目に、思わず怯んでしまう。 櫂斗は、ニッと笑うと、 「俺が誰だかわかったんだろう?勝てる見込みがないとわかっていながら、それでも楯突いてきたその度胸は認めるよ。けど、お利口さんな君のことだ。事の結末はわかってるんだろう?なら、大人しくかすみを差し出せ。」 「なっー」 「別にタダでとは言わない。だから、ほら。代わりにあの女を連れてき
「櫂斗さん、だったんですか?」 目を丸くして戸惑うかすみと同様に、弥一も驚きを隠せなかった。 (お兄さんのこと名前で・・・しかも“さん”付けでも呼ぶのか?それにー) 花のことはあまり詳しくない弥一だったが、それでも、あのスタンド花には、自分が贈った花束にも使用したスミレの花が含まれていたのを思い出した。 つまりー (この人もかすみさんの好きな花を知っていた?) 兄弟なのだからお互いの好きなものを把握しているのは不思議なことじゃない。 けど。 弥一の中で急に、言葉で言い表せない焦燥感が生まれる。 そんな弥一を他所に、櫂斗はかすみの顔に浮かんだ表情に苦笑した。 「まあ、俺からだとは予想だにしなかっただろうな?俺なりにあのメッセージに想いを込めたつもりだったが・・・」 そこで櫂斗はちらりと弥一を見ると、 「むしろ誤解を招いただけだったか。悪かったな。彼からじゃなくて。」 まるで、かすみがそう期待していたことを見抜いたような櫂斗の言葉に、かすみは動揺したように目を泳がせた。 (メッセージ?それに、俺からじゃなくて悪かった、って) メッセージの内容がわからない弥一は訝しむように眉を寄せ、それから、 「かすみさん、メッセージって何?何て書かれていたの?」 自分からだと勘違いするようなものって、一体どんな言葉なのだろう、という、安直な好奇心から聞いたものだった。 がー かすみはなぜか自分のその簡単な問いに、サッと答えてくれない。 「かすみさん?」 「御子柴さん、そんなに気になるなら見に行ってらどうですか?目につきやすい位置に添えてあるはずですから、すぐに見つけられると思いますよ?」 弥一はムッとすると、 「あなたには聞いてません。それに、一方的に俺のことを知っているなんてフェアじゃないと思いませんか?俺はあなたがどこの誰かもわからないのに。」 櫂斗は「失敬。」と鼻で笑うと、胸ポケットから名刺を取り出して、 「宗方櫂斗(むなかた かいと)と申します。」 (宗方?宗方、って。まさかー) 弥一も驚いたが、雪菜も心底驚いた。 櫂斗は雪菜に名前は教えてくれたものの、苗字までは教えてくれていなかったのだった。 そんな櫂斗の新たな姿を目に、この瞬間から、雪菜の関心は完全に弥一から
(死んだことにしてとんずら?とんずらって何だ?というか、一体さっきから何の話をしているだ?) 会話の内容に加え、兄弟とは到底思えない二人の空気感に、弥一の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。 しかし、櫂斗を目の前にして身体をこわばらせているかすみに、弥一はそのことを追求するより先にかすみの盾となるべく二人の間に入った。 すぐさまかすみが、「ダメです!」と自身が弥一の盾になろうとするが、弥一はそれを手で優しく制した。 弥一は櫂斗の目を真っ直ぐに見据える。 弥一が前に出てきたことに雪菜はすぐさま反応すると、 「弥一!」 呼ばれた弥一はちらりと雪菜を見た。 久々に弥一が自分を見てくれたことに、雪菜は胸が高鳴る。 何か期待を込めたような目の雪菜に対し、弥一は温度のない目で雪菜を見下ろしながら、 「この人とはどういう関係?」 (やだ!弥一ったら案の定彼に嫉妬しちゃってる!) 雪菜は顔がニヤけそうになるのを必死になって堪えると、澄ました顔で、 「見ての通りだけど?」 そう言って、雪菜はより一層、櫂斗の腕に密着するように絡みつけると、笑ってみせる。 瞬間、そうされた櫂斗の顔に浮かんだうんざり顔を、弥一は見逃さなかった。 こっちもこっちで詳細はよくわからないが、目の前の男が雪菜にその気がないことだけは明らかであった。 