LOGIN訝しむように自分を見つめる弥一に、咲希は、
「お兄、知らないほうが幸せなことってあると思うよ?口を滑らせちゃったことは本当に悪いと思ってるけど、真実を知ったら、お兄のガラス細工のような繊細なハートじゃきっと耐えられない。粉々に砕けちゃう。」 咲希のその鼻にかかる演技に呆気に取られていた弥一だったが、何か言おうと口を開きかけたところ咲希はそれを遮って、 「けど、お兄がそこまで言うなら私も心を鬼にするしかないわね!」 そう言って、その肩に下げていた可愛いらしいショルダーバッグをゴソゴソと漁って携帯電話を取り出した。 「何も言ってないんですけど。」 そう言う弥一を完全に無視して、咲希は何やら携帯電話を操作すると、ふいに、「送ったよ!」 そう言って弥一を見た。 すぐさま弥一の胸ポケット辺りからメッセージを受信した際の、ポコンという音がする。 弥一は咲希を一瞥した後、ジャケットの内側から携帯電話を取り出すと、画面には咲希からメッセージを受信したとの表示があった。 弥一はそのままチャットを開き、咲希からのメッセージを確認する。と、そこにはURLのみがいくつか載せられていた。 「何だこれ?」と言って尋ねる弥一に、咲希は「開けばわかるよ。」と返す。 それから、咲希はその細くくびれた腰に片手を当て、もう片方の手の人差し指を弥一に突きつけると、 「ただし、開くときは余程の覚悟を持ってから開くこと!わかった?」 と、その言い方はまるで、親が子供に怖い話を聞かせるときのような、わざと脅かすかのようなものだった。 弥一は送られてきたURLを見つめ、携帯電話を持つ方の親指でそれをタップしようとした。が、ふとその指を空中で止めると、そのまま携帯電話の画面を消して、ジャケットの内側にしまい込んだ。 "意気地なし" そう咲希が思ったことに勘づいたのか、弥一は一つ咳払いをすると、 「お前の策に乗るようで癪に障る。」そう言ってそっぽを向いた。 咲希はどうせ弥一には見る勇気はないだろうとわかっていたので、「ああ、そうですか。まあ、そんなことはもういいんだけど、そろそろどうするか決めてくれる?いい加減家に帰るのか、あるいは反抗期のクソガキよろしくみっともない抵抗を続けるのか?どっち?」 これまで二人のやり取りを大人しく見守っていた三雲は、"妹さん、口悪いな。けど、そこもいい!"と、咲希にに称賛の目を向けた。 それから"御子柴はどっちの選択を取るんだろう" そう思い、隣の弥一に目をやった。 弥一はそっぽを向いたまましばらく黙っていたが、最後には観念したように、「帰ればいいんだろ。」 その言葉を聞いた咲希は、その艶やかな唇をにんまりさせると、 「ん〜、それでこそお兄だわ♪最後にはちゃんとわかってくれるって信じてた!じゃあ、これから帰るってかすみさんに連絡いれとくね!」 そう言って、すぐさま携帯電話を取り出すと電話をかけ始めた。 弥一はもう、煮るなり焼くなり好きにしてくれとでもいうように、ソファに力なく座り込む。 三雲は掛ける言葉が見当たらず、代わりに弥一の肩を二度ほどポンポンと叩いた。 二人のそばでは、先程かけた電話が相手に繋がったらしい咲希が、手柄を上司に報告するような嬉しそうな声で、 「あ、かすみさん?咲希です、こんばんわ〜!ごめんね、夜遅くに。実はね、うちのお兄が今日から家に帰るって言ってるの!あ、ううん!違う違う、無理矢理とかじゃなくて、本人が自分から帰るって宣言したの!」 聞いていた弥一は非難の目を咲希に向ける。 誰がどう見ても無理矢理だったろう、と。 咲希はそれに気づかないふりをして、「うんうん、それでね、今から私とお兄とお兄の同僚の三雲さんて方とそっちに行くから!うんうん、ごめんね急に。うん、わかった、ありがとう。気をつけて帰ります。はーい、じゃあ後でね!え、あ、うん。ちょっと待ってね?」 そう言って咲希は、電話を中断して二人を振り返ると、 「二人ってお腹空いてる?空いてるなら何か食べたいものありますか、ってかすみさんが!」 弥一はだるそうに「ねーよ。」