เข้าสู่ระบบそんなことに気づく由もない孫を尻目に、八重子はソファから立ち上がると、「じゃあ、あたしはそろそろお暇しようと思うのだけれど、その前に。かすみちゃん、荷物はもう部屋に運んだのかしら?」
かすみはゆったり微笑むと、「はい、荷物は全て午前の内に業者さんに手伝っていただいて運び終わりました。」 その返答に八重子は安心したように微笑むと、 「それなら良かった。弥一にはこの後すぐ荷物をまとめさせるけれど、それでもなんだかんだこの別荘に来るのには二、三日かかると思うわ。その間大丈夫?いつでも早苗はいてくれるとしても、何か心配事はない?」 かすみは首を横に降ると、「早苗さんが居てくださるのでしたら、何の心配もありません。むしろ心強いです。お気遣いいただきありがとうございます。」 早苗は"もちろんです"というように頷いてみせた。それを見た八重子は安心したように頷き返すと、 「見送りはいらないわ。かすみちゃん、うちの孫のこと、どうぞよろしくね。」 と、まるでモノでも預けるかのような軽い調子でそう言い残すと、弥一には声をかけることも一瞥することもなく早々にその場を後にしたのだった。 残された三人にしばしの沈黙が訪れる。 と、ふいに早苗がそれを壊した。 「では、私は夕飯の買い出しに行って参りますね。」 瞬間、弥一の顔には"うげっ"とでも言いたげな表情が浮かんだ。当たり前だ。今さっきあったばかりの、しかも急に結婚させられる羽目になってしまった女と二人きりの状況だなんて耐えられない。 急いで弥一も立ち上がると、「早苗さん、ついでに俺のこと家まで送ってってよ。ほら俺、荷物まとめないといけないらしいからさ、ね?」 早苗は無言で弥一を見つめる。弥一は懇願するようにその目を見つめ返した。頼むから良いよと言ってくれ、と。 「いけません、坊ちゃん。」 「なんでだよっ!」 「坊ちゃんを送っていってからでは、ヤマムラのタイムサービスが終了してしまいます。」 「ヤマムラ?タイムサービス?何だ、それ。」 "これだからボンボンは…" 呆れたように首を振る早苗に替わり、かすみが説明する。 「ヤマムラはこの近くのスーパーの名前です。タイムサービスというのは、ある一定時間、商品が通常より安く買えることを意味します。」 答えたのはかすみなのに、弥一は彼女を見ようともせず視線は早苗に向けたまま、 「そんなに安くなるの?」 「場合によっては一品につき数百円ほどですかね。」 またしても答えたのはかすみだったが、今度も弥一は彼女を見ようとしない。 弥一は、ハッと言って馬鹿にしたように笑うと、 「数百円!?たかだかそれっぽっちのお金のために俺のことを送っていけないって言ってるの?」 そう言って非難の目を早苗に向ける。 早苗が何か答える前に、またしてもかすみが口を開いた。 「たくさん買えば買うほど、その分、トータルで見た時の金額がうんと安くなります。」 「へえ、そうですかそうですか。」と、彼は彼女を軽くあしらうと、急にパンと手を叩いて、 「じゃあこうしよう!そのタイムサービスとやらで浮く分のお金を俺が出すよ!その代わり、俺のこと今から家まで送って行って。それなら良いでしょ?」 そう言って早苗に目をやる。 呆れているのか怒っているのか分からない目でただただ見つめ返してくるだけの早苗に、弥一は怯むことなく着ているジャケットの内側から財布を取り出すと、 「トータルでなら一体いくら浮くんだろ?一万…いや二万か?」言いながら探るように早苗を見てみたが、相変わらずその目から何か情報を得ることはできなかったので、 「よーし、決めた!今日は結婚記念日ってことで俺から二人に大判振る舞いしちゃおうかな。はい、どうぞ!」 と、札束を取り出し早苗の前に差し出した。軽く十万円はありそうなその厚みを前にしても、早苗は眉一つ動かさずにただじっと弥一を見つめている。 その早苗の様に、弥一の顔から取り繕った笑顔が消えた。代わりに苛立ったような表情を浮かべたその時だった。 「早苗さん、御子柴さんのことを家まで送っていってあげてくれませんか?ヤマムラには私が代わりに行きますので。」 