「──送って下さってありがとうございました」
「ああ、今夜はもう風呂に入って寝ろよ。本来なら親御さんに息子の帰りを遅くした事も詫びたいし挨拶くらいはするべきだろうが、時間が遅いからな。相手がパジャマとかに着替えてたら却って気まずいし気を遣わせるから、謝罪と挨拶は後日改めてする」 「はい」 仕事の疲労感と、優和と話した緊張から解放された勇人は、空腹が満たされた事もあり、──金色の魂との出逢いさえなければ、ベッドですぐに寝つけただろう。 心が昂揚している。ゆっくり湯船に浸かって落ち着かせなければ、とても寝つけそうにない。 「──ただいま。父さん、まだ起きてたの?」 リビングに行くと、ソファに座って読書をしている父親がこちらに顔を向けた。 「勇人が未成年なのに仕事をしていて、お父さんが先に寝るわけがないだろ?お疲れ様」 「うん、ありがとう」 「それにしても帰りが遅かったけど、何かあったのか?」 「うん、……ちょっとしたハプニングが起きて。でも、五体満足だよ」 「地震があったけど怪我もないみたいで安心したよ」 「それは、会場で会った人が庇ってくれたから……」 あの抱擁を思い出すと、今さらになって頬に熱が集まってくる。 それを気取られまいと、勇人は「ホットミルクでも作ろうかな」と、キッチンに向かった。 ──勘違いしたらいけない。優和さんが受けとめてくれたのは、今夜の出来事への、僕の話への、疑問と興味からだ。 ミルクパンに牛乳をそそいで、コンロに乗せる。見つめていると、やがて熱を帯びてくつくつと音が聞こえてくる。 「勇人、風呂は追い炊きしておいたから、それを飲んだら入りなさい」 「うん、分かった」 日常を装って返事をしながらも、怒涛の一夜が脳裡を駆け巡っている。 ──優和さん、か。友達なんて、相手は大人の人なのに、上手くいくのかな。もしかして、運命の人だなんて言ったから、いつか恋愛的な関係とか求められたら……。 そう思うと、煩悶や不安も生まれる。 ──僕、初恋さえ知らないんだけど。それがいきなり運命の人と。いや、考えたじゃないか。運命の人が結婚や恋愛には捕らわれない存在かもって。 出来上がったホットミルクをマグカップに移す。和三盆糖を加えて、良くかき混ぜてからそっと口に運ぶ。コクのあるまろやかな甘さと味わいに息をついた。 ──とにかく、明日も平日で学校だし。寝るのも仕事だ。 そう、一生懸命に言い聞かせた。 優和の何もかもが、記憶の隅には追いやれそうになくとも。 「──勇人」 「何?父さん」 不意に父親から声をかけられて、向き直る。すると、父親は神妙な面持ちで勇人を見つめていた。 「いや、……何だろうな。いつもと違う感じがして」 ──僕、顔に出やすいんだろうか……だけど、今日は特別な出来事があったし……もしかしたら人生を左右するかもしれない。なら、父さんには言うべきなのかな。 「言いにくい事を無理に聞き出そうとは思わないけどな、それでも親としては息子の変化が気がかりにもなるものから……今夜は帰りも遅かったし」 「父さん……」 ──それは、あんな事があれば。しかも大人の優和さんと友達になるって約束した。 そうなると、彼と父親が顔を合わせる機会もあるんじゃないだろうかと思い至る。 父親に心配はかけたくない。偽ってまで影で友達付き合いをしたところで、そこには後ろめたさと勝手をしている罪悪感がある。 勇人は緩やかに冷めてゆくマグカップのホットミルクを見下ろし、少し考え込んでから意を決した。 「父さん、あのさ。僕自身もまだ気持ちが追いついてないっていうか、現実だったのかなとか夢見てたような気持ちなんだけど……」 何といえばいいのか分からず、たどたどしく話し始める。それから、今夜起きた事をそのまま話そうと決めた。 「──仕事先で、見たんだ。金色に輝く魂の人」 すると、父親は驚いたように目を見張った。 「……それで、声をかけて、話をして……地震から庇ってもらって、一緒に食事した。