LOGINそんなことに気づく由もない孫を尻目に、八重子はソファから立ち上がると、「じゃあ、あたしはそろそろお暇しようと思うのだけれど、その前に。かすみちゃん、荷物はもう部屋に運んだのかしら?」
かすみはゆったり微笑むと、「はい、荷物は全て午前の内に業者さんに手伝っていただいて運び終わりました。」 その返答に八重子は安心したように微笑むと、 「それなら良かった。弥一にはこの後すぐ荷物をまとめさせるけれど、それでもなんだかんだこの別荘に来るのには二、三日かかると思うわ。その間大丈夫?いつでも早苗はいてくれるとしても、何か心配事はない?」 かすみは首を横に降ると、「早苗さんが居てくださるのでしたら、何の心配もありません。むしろ心強いです。お気遣いいただきありがとうございます。」 早苗は"もちろんです"というように頷いてみせた。それを見た八重子は安心したように頷き返すと、 「見送りはいらないわ。かすみちゃん、うちの孫のこと、どうぞよろしくね。」 と、まるでモノでも預けるかのような軽い調子でそう言い残すと、弥一には声をかけることも一瞥することもなく早々にその場を後にしたのだった。 残された三人にしばしの沈黙が訪れる。 と、ふいに早苗がそれを壊した。 「では、私は夕飯の買い出しに行って参りますね。」 瞬間、弥一の顔には"うげっ"とでも言いたげな表情が浮かんだ。当たり前だ。今さっきあったばかりの、しかも急に結婚させられる羽目になってしまった女と二人きりの状況だなんて耐えられない。 急いで弥一も立ち上がると、「早苗さん、ついでに俺のこと家まで送ってってよ。ほら俺、荷物まとめないといけないらしいからさ、ね?」 早苗は無言で弥一を見つめる。弥一は懇願するようにその目を見つめ返した。頼むから良いよと言ってくれ、と。 「いけません、坊ちゃん。」 「なんでだよっ!」 「坊ちゃんを送っていってからでは、ヤマムラのタイムサービスが終了してしまいます。」 「ヤマムラ?タイムサービス?何だ、それ。」 "これだからボンボンは…" 呆れたように首を振る早苗に替わり、かすみが説明する。 「ヤマムラはこの近くのスーパーの名前です。タイムサービスというのは、ある一定時間、商品が通常より安く買えることを意味します。」 答えたのはかすみなのに、弥一は彼女を見ようともせず視線は早苗に向けたまま、 「そんなに安くなるの?」 「場合によっては一品につき数百円ほどですかね。」 またしても答えたのはかすみだったが、今度も弥一は彼女を見ようとしない。 弥一は、ハッと言って馬鹿にしたように笑うと、 「数百円!?たかだかそれっぽっちのお金のために俺のことを送っていけないって言ってるの?」 そう言って非難の目を早苗に向ける。 早苗が何か答える前に、またしてもかすみが口を開いた。 「たくさん買えば買うほど、その分、トータルで見た時の金額がうんと安くなります。」 「へえ、そうですかそうですか。」と、彼は彼女を軽くあしらうと、急にパンと手を叩いて、 「じゃあこうしよう!そのタイムサービスとやらで浮く分のお金を俺が出すよ!その代わり、俺のこと今から家まで送って行って。それなら良いでしょ?」 そう言って早苗に目をやる。 呆れているのか怒っているのか分からない目でただただ見つめ返してくるだけの早苗に、弥一は怯むことなく着ているジャケットの内側から財布を取り出すと、 「トータルでなら一体いくら浮くんだろ?一万…いや二万か?」言いながら探るように早苗を見てみたが、相変わらずその目から何か情報を得ることはできなかったので、 「よーし、決めた!今日は結婚記念日ってことで俺から二人に大判振る舞いしちゃおうかな。はい、どうぞ!」 と、札束を取り出し早苗の前に差し出した。軽く十万円はありそうなその厚みを前にしても、早苗は眉一つ動かさずにただじっと弥一を見つめている。 その早苗の様に、弥一の顔から取り繕った笑顔が消えた。代わりに苛立ったような表情を浮かべたその時だった。 「早苗さん、御子柴さんのことを家まで送っていってあげてくれませんか?ヤマムラには私が代わりに行きますので。」 弥一は、"ああ、その手があったか。"