弥一は、"ああ、その手があったか。"と、少し感心すると、やっと視線をかすみに向けた。 その後、彼女の提案はいかにも素晴らしいとでも言うように、口角をこれでもかと上げて早苗を見つめる。 早苗はため息を吐くと、「私ではなくかすみさんが坊ちゃんを送っていって差し上げるのはいかがですか?この機会に、お互いに会話をされてはいかがです?話をするのにちょうど良い距離だと思いますけど。」 とんでもない!と言うように、弥一はその目を見開いて早苗を見る。次いでかすみが口を開く。「早苗さん、お気遣いいただきありがとうございます。ただ、正直私は昔から地理に弱くて…ここの土地勘すら危うい私では、安全に御子柴さんをご実家までお送りできる気がいたしません。そんな私の運転で、もし御子柴さんに何かあっては、私は一生八重子さんに顔向けできません。なので、どうかこんな私ではなく、早苗さんにこそ送っていってもらいたいのですが、ダメでしょうか?」 弥一は"そうだ、そうだ"と頷いて加勢する。 早苗は弥一のことは視界に入らないようにしながら、かすみのハの字になった眉を見つめ苦笑した。 かすみは東北出身である。そんな彼女は今日、誰に送られるでもなく自身の運転でこの海老原市まで来たのだ。本当に地理に弱く土地勘もないような人間ならそんなことできるわけもない。 彼女もこの短時間で弥一のことを苦手な人に分類したのだろう。かすみと弥一の違いは、その気持ちをあからさまに態度に出すか出さないかというだけだった。 そんなかすみの本音に気づきながらも、心底困っているよう見せるのが上手い彼女を前に、早苗はやれやれと言うように、 「わかりました。では、私が坊ちゃんを送って行きますので、かすみさんにはお手数ですが買い物をお願いいたします。」 「ありがとうございます、早苗さん。買い物も今日の夕飯も私に任せてください。早苗さんのお口に合うよう、心を込めて作りますので。」 そう言って微笑んだ。 どうやら彼女の笑顔は人の心を解きほぐす力があるらしい。釣られて早苗も微笑んだ。 玄関先にて。 見送りにと出てきたかすみに早苗は、「出かける際だけでなく、買い物が済んで家に帰ってきてからも戸締りはなさってくださいね。なるだけ早く帰ってきますので。」 「はい、お待ちしております。ただ、私のことを気に掛けるあまり、スピードの出し過ぎなどには気をつけてくださいね。」 そう言って、笑い合った。 言葉だけで見たら、まるでかすみと早苗こそが夫婦のようである。 そんな早苗はかすみに向けては、「では、行って参ります。」と微笑んだのに、横にいる弥一に目を向けた時にはもうその笑顔を引っ込めると、「坊ちゃん早く行きますよ。」と言って、一分一秒を惜しむかのよう、小走りに車へと向かって行ったのだった。 そんな早苗に弥一は苦笑すると、彼女に続こうと一歩踏み出したが、ふと思い出したように足を止めた。そして自身の右手を見つめる。そこには早苗に受け取ってもらえなかったお金が未だ握らていた。彼は、「ん。」と言って、それをかすみの前に差し出す。 そのあまりに多すぎる額を前に、かすみは見つめるだけで受け取らずにいると、弥一はちらりと彼女を一瞥して、 「さっさと受け取ってくれ。」と言って、その手をさらに押し出した。 しかし、かすみのほうをよく見もしていなかったために距離感を誤ったのか、その手が意図せずかすみの身体に触れてしまう。 瞬間、弥一は驚いたようにパッとその手を開いた。開かれた手からお札が舞い、床にはらはらと落ちていく。 かすみがその顔を上げた先で、気まずそうな表情を浮かべた弥一と目が合った。しかし、彼はすぐさまその目を逸らすと、次にこれでもかと顔をしかめて、落ちたお金を拾おうともせず、くるりと背を向けると後ろ手に扉を閉める形で立ち去っていった。 何の加減もなく閉められたドアはバタンと音を立てて、後にはただ、床に散らばったお札とかすみだけが取り残される。 かすみはゆっくりしゃがみ込んで膝をつくと、その手で散らばったお札を一枚一枚丁寧に拾い上げた。 そしてその足でリビングへ戻ると、リビングに置かれた木製の戸棚の一番上の引き出しに、拾い上げたお金をそっくりそのまま仕舞い込む。 