それで帰りが遅くなって」 「随分な急展開だな。お前の仕事先って言えば、社会的ステータスの高い人しかいないだろ?」 「うん。機織優和さんっていう人だけど、ジュエリー会社の跡取りっぽい」 「機織……父さんでも名前は聞いた事がある。ジュエリーに関しては国内で一番の会社じゃないか」 「知ってたんだ。あのさ、身分違いだとは分かってるけど、──金色に輝いたんだ。僕から触れた時、優和さんには僕から金色が見えて、地震から庇ってもらった時、お互いに見えるくらい優和さんと僕が金色の光を放って……」 「待て、出逢ったその日にか?それに、御曹司なら若くとも二十代半ばの大人だろう?それに、優和さんって……出逢ってたったの数時間だろう?なのに名前で呼ぶ程親しくなってるのか?」 矢継ぎ早の問いかけは、明らかに動揺している。それもそうだ、自分の預かり知らぬ所で息子が運命の人──それも、普通の人ではない立場の人と出逢って、話しただけでなく色々あったのだから。 勇人はぬるくなったホットミルクを飲み干してから答えた。 「僕だって何の奇跡かと思うよ。相手は大人だし、それに……その、男の人なんだから。正直言うと運命の人って何だろうとも思う。でも、優和さんは友達から始めてくれるって」 「……友達……」 「父さんにも、今夜はもう遅かったから挨拶するのは控えたけど、後日改めて挨拶させてもらうって」 「親としては良い事なんだが……相手をきちんと見てみたいしな」 立場が偉い人なら大丈夫というわけでもないのは、勇人にも分かる。そういう人達の濁った魂なら嫌という程見てきたのだから。 父親はテーブルに置いていた缶ビールを手に取り、くいっと大きなひと口で飲んだ。心を落ち着かせたいのだろう。 勇人は勇人で話を続けて、両親から聞かされてきた内容から外れて起きた事への疑問を話さずにはいられなかった。 「だけど、不思議なんだよ。何で二人揃って金色に輝いたか謎でしょうがない」 「そうだなあ、父さんも母さんからは聞かされた事のない話だ。前例があると分かれば納得もいきやすいんだが」 「庇われた時、抱きしめられたからかな?優和さんは僕を守ろうと必死だったみたいだし」 「その、機織さんって人が善良なのは分かれて安心だけどな。しかし異能は何を起こすか理解不能な所があるとも分かったよ」 「父さんも母さんに触れた時、母さんが輝いて見えたんだよね?」 「ああ、付き合うようになって、しばらくしてからだが」 両親の出逢いや交際のエピソードは、これまであまり聞く機会もなかった。これもいい機会だと、勇人は逆に父親へ問いを向けた。 「父さんが母さんと初めて触れ合ったのは、出逢ってどのくらいの頃?」 「知り合って二年くらいしてからかな」 「そんなに遅くに?」 「ああ。父さんは異能の事なんて何も知らなかったし、そもそも母さんは父さんの魂が金色に見えてた事も触れ合うまで言わずにいたし」 ──母さんは見えてたものを隠してた?異能が一般人には知られていないから?信じてもらえないと思ったのかな。 異能を知らない人に向かって下手に話せば「おかしな人間だ」と怪しまれるだけでは済まず、胡散臭いと忌避されて、相手が離れていくだろう事も想像はつく。 だから勇人も、同級生はおろか親しい人にも異能を隠している。 父親は昔を思い出したのか、遠くを見るように懐かしげな目になって──どこか、愛おしそうに話した。 「初めて触れ合ったとき、お父さんは既にお母さん以外の相手なんて考えられないくらい惚れ込んでたからな。異能には驚いたもんだが、もう離れる気になんてなれなかったよ」 「そうなんだ……」 そこまで想っていて、初めて見る事が出来た異能の輝き。 なのに、優和はすぐに金色を見た。 ──まだ出逢ったばかりでも、触れ合えば金色を確認できてしまうのかな? 勇人にとって異能は、ずっと存在してきた力だ。折り合いをつけて共生してきた。