と、少し感心すると、やっと視線をかすみに向けた。 その後、彼女の提案はいかにも素晴らしいとでも言うように、口角をこれでもかと上げて早苗を見つめる。 早苗はため息を吐くと、「私ではなくかすみさんが坊ちゃんを送っていって差し上げるのはいかがですか?この機会に、お互いに会話をされてはいかがです?話をするのにちょうど良い距離だと思いますけど。」 とんでもない!と言うように、弥一はその目を見開いて早苗を見る。次いでかすみが口を開く。「早苗さん、お気遣いいただきありがとうございます。ただ、正直私は昔から地理に弱くて…ここの土地勘すら危うい私では、安全に御子柴さんをご実家までお送りできる気がいたしません。そんな私の運転で、もし御子柴さんに何かあっては、私は一生八重子さんに顔向けできません。なので、どうかこんな私ではなく、早苗さんにこそ送っていってもらいたいのですが、ダメでしょうか?」 弥一は"そうだ、そうだ"と頷いて加勢する。 早苗は弥一のことは視界に入らないようにしながら、かすみのハの字になった眉を見つめ苦笑した。 かすみは東北出身である。そんな彼女は今日、誰に送られるでもなく自身の運転でこの海老原市まで来たのだ。本当に地理に弱く土地勘もないような人間ならそんなことできるわけもない。 彼女もこの短時間で弥一のことを苦手な人に分類したのだろう。かすみと弥一の違いは、その気持ちをあからさまに態度に出すか出さないかというだけだった。 そんなかすみの本音に気づきながらも、心底困っているよう見せるのが上手い彼女を前に、早苗はやれやれと言うように、 「わかりました。では、私が坊ちゃんを送って行きますので、かすみさんにはお手数ですが買い物をお願いいたします。」 「ありがとうございます、早苗さん。買い物も今日の夕飯も私に任せてください。早苗さんのお口に合うよう、心を込めて作りますので。」 そう言って微笑んだ。 どうやら彼女の笑顔は人の心を解きほぐす力があるらしい。釣られて早苗も微笑んだ。 玄関先にて。 見送りにと出てきたかすみに早苗は、「出かける際だけでなく、買い物が済んで家に帰ってきてからも戸締りはなさってくださいね。なるだけ早く帰ってきますので。」 「はい、お待ちしております。ただ、私のことを気に掛けるあまり、スピードの出し過ぎなどには気をつけてくださいね。」 そう言って、笑い合った。 言葉だけで見たら、まるでかすみと早苗こそが夫婦のようである。 そんな早苗はかすみに向けては、「では、行って参ります。」と微笑んだのに、横にいる弥一に目を向けた時にはもうその笑顔を引っ込めると、「坊ちゃん早く行きますよ。」と言って、一分一秒を惜しむかのよう、小走りに車へと向かって行ったのだった。 そんな早苗に弥一は苦笑すると、彼女に続こうと一歩踏み出したが、ふと思い出したように足を止めた。そして自身の右手を見つめる。そこには早苗に受け取ってもらえなかったお金が未だ握らていた。彼は、「ん。」と言って、それをかすみの前に差し出す。 そのあまりに多すぎる額を前に、かすみは見つめるだけで受け取らずにいると、弥一はちらりと彼女を一瞥して、 「さっさと受け取ってくれ。」と言って、その手をさらに押し出した。 しかし、かすみのほうをよく見もしていなかったために距離感を誤ったのか、その手が意図せずかすみの身体に触れてしまう。 瞬間、弥一は驚いたようにパッとその手を開いた。開かれた手からお札が舞い、床にはらはらと落ちていく。 かすみがその顔を上げた先で、気まずそうな表情を浮かべた弥一と目が合った。しかし、彼はすぐさまその目を逸らすと、次にこれでもかと顔をしかめて、落ちたお金を拾おうともせず、くるりと背を向けると後ろ手に扉を閉める形で立ち去っていった。 何の加減もなく閉められたドアはバタンと音を立てて、後にはただ、床に散らばったお札とかすみだけが取り残される。 かすみはゆっくりしゃがみ込んで膝をつくと、その手で散らばったお札を一枚一枚丁寧に拾い上げた。 そしてその足でリビングへ戻ると、リビングに置かれた木製の戸棚の一番上の引き出しに、拾い上げたお金をそっくりそのまま仕舞い込む。 