弥一が嫉妬していると勘違いしている雪菜は、さらに弥一の嫉妬心を煽ろうと、 「そんなにあたしと彼との関係が気になるの?まあ、そうね。敢えて言葉にするとしたらー」 「黙って。」 これ以上雪菜に喋らせたところで有益な情報は得られないだろう。 そう考えた弥一は早々に雪菜の話を遮った。 かすみに声を掛けた時とは打って変わって、冷えた口調でばっさりと切ってきた弥一に、雪菜はツヤツヤと輝く唇を噛むと、忌々しいといった目つきになった。 そしてその目を、弥一の背中で守られているかすみへと向ける。 目の前の男たちの光景に気が気でないかすみは、その雪菜の毒々しい視線に気づかなかった。 弥一は視線を櫂斗から外すことなく、 「いろいろ聞きたいことはありますが、昨今はプライバシーに関しては非常にデリケートな世の中ですからね。大体の疑問は飲み込みます。ですので、あなたにお聞きしたいのはた
かすみは入り口に立つ人物を凝視すると、 「櫂斗、さん?」 だが、そんなかすみの囁き声は、やかましい女性の声にかき消されてしまう。 「うそっ、弥一?どうしてここに?」 櫂斗と腕を組みながら、雪菜は驚いたように声を上げるた。 (ああ、なるほど。これが櫂斗さんが言ってたとっておきのプレゼントってわけね) 彼女は弥一の元へ向かおうと、櫂斗と組んだ腕を離そうとしたが、そこで、待てよ、といったように動きを止めた。 そして、ちらりと自身の横に立つ櫂斗に目をやる。 弥一と遜色ないスタイルと顔の良さに加え、彼にはさらに大人の色気があった。 櫂斗と仲睦まじい様子を見せつけてやれば、未だヘソを曲げてい弥一も、悔しがって自分との復縁を考え直すかもしれない。 そう考えた雪菜は、勝ち誇ったような笑みを浮かべると、より一層、櫂斗に密着するようにして、その姿をこれみよがしに弥一へと見せつけた。 しかし、お目当ての弥一はというと、彼の隣で息を呑んで立ち尽くしているかすみしか見えていなかった。 弥一は心配と戸惑いが滲んだ声で、 「かすみさん?」 そう声を掛けたが、かすみは微動だにしない。 弥一は焦ったように、 「かすみさんっ!」 かすみは、ハッとしたように二度三度とまばたきをすると、やっと自分がどこにいるのかを思い出したようで、 「あ、ご、めんなさい。私ったら、ぼーっとしてました。」 弥一はかすみの肩にそっと触れると、 「大丈夫?」 かすみは額を押さえながら、 「ああ、はい。はい、大丈夫です。ごめんなさい。」 誰がどう見ても大丈夫であるようには見えなかったし、実際、かすみはちっとも大丈夫ではなかった。 心の中では絶えず、この場をどう切り抜けようかと、そのことばかりが頭を駆け巡っていた。 かすみの身体に弥一が触れた瞬間、櫂斗はピクリと身体を動かした。 雪菜も、弥一に心配されているかすみの姿を目に(誰よ、あのおばさん)と、目を鋭くする。 弥一がかすみに顔を近づける姿に、櫂斗は目を細めた。 彼は、チッ、と小さく舌打ちをすると、雪菜が腕を取っていることも忘れて、大股で早足にかすみたちへと距離を詰める。 雪菜は、そんな櫂斗に引っ張られるようになりながらも、腕を離すことなく何とかついて行った。
「ごちそうさまでした。」 手を合わせた弥一の前にはきれいに平らげらた後の食器だけが並んでいた。 結構な量を用意したはずだったのに、全ての料理を完食した弥一にかすみは目を丸くする。 「御子柴さんて、もしかして痩せの大食いですか?」 弥一はキョトンとした顔でかすみを見つめ返すと、 「いや、普通に人並みだと思うけど・・・どうして?」 その問いに答える代わりに、かすみは目の前の空になった食器へと視線をやると再び弥一に視線を戻した。 その視線の意味に気づいた弥一は、ははっ、と笑うと、 「美味しいものだったり、好きなものってなったら別!俺にとってかすみさんの料理はどちらにも当てはまるから、そりゃあ、箸が止まらないよね!」 かすみも、あはっ、と笑うと、 「最高の褒め言葉です。ありがとうございます。」 弥一はかすみの笑顔を愛おしそうに眺めていたが、ふいに、 「そうだ、ケーキなんだけどさ。」 ん?