と答えたが、昼から何も食べていなかった食べ盛りの三雲は、 「空いてます!ペコペコです!よろしければ何かガッツリしたものをお願いいたします!」と。答えた。 咲希はそんな三雲に微笑むと、弥一と三雲が言ったことをそっくりそのまま伝え、自身も何か軽めなものをとお願いし、電話を切った。 「てことで、さっさと帰るわよ!ほら、立ってお兄!」 そう言って、弥一の腕を取ってぐいぐいと引っ張る。 弥一は心底不快そうに眉根を寄せると、「やめろよ、皺になるだろ!オーダーメイドなんだから高いんだぞ!」と、咲希を叱りつけた。 しかし咲希はそんなこと意に介さないらしく、無理矢理弥一を立ち上がらせる。 そうしてから、またしてもゴソゴソとショルダーバッグを漁ると、「三雲さん、お願い!」 と言って、何かをポイッと三雲に投げて寄こした。 三雲はそれを反射的にキャッチすると、何を掴んだのだろうと手の中のものを見る。 と、それは車のキーだった。 「私はここの支払いを済ませてくるので、面倒だとは思いますが、そのお荷物、車の後ろに詰め込んどいてもらえます?私の車は店を出てすぐの駐車場の一番手前に停めてありますので。」 お荷物とは弥一のことであるが、そんな言われ方をされても、弥一にはもう怒る気力すらなかった。 黙ってうなだれたま、その場に立ち尽くしている。 三雲は咲希に頼られたことを誇らしく思ったのか、「はいっ!」と元気良く答え、さっそく弥一の脇の下に自身の肩を入れ組むようにすると、「さ、行こう!」 そう言って歩き出そうとする。 弥一は瞬時に自身の肩を三雲から抜くと、 「止めてくれよ。自分で歩ける。」 そう言って、少々覚束ないながらも一人で歩き出した。 三雲は急いで自分と弥一の荷物を取り上げると、「気をつけろよ。」と言って、その後に続く。 咲希はやれやれとでも言うように、ふう、と息を吐いた後、忘れ物がないかさっと部屋を見回してから、「よしっ。」と言って、自身も二人の後に続いたのだった。 店の出入り口から外へと出た弥一と三雲は、言われた通り駐車場の一番手前に停めてある車へと向かって行った。 そこには今どき珍しい、黒塗りのジャガーが停められていた。 三雲はしばらくその車のカッコ良さに見惚れていたが、弥一の「三雲、早く開けてくれ。」の一言で我に返ると 、急いで車の鍵を開けた。 そして、弥一が乗れるよう後部座席のドアを開けてやると、弥一は「…ありがとう。」と言って乗り込む。 こんな時でも礼儀正しい弥一に三雲は笑ってしまうと、自身も後部座席に乗ろうと頭を下げたその時だった。 会計を済ませた咲希が足早にこっちに向かって来ながら、三雲に向かって、 「三雲さんは嫌でなければ前に乗ってくれません?今から行く海老原市までは少し距離があるから、その間、私の話し相手になって欲しいんですけど、ダメですか?」 弥一には及ばないにしても、三雲も割りかし背が高いほうなのだが、十センチをゆうに超えるピンヒールを履いているからか、咲希とはそう背丈が変わらなかった。 なので、そんな風にそのくりくりっとした目で真っ直ぐ見つめられると、それに耐えられないのか、心臓がありえないほどの勢いでドクドクドクと脈を打つ。 だから、"ダメなわけはない!ないのだが…こんなにドキドキさせられては身がもたないかもー" そう思った三雲は、「気持ちとしてはものすごく前に乗りたいんですけど、御子柴くんのことが心配なので、僕も後ろの席に乗ります。」 それを聞いた咲希はぷっ、と吹き出すと、 「三雲さんって優しい方なんですね。じゃあ、残念ではあるけど、引き続き兄の介抱お願いしますね?」 そう言って笑い掛ける。 三雲はその笑顔に堪らずキュンとさせられると、「任せてください!」と、前のめりに答えたのだった。猿渡と七瀬が去った後、その場に残った弥一とかすみはゆっくりとお互いに顔を合わせると、 「何の話しをしてたのかわからなくなっちゃったね?」 そう話しかける弥一に、かすみも「ハハっ」と小さく笑う。 ただ、雰囲気を替えてくれたあの二人に、内心彼らも感謝していた。 