そしてその戸棚の上に両手をつくと、頭を少し下げて、目を閉じ、はあ、と深いため息を一つ吐いた。 「目的のために手段を選ばなかったのは、私。だから、自業自得でしょ。」 そう呟き、笑った。猿渡と七瀬が去った後、その場に残った弥一とかすみはゆっくりとお互いに顔を合わせると、 「何の話しをしてたのかわからなくなっちゃったね?」 そう話しかける弥一に、かすみも「ハハっ」と小さく笑う。 ただ、雰囲気を替えてくれたあの二人に、内心彼らも感謝していた。 弥一は軽く咳払いしてから、 「喫茶店行ってみたいな。今からでも連れてってくれる?」 かすみはすぐさま、「はい!」と答えてから、「少し、歩くんですけど。」 「全然いいよ!行こう?」 かすみは微笑むと、「こちらです。」 そう言って、弥一を思い出の喫茶店に案内しようと先を歩いて行ったわけだったがー 「やってないみたいだね。」 10分ほど歩いて例の喫茶店に辿り着いた二人だったが、喫茶店の扉には"CLOSED"と書かれた札が下げられていた。 「営業日とか全然考えていませんでした。すみません。」 そう謝るかすみに、 弥一は何てことないといったように、 「仕方なくない?それより、これからどうしようか。正直、店を替えようにもここら辺のお店は詳しくないんだよね。」 その問いに、何か良い案はないかとかすみが思い悩む。 弥一はそんなかすみにチラリと視線をやってから、 「あー。かすみさんさえ良ければさ、これから一緒に本家に行かない?」 「え⁉︎」と、間髪入れずにかすみは反応し、 「いや、あの、それはちょっと…ご家族様との時間に私がお邪魔するわけにはー」 「かすみさんが嫌ならもちろん止めるよ?けど、実は早苗さんもいま本家にいるみたいでさ。」 「早苗さんが?」 「うん、あと咲希も。おばあさまは海外に行ってていないけど、かすみさんが顔を出してくれたら二人も喜ぶと思うんだ。もちろん、うちの両親もね。」 海老原市の家を出てからもちょくちょく二人とはやり取りはしているが、二人の顔を見られると聞いてかすみの心が揺れる。 弥一はそこを逃さず、 「早苗さんが料理を作ってくれてるみたいでさ、俺も帰ってくると思ってたみたいだから、二人増えたくらいで困るってことはないと思うんだ。だから、どうかな。これから一緒に行ってみない?」 先程の父親との電話のやり取りから、これからかすみを連れて帰ろうものなら父親がはしゃぎ倒すであろうことは目に見えていた。しかし、今日
弥一とかすみが、悪い人ではないものの扱いに困る酔っ払い男への対応に手を焼いていると、 「何してるんですか、社長!」と、金髪ショートの若い女性が少し離れたところから慌てて走ってくる。 「先に車に行っててくださいと言ったじゃないですか!余計なことはせずに、言われたことを守ってくださいよ!」 そう言って、酔っ払い男をがっしりと捕まえると、 「うちの猿渡(さるわたり)がご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありませんでした。」そう言って素早く頭を下げる。 弥一と かすみはお互いに目を合わせた後、 「いえ、特に迷惑というほどのことは何もありません。むしろ、公共の場であることを忘れて、言い合いをしていた僕らの方こそ悪かったと思ってます。なので、どうか頭をお上げください。」 そう話す弥一の後ろで、かすみも頷いて同じ意であることを示す。 「それが若さってもんだ!君らは何も気にすることはない!」 そう弥一たちを弁護する猿渡に、金髪女は、 「社長は黙っててください。」と猿渡を叱責してから、その顔を遠慮がちに上げる。 と、その目が弥一を捉えた瞬間、 「なっ。ミコ様⁉︎」 と、素っ頓狂な声を出す。 それから金髪女は再度深々と頭を下げると、 「この度は誠に申し訳ありませんでしたっ!えと、実は我々こういったものでしてー」 そう言ってカバンから名刺入れを取り出すと、そこから一枚名刺を取り出し、弥一の前に差し出した。 それを見た弥一が自身も名刺を出そうとするのを、金髪女は、「もう十二分に存じ上げておりますので!」と言って制したので、弥一は途中でその動きを止めると、代わりに女が差し出した名刺を受け取る。 