といったように、かすみは弥一を見つめる。 「先に二人で少しだけ食べちゃわない?せめてチョコプレートの所だけでもかすみさんに先に食べてほしいな。」 「チョコプレート、ですか?」 「うん、メッセージ書いたからさ。それを家族に見られたくないんだ。見られたら最後、イジり倒してくるに決まってるから。」 かすみは思わず吹き出すと、 「では、先に少しだけ二人で食べちゃいましょうか!」 弥一は「賛成!」と手を挙げると、 「よし!じゃあ、作業を分担しよう。かすみさんはケーキを取り分ける係、俺は皿を運んで洗う係をやります!」 かすみはすかさず両手を振ると、 「いけません。御子柴さんに皿洗いなどさせられません。」 だが、弥一はかすみの言葉を聞きながらもスーツの上着を脱いで椅子に掛けると、腕時計を外し、ワイシャツの袖をまくりはじめる。 「かすみさん。海老原市での俺たちの関係はもう終わったんだ。だから、俺が皿洗いをしたっていいでしょう?」 「いや、でも・・・それではおもてなしにならないです!」 「十二分にもてなしてもらったよ?俺の大好物ばかり作ってもらえたんだもん!だから、ね?」 ふいに、弥一のそんな甘え顔を正面からくらったかすみはたまらず目を泳がせると、 「ですが、私ばっかりもらいっぱなしっていうのはち
訝しむように自分を見つめる弥一に、咲希は、 「お兄、知らないほうが幸せなことってあると思うよ?口を滑らせちゃったことは本当に悪いと思ってるけど、真実を知ったら、お兄のガラス細工のような繊細なハートじゃきっと耐えられない。粉々に砕けちゃう。」 咲希のその鼻にかかる演技に呆気に取られていた弥一だったが、何か言おうと口を開きかけたところ咲希はそれを遮って、 「けど、お兄がそこまで言うなら私も心を鬼にするしかないわね!」 そう言って、その肩に下げていた可愛いらしいショルダーバッグをゴソゴソと漁って携帯電話を取り出した。 「何も言ってないんですけど。」 そう言う弥一を完全に無視し
三雲は、信じられないといった様子で弥一を見つめていた。 ウォッカとはいえ、弥一が口にしたのはほんの小さなグラスにたったの二杯である。 そんな量で泥酔って… そもそも、そんなに酒が弱いならウォッカなんて頼むなよ! しかもこっちはまだ一口も飲んでもいなければ食べてもいないってのに。独りよがりが過ぎるだろ! と、一通り頭の中で喚き散らかしてから、はあ、とくたびれたように息を吐き出した。そして、仕方なしに弥一の介抱に取り掛かる。 彼は弥一の肩に手を掛けると、そのまま優しく揺さぶり起こそうとした。 弥一は嫌そうに「うーん。」と低く呻くだけで、目を開けようとさえしない。 三
過去に思いを馳せていた弥一の耳に、「社長、着きましたよ。」と、三雲の声が響く。 一気に現実に引き戻された弥一は、反射的に「ああ。」と返して、シートベルトを外した。 そして、運転手が開けてくれたドアからその長い足を外に出しながら、 「今日は厄介な接待に付き合わせて悪かったな。明日の昼にでもこの埋め合わせをしたいから、予定空けといてくれよ。お前の大好きな寿司でも一緒に食いに行こう。じゃあ、お前も早く帰って休め。」 そう三雲に言って車を降りると、今度はドアを開けてくれた運転手に向かっていつものように「ありがとう。」と言った。運転手もまた、「とんでもございません。」と言って微笑む。弥一
そんなことに気づく由もない孫を尻目に、八重子はソファから立ち上がると、「じゃあ、あたしはそろそろお暇しようと思うのだけれど、その前に。かすみちゃん、荷物はもう部屋に運んだのかしら?」 かすみはゆったり微笑むと、「はい、荷物は全て午前の内に業者さんに手伝っていただいて運び終わりました。」 その返答に八重子は安心したように微笑むと、 「それなら良かった。弥一にはこの後すぐ荷物をまとめさせるけれど、それでもなんだかんだこの別荘に来るのには二、三日かかると思うわ。その間大丈夫?いつでも早苗はいてくれるとしても、何か心配事はない?」 かすみは首を横に降ると、「早苗さんが居てくださるので