弥一は軽く咳払いしてから、 「喫茶店行ってみたいな。今からでも連れてってくれる?」 かすみはすぐさま、「はい!」と答えてから、「少し、歩くんですけど。」 「全然いいよ!行こう?」 かすみは微笑むと、「こちらです。」 そう言って、弥一を思い出の喫茶店に案内しようと先を歩いて行ったわけだったがー 「やってないみたいだね。」 10分ほど歩いて例の喫茶店に辿り着いた二人だったが、喫茶店の扉には"CLOSED"と書かれた札が下げられていた。 「営業日とか全然考えていませんでした。すみません。」 そう謝るかすみに、 弥一は何てことないといったように、 「仕方なくない?それより、これからどうしようか。正直、店を替えようにもここら辺のお店は詳しくないんだよね。」 その問いに、何か良い案はないかとかすみが思い悩む。 弥一はそんなかすみにチラリと視線をやってから、 「あー。かすみさんさえ良ければさ、これから一緒に本家に行かない?」 「え⁉︎」と、間髪入れずにかすみは反応し、 「いや、あの、それはちょっと…ご家族様との時間に私がお邪魔するわけにはー」 「かすみさんが嫌ならもちろん止めるよ?けど、実は早苗さんもいま本家にいるみたいでさ。」 「早苗さんが?」 「うん、あと咲希も。おばあさまは海外に行ってていないけど、かすみさんが顔を出してくれたら二人も喜ぶと思うんだ。もちろん、うちの両親もね。」 海老原市の家を出てからもちょくちょく二人とはやり取りはしているが、二人の顔を見られると聞いてかすみの心が揺れる。 弥一はそこを逃さず、 「早苗さんが料理を作ってくれてるみたいでさ、俺も帰ってくると思ってたみたいだから、二人増えたくらいで困るってことはないと思うんだ。だから、どうかな。これから一緒に行ってみない?」 先程の父親との電話のやり取りから、これからかすみを連れて帰ろうものなら父親がはしゃぎ倒すであろうことは目に見えていた。しかし、今日
弥一とかすみが、悪い人ではないものの扱いに困る酔っ払い男への対応に手を焼いていると、 「何してるんですか、社長!」と、金髪ショートの若い女性が少し離れたところから慌てて走ってくる。 「先に車に行っててくださいと言ったじゃないですか!余計なことはせずに、言われたことを守ってくださいよ!」 そう言って、酔っ払い男をがっしりと捕まえると、 「うちの猿渡(さるわたり)がご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありませんでした。」そう言って素早く頭を下げる。 弥一と かすみはお互いに目を合わせた後、 「いえ、特に迷惑というほどのことは何もありません。むしろ、公共の場であることを忘れて、言い合いをしていた僕らの方こそ悪かったと思ってます。なので、どうか頭をお上げください。」 そう話す弥一の後ろで、かすみも頷いて同じ意であることを示す。 「それが若さってもんだ!君らは何も気にすることはない!」 そう弥一たちを弁護する猿渡に、金髪女は、 「社長は黙っててください。」と猿渡を叱責してから、その顔を遠慮がちに上げる。 と、その目が弥一を捉えた瞬間、 「なっ。ミコ様⁉︎」 と、素っ頓狂な声を出す。 それから金髪女は再度深々と頭を下げると、 「この度は誠に申し訳ありませんでしたっ!えと、実は我々こういったものでしてー」 そう言ってカバンから名刺入れを取り出すと、そこから一枚名刺を取り出し、弥一の前に差し出した。 それを見た弥一が自身も名刺を出そうとするのを、金髪女は、「もう十二分に存じ上げておりますので!」と言って制したので、弥一は途中でその動きを止めると、代わりに女が差し出した名刺を受け取る。 弥一が名刺を受け取ると、金髪女はかすみにも名刺を差し出し、 かすみはお辞儀をしながらそれを受け取った。 弥一は受け取った名刺を見ながら、 「週刊誌モンキークロス?」 「はい!改めまして、週刊誌モンキークロスの七瀬と申します!我々は吹けば飛ぶような子会社も子会社で、他の報道陣が見向きもしないような小さな事件から、世間から忘れ去られた未解決事件なんかを独自に追って記事にしてます。」 「大事件なんかはウチで追わなくても、金儲け目当ての他のメディアがいくらでも追うだろうさ。けど、他人から見て小さかろうが過去だろうが、それを