それでもまだまだ知らない事が本当に多いと痛感する。 「──ほら、勇人。風呂が冷めるし、それに明日も学校だろう。早くカップを片付けて行きなさい」 「……うん、そうする。父さん達の話が聞けて良かったよ」 「流しに置いておけば父さんが洗っておくから」 「分かった、色々ありがとう」 ここで親子の会話は終わりになり、勇人はカップをキッチンに運んでからバスルームに向かった。 浸かった湯船は心地よく、温かく勇人を包み込む。心をほぐすような感覚に、父親との話でも緊張していたんだなと実感した。 だが、どうしてか後悔は微塵もない。見えた運命の人が同性だと言うのは大問題だが、それも湯船でゆったりしていると「なるようになる」──そんな気にもなれてくる。 どちらにせよ、何もかも始まったばかりなのだ。 まだどことなく実感が湧かなくとも、物事は──運命は始まりを告げた。それは揺るぎない事実だ。 ──これから、どうなるのかな。 様々な不安に、期待が少し。 その期待が希望の光になる。 その光を目指して、ひたむきに光ある所へ向かって歩んでゆくしかない。 そこで、希望の光から祝福される未来を信じて。 「……長湯しすぎたかな、上がって寝る支度しよ」 独りごちて、風呂から出てパジャマを着て髪を乾かす。アラームをセットしてベッドに潜った。 勇人に起きた事が走馬灯のように駆け巡っても、疲れた体には──やがて睡魔が訪れて、勇人は穏やかな寝息を立てるようになった。 ──地震から庇ってくれた優和さんの腕、力強かったな……。痛くて熱くて、……優しくて。 健やかな眠りへと落ちてゆきながら、ぼんやりと思い返して、リアルの感覚は休息に変わる。 これからの優和の言動は、全く予測不可能でも。 勇人は運命の歯車が回り出した事を、まだどこか物語の中の話のように受けとめていた──。しかし、その考えは優和も予想していたらしい。「安心しろ、俺は少年趣味なんてないし、第一、未成年に手を出す程飢えてない」「そう、ですか……」 ──そこは安心、したけど……つまりは恋愛対象として全く見られてないって事でもあるわけで……。 勇人自身も今はまだ優和に対して明確な感情は芽生えていないが、歯芽にもかけられていないのは、何となく遣る瀬なくなる。 しかし、それを置いても二人で一つのベッドで眠るのは、急速に距離を縮めすぎにも思う。「──あの、緊張して寝つけなくなるかとも思うんですけど……」「慣れろ。美人は三日で飽きるとも言うだろ。見慣れれば大した事はない」 優和はさらっと言うが、そんなに簡単な話ではない。「同じ寝室はともかく、せめて僕には別に布団を敷いて……」「寝室が手狭になるから断る」「や、この部屋十分広いじゃないですか……」「俺はこの広さが当たり前になってるから、布団なんて敷いたらむさ苦しくてかなわん」 ──駄目だ。説得しようにも優和さんが頑固すぎる。僕には慣れろって言うくせに、こっちの意見に対しては譲る気配が皆無だ。 もはや諦めるしかないのか。肩を落とす勇人に、優和が話題を変えてきた。「──それで?相変わらず俺の事が金色に見えてるのか?」 魂の色を言っているのだろう。「はい、うるさいくらい金色です。遮光カーテンで簀巻きにしても透けて見えそうです」「簀巻きってお前……」 どうやら、意図せずして意趣返しになったらしい。 だが、そこで溜飲を下げた勇人に、優和は黙ってやられてはいなかった。「まあいい。お前、金色がうるさくても寝ろよ?これから毎晩同じベッドで寝るんだからな」「う……」 ──さすがはドSスパダリ、僕より遥かにうわてだ。 ドSが復活した。「一応聞くが、寝つけば魂の色も見えなくなるよな?」「それは意識がない状態なので、視力も働きませんし……」「ならいい。──お前が眠った頃に俺も寝る」 突然の譲歩だ。ありがたい話かもしれないが、それはそれで心配になる。「そしたら、優和さんが寝不足になりませんか?」「どうせ晩酌してから寝るのがルーティンだ。それに俺の睡眠時間は基本的に短いんだよ」 ショートスリーパーというものだろうか?「健康寿命が短くなりませんか?」「まだ二十代半ばに向かって言うことじゃないぞ」
