Share

5話

last update publish date: 2026-04-15 22:07:18

三雲は、信じられないといった様子で弥一を見つめていた。

ウォッカとはいえ、弥一が口にしたのはほんの小さなグラスにたったの二杯である。

そんな量で泥酔って…

そもそも、そんなに酒が弱いならウォッカなんて頼むなよ!

しかもこっちはまだ一口も飲んでもいなければ食べてもいないってのに。独りよがりが過ぎるだろ!

と、一通り頭の中で喚き散らかしてから、はあ、とくたびれたように息を吐き出した。そして、仕方なしに弥一の介抱に取り掛かる。

彼は弥一の肩に手を掛けると、そのまま優しく揺さぶり起こそうとした。

弥一は嫌そうに「うーん。」と低く呻くだけで、目を開けようとさえしない。

三雲は苛立つ感情を何とか抑え、優しく声を掛ける。

「御子柴さん?起きてください、御子柴さん?家まで送ってあげますから。ね?」

すると、弥一は億劫そうにうっすら片目を開けた。

チャンス!と、思った三雲はそこに向かってもう一度、「御子柴さん?起きました?ほら、僕が家まで送り届けますから、ね?家の住所教えてください。」

しかし、弥一から帰ってきた言葉は、「俺は絶対に家にだけは帰らない!」だった。

面倒臭さが頂点に達していた三雲は敬語を使うことも忘れ、

「家に帰らない、って。じゃあお前はいつもどこに帰ってるんだよ!」

「…ホテル。」

「ホテル⁉︎お前、新婚だろ?何でホテルなんか…」

そう言って、ハッとした。今日の弥一はどこか元気がなかった上に、何かを忘れたいかのごとく酒を煽っていた。そしてそんな彼は、どうしても家に帰りたくないと言う。

さてはこいつ、奥さんと喧嘩したな。

その答えに行き着いた三雲は、急に弥一に親近感を覚えた。

なんだかんだ御曹司といっても、彼らだって人並みに自身の奥さんと揉めることもあれば、こうしてやけ酒を飲むことで気を紛らわせようともする。なんだ、彼らも結局は同じ人間ってことか、と。

そんな風に感じた三雲は、声色を変え、優しく諭すよう弥一に話しかける。

「御子柴。気持ちはわかるけど、帰る家があるってすごくありがたいことなんだぞ?何があったのかはわからないけど、ちゃんと相手と向き合うべきじゃないか。女の機嫌を取るのって俺たち男にとってはものすごい難題だけど、向き合った分の見返りは必ずあると思うぞ。」

三雲の言葉に弥一はしばらく黙っていたが、おもむろに口を開くと、

「向き合ったよ。離れてからの半年間ずーっと向き合い続けたよ。けど…彼女がもう耐えられないって。俺と離れてるこの状況に耐えられないんだって。だからもう、完全に終わりにしたいんだって…」

聞いていた三雲は掛ける言葉が見つからなかった。

と、いうのも、何の話かが理解できなかったからだ。

御子柴と離れてる状況?それが半年間?え、しかもなんか離婚する流れ?

いやいや、待て待て待て。

帰ればいくらでも会えるじゃないか。なのにさっきは家には帰りたくないって言ってたよな…一体どういう意味だ?

三雲の思考はまだ追いついていないのに、弥一の話は進んで行く。

「俺と一緒になるために彼女は海外へまで行ったのに…俺があまりに頼りない男だから。彼女の不安や悲しみを埋めてあげられなかったから。」

話しの意味はわからないが、そう言ってひどく落ち込んでいる弥一のあまりの悲壮感に、三雲はその肩を軽く叩いててなぐさめる。

すると、急に弥一の怒りスイッチが入ったのか、彼は声を荒げると、

「それもこれもおばあさまのせいだっ!あの権力ばばあ…あの人さえ反対しなければ、今頃俺は好きな人と結ばれて毎日幸せに暮らせてたのに。反対するだけならまだしも、あんなおばさん連れてきて結婚しろだとか、嫌がらせが過ぎる!孫がそんなに憎いのかよっ!」