弥一が名刺を受け取ると、金髪女はかすみにも名刺を差し出し、 かすみはお辞儀をしながらそれを受け取った。 弥一は受け取った名刺を見ながら、 「週刊誌モンキークロス?」 「はい!改めまして、週刊誌モンキークロスの七瀬と申します!我々は吹けば飛ぶような子会社も子会社で、他の報道陣が見向きもしないような小さな事件から、世間から忘れ去られた未解決事件なんかを独自に追って記事にしてます。」 「大事件なんかはウチで追わなくても、金儲け目当ての他のメディアがいくらでも追うだろうさ。けど、他人から見て小さかろうが過去だろうが、それを
肩を掴まれたかすみは、自ずと弥一の顔を見つめる。 弥一も一心にその目を見つめ返すと、 「もう知ってると思うけど、俺には当時、結婚を考えるほど好きだった人がいた。なのに、家族全員から反対されるわ、それに加えて会ったことのない人との結婚を強制されるわで、最初はあなたを、あそこでの生活全てを俺は疎んじてた。」 当時を思い出したのだろう。罪悪感からか、はたまた苦い記憶からか、視線を下げようとするかすみに、 「ねえ、聞いて?」と、弥一は再度自分に注意を向けさせる。 眉根を下げ、揺れる瞳で自分を見つめるかすみに、 「けど、初めてあの家に帰った日から、かすみさんの作るご飯に、あなたの俺に対しての配慮に、徐々に俺の気持ちは変わっていった。あなたと生活を共にすればするほど、あなたという人物を知りたくなった。ただ、出会いが出会いだっただけに、変なプライドもあって、今さら態度を180度変えることなんてできなくて、その結果かすみさんとの距離は一向に縮まらないまま、あなたは突然姿を消した。」 弥一は唇を噛むと、 「正直言ってかなりショックだったよ。自分のことを棚上げして、俺に何の一言もなく出て行ったあなただけを悪者扱いして責めたりもした。けど、日が経てば経つほど、怒りとか悲しみとかそんなことよりただただー」 弥一はそこで一旦言葉を切ってから、 「あなたに会いたくて仕方がなかった。」 そう言われたかすみは、何と返したら良いのかわからず、瞳を揺らし、二度三度とまばたきをした。 「そんな俺が今日、あなたの姿を見つけた時どんな気持ちだったかわかる?」 弥一は今にも泣きそうになりながら、 「めちゃくちゃ嬉しかったんだよ?」 その弥一の顔に、かすみの胸が締め付けられる。 「歩道を渡るかすみさんの後ろ姿を見つけた時、それがあなただと確信した瞬間、たまらない気持ちになった。それなのに、あなたときたら俺の姿を見るなり逃げるんだもん。さすがにイラっときた。」 そう弥一は唇を尖らせたが、 「まあ、すぐに捕まえたけどね?」 そう言って少し笑った。 胸がいっぱいいっぱいなかすみは、「すみ、ません。」とだけ謝る。 「何度謝らないでって頼んでもダメみたいだね。」 「すみません。」弥一は少し間を置くと、 「会いに来ない方がよかった?」
電話を切った弥一はすぐさまかすみのほうに振り返ると、 「今の通話聞こえてた?」 かすみは申し訳なさそうに眉を下げ、 「すみません、所々聞こえてきていました。」 弥一はかすみにツカツカと歩み寄ると、 「例えばどの辺が?」 「え、あ。えと、電話のお相手が御子柴さんのお父さんだった、とか。あとは、御子柴さんが大事な用事があって帰って来られないのを残念がっていたのとかー」 "セーフ!!!" 一番聞かれたくない部分は聞かれてなかったみたいだと心底安心する弥一に、かすみが唐突に、 「御子柴さん、今日はお会いできて嬉しかったです。それから、罪悪感から御子柴さんを避けるような真似をしてしまっていたことは、本当に申し訳ありませんでした。」 そう言ってまた、彼女は頭を下げる。 弥一はまたしても謝られたことと、なぜか急に別れの前のやり取りみたいになっているこの状況に、 「もう謝らないでってば、お願いだから!それと、あれ?俺たちこれからかすみさんの行きたかった喫茶店に行くんじゃなかったっけ?」 かすみは驚いて頭を上げると、 「あれ?でも先程の電話で、御子柴さんはこれから大事な用事があるって仰ってませんでした?確かに、そう聞こえたと思ったのですが?」 