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4話

مؤلف: 佐伯れもん
last update تاريخ النشر: 2026-04-14 06:16:47

過去に思いを馳せていた弥一の耳に、「社長、着きましたよ。」と、三雲の声が響く。

一気に現実に引き戻された弥一は、反射的に「ああ。」と返して、シートベルトを外した。

そして、運転手が開けてくれたドアからその長い足を外に出しながら、

「今日は厄介な接待に付き合わせて悪かったな。明日の昼にでもこの埋め合わせをしたいから、予定空けといてくれよ。お前の大好きな寿司でも一緒に食いに行こう。じゃあ、お前も早く帰って休め。」

そう三雲に言って車を降りると、今度はドアを開けてくれた運転手に向かっていつものように「ありがとう。」と言った。運転手もまた、「とんでもございません。」と言って微笑む。弥一もそれに頷き返す。

そうして部下と使用人への労いの言葉を掛け終わると、足早に家へと向かって歩いて行った。

三雲も素早く助手席から降りるとその背中に向かって、「社長、お疲れ様でした。」と言って深々と頭を下げた。その言葉に、弥一は背を向けたまま利き手である右手を軽く挙げて応える。

御子柴会長(八重子)の指導が行き届いているからか、御子柴家の人々は大金持ちでありながら、金持ちにありがちな横柄な態度を取る者は三雲の知る限り誰一人としていなかった。弥一は三雲のことを、呼び方こそ"お前"などとは言ってきても、その接する態度は先程見た通り思いやりがあって礼儀正しい。

だからこそ三雲はどこか歯痒い気持ちでいた。

というのは、弥一のかすみに対する態度である。彼は彼の妻であるかすみにだけはなぜか、素直になれないのか、少し距離があるような態度を取るのであった。とはいえ、当初の弥一からすればだいぶまともになったものの、自分らに向けるのと同じくらいの気持ちで彼女にも接することができれば、彼らの結婚生活はもっと円滑に進むのではないか、そう思わずにはいられないのであった。

三雲と弥一はあくまで仕事上仲がいいといった関係性だったが、 そんな三雲から見ても、弥一がかすみにだけわざとそういった態度で接していることは明らかだった。

彼が上司の妻であるかすみに会ったのは数えるほどしかなかったが、確かに弥一とかすみでは見た目に釣り合いが取れているとは言えなかった。

ただし誤解がないよう言っておくと、かすみは決して不細工なわけではない。ただ、弥一の見た目が飛び抜けすぎているのだ。

二次元のイケメンが三次元に飛び出してきたかのような、はたまた美青年という言葉そのものを具現化してできたかのような弥一と、顔もスタイルも全てにおいて平均点並みのかすみとでは、並んで歩いた所で到底夫婦には見えない。

会社で弥一のことを分かりやすく狙っている噂好きな派手目女子たちが言うには、彼は非常に信仰深く、それ故に敢えてかすみのような平凡な年上の女性を妻に据えることによって、三代欲求である性欲というものが彼の身に湧くことがないようにしているのだと言っていた。

三雲が知る限り、弥一が何かの神なり宗教なりを崇めている様子はなかった。だが、あながちその噂話も的外れではないように思えた。と言うのも、弥一には他に想いを寄せる相手がいるように思え、その人に対して操を立てているようには見えていたからだ。

三雲がまだ弥一の同期として、二人して女性用下着のマーケティング部に配属され仕事をしていたときの話だ。

その頃の弥一の携帯は昼夜問わずひっきりなしに鳴っていた。そしてそのメッセージや電話がくる度に、弥一が就業中にも関わらずその都度仕事の手を止めると、優しい声色で電話に出たり、嬉しさが隠しきれない様子でメッセージを返したりしている様を何度も見てきた。三雲もその度にうんざりさせられたものだった。彼が御子柴家のご子息でもなくただの一介の新入社員だったのなら、同期として不満を爆発させたことだろう。

だが、弥一はやはり一般人とは一線を画していて、他者の思いも寄らないような切り口から解決策や案を導き出しては、何度となくチームの成長に貢献してきたのだった。

そして後日、弥一が既婚者であること、しかも結婚してまだ日が浅いことを知った三雲は、自分と同い年ながらも既に愛妻家が板についている上に何だかんだで誰よりも仕事ができてしまう弥一のことを認め、尊敬するようになっていった。そして将来自分も結婚する時には、弥一に負けないくらい、心から愛せる人を奥さんにもらおうと決めたのだった。

そんな中、新卒の初々しさもとうに抜け、仕事のほうも一通り慣れてきたある日のことだった。一時間ほど残業した後、そろそろ帰ろうかと立ち上がった三雲に、同じく残業していたらしい弥一が声を掛ける。

「なあ、三雲。よかったらこれから二人で飲みに行かないか?」

三雲は、今まで幾度となく同期という立場から弥一のことを食事や飲みに誘おうとしていた。しかし、いざ誘おうとすると、相手との圧倒的な身分の違いにやはり怖気付いてしまい、結局毎度毎度誘わず終いだったのである。そんな弥一から誘われたとあったら行かない理由が三雲にはなかった。