そしてその戸棚の上に両手をつくと、頭を少し下げて、目を閉じ、はあ、と深いため息を一つ吐いた。 「目的のために手段を選ばなかったのは、私。だから、自業自得でしょ。」 そう呟き、笑った。かすみは、ハッと何かに気づいたように目を開くと、 「わかりましたっ!一緒に行きますから、誰にも手を出さないでください!」 「何言ってるんだ、かすみさん!ダメに決まってるだろう!」 弥一はすかさずかすみにそう叫び、 櫂斗は、心外だ、というように眉根を下げると、 「なるほど・・・やっぱりお前の中での俺は、簡単に暴力を振るう人間なんだな。」 「それはー」 「やめろよ、その言い方!わざと彼女に罪悪感を抱かせるようとしてんのが見え見えなんだよ!」 「そんなこと微塵も考えていなかったけど。でも、良かった。かすみは俺と来てくれるらしいんでね、そろそろ互いに手を離そうか?」 「連れていかせねーって言ってんだろ。」 「ちょっと‼︎さっきからあたしのことほったらかしにしないでよ!」 こんなにも可愛い自分を差し置いて、目の前の男たちが平凡なおばさんなんかを取り合っていることに、雪菜は我慢がならなかった。 だがー 「「うるさいっ‼︎」」 二人からそう怒鳴りつけられ、雪菜は悔し涙を浮かべると、唇を強く噛んだ。 見かねたかすみが二人の間に割って入り、胸ぐらを掴み合う手を離させる。 かすみは弥一に背を向けて立つと、正面に立つ櫂斗を見上げて、 「櫂斗さん、ここを片付けてから出て行ってもいいですか?」 「かすみさんっ‼︎」 だが、かすみは弥一の方を振り返りもしない。 櫂斗は満足そうな笑みを浮かべると、 「悪いがそんな時間はない。必要なものだけ持ったらすぐに出るぞ。」 「ーわかりました。では、少々お待ちください。」 そこで踵を返したかすみの目が、今に泣き崩れそうな弥一を捉えた。 かすみの胸が、酷く、痛む。 かすみは胸の痛みから逃れるように俯くと、弥一の横を何も言わずにスッと通り抜けた。 しかし、弥一はかすみの腕を素早く掴むと、 「無視しないでよ!」 「ー離してください。」 「かすみさんが付いていく必要なんてないじゃないか!」 「離して・・・」 「俺は、そんなに頼りにならないの?」 「・・・・・・」 弥一はかすみの握る手に力を込めると、 「行かないで。」 震える弥一の声に、かすみの心が揺れる。 しかしー 「かすみ。」 深淵から響いてくるような、低く湿ったそ
「はあ⁉︎唐突に何をー」 吠える弥一だったが、そこで櫂斗の携帯電話がメッセージを受信した。 「失礼。」と、櫂斗が携帯電話を取り出しメッセージを確認したために、弥一の言葉は無理矢理中断させられる。 メッセージを確認した櫂斗は目を細めると、携帯電話をスーツの内ポケットに戻した。 「申し訳ありませんが、急がなければならない事情ができてしまいました。ですので、簡潔にこちら側の要望をお伝えいたします。」 櫂斗はそこで真っ直ぐにかすみを見つめると、 「かすみ、俺と一緒に来い。」 もう我慢ならなかった弥一は櫂斗の胸ぐらに掴み掛かると、 「何なんだよ、あんた!いきなり出てきて、引っ掻き回すようなことして!」 櫂斗はそれでも涼しい顔をして笑うと、 「いいですね、その勢い。若造って感じが全面に出てて、僕は好きですよ?けど、さっき言った通り急がなければならないんです。外野はひっこんでてください。」 「外野はあんたの方だろう!それに、かすみさんがあんたに付いていくわけない。彼女はどう見たってあんたに怯えてる。そんなこともわからないのか?」 櫂斗はちらりとかすみに目をやると、戸惑ったように瞳を揺らすかすみと目が合った。 櫂斗はそのままかすみを見ていたが、弥一の「聞いてるのかよ!」の声に、視線を彼へと戻すと、 「何でしたっけ?」 弥一は奥歯をギリっと噛み締め、 「だから!雪菜を連れてここから立ち去れっていってるんだ!従わないなら警察を呼ぶ。」 そんな弥一の脅し文句に、櫂斗は、プッと吹き出した。 「な、何がおかしいんだよ?」 櫂斗は、くっくと笑いながら、 「いやあ、いいですね御子柴さん。想像通りの真っ直ぐな方だ。真っ直ぐで、若くて、青くてー」 と、そこで櫂斗は弥一の胸ぐらを掴み返すと、グッと自身に引き寄せ、そして、 「反吐が出る。」 弥一は眼前に迫った櫂斗の漆黒の目に、思わず怯んでしまう。 櫂斗は、ニッと笑うと、 「俺が誰だかわかったんだろう?勝てる見込みがないとわかっていながら、それでも楯突いてきたその度胸は認めるよ。けど、お利口さんな君のことだ。事の結末はわかってるんだろう?なら、大人しくかすみを差し出せ。」 「なっー」 「別にタダでとは言わない。だから、ほら。代わりにあの女を連れてき