肩を掴まれたかすみは、自ずと弥一の顔を見つめる。 弥一も一心にその目を見つめ返すと、 「もう知ってると思うけど、俺には当時、結婚を考えるほど好きだった人がいた。なのに、家族全員から反対されるわ、それに加えて会ったことのない人との結婚を強制されるわで、最初はあなたを、あそこでの生活全てを俺は疎んじてた。」 当時を思い出したのだろう。罪悪感からか、はたまた苦い記憶からか、視線を下げようとするかすみに、 「ねえ、聞いて?」と、弥一は再度自分に注意を向けさせる。 眉根を下げ、揺れる瞳で自分を見つめるかすみに、 「けど、初めてあの家に帰った日から、かすみさんの作るご飯に、あなたの俺に対しての配慮に、徐々に俺の気持ちは変わっていった。あなたと生活を共にすればするほど、あなたという人物を知りたくなった。ただ、出会いが出会いだっただけに、変なプライドもあって、今さら態度を180度変えることなんてできなくて、その結果かすみさんとの距離は一向に縮まらないまま、あなたは突然姿を消した。」 弥一は唇を噛むと、 「正直言ってかなりショックだったよ。自分のことを棚上げして、俺に何の一言もなく出て行ったあなただけを悪者扱いして責めたりもした。けど、日が経てば経つほど、怒りとか悲しみとかそんなことよりただただー」 弥一はそこで一旦言葉を切ってから、 「あなたに会いたくて仕方がなかった。」 そう言われたかすみは、何と返したら良いのかわからず、瞳を揺らし、二度三度とまばたきをした。 「そんな俺が今日、あなたの姿を見つけた時どんな気持ちだったかわかる?」 弥一は今にも泣きそうになりながら、 「めちゃくちゃ嬉しかったんだよ?」 その弥一の顔に、かすみの胸が締め付けられる。 「歩道を渡るかすみさんの後ろ姿を見つけた時、それがあなただと確信した瞬間、たまらない気持ちになった。それなのに、あなたときたら俺の姿を見るなり逃げるんだもん。さすがにイラっときた。」 そう弥一は唇を尖らせたが、 「まあ、すぐに捕まえたけどね?」 そう言って少し笑った。 胸がいっぱいいっぱいなかすみは、「すみ、ません。」とだけ謝る。 「何度謝らないでって頼んでもダメみたいだね。」 「すみません。」弥一は少し間を置くと、 「会いに来ない方がよかった?」
電話を切った弥一はすぐさまかすみのほうに振り返ると、 「今の通話聞こえてた?」 かすみは申し訳なさそうに眉を下げ、 「すみません、所々聞こえてきていました。」 弥一はかすみにツカツカと歩み寄ると、 「例えばどの辺が?」 「え、あ。えと、電話のお相手が御子柴さんのお父さんだった、とか。あとは、御子柴さんが大事な用事があって帰って来られないのを残念がっていたのとかー」 "セーフ!!!" 一番聞かれたくない部分は聞かれてなかったみたいだと心底安心する弥一に、かすみが唐突に、 「御子柴さん、今日はお会いできて嬉しかったです。それから、罪悪感から御子柴さんを避けるような真似をしてしまっていたことは、本当に申し訳ありませんでした。」 そう言ってまた、彼女は頭を下げる。 弥一はまたしても謝られたことと、なぜか急に別れの前のやり取りみたいになっているこの状況に、 「もう謝らないでってば、お願いだから!それと、あれ?俺たちこれからかすみさんの行きたかった喫茶店に行くんじゃなかったっけ?」 かすみは驚いて頭を上げると、 「あれ?でも先程の電話で、御子柴さんはこれから大事な用事があるって仰ってませんでした?確かに、そう聞こえたと思ったのですが?」 「うん、言ったよ。だから、これから喫茶店に行くんだよね?」 かすみはしばし静止すると、 「あの、まさか御子柴さんのいう大事な用事って、私と喫茶店に行くことですか?」 