そう言って、握った拳でソファを殴りつける。

三雲はビクッと身体を震わせると、八つ当たりされてはたまらないと思い弥一から少し距離を取った。そして、そんな三雲の頭の中はただただ"?"と好奇心でいっぱいだった。

ついには聞きたい衝動を抑えきれなくなり弥一に尋ねる。

「つまり君は、会長の言いつけで好きでもない人と結婚したっていうのか?」

「ああ、そうだよ。」と、弥一はしかめっ面を浮かべ、ぶっきらぼうに答える。それから急にその顔をフッと緩めると、

「まあ、結婚してから一度も家に帰ってやってないけどな。ざまあみろってんだ。」

「一度もか⁉︎」

「一度も、だよ。」そう言って、弥一は得意気に笑う。三雲は呆れたように頭を振った。

彼の話を聞く限り、おそらくそうすることだけが、そんな状況に追い込んだ会長への精一杯の反抗だったのだろう。

これが世に言う政略結婚というものなのだろうか。

一般人として生きている三雲にとって好きな人と結婚するなんて、相手さえいれば容易いことで、そんな簡単なことも己の意思だけではままならない弥一の立場に同情心が芽生えた。

しかも弥一の言い方からするに、相手は弥一よりもかなり年上のおばさんらしい。

"どうせ代わりを用意するのなら、ぐうの音も出ないほどの美人にしてあげたら良かったんじゃないか?御子柴家の人脈を駆使すれば、そんなこといとも簡単だろうに。"

そう考え、だから先程、弥一は会長が自分のことを憎いのかと言って声を荒げていたのか、と納得したのだった。自分の好みにすら当てはまらない女性を充てがわれたのだから、そう感じるのも無理はないだろう。

納得するのと同時に、さらなる好奇心が三雲の中に湧き上がる。

一体全体、この美青年はどんな女を娶らせられたのだろう。

おばさんと呼ぶくらいだからかなりの年上か?とはいえ最近の女性の多くは、おばさんと呼ぶには綺麗だったり若く見える人が多い。

てことは、年はそう変わらないけど、見た目がすごく老けてる人なのだろうか。うーん、気になる。

こんな状況に不謹慎だとは思いつつも、好奇心に駆られた三雲は、「なあ、君の奥さんってどんな人なんだ?」

と、尋ねた。

弥一は目を閉じ、ソファにだらしなく寄りかかると、心底どうでもよさそうに、

「どんなもこんなもない。ただのおばさんだ。そうとしか言えない。」

「どんなおばさんなんだよ?ブスなのか?太ってるのか?」

弥一は苛立ったように、

「だからー」

と、言いかけ、ふと初めて彼女と会った日のことを思い出す。

彼女はあきらかに自分よりも年上だとわかる見た目だった。

しかし、弥一と八重子が言い争いがヒートアップしかけた時の二人を見て笑う彼女は、一瞬でその場の空気を晴れさせ、かつ和ませた。

あの瞬間の彼女の笑顔はよく覚えている。目を三日月にし、少し鼻に皺が寄るようなクシャッとした笑い方は何だかとても可愛ー

「いいわけがないっ!!」

と言って、急に立ち上がったものだから、隣に居た三雲は心底びっくりさせられたのだった。

「何だよ、いきなり!びっくりしただろうが!」

弥一は三雲を見ることもなく、すぐさま「うっ。」と言って頭を抑えると、ソファにドサっと座り込んだ。

「バカだなあ。酔ってるんだからそんな急に動いたらそりゃあ気持ち悪くもなるだろ。大丈夫か?」

三雲の言葉が耳に入らないのか、弥一は一人ぼそぼそ、「ありえない。あんなおばさんが可愛いとか。」と呟く。

三雲は弥一の口元に耳を近づける素振りを見せながら、

「え?何て?てか、もうそんなんどうでもいいや。で、どうすんの?家帰るの?帰んないなら今日もホテルにでも泊まんの?」

弥一は答えない。

なので、暇を持て余した三雲は一人で喋り続けた。

「天下の御子柴グループ様につまらないこと聞いて申し訳ありませんねえ。世界中でいくつものホテルを経営する御子柴グループの御曹子様が、日本で一夜過ごすのに困るわけがありませんもんねー?それで、今日はどちらに泊まられます?ホテルMIKOSHIBAですか?それとも帝都ホテル?ああ、ザ・MK in東京ってのもありですね?」

