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呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮
呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮
Auteur: 櫻恭史郎

【第1話】呪われた子

Auteur: 櫻恭史郎
last update Date de publication: 2026-07-09 18:57:35

 世界のほとんどすべては、薄暗い地下室だった。

 むき出しの石組の床に、絨毯は敷かれておらず、容赦なく足元を冷やす。自分の背よりもはるかに高い場所に、鉄格子がはめられただけの小さな窓があり、そこから入るわずかな光が、唯一頼りにできる灯りだった。地下室の扉は、外からかたく封じられ、自由にその扉をひらくことは許されていない。

 石造りの壁から、湿った冷気が染み出し、セラの肌を容赦なく刺した。

 セラは、両の手をこすりあわせ、小さな古いテーブルの上にのせられた、今日の食事を見つめた。与えられるのは、わずかばかりの痛んだ食事を日に一度だけだ。

「まだ、食べちゃだめよ。夜まで待ちましょう。そうしないと、空腹と寒さで眠れなくなるから」

 セラは、粗末なぼろ布のような衣服を、身体に引き寄せるようにして、震えながら、ひとりで話した。ここには、話し相手はいない。ずいぶん昔から、そうだから、ひとりで話すことが、セラにとって少しのなぐさめだった。

 セラは、ローゼンタール伯爵家の次女として生まれた。

 もう、何年、ここにいるのだろう。

 長くは生かされないかもしれないと思っていた。だが、セラの手足は、しなやかに伸び、身体はひどく痩せてはいても、しっかりと女らしい形に育った。

 地下室に入るきっかけとなった五歳のころの記憶を、はっきりと覚えている。

 何度も、何度も、思い出したから。

 あたたかな日常が失われたあの日が、またセラの心によみがえる。

「化け物!」

 あの日、姉のオディールは、恐怖に顔をひきつらせ、まっすぐセラを見つめて、はっきりとそう叫んだ。

 オディールの指先から放たれる薔薇色の魔力は、幼いセラの目が眩むほどに美しかった。五歳のセラは、ほんの少し、その輝きに触れてみたかった。

 ほんの少し、姉の指先にふれた。

 瞬間。

部屋を満たしていた薔薇色に輝く光の粒子が、霧が消えるようにセラの掌へと吸い込まれていった。

 オディールの顔から、一瞬で血の気が引いたのを見た瞬間、セラは、これはいけないことなんだと自覚した。

 姉の体から魔力の気配が完全に消失したと、なぜか分かった

 悲鳴すら上がらない静寂の中で、駆けつけた母親がセラを激しく突き飛ばした。

 それが、地獄の始まりだった。

 王族や貴族の権力は魔力の強さに直結している。強大な魔力を持つ者には、恵まれた官職や肥沃な領地が優先して割り当てられるほど。

 セラの生家である伯爵家は、その歴史において強力な魔力を保有し続けてきた名門だ。現在の権力と地位を守るためにも、一族の血統は常に純粋で、かつ強大でなければならない。

 その高貴な系譜の中で生まれたセラの特異性は、伯爵家にとって致命的なものだった。

 他者の力を無に帰す、化け物。

セラの肉体は、触れた対象が発現している魔力をすべて吸い尽くし、無に帰してしまう。ただ、それは、人が持つ魔力を、根こそぎ奪うというものではなかった。幸いにも、姉のオディールがセラに奪われたのは、当時、練習していた魔法を発現させるための、一時的な力のみ。能力に影響は見られず、オディールはその後も、見事に高い魔力を成長させていった。

 そうであっても、セラがもつ特異な能力は「他者の力を奪う不吉な呪い」として扱われることになった。

 魔法という、王国を守るための特別な力を、奪い去り無に帰す、忌むべき呪い。

 呪われた子。

 それが、セラに与えられた、伯爵家のお荷物としての立場だった。呪われた子の居場所は光の届かない屋敷の地下室になった。

 地下室での監禁は、長い時間をかけて、セラから家族への愛情や希望をすべて取り去ってしまった。

 母親は「王国を脅かす呪いを調教する」という大義名分を掲げ、セラに鞭を振るう。教育という言葉で飾られた暴力は、幼いセラの肌を無慈悲に裂いた。

 姉のオディールもまた、存在してはいけない呪いの子に、立場を教えるためにと地下室を訪れる。言葉の刃で尊厳を切り裂き、時に魔力を用いた体罰をセラに与えた。

 母親と姉の行いは、年月を重ねるごとに、ただの罰から、彼女たちの楽しみへと変化したようにも、セラには見えた。

 いまや、セラの体には無数の傷痕が深く刻まれている。

 セラは絶望の中で沈黙を貫いた。反論すれば、さらなる暴力が降りかかると、身をもって知ったからだ。感情を殺し、言葉を捨て、ただ運命を受け入れる人形となること。それが、この小さな地下室で己の心を保つための唯一の術だった。

 何度目か分からない。

 自分を慰めるためか、あきらめか、それとも悲しみをまぎらわせるためか、セラの飢えた口先から、しずかにため息が吐き出される。

「あら、だめね。吐き出す息も、暖かいのだから。ただ、吐くだけじゃもったいないわ」

 セラは、気を紛らわせるためにひとり話し、ふるえた息を指先に吹きかけた。

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