信じられない、という表情のかすみに、弥一は当然というように、 「そうだよ?え、何で?」 久々に帰ってきたご両親の誘いを断ってまで、自分と一緒になんてことない喫茶店に行くことを大事な用事と捉えている弥一に、かすみは、 「喫茶店ならいつでも行けます。けど、御子柴さんのご両親って、海外に行ってらしててなかなかお会いできないんですよね?それなら、ご両親を優先されたほうがいいんじゃないですか?」 そう言われた弥一は、何も言い返さずにただかすみの顔をじっと見つめる。 そして、その視線にかすみがたじろいだのを見て取ると、 「両親には明日会いに行くつもりだよ。それと、確かに喫茶店にはいつでも行けるかもしれない。けど、かすみさんとは今日を逃したらいつ行けるって言うの?」 たった一週間ほど離れただけだっ
弥一は深くため息を吐いた後、 「ごめん、ちょっと待ってて。」 そう言ってかすみに断りを入れると電話に出る。 と、電話に出た直後、 「弥一〜!!!僕のsweet boy♡♡♡」 相手の音量を考えない声量に、弥一は思わず携帯電話から耳を離した。 次に、相手は電話ではなくビデオ通話に切り替えたらしく、弥一にもビデオ通話にするよう要求する。 それに対し弥一は「出先だから無理だよ。」と断ったが、相手のほうはそれでもビデオ通話を続けたいらしく、仕方なしに弥一は自分のカメラは切ったまま、さらには携帯電話のボリュームを下げるなどして対応にあたった。 それから、弥一は苦々しい顔を浮かべると、 「で、一体何の用なの、父さん?」 まさかの人物に、かすみは思わずその目を見開いて弥一の顔を見つめた。 迷惑そうにしている弥一の様子から、よっぽど面倒臭い相手なのだろうかと思っていたが、まさかのお父さんだったとは。 咲希から、二人の両親は仕事の都合で揃ってA国に行っていると聞いただけで、かすみは二人の両親には会ったことがなかった。 かすみは自分の姿が映らないよう、カメラの死角へと回るのだった。 さて。そんな弥一の不満気な物言いに、画面に映る弥一の父親であるジョンは、 「ひどいよ、弥一。久々に巴(ともえ)と一緒に日本に帰ってこられたから、真っ先に息子に知らせてあげようと思ってウキウキで電話したってのに。僕の心は今酷く傷つけられた。これはもう、愛する息子の顔を見ないと修復できないよ!」 弥一はそんな父親の訴えを無視して、 「え、二人とも日本に帰ってきたの?いつの間に・・・」 ジョンは嬉しそうに、 「あ、さてはマミーとパピーに会いたくなったんだね、弥一?僕もハニーも君に会いたくてたまらなかったよ〜。これこそ相思相愛ってやつだね!感激だなあ!」 弥一は無意識に寄ってしまう眉間のしわを指で揉み解しながら、 「悪いけど今大事な用事の最中なんだ。今日は会いには行けないけど、明日必ずそっちに顔を出すから。それでいいでしょ?」 「えぇ〜。弥一が来ると思って君の大好きな天ぷらを揚げたんだよ?早苗さんがわざわざ来てくれて腕を振るってくれたってのに、帰ってきてくれないの?僕ハートブレイクで倒れちゃいそうだよ。」 いかにも悲しそうな
弥一の顔が暗くなったことにかすみは心配になって、 「御子柴さん?」 弥一はかすみの目を真っ直ぐに見つめると、 「ごめん、最近過去の自分に腹が立ったり、悔やむことばっかりで。日々、逃した魚の大きさに打ちのめされてるよ。」 前に、咲希からの話で、弥一が想いを寄せる女性と破局したことを聞いていたかすみは、そのことを思い出して言っているんだなと思い、彼の胸の痛みに同調した。 そんかかすみはしばし黙って弥一の目を見つめ返していたが、 「御子柴さん、お腹空いてますか?」 そう、唐突に切り出す。 ”もしかして、今から何か作ってくれるのか?” 久々に彼女の手料理が食べられるのかと期待した弥一が顔を綻ばせると、 「この近くに思い出の喫茶店があるんです。今日はそこに行こうと思って、だからこっちに来たんですけど。」 期待が外れた弥一は、「ああ、そうだったんだ。」と、少し落ち込んだものの、かすみから食事に誘われた、ということに気づくと、すぐさま顔色が明るくなった。 