「うん、言ったよ。だから、これから喫茶店に行くんだよね?」 かすみはしばし静止すると、 「あの、まさか御子柴さんのいう大事な用事って、私と喫茶店に行くことですか?」 信じられない、という表情のかすみに、弥一は当然というように、 「そうだよ?え、何で?」 久々に帰ってきたご両親の誘いを断ってまで、自分と一緒になんてことない喫茶店に行くことを大事な用事と捉えている弥一に、かすみは、 「喫茶店ならいつでも行けます。けど、御子柴さんのご両親って、海外に行ってらしててなかなかお会いできないんですよね?それなら、ご両親を優先されたほうがいいんじゃないですか?」 そう言われた弥一は、何も言い返さずにただかすみの顔をじっと見つめる。 そして、その視線にかすみがたじろいだのを見て取ると、 「両親には明日会いに行くつもりだよ。それと、確かに喫茶店にはいつでも行けるかもしれない。けど、かすみさんとは今日を逃したらいつ行けるって言うの?」 たった一週間ほど離れただけだっ
弥一は深くため息を吐いた後、 「ごめん、ちょっと待ってて。」 そう言ってかすみに断りを入れると電話に出る。 と、電話に出た直後、 「弥一〜!!!僕のsweet boy♡♡♡」 相手の音量を考えない声量に、弥一は思わず携帯電話から耳を離した。 次に、相手は電話ではなくビデオ通話に切り替えたらしく、弥一にもビデオ通話にするよう要求する。 それに対し弥一は「出先だから無理だよ。」と断ったが、相手のほうはそれでもビデオ通話を続けたいらしく、仕方なしに弥一は自分のカメラは切ったまま、さらには携帯電話のボリュームを下げるなどして対応にあたった。 それから、弥一は苦々しい顔を浮かべると、 「で、一体何の用なの、父さん?」 まさかの人物に、かすみは思わずその目を見開いて弥一の顔を見つめた。 迷惑そうにしている弥一の様子から、よっぽど面倒臭い相手なのだろうかと思っていたが、まさかのお父さんだったとは。 咲希から、二人の両親は仕事の都合で揃ってA国に行っていると聞いただけで、かすみは二人の両親には会ったことがなかった。 かすみは自分の姿が映らないよう、カメラの死角へと回るのだった。 さて。そんな弥一の不満気な物言いに、画面に映る弥一の父親であるジョンは、 「ひどいよ、弥一。久々に巴(ともえ)と一緒に日本に帰ってこられたから、真っ先に息子に知らせてあげようと思ってウキウキで電話したってのに。僕の心は今酷く傷つけられた。これはもう、愛する息子の顔を見ないと修復できないよ!」 弥一はそんな父親の訴えを無視して、 「え、二人とも日本に帰ってきたの?いつの間に・・・」 ジョンは嬉しそうに、 「あ、さてはマミーとパピーに会いたくなったんだね、弥一?僕もハニーも君に会いたくてたまらなかったよ〜。これこそ相思相愛ってやつだね!感激だなあ!」 弥一は無意識に寄ってしまう眉間のしわを指で揉み解しながら、 「悪いけど今大事な用事の最中なんだ。今日は会いには行けないけど、明日必ずそっちに顔を出すから。それでいいでしょ?」 「えぇ〜。弥一が来ると思って君の大好きな天ぷらを揚げたんだよ?早苗さんがわざわざ来てくれて腕を振るってくれたってのに、帰ってきてくれないの?僕ハートブレイクで倒れちゃいそうだよ。」 いかにも悲しそうな
弥一の顔が暗くなったことにかすみは心配になって、 「御子柴さん?」 弥一はかすみの目を真っ直ぐに見つめると、 「ごめん、最近過去の自分に腹が立ったり、悔やむことばっかりで。日々、逃した魚の大きさに打ちのめされてるよ。」 前に、咲希からの話で、弥一が想いを寄せる女性と破局したことを聞いていたかすみは、そのことを思い出して言っているんだなと思い、彼の胸の痛みに同調した。 そんかかすみはしばし黙って弥一の目を見つめ返していたが、 「御子柴さん、お腹空いてますか?」 そう、唐突に切り出す。 ”もしかして、今から何か作ってくれるのか?” 久々に彼女の手料理が食べられるのかと期待した弥一が顔を綻ばせると、 「この近くに思い出の喫茶店があるんです。今日はそこに行こうと思って、だからこっちに来たんですけど。」 