* * * 引っ越しの準備は進んで、勇人が優和の家に行く日が来た。 この日は幸い優和の仕事が休みで、荷物は引っ越し業者が運ぶが勇人の事は優和が車で連れて行ってくれるという。 それにしても、勇人には一流企業の御曹司が住まう家というのが想像もつかない。 ──ご両親と同居してるとしたら、まず挨拶して、それから……。 慌ただしい中だが、心も忙しない。 ──家を出る日は、もっとずっと先の話だと思ってた。いつか異能者として一人前になって、大人になって誰かと出逢って結婚して……そんな未来の話で。 そう考えているうちにも、引っ越し業者がてきぱきと荷物をトラックに積んでゆく。 優和が迎えに訪れたのは、それが一段落ついたところだった。「優和さん、おはようございます」「おはよう、本当はもっと早めに来たかったんだが、朝イチで目を通さないといけない書類を渡された。待たせたろ」「いえ、心の準備をする時間が持てました」「……かなり緊張してるな」「それは、よそのお宅で暮らす事になりますし……僕は優和さんの家族構成も知らないですから」「なるほど。そう言えば話してなかったな。──家族構成については、俺の家族と無理に親しくなろうとしなくていい。マンションで一人暮らししてる身だしな」 ──え?て事は優和さんと二人きりで生活する? 余計に緊張してきた。 その勇人の狼狽を見て取った優和が、からかいがちに笑う。「良かったな、邪魔者なしで二人の絆を深められるぞ?運命かどうかも、その分早くに分かるだろ」「え、その……絆って……」「おい、初対面の時と態度が違いすぎるぞ。あんなに必死に縋りついてきたくせに」「それは、必死でしたけど!今と状況が違うと言うか、あの」 ──この人実はドSスパダリとかなんじゃ……。 思わず疑惑を抱いてしまう。優和は余裕の笑みだ。「──さて、ひとしきり遊んだ事だし行くか。お前の父親にも挨拶しておきたかったが、仕事で出てるんだろ?」「あ、はい。よろしくお伝えして欲しいと言ってました」「分かった。──ほら、乗れよ」「はい」 言われた通り助手席に座り、シートベルトを着ける。優和はそれを確認してから走り出した。 下手なフレグランスで車内を誤魔化さないし、加速は緩やかで、スピードもそんなに出さない運転は乗っていて勇人の心に落ち着きをもたらす。
* * * 寿司屋の個室と言えば、和室に座布団に正座だとばかり思っていたが、予想に反してテーブルと椅子のある洋室だった。 窓からは手入れされた庭木が美しく見える。 店にメニュー表はなく、どうやら当日の仕入れに合わせて職人が握るらしい。 ──この人、外食では毎回昨日や今日みたいなお店で食べてるのかな。エンゲル係数が庶民の僕には見当もつかない。「──おい、苦手な魚はあるか?」 控えめに個室の様子を見ていると、不意に訊かれた。「いえ、魚は何でも好きです」 ──こういうお店で出される魚は、回転寿司で注文する魚とは全然違うんだろうけど。多分美味しいだろうし……問題は緊張で味が分からないかもしれない事だよ。「好き嫌いがないのは良い事だ。──そんなガチガチに固まるな、美味いものは美味いって楽しまないと、店も出し甲斐がないしお前も面白くないだろ。デートなんだから楽しめ」「……デート……って……」「運命の二人が個室で食事するのを、デートだと思ってなかったか?」「いえ、あの、……素敵なお店で嬉しいです。その、デート……とか初めてですし」 思わず顔を赤らめながら言うと、優和が直球を投げてきた。「ん?もしかしてお前、初恋もまだなのか?」「……はい……」 こんな異能を持って生まれれば、魂の色を見て躊躇する。しかも親からは金色の魂について聞かされていたのだ。勇人なりに思うことも憧れもあったのだから、気楽に誰かを好きにもなれない。 