「櫂斗さん、だったんですか?」 目を丸くして戸惑うかすみと同様に、弥一も驚きを隠せなかった。 (お兄さんのこと名前で・・・しかも“さん”付けでも呼ぶのか?それにー) 花のことはあまり詳しくない弥一だったが、それでも、あのスタンド花には、自分が贈った花束にも使用したスミレの花が含まれていたのを思い出した。 つまりー (この人もかすみさんの好きな花を知っていた?) 兄弟なのだからお互いの好きなものを把握しているのは不思議なことじゃない。 けど。 弥一の中で急に、言葉で言い表せない焦燥感が生まれる。 そんな弥一を他所に、櫂斗はかすみの顔に浮かんだ表情に苦笑した。 「まあ、俺からだとは予想だにしなかっただろうな?俺なりにあのメッセージに想いを込めたつもりだったが・・・」 そこで櫂斗はちらりと弥一を見ると、 「むしろ誤解を招いただけだったか。悪かったな。彼からじゃなくて。」 まるで、かすみがそう期待していたことを見抜いたような櫂斗の言葉に、かすみは動揺したように目を泳がせた。 (メッセージ?それに、俺からじゃなくて悪かった、って) メッセージの内容がわからない弥一は訝しむように眉を寄せ、それから、 「かすみさん、メッセージって何?何て書かれていたの?」 自分からだと勘違いするようなものって、一体どんな言葉なのだろう、という、安直な好奇心から聞いたものだった。 がー かすみはなぜか自分のその簡単な問いに、サッと答えてくれない。 「かすみさん?」 「御子柴さん、そんなに気になるなら見に行ってらどうですか?目につきやすい位置に添えてあるはずですから、すぐに見つけられると思いますよ?」 弥一はムッとすると、 「あなたには聞いてません。それに、一方的に俺のことを知っているなんてフェアじゃないと思いませんか?俺はあなたがどこの誰かもわからないのに。」 櫂斗は「失敬。」と鼻で笑うと、胸ポケットから名刺を取り出して、 「宗方櫂斗(むなかた かいと)と申します。」 (宗方?宗方、って。まさかー) 弥一も驚いたが、雪菜も心底驚いた。 櫂斗は雪菜に名前は教えてくれたものの、苗字までは教えてくれていなかったのだった。 そんな櫂斗の新たな姿を目に、この瞬間から、雪菜の関心は完全に弥一から
(死んだことにしてとんずら?とんずらって何だ?というか、一体さっきから何の話をしているだ?) 会話の内容に加え、兄弟とは到底思えない二人の空気感に、弥一の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。 しかし、櫂斗を目の前にして身体をこわばらせているかすみに、弥一はそのことを追求するより先にかすみの盾となるべく二人の間に入った。 すぐさまかすみが、「ダメです!」と自身が弥一の盾になろうとするが、弥一はそれを手で優しく制した。 弥一は櫂斗の目を真っ直ぐに見据える。 弥一が前に出てきたことに雪菜はすぐさま反応すると、 「弥一!」 呼ばれた弥一はちらりと雪菜を見た。 久々に弥一が自分を見てくれたことに、雪菜は胸が高鳴る。 何か期待を込めたような目の雪菜に対し、弥一は温度のない目で雪菜を見下ろしながら、 「この人とはどういう関係?」 (やだ!弥一ったら案の定彼に嫉妬しちゃってる!) 雪菜は顔がニヤけそうになるのを必死になって堪えると、澄ました顔で、 「見ての通りだけど?」 そう言って、雪菜はより一層、櫂斗の腕に密着するように絡みつけると、笑ってみせる。 瞬間、そうされた櫂斗の顔に浮かんだうんざり顔を、弥一は見逃さなかった。 