三雲は御子柴グループ関連のホテルをつらつらと挙げ連ねる。

しかし、それでも弥一が黙ったままなことなのにさすがに痺れを切らして口を開きかけた、その時だった。

勢いよく部屋のドアが開けられると、

「見つけた!もう逃げられないからね?半年も家に帰らない様抜かして、こんなところで飲めもしないお酒飲んで…今のお兄、最高にダサいんですけどっ!」

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   133話

    かすみは、ハッと何かに気づいたように目を開くと、 「わかりましたっ!一緒に行きますから、誰にも手を出さないでください!」 「何言ってるんだ、かすみさん!ダメに決まってるだろう!」 弥一はすかさずかすみにそう叫び、 櫂斗は、心外だ、というように眉根を下げると、 「なるほど・・・やっぱりお前の中での俺は、簡単に暴力を振るう人間なんだな。」 「それはー」 「やめろよ、その言い方!わざと彼女に罪悪感を抱かせるようとしてんのが見え見えなんだよ!」 「そんなこと微塵も考えていなかったけど。でも、良かった。かすみは俺と来てくれるらしいんでね、そろそろ互いに手を離そうか?」 「連れていかせねーって言ってんだろ。」 「ちょっと‼︎さっきからあたしのことほったらかしにしないでよ!」 こんなにも可愛い自分を差し置いて、目の前の男たちが平凡なおばさんなんかを取り合っていることに、雪菜は我慢がならなかった。 だがー 「「うるさいっ‼︎」」 二人からそう怒鳴りつけられ、雪菜は悔し涙を浮かべると、唇を強く噛んだ。 見かねたかすみが二人の間に割って入り、胸ぐらを掴み合う手を離させる。 かすみは弥一に背を向けて立つと、正面に立つ櫂斗を見上げて、 「櫂斗さん、ここを片付けてから出て行ってもいいですか?」 「かすみさんっ‼︎」 だが、かすみは弥一の方を振り返りもしない。 櫂斗は満足そうな笑みを浮かべると、 「悪いがそんな時間はない。必要なものだけ持ったらすぐに出るぞ。」 「ーわかりました。では、少々お待ちください。」 そこで踵を返したかすみの目が、今に泣き崩れそうな弥一を捉えた。 かすみの胸が、酷く、痛む。 かすみは胸の痛みから逃れるように俯くと、弥一の横を何も言わずにスッと通り抜けた。 しかし、弥一はかすみの腕を素早く掴むと、 「無視しないでよ!」 「ー離してください。」 「かすみさんが付いていく必要なんてないじゃないか!」 「離して・・・」 「俺は、そんなに頼りにならないの?」 「・・・・・・」 弥一はかすみの握る手に力を込めると、 「行かないで。」 震える弥一の声に、かすみの心が揺れる。 しかしー 「かすみ。」 深淵から響いてくるような、低く湿ったそ

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   132話

    「はあ⁉︎唐突に何をー」 吠える弥一だったが、そこで櫂斗の携帯電話がメッセージを受信した。 「失礼。」と、櫂斗が携帯電話を取り出しメッセージを確認したために、弥一の言葉は無理矢理中断させられる。 メッセージを確認した櫂斗は目を細めると、携帯電話をスーツの内ポケットに戻した。 「申し訳ありませんが、急がなければならない事情ができてしまいました。ですので、簡潔にこちら側の要望をお伝えいたします。」 櫂斗はそこで真っ直ぐにかすみを見つめると、 「かすみ、俺と一緒に来い。」 もう我慢ならなかった弥一は櫂斗の胸ぐらに掴み掛かると、 「何なんだよ、あんた!いきなり出てきて、引っ掻き回すようなことして!」 櫂斗はそれでも涼しい顔をして笑うと、 「いいですね、その勢い。若造って感じが全面に出てて、僕は好きですよ?けど、さっき言った通り急がなければならないんです。外野はひっこんでてください。」 「外野はあんたの方だろう!それに、かすみさんがあんたに付いていくわけない。彼女はどう見たってあんたに怯えてる。そんなこともわからないのか?」 櫂斗はちらりとかすみに目をやると、戸惑ったように瞳を揺らすかすみと目が合った。 櫂斗はそのままかすみを見ていたが、弥一の「聞いてるのかよ!」の声に、視線を彼へと戻すと、 「何でしたっけ?」 弥一は奥歯をギリっと噛み締め、 「だから!雪菜を連れてここから立ち去れっていってるんだ!従わないなら警察を呼ぶ。」 そんな弥一の脅し文句に、櫂斗は、プッと吹き出した。 「な、何がおかしいんだよ?」 櫂斗は、くっくと笑いながら、 「いやあ、いいですね御子柴さん。想像通りの真っ直ぐな方だ。真っ直ぐで、若くて、青くてー」 と、そこで櫂斗は弥一の胸ぐらを掴み返すと、グッと自身に引き寄せ、そして、 「反吐が出る。」 弥一は眼前に迫った櫂斗の漆黒の目に、思わず怯んでしまう。 櫂斗は、ニッと笑うと、 「俺が誰だかわかったんだろう?勝てる見込みがないとわかっていながら、それでも楯突いてきたその度胸は認めるよ。けど、お利口さんな君のことだ。事の結末はわかってるんだろう?なら、大人しくかすみを差し出せ。」 「なっー」 「別にタダでとは言わない。だから、ほら。代わりにあの女を連れてき