優和もそれを察したらしい。「……まあ、せっかくの思春期に、仕事のせいでろくな魂も見られてなかっただろうしな。学校でも魂の色がちらついてたろ」「そうなんです、仕事は母から引き継いだものなので、やっぱり大切なんですけど」 ──不思議だ。踏み込んだ事言われてるのに、答えにくいと思わない。優和さんに対してネガティブな感情も湧いてこないし。 それはきっと、優和が遠慮なしに言っていても、心には思いやりがあるからだと感じる。 ──優和さんが大人で視野が広いから?いや、大人でも視野が狭くて身勝手な人は嫌って程見てきた。 考えていると、綺麗な寿司が運ばれてきた。まるで海の宝石みたいに艶々していて、どれも美味しそうだ。「すごい、こんな綺麗なお寿司初めて見ました」 思わず感嘆すると、優和の表情が満足そうにやわらいだ。「よし、そういう素
* * * 優和からスマホにメッセージが届いたのは、翌日の昼休みだった。 内容は至って簡潔で「お前、部活動はしてるか?」の一言のみ。脈絡も何もあったものではない。 取り急ぎ勇人が「仕事があるので部活には入ってません」と返事を返すと、すぐに「なら、放課後迎えに行くから校門で待ってろ」と来た。 今日は幸いと言うべきか、放課後に仕事は入っていない。しかし優和は一流企業の跡取りなのだから仕事が忙しいはずだ。 ──大丈夫なのかな。 友達から始めようと約束はした。だけど、高校生と社会人の生活は全く違う。優和のような立場の人ならば、尚さらだ。 ──友達からって、お互いの休日に会うものだと思ってたけど。 優和が積極的に自分を知ろうとしてくれているのだとしたら、それは嬉しいものの、そこに無理をされるのは本意ではない。 ──「お仕事は大丈夫ですか?」 そう送ると、即レスで「二人で会うとしたら、仕事の都合で今週は今日しかない」と返された。 ──やっぱり忙しいんだ。 普通では考えられないような事を言ったのは勇人本人なだけに、にもかかわらず、それと向き合おうとしてくれる優和に対しては嬉しいとも思う。 その反面、負担をかける事は申し訳ない。 それに、レストランへ連れて行ってもらった時の車──あの車で学校に来られたら悪目立ち不可避だ。 ──「お会いするなら、休日では駄目なんですか?」 とりあえずそう送ってみる。 すると、「土日は朝から接待で時間が取れない。悪いが休憩時間が終わるから、とにかく放課後待ってろ。あと、お前の親御さんにも挨拶しておきたいから、その旨伝えておいてくれ」と返事を寄越されてしまい、そうなるともう抵抗も出来なくなった。 ──あの黒塗りの車じゃありませんように。 もう、そう祈るしかない。 おかげで、午後の授業は集中するどころではなく、気持ちが落ち着かなかった。 会ってもらえるのは嬉しいような、学校で騒ぎになるのは避けたいような、だけど優和は「運命の人」に関心を持ってくれたんだと実感出来て、やはり嬉しくもあり──なのに、二人きりで会うのは緊張して心臓がきゅっとする。 我ながら不可思議な感覚だ。 優和の魂が金色だったから意識してしまうのだろうか。 ──「運命の人」って、こんなに心を掻き乱すものなのかな。 穏やかに仲睦まじく寄り添っ
「──送って下さってありがとうございました」「ああ、今夜はもう風呂に入って寝ろよ。本来なら親御さんに息子の帰りを遅くした事も詫びたいし挨拶くらいはするべきだろうが、時間が遅いからな。相手がパジャマとかに着替えてたら却って気まずいし気を遣わせるから、謝罪と挨拶は後日改めてする」「はい」 仕事の疲労感と、優和と話した緊張から解放された勇人は、空腹が満たされた事もあり、──金色の魂との出逢いさえなければ、ベッドですぐに寝つけただろう。 心が昂揚している。ゆっくり湯船に浸かって落ち着かせなければ、とても寝つけそうにない。「──ただいま。父さん、まだ起きてたの?」 リビングに行くと、ソファに座って読書をしている父親がこちらに顔を向けた。