こっちもこっちで詳細はよくわからないが、目の前の男が雪菜にその気がないことだけは明らかであった。 弥一が嫉妬していると勘違いしている雪菜は、さらに弥一の嫉妬心を煽ろうと、 「そんなにあたしと彼との関係が気になるの?まあ、そうね。敢えて言葉にするとしたらー」 「黙って。」 これ以上雪菜に喋らせたところで有益な情報は得られないだろう。 そう考えた弥一は早々に雪菜の話を遮った。 かすみに声を掛けた時とは打って変わって、冷えた口調でばっさりと切ってきた弥一に、雪菜はツヤツヤと輝く唇を噛むと、忌々しいといった目つきになった。 そしてその目を、弥一の背中で守られているかすみへと向ける。 目の前の男たちの光景に気が気でないかすみは、その雪菜の毒々しい視線に気づかなかった。 弥一は視線を櫂斗から外すことなく、 「いろいろ聞きたいことはありますが、昨今はプライバシーに関しては非常にデリケートな世の中ですからね。大体の疑問は飲み込みます。ですので、あなたにお聞きしたいのはた
かすみは入り口に立つ人物を凝視すると、 「櫂斗、さん?」 だが、そんなかすみの囁き声は、やかましい女性の声にかき消されてしまう。 「うそっ、弥一?どうしてここに?」 櫂斗と腕を組みながら、雪菜は驚いたように声を上げるた。 (ああ、なるほど。これが櫂斗さんが言ってたとっておきのプレゼントってわけね) 彼女は弥一の元へ向かおうと、櫂斗と組んだ腕を離そうとしたが、そこで、待てよ、といったように動きを止めた。 そして、ちらりと自身の横に立つ櫂斗に目をやる。 弥一と遜色ないスタイルと顔の良さに加え、彼にはさらに大人の色気があった。 櫂斗と仲睦まじい様子を見せつけてやれば、未だヘソを曲げてい弥一も、悔しがって自分との復縁を考え直すかもしれない。 そう考えた雪菜は、勝ち誇ったような笑みを浮かべると、より一層、櫂斗に密着するようにして、その姿をこれみよがしに弥一へと見せつけた。 しかし、お目当ての弥一はというと、彼の隣で息を呑んで立ち尽くしているかすみしか見えていなかった。 弥一は心配と戸惑いが滲んだ声で、 「かすみさん?」 そう声を掛けたが、かすみは微動だにしない。 弥一は焦ったように、 「かすみさんっ!」 かすみは、ハッとしたように二度三度とまばたきをすると、やっと自分がどこにいるのかを思い出したようで、 「あ、ご、めんなさい。私ったら、ぼーっとしてました。」 弥一はかすみの肩にそっと触れると、 「大丈夫?」 かすみは額を押さえながら、 「ああ、はい。はい、大丈夫です。ごめんなさい。」 誰がどう見ても大丈夫であるようには見えなかったし、実際、かすみはちっとも大丈夫ではなかった。 心の中では絶えず、この場をどう切り抜けようかと、そのことばかりが頭を駆け巡っていた。 かすみの身体に弥一が触れた瞬間、櫂斗はピクリと身体を動かした。 雪菜も、弥一に心配されているかすみの姿を目に(誰よ、あのおばさん)と、目を鋭くする。 弥一がかすみに顔を近づける姿に、櫂斗は目を細めた。 彼は、チッ、と小さく舌打ちをすると、雪菜が腕を取っていることも忘れて、大股で早足にかすみたちへと距離を詰める。 雪菜は、そんな櫂斗に引っ張られるようになりながらも、腕を離すことなく何とかついて行った。
「ごちそうさまでした。」 手を合わせた弥一の前にはきれいに平らげらた後の食器だけが並んでいた。 結構な量を用意したはずだったのに、全ての料理を完食した弥一にかすみは目を丸くする。 「御子柴さんて、もしかして痩せの大食いですか?」 弥一はキョトンとした顔でかすみを見つめ返すと、 「いや、普通に人並みだと思うけど・・・どうして?」 その問いに答える代わりに、かすみは目の前の空になった食器へと視線をやると再び弥一に視線を戻した。 その視線の意味に気づいた弥一は、ははっ、と笑うと、 「美味しいものだったり、好きなものってなったら別!俺にとってかすみさんの料理はどちらにも当てはまるから、そりゃあ、箸が止まらないよね!」 かすみも、あはっ、と笑うと、 「最高の褒め言葉です。ありがとうございます。」 