彼はすぐさま二つ返事で了承した。

そんな三雲に、弥一は「ありがとな。」と言って笑った。どこか寂しさが窺える、そんな笑い方だった。

会社を出た二人は、弥一の行きつけだという会員制のバーに向かった。

そこの利用者は全て、金持ちか芸能人や政治家といった要人のみを御用達にしている、いかにもお高そうなバーだった。そんなバーであっても、さすが天下の御子柴グループである。

バーのスタッフは弥一の顔を見るなり深々とお辞儀をすると、どうぞと言ってバーテンダーのいるカウンターを抜けた先の部屋へと二人を案内した。

重厚な扉を開けた先には広々とした空間が広がっており、大理石でできた床はよく磨かれ、天井からは豪華なシャンデリアの灯りが煌々と辺りを照らしている。座り心地の良さそうな革張りのソファに、ガラス張りのテーブルを挟むようにしてそれぞれ腰を下ろす。

ソファに腰を下ろすなり、弥一はスタッフに向かって、「ウォッカをストレートで。あと適当に何かおつまみを。三雲、君は何を飲む?」

「えっと、じゃあ同じのを。」

「かしこまりました。」と恭しく頭を下げて、スタッフが部屋を後にする。

天下の御子柴グループに就職したとはいえ、一般社員では到底関わることがないであろう空間に、三雲はただたま飲み込まれ、居心地が悪かった。普段自分が行きつけとしている、平日ならハイボールが一杯199円が売りの大衆居酒屋が恋しくて堪らない。

そんなことを考えていた矢先、スタッフが注文のお酒たちを手に戻ってきた。

スタッフは数種類のナッツが入った小皿と、生ハムとチーズが乗った皿、シャインマスカットやいちごといったフルーツが彩りよく盛られた皿をお盆から丁寧にテーブルへと置くと、最後に小さなグラスと切り分けられたライムが乗った皿をそれぞれ二人の前に置いた。そしてウォッカが入ったボトルの蓋を開けると、手際よくそれぞれのグラスに注いで行く。注いだ後、手にしていたナフキンでボトルの口を拭くと、蓋を閉め、弥一のそばに音もなく置いた。そして、「では、私はこれで失礼いたしますが、何かあれば何なりとお申しつけくださいませ。」

「ありがとう。」と弥一が答えると、またしても恭しくお辞儀して部屋を後にしていく。

スタッフが出ていくのと同時に、弥一がウォッカが入ったグラスを手に持ったのを見て、慌てて三雲もその手にグラスを持った。

弥一はくすりと笑うと、「乾杯。」と言ってグラスを少し持ち上げる仕草を見せた後、そのまま一気にグラスを煽る。くーっ、と言って息を吐き出した弥一は、間髪入れずにウォッカのボトルを手にすると、空いたばかりの自身のグラスにウォッカを注ぎ入れようとする。三雲はまだ自分の分を飲んでいなかったが、弥一に手酌をさせるわけにはいかないと思い、ウォッカが入ったグラスを慌てて置くと、「僕に注がせてください。」と言って弥一の手から優しくボトルを奪い、そのグラスに注いだ。

弥一は「ありがとう。」と言うと、三雲を待つこともなく、またしても一気にグラスの中のウォッカを飲み干した。と、急に勢いよく目の前のガラス張りのテーブルに派手に突っ伏す。

自身も飲みっぷりのいい弥一に続こうと、ウォッカの入ったグラスを口元まで近づけていた三雲は、陶器同士がぶつかって立てるその騒がしい音に、驚いて手を止める。

幸い、弥一が突っ伏した際弾かれた皿からはいくつかのシャインマスカットがころころと転げ落ちただけで済んだ。

三雲は数秒間そのまま突っ伏している弥一を見つめていたが、微動だにしない彼を前に不安になって、

「御子柴さん、どうしました?大丈夫ですか?」と、声を掛けた。だが、弥一からの返答はない。

焦りが増した三雲は、グラスを置くと、急いでテーブルを周って弥一のそばに寄り、遠慮がちにその肩を叩く。

「御子柴さん?あの、返事してください、御子柴さんっ!」

嘘、どうしよう。反応がない。そうだ、救急車呼ばなきゃ!

そう思い携帯を取り出したその瞬間、突っ伏したままの弥一の方から「ぐぅ。」と言う、くぐもった音が聞こえた。

三雲はピタリとその手を止めると、意を決したように、弥一の身体をソファの方へと勢いよく起こした。

無理矢理体勢を変えられた弥一は不満気に「ううーん。」と言って、眉間にしわを寄せる。しかし、その目は閉じられたままだった。

そんな弥一を、三雲は呆然と見つめる。

嘘だろ、こいつ…寝てやがる!?

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