期待が外れた弥一は、「ああ、そうだったんだ。」と、少し落ち込んだものの、かすみから食事に誘われた、ということに気づくと、すぐさま顔色が明るくなった。 それから、「もしかして、それが用事ってやつ?」 「え?」と、驚くかすみに、 「ル・ボヌールに行ったとき言われたんだ。かすみさんがいないかと尋ねたら、用事があるから帰ったと言われて。」 「行ったんですか、パーティーに。じゃあ、何で今ここに?」 「パーティーにははじめ、参加する気はなかったんだ。今日俺のほうでも、新商品の展示会があって、そっちを優先させたから。けど、その展示会で、ある人から・・・円城寺愛蘭さんからそのパーティーのスッタフとしてかすみさんが参加してるって聞いて。それで、お店に行ったら加島真琴さんがかすみさんが行った方向教えてくれて、なんやかんやあって、今ここにいるって感じかな。」 かすみは口をポカンと開け、 「二人に、会ったんですか?」 「あ、うん。ただ、初めて会ったのは先週なんだけどね。お二人が経営されているケーキ屋さんを尋ねたんだ。」 "あなたにケーキを食べさせたくて" だが、弥一はその言葉を飲み込むと、 「お二人に会うのはその時が初めてで、今日が二度目だったんだ。」"まあ、それよりも前から、二人には探偵を使って調べられたみたいだけど"とも、言わなかった。 「そう、だったんですね。私の仲の良い友人たちと御子柴さんが、まさ
「おい、なんだよ弥一。もしかして怒ってるのか?」 電話先で冬馬は茶化すようにそう言った。 弥一は細めた目はそのままに、口元だけで笑ってみせると、 「まさか。それとも、何か俺に怒られるようなことをしたとでも言うのか?ん?」 電話越しにも弥一の冷え切った空気が伝わってくるようだった。 だが、冬馬はそんな弥一に怯むどころか、ニヤリと笑うと、 "どうやらとうとうバレたみたいだな" そう思うと、満足気に舌なめずりした。 彼は今にも高揚感丸出しの声色になりそうになるのを必死に抑えると、 「お前のことを誰よりもわかってるのはこの俺だ。そんな俺がお前を怒らせるようなことを
「申し訳ありませんが、我が社ではー」 「対応できかねます、ですか?」 弥一がそういうと、受付の女性は困った様に眉を下げる。 もしめちゃくちゃに私情を挟んでも許されるのなら、いくらでも目の前のイケメンたちに手を貸してあげたい!だが、会社の上層部からの命令に一介の社員である自分なんぞが逆えるわけもなく、泣く泣く、二人を追い払うのだった。 これでもう六社目だ。 あれから弥一と三雲は、手始めにマップアプリで探偵事務所を調べ上げた。 検索結果に並んだ探偵事務所の中から口コミの良さで選ぼうとする弥一に、三雲は頑なに、とにかく近いところから一つずつ当たっていこう、と言って聞かない。
時を同じくして、とあるホテルのスイートルームにて。 シルクのガウンを、大胆にも胸元をはだけさせるように着用した美女が、その細くくびれた腰に片方の手を当て、もう片方の手の中にある携帯電話の画面を見つめては、イライラしたように歩き回っていた。 美女はからこれもう数十分その状態だったわけで、見かねた同室の男がそんな彼女に声をかける。 「雪菜、弥一からはまだ電話が掛かってこないのか?」 この若い男も、ルームガウンの胸元を大きくはだけさせるように着用し、ベッドの脇に腰掛けながらタバコをふかしていた。 明らかに“情事の後”とわかるような二人の格好だったが、そこに流れる空気には、二人を
かすみが久々に旧友たちとの再会を楽しんだ次の日。 三雲は、休日と有給休暇を含め、実に四日ぶりとなる会社へと出勤していた。 三雲が勤めるこの高級下着ブランド会社[Le Cygne ル・シーニュ]は、毎月第二と第四土曜日は出勤日となっている。 あの日、弥一にかすみへのお詫びとしてケーキと花束を買うよう勧めた日は、第二土曜日だった。 次の日の日曜日は毎週会社も休みなのだが、その日、日本へと2ヶ月ぶりに帰ってきていた咲希と過ごすために、三雲はさらに二日間の有休を取っていたのであった。 そんな今日は水曜日である。 咲希は今週いっぱいは日本にいる。 気持ちとしては咲希と一緒に過ご