弥一はかすみの笑顔を愛おしそうに眺めていたが、ふいに、 「そうだ、ケーキなんだけどさ。」 ん?といったように、かすみは弥一を見つめる。 「先に二人で少しだけ食べちゃわない?せめてチョコプレートの所だけでもかすみさんに先に食べてほしいな。」 「チョコプレート、ですか?」 「うん、メッセージ書いたからさ。それを家族に見られたくないんだ。見られたら最後、イジり倒してくるに決まってるから。」 かすみは思わず吹き出すと、 「では、先に少しだけ二人で食べちゃいましょうか!」 弥一は「賛成!」と手を挙げると、 「よし!じゃあ、作業を分担しよう。かすみさんはケーキを取り分ける係、俺は皿を運んで洗う係をやります!」 かすみはすかさず両手を振ると、 「いけません。御子柴さんに皿洗いなどさせられません。」 だが、弥一はかすみの言葉を聞きながらもスーツの上着を脱いで椅子に掛けると、腕時計を外し、ワイシャツの袖をまくりはじめる。 「かすみさん。海老原市での俺たちの関係はもう終わったんだ。だから、俺が皿洗いをしたっていいでしょう?」 「いや、でも・・・それではおもてなしにならないです!」 「十二分にもてなしてもらったよ?俺の大好物ばかり作ってもらえたんだもん!だから、ね?」 ふいに、弥一のそんな甘え顔を正面からくらったかすみはたまらず目を泳がせると、 「ですが、私ばっかりもらいっぱなしっていうのはち
見知らぬ女の唐突の挨拶に面食らった弥一はしばらくお辞儀したままの女を見つめていたが、女が顔を上げて再度自分と目が合うと、すぐさまハッとしたように我に返って女の挨拶を無視して八重子に向かって言った。 「おばあさま、誰ですかこの人?てか、何なんですかこの状況!」 そう尋ねながら、ちらりと女を見る。 その後、弥一は女のそばに寄りたくないのを隠す様子もなく、女から距離を取るようにわざと迂回して八重子に近づいていった。 その様子を見ていた八重子はこちらも不快な気持ちを一切隠すことなく、ありありとその顔に浮かべると、 「あんたみたいな女の見る目もなければ礼儀もなってないような人間を孫
接待を終えた御子柴弥一(みこしば やいち)はいつもよりだいぶ遅くなったものの、ちゃんと帰宅しようとしていた。 今日の相手は得意先の中でもダントツで厄介な質で、酒好きな上に女好きとあって、そいつの接待には必ず美味しいお酒と華やかな女を用意しなければならなかった。 弥一自身もかなり酒を飲まされた上に、そのルックスから女たちは皆彼をロックオンすると、あからさまなボディタッチをするなどしてアピールしてきた。 残念ながら弥一がそれに釣られることはなく、むしろベタベタ触られたことで彼女たちの付ける香水の匂いが自分からもしていることにかなり苛立っていた。 車の空気を入れ替えようと後部座席の窓を
訝しむように自分を見つめる弥一に、咲希は、 「お兄、知らないほうが幸せなことってあると思うよ?口を滑らせちゃったことは本当に悪いと思ってるけど、真実を知ったら、お兄のガラス細工のような繊細なハートじゃきっと耐えられない。粉々に砕けちゃう。」 咲希のその鼻にかかる演技に呆気に取られていた弥一だったが、何か言おうと口を開きかけたところ咲希はそれを遮って、 「けど、お兄がそこまで言うなら私も心を鬼にするしかないわね!」 そう言って、その肩に下げていた可愛いらしいショルダーバッグをゴソゴソと漁って携帯電話を取り出した。 「何も言ってないんですけど。」 そう言う弥一を完全に無視し
そう言うと、女の子はその長い足で一直線に弥一たちに向かって歩いてくると、ソファにうなだれて座っている弥一を前にし、その腕を組んで仁王立ちした。 彼女の服装は上下紺色のセットアップで、上は胸元が大胆に開いた白いTシャツにジャケットを羽織り、下はショートパンツを履いていた。 そのショートパンツから覗く、長くて真っ直ぐな美脚を前に、三雲はごくりと唾を飲み込んだ。 そして、そのまま視線を上げて女の子を覗き見る。 そこには腰近くまで伸びた綺麗な栗色の髪に、透き通った肌の整った顔立ちがあった。 その小さな枠の中に、長いまつ毛のぱっちりした目と程よい高さで形の良い鼻、ぷっくりした色艶の