それから、「もしかして、それが用事ってやつ?」 「え?」と、驚くかすみに、 「ル・ボヌールに行ったとき言われたんだ。かすみさんがいないかと尋ねたら、用事があるから帰ったと言われて。」 「行ったんですか、パーティーに。じゃあ、何で今ここに?」 「パーティーにははじめ、参加する気はなかったんだ。今日俺のほうでも、新商品の展示会があって、そっちを優先させたから。けど、その展示会で、ある人から・・・円城寺愛蘭さんからそのパーティーのスッタフとしてかすみさんが参加してるって聞いて。それで、お店に行ったら加島真琴さんがかすみさんが行った方向教えてくれて、なんやかんやあって、今ここにいるって感じかな。」 かすみは口をポカンと開け、 「二人に、会ったんですか?」 「あ、うん。ただ、初めて会ったのは先週なんだけどね。お二人が経営されているケーキ屋さんを尋ねたんだ。」 "あなたにケーキを食べさせたくて" だが、弥一はその言葉を飲み込むと、 「お二人に会うのはその時が初めてで、今日が二度目だったんだ。」"まあ、それよりも前から、二人には探偵を使って調べられたみたいだけど"とも、言わなかった。 「そう、だったんですね。私の仲の良い友人たちと御子柴さんが、まさ
「勝手にやってなさいよ、暇人どもが。」 そう愛蘭が吐き捨てたが最後、嵐が過ぎ去った後の静けさのように、三人はしばらく互いに黙っていたが、ふいに愛蘭は顔を顰めて加島に振り返ると、 「あんたが接客する日って、何でこういつもいつも面倒臭いことばっかり起きるわけ⁉︎」 それに対し加島は、飄々とした態度で「偏見〜。」と言って笑った。 「絶対偏見じゃない!全ては事実よ、事実!」 そう言って喚きちらす愛蘭に、「はいはい。」と、加島がなだめる。 そんな二人に、「あの。」と、言って、弥一が声をかける。 愛蘭は弥一を見ると、「あんたもまだいたわけ?」と、迷惑そうな顔をする。 「す
弥一の姿を捉えたパッツン女だったが、だから何?、とでもいうように加島を見つめる。 「いや、まだお客様がいらっしゃるじゃないか。」 と、痺れを切らしたように加島は言った。 「いい、真琴?あたしはね、どんだけお金持ちでイケメンだろうが、行列に割って入るような礼儀がなってない人はお客様だとは思わないの。」 そう言って、弥一に冷めた視線を向ける。 「御子柴様は自分でそうしたわけじゃないだろう?聞いてなかったのか?」 「大の大人の男が本気出したら、女の力ごときで押し出されるわけないでしょ?あわよくば行列に並ばずに済むかも、とかそんな邪な思いがなきゃこんなことにはならないわよ!で
三雲は弥一の肩に触れると、優しく揺さぶった。 幸いにも、他の客はそれほど多くはない。それでも、三雲は早くこの場を離れることが懸命と思い、 「御子柴、大丈夫か?とりあえず店を出よう、な?」 と、声をかける。弥一はそれに応えるよにふらりと立ち上がると、会計をしようとスーツの内側の胸ポケットから財布を取り出した。 大将は慌てて、「御子柴さま、お代は結構です。お代をいただくことは私のプライドが許しません。」 「いや、払わせてください。」 「御子柴さま、どうか私の顔を立てると思って。」 そう言われ、弥一は渋々ながらも財布をしまうと、「ごちそうさまでした。」そう言って、ふらふ
一方その頃、A国のN州にて。 朝の眩しくも温かい太陽の光の下、場違いにも、とある人物の墓が掘り起こされていた。 重機を使って慎重に掘り返される墓の前には、黒いサングラスを掛けた屈強な体格の男たちが立ち並んでいる。 そんな中で一人、屈強な男たちに紛れて、彼らと背丈は変わらないもののスラッとしたスタイルの男が目を引いた。男はサイドの髪を刈り上げ後頭部で一つにまとめた"マンバン"という髪型をしており、その綺麗な顔立ちと相まって、とても色気のある雰囲気だった。 男は履いているスラックスのポケットに手を突っ込みながら、氷のように冷え切った目で墓が掘り起こされる様を見下ろしている。 と