「勇人が未成年なのに仕事をしていて、お父さんが先に寝るわけがないだろ?お疲れ様」「うん、ありがとう」「それにしても帰りが遅かったけど、何かあったのか?」「うん、……ちょっとしたハプニングが起きて。でも、五体満足だよ」「地震があったけど怪我もないみたいで安心したよ」「それは、会場で会った人が庇ってくれたから……」 あの抱擁を思い出すと、今さらになって頬に熱が集まってくる。 それを気取られまいと、勇人は「ホットミルクでも作ろうかな」と、キッチンに向かった。 ──勘違いしたらいけない。優和さんが受けとめてくれたのは、今夜の出来事への、僕の話への、疑問と興味からだ。 ミルクパンに牛乳をそそいで、コンロに乗せる。見つめていると、やがて熱を帯びてくつくつと音が聞こえてくる。「勇人、風呂は追い炊きしておいたから、それを飲んだら入りなさい」「うん、分かった」 日常を装って返事をしながらも、怒涛の一夜が脳裡を駆け巡っている。 ──優和さん、か。友達なんて、相手は大人の人なのに、上手くいくのかな。もしかして、運命の人だなんて言ったから、いつか恋愛的な関係とか求められたら……。 そう思うと、煩悶や不安も生まれる。 ──僕、初恋さえ知らないんだけど。それがいきなり運命の人と。いや、考えたじゃないか。運命の人が結婚や恋愛には捕らわれない存在かもって。 出来上がったホットミルクをマグカップに移す。和三盆糖を加えて、良くかき混ぜてからそっと口に運ぶ。コクのあるまろやかな甘さと味わいに息をついた。 ──とにかく、明日も平日で学
彼の舌打ちが聞こえる。腕が解かれる。体温が離れる。息も出来ない抱擁は、痛みの余韻を残して終わる。 勇人は恐怖を味わったからか、緊張が解けたせいか、膝ががくがくと笑うのを止められない。立っていられなくて、床に膝をついた。「おい、どこか痛いのか?!」「いえ、どこも……貴方が守ってくれたじゃないですか……だから……貴方こそ、怪我したんじゃないんですか……」「……頭は打たずに済んだ。背中は単なる打ち身で済むだろ、骨に異常は感じない」「……そうですか……ありがとうございます……」 ──良かった、出逢って早々に永劫の別れとかじゃなくて良かった、けど。……痛い思いさせた。僕が子どもだから、守らなきゃいけなくて。本当に怖いのは、この人の本性がどうとかじゃない、自分の弱さだ。我が身を守る力もなかった。「……ごめんなさい……」「……謝んな、ガキが。俺は当然の事しかしてねえ」「……ありがとうございます……」「それはもう聞いた。繰り返すな。分かったか?」「はい……」「よし、なら場所を変えて改めて説明しろ。ここはまだ危ないからな。……あー……久しぶりに言葉が荒くなった、怖かったろ。怯えさせようって気はなかったが、つい感情的になって悪かった」「いえ、守ってもらったので……」 ありがとうございますと言いそうになり、唇を噛む。──繰り返したらいけない。 ──もしかすると運命の人だからとか、まだ子どもだからとかで、守られるだけなんて、繰り返したらいけないんだよ。「……場所、出来れば他の人に聞かれない所がいいです」「分かった。建物の壁にヒビも入ってないんだ、多分道路は大丈夫だろうし、車を呼ぶから休んでな」「……はい」 彼がスマホを出して手短に話し、「じゃあ外に出るぞ」と勇人に声をかける。「分かりました」 言葉に従ってついて行くと、建物から出た時には既に高級そうな車が控えていた。 車体が大きいし長い。しかもお決まりの黒だ。「どうした?早く乗れ」「あ、……はい」 彼が先に後部座席の奥に座り、勇人にも乗るように言ってくる。 恐る恐る乗り込むと、明らかに普通の車ではない。シートの柔らかい高級感だけでなく、車内で飲み物を飲めるように小型の冷蔵庫まで備わっている。 ──この車、一台で田舎の家族向け中古マンション買えそうな感じだな……。 勇人はそう予測した