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   131話

    「櫂斗さん、だったんですか?」 目を丸くして戸惑うかすみと同様に、弥一も驚きを隠せなかった。 (お兄さんのこと名前で・・・しかも“さん”付けでも呼ぶのか?それにー) 花のことはあまり詳しくない弥一だったが、それでも、あのスタンド花には、自分が贈った花束にも使用したスミレの花が含まれていたのを思い出した。 つまりー (この人もかすみさんの好きな花を知っていた?) 兄弟なのだからお互いの好きなものを把握しているのは不思議なことじゃない。 けど。 弥一の中で急に、言葉で言い表せない焦燥感が生まれる。 そんな弥一を他所に、櫂斗はかすみの顔に浮かんだ表情に苦笑した。 「まあ、俺からだとは予想だにしなかっただろうな?俺なりにあのメッセージに想いを込めたつもりだったが・・・」 そこで櫂斗はちらりと弥一を見ると、 「むしろ誤解を招いただけだったか。悪かったな。彼からじゃなくて。」 まるで、かすみがそう期待していたことを見抜いたような櫂斗の言葉に、かすみは動揺したように目を泳がせた。 (メッセージ?それに、俺からじゃなくて悪かった、って) メッセージの内容がわからない弥一は訝しむように眉を寄せ、それから、 「かすみさん、メッセージって何?何て書かれていたの?」 自分からだと勘違いするようなものって、一体どんな言葉なのだろう、という、安直な好奇心から聞いたものだった。 がー かすみはなぜか自分のその簡単な問いに、サッと答えてくれない。 「かすみさん?」 「御子柴さん、そんなに気になるなら見に行ってらどうですか?目につきやすい位置に添えてあるはずですから、すぐに見つけられると思いますよ?」 弥一はムッとすると、 「あなたには聞いてません。それに、一方的に俺のことを知っているなんてフェアじゃないと思いませんか?俺はあなたがどこの誰かもわからないのに。」 櫂斗は「失敬。」と鼻で笑うと、胸ポケットから名刺を取り出して、 「宗方櫂斗(むなかた かいと)と申します。」 (宗方?宗方、って。まさかー) 弥一も驚いたが、雪菜も心底驚いた。 櫂斗は雪菜に名前は教えてくれたものの、苗字までは教えてくれていなかったのだった。 そんな櫂斗の新たな姿を目に、この瞬間から、雪菜の関心は完全に弥一から

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   130話

    (死んだことにしてとんずら?とんずらって何だ?というか、一体さっきから何の話をしているだ?) 会話の内容に加え、兄弟とは到底思えない二人の空気感に、弥一の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。 しかし、櫂斗を目の前にして身体をこわばらせているかすみに、弥一はそのことを追求するより先にかすみの盾となるべく二人の間に入った。 すぐさまかすみが、「ダメです!」と自身が弥一の盾になろうとするが、弥一はそれを手で優しく制した。 弥一は櫂斗の目を真っ直ぐに見据える。 弥一が前に出てきたことに雪菜はすぐさま反応すると、 「弥一!」 呼ばれた弥一はちらりと雪菜を見た。 久々に弥一が自分を見てくれたことに、雪菜は胸が高鳴る。 何か期待を込めたような目の雪菜に対し、弥一は温度のない目で雪菜を見下ろしながら、 「この人とはどういう関係?」 (やだ!弥一ったら案の定彼に嫉妬しちゃってる!) 雪菜は顔がニヤけそうになるのを必死になって堪えると、澄ました顔で、 「見ての通りだけど?」 そう言って、雪菜はより一層、櫂斗の腕に密着するように絡みつけると、笑ってみせる。 瞬間、そうされた櫂斗の顔に浮かんだうんざり顔を、弥一は見逃さなかった。 こっちもこっちで詳細はよくわからないが、目の前の男が雪菜にその気がないことだけは明らかであった。 弥一が嫉妬していると勘違いしている雪菜は、さらに弥一の嫉妬心を煽ろうと、 「そんなにあたしと彼との関係が気になるの?まあ、そうね。敢えて言葉にするとしたらー」 「黙って。」 これ以上雪菜に喋らせたところで有益な情報は得られないだろう。 そう考えた弥一は早々に雪菜の話を遮った。 かすみに声を掛けた時とは打って変わって、冷えた口調でばっさりと切ってきた弥一に、雪菜はツヤツヤと輝く唇を噛むと、忌々しいといった目つきになった。 そしてその目を、弥一の背中で守られているかすみへと向ける。 目の前の男たちの光景に気が気でないかすみは、その雪菜の毒々しい視線に気づかなかった。 弥一は視線を櫂斗から外すことなく、 「いろいろ聞きたいことはありますが、昨今はプライバシーに関しては非常にデリケートな世の中ですからね。大体の疑問は飲み込みます。ですので、あなたにお聞きしたいのはた

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   129話

    かすみは入り口に立つ人物を凝視すると、 「櫂斗、さん?」 だが、そんなかすみの囁き声は、やかましい女性の声にかき消されてしまう。 「うそっ、弥一?どうしてここに?」 櫂斗と腕を組みながら、雪菜は驚いたように声を上げるた。 (ああ、なるほど。これが櫂斗さんが言ってたとっておきのプレゼントってわけね) 彼女は弥一の元へ向かおうと、櫂斗と組んだ腕を離そうとしたが、そこで、待てよ、といったように動きを止めた。 そして、ちらりと自身の横に立つ櫂斗に目をやる。 弥一と遜色ないスタイルと顔の良さに加え、彼にはさらに大人の色気があった。 櫂斗と仲睦まじい様子を見せつけてやれば、未だヘソを曲げてい弥一も、悔しがって自分との復縁を考え直すかもしれない。 そう考えた雪菜は、勝ち誇ったような笑みを浮かべると、より一層、櫂斗に密着するようにして、その姿をこれみよがしに弥一へと見せつけた。 しかし、お目当ての弥一はというと、彼の隣で息を呑んで立ち尽くしているかすみしか見えていなかった。 弥一は心配と戸惑いが滲んだ声で、 「かすみさん?」 そう声を掛けたが、かすみは微動だにしない。 弥一は焦ったように、 「かすみさんっ!」 かすみは、ハッとしたように二度三度とまばたきをすると、やっと自分がどこにいるのかを思い出したようで、 「あ、ご、めんなさい。私ったら、ぼーっとしてました。」 弥一はかすみの肩にそっと触れると、 「大丈夫?」 かすみは額を押さえながら、 「ああ、はい。はい、大丈夫です。ごめんなさい。」 誰がどう見ても大丈夫であるようには見えなかったし、実際、かすみはちっとも大丈夫ではなかった。 心の中では絶えず、この場をどう切り抜けようかと、そのことばかりが頭を駆け巡っていた。 かすみの身体に弥一が触れた瞬間、櫂斗はピクリと身体を動かした。 雪菜も、弥一に心配されているかすみの姿を目に(誰よ、あのおばさん)と、目を鋭くする。 弥一がかすみに顔を近づける姿に、櫂斗は目を細めた。 彼は、チッ、と小さく舌打ちをすると、雪菜が腕を取っていることも忘れて、大股で早足にかすみたちへと距離を詰める。 雪菜は、そんな櫂斗に引っ張られるようになりながらも、腕を離すことなく何とかついて行った。

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   128話

    「ごちそうさまでした。」 手を合わせた弥一の前にはきれいに平らげらた後の食器だけが並んでいた。 結構な量を用意したはずだったのに、全ての料理を完食した弥一にかすみは目を丸くする。 「御子柴さんて、もしかして痩せの大食いですか?」 弥一はキョトンとした顔でかすみを見つめ返すと、 「いや、普通に人並みだと思うけど・・・どうして?」 その問いに答える代わりに、かすみは目の前の空になった食器へと視線をやると再び弥一に視線を戻した。 その視線の意味に気づいた弥一は、ははっ、と笑うと、 「美味しいものだったり、好きなものってなったら別!俺にとってかすみさんの料理はどちらにも当てはまるから、そりゃあ、箸が止まらないよね!」 かすみも、あはっ、と笑うと、 「最高の褒め言葉です。ありがとうございます。」 弥一はかすみの笑顔を愛おしそうに眺めていたが、ふいに、 「そうだ、ケーキなんだけどさ。」 ん?といったように、かすみは弥一を見つめる。 「先に二人で少しだけ食べちゃわない?せめてチョコプレートの所だけでもかすみさんに先に食べてほしいな。」 「チョコプレート、ですか?」 「うん、メッセージ書いたからさ。それを家族に見られたくないんだ。見られたら最後、イジり倒してくるに決まってるから。」 かすみは思わず吹き出すと、 「では、先に少しだけ二人で食べちゃいましょうか!」 弥一は「賛成!」と手を挙げると、 「よし!じゃあ、作業を分担しよう。かすみさんはケーキを取り分ける係、俺は皿を運んで洗う係をやります!」 かすみはすかさず両手を振ると、 「いけません。御子柴さんに皿洗いなどさせられません。」 だが、弥一はかすみの言葉を聞きながらもスーツの上着を脱いで椅子に掛けると、腕時計を外し、ワイシャツの袖をまくりはじめる。 「かすみさん。海老原市での俺たちの関係はもう終わったんだ。だから、俺が皿洗いをしたっていいでしょう?」 「いや、でも・・・それではおもてなしにならないです!」 「十二分にもてなしてもらったよ?俺の大好物ばかり作ってもらえたんだもん!だから、ね?」 ふいに、弥一のそんな甘え顔を正面からくらったかすみはたまらず目を泳がせると、 「ですが、私ばっかりもらいっぱなしっていうのはち

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   7話

    訝しむように自分を見つめる弥一に、咲希は、 「お兄、知らないほうが幸せなことってあると思うよ?口を滑らせちゃったことは本当に悪いと思ってるけど、真実を知ったら、お兄のガラス細工のような繊細なハートじゃきっと耐えられない。粉々に砕けちゃう。」 咲希のその鼻にかかる演技に呆気に取られていた弥一だったが、何か言おうと口を開きかけたところ咲希はそれを遮って、 「けど、お兄がそこまで言うなら私も心を鬼にするしかないわね!」 そう言って、その肩に下げていた可愛いらしいショルダーバッグをゴソゴソと漁って携帯電話を取り出した。 「何も言ってないんですけど。」 そう言う弥一を完全に無視し

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   6話

    そう言うと、女の子はその長い足で一直線に弥一たちに向かって歩いてくると、ソファにうなだれて座っている弥一を前にし、その腕を組んで仁王立ちした。 彼女の服装は上下紺色のセットアップで、上は胸元が大胆に開いた白いTシャツにジャケットを羽織り、下はショートパンツを履いていた。 そのショートパンツから覗く、長くて真っ直ぐな美脚を前に、三雲はごくりと唾を飲み込んだ。 そして、そのまま視線を上げて女の子を覗き見る。 そこには腰近くまで伸びた綺麗な栗色の髪に、透き通った肌の整った顔立ちがあった。 その小さな枠の中に、長いまつ毛のぱっちりした目と程よい高さで形の良い鼻、ぷっくりした色艶の

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   2話

    見知らぬ女の唐突の挨拶に面食らった弥一はしばらくお辞儀したままの女を見つめていたが、女が顔を上げて再度自分と目が合うと、すぐさまハッとしたように我に返って女の挨拶を無視して八重子に向かって言った。 「おばあさま、誰ですかこの人?てか、何なんですかこの状況!」 そう尋ねながら、ちらりと女を見る。 その後、弥一は女のそばに寄りたくないのを隠す様子もなく、女から距離を取るようにわざと迂回して八重子に近づいていった。 その様子を見ていた八重子はこちらも不快な気持ちを一切隠すことなく、ありありとその顔に浮かべると、 「あんたみたいな女の見る目もなければ礼儀もなってないような人間を孫

  • 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜   1話

    接待を終えた御子柴弥一(みこしば やいち)はいつもよりだいぶ遅くなったものの、ちゃんと帰宅しようとしていた。 今日の相手は得意先の中でもダントツで厄介な質で、酒好きな上に女好きとあって、そいつの接待には必ず美味しいお酒と華やかな女を用意しなければならなかった。 弥一自身もかなり酒を飲まされた上に、そのルックスから女たちは皆彼をロックオンすると、あからさまなボディタッチをするなどしてアピールしてきた。 残念ながら弥一がそれに釣られることはなく、むしろベタベタ触られたことで彼女たちの付ける香水の匂いが自分からもしていることにかなり苛立っていた。 車の空気を入れ替えようと後部座席の窓を

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status