「さて、じゃあ早速始めようか。メガネ取って顔良く見せて」
部屋についてやっとメイクが出来ると思ったら元気が出てきた。
あたしは日高くんを座らせると、早速そう指示を出す。
日高くんは何やら諦めの境地に達した様な顔をして、溜息をつきながら指示通りメガネを取っている。 そうして見えやすいように髪をかき上げると、本当に溜息が出るほど整っている顔だなぁと思う。ただ、すぐに肌や唇の乾燥。
そして目の下のクマに目が行き、頬が引きつる。 昼食の改善をしてみたけれど、すぐに効果が表れるわけじゃないから乾燥などは仕方がないか。口元の傷はあともう少しで見えなくなりそうだといったところ。
日高くんの顔の状態を見てやっぱりと思いつつ、最初にやるべきことは決まった。「日高くん、まずは顔を洗って来て」「は?」
日高くんは意味が分からないとばかりに目をパチクリ。
「……今朝、顔洗って来たけど?」まあ、それはそうだろう。
不思議がる日高くんにあたしは説明する。
「日高くん、朝の洗顔って水だけ? 洗顔フォーム使ってる?」「水だけだけど?」
「うん、それはOK。じゃあ洗ってるときや顔拭くとき、ごしごし擦ってない?」
「擦ってるな」
「それよ!」
突然大きな声で指さしたので、びっくりさせてしまった。「そうやってごしごし擦ると肌に負担がかかって乾燥してしまうの。夜の洗顔も擦ってるんじゃない? 多分そのせいで乾燥肌になって来てるんだよ」「……はあ……」
解説しているあたしに、日高くんは気のない返事をする。
まあ、興味ない人に色々言っても仕方ないか。「取りあえず、そういう事だから顔洗おう。擦らずにね」
「さて、いよいよ本番。メイクするよ」 切り替えるようにパン、と手を叩いてから準備をする。 化粧品類を並べ、とっておきの化粧筆も用意する。 この化粧筆は高校入学祝いにってお母さんが買ってくれたんだ。 もう、文字通り飛び跳ねて喜んだよ。 しかもスポンジとは全く違う化粧ノリに感動して泣きそうになった。 化粧が崩れるから泣かなかったけれど。 そうして準備を終えると改めて日高くんの顔を見る。 乾燥はしていない。 |脂《あぶら》ぎっているところもない。 他に気になっているところは眉だけど……。「眉の余分な毛、抜いても良い?」「はぁ!? 痛い事するとは聞いてねぇぞ!?」 と両手で眉をガードされた。 仕方ないので目立つ部分だけ剃らせてもらうことにする。 剃り終えたら改めて、下地クリームからメイクの始まりだ。 目を閉じて、ゆっくり浅めの深呼吸をする。 そうして目を開けたら、あたしはメイクの事だけに集中するんだ。 人に施すときはいつもやっているルーティン。 下地クリームを塗りながら、どのパーツをどう描こうか。 イメージしていたものとの違いを修正していく。 最後の仕上げの時に調整できるように、描きすぎない様気を付ける場所を頭に入れる。 頭の中である程度のイメージが完成したら、コンシーラーで目の下のクマをカバー。 日高くんのは寝不足による青クマだろうから、オレンジのコンシーラーを乗せて指でぼかしていく。 そのうえで更にベージュ系のコンシーラーを軽く乗せ、同じようにぼかす。 あとは小鼻の赤みにイエロー系のコンシーラーを乗せた。 不摂生のせいで肌が乾燥していただけなんだろう。 肌に凹凸は無いし、ニキビも少ない。
一人暮らしだからそうなってるんなら、家に居れば良くなるって事だろう。「前言わなかったか? 俺の地元は隣の県なんだよ。そっから通いとか流石に無理だってーの」 言われて思い出す。 そう言えば日高くんが総長をしていたっていう火燕、だっけ? その火燕が主に活動していたのが隣の県なんだっけ。 と言う事は地元はそっちの方って事だ。 いくらこの辺りが県境の近くだって言っても、流石に遠すぎる。 確かに通いは無理だ。「……それなら、どうしてここに来たの? 地味男でいるなら近くの高校でも良かったんじゃない?」 ちょっと、突っ込んで聞いてみる。 応えが無かったらこれ以上聞かないようにしようと思ったんだけれど、日高くんは普通に教えてくれた。「親父に地味男になるって言ったのは今の学校に受かってからだからな。地味男の格好は、念のためってやつだ」「そもそもどうして総長やめてこっちに来たの?」 一番の疑問を口にすると、すぐには返事がなかった。 突っ込み過ぎたかな? と思ったけれど「あー……まあいっか」と軽い調子で呟き話してくれる。「俺の親父も昔総長やっててな。じいさんもどっかの学校で番長やってたとかで……いわゆる不良一族? とでもいうのか?」「……それはそれで凄いね」 コメントに困る。「とにかくそんなだから、小さい頃から護身術代わりにケンカの仕方ばっかり教えられてよぉ。まあ、不良になるのは当然の成り行きだよな」「そう、だね……」 ……ん? そうなのかな?「で、火燕はホント実力主義で、ケンカが強い奴が総長なんだよ。それでケンカの英才教育を受けてた俺は中学生にして総長になっちまった訳」「ケンカの英才教育&hellip
「さて、じゃあ早速始めようか。メガネ取って顔良く見せて」 部屋についてやっとメイクが出来ると思ったら元気が出てきた。 あたしは日高くんを座らせると、早速そう指示を出す。 日高くんは何やら諦めの境地に達した様な顔をして、溜息をつきながら指示通りメガネを取っている。 そうして見えやすいように髪をかき上げると、本当に溜息が出るほど整っている顔だなぁと思う。 ただ、すぐに肌や唇の乾燥。 そして目の下のクマに目が行き、頬が引きつる。 昼食の改善をしてみたけれど、すぐに効果が表れるわけじゃないから乾燥などは仕方がないか。 口元の傷はあともう少しで見えなくなりそうだといったところ。 日高くんの顔の状態を見てやっぱりと思いつつ、最初にやるべきことは決まった。「日高くん、まずは顔を洗って来て」「は?」 日高くんは意味が分からないとばかりに目をパチクリ。「……今朝、顔洗って来たけど?」 まあ、それはそうだろう。 不思議がる日高くんにあたしは説明する。「日高くん、朝の洗顔って水だけ? 洗顔フォーム使ってる?」「水だけだけど?」「うん、それはOK。じゃあ洗ってるときや顔拭くとき、ごしごし擦ってない?」「擦ってるな」「それよ!」 突然大きな声で指さしたので、びっくりさせてしまった。「そうやってごしごし擦ると肌に負担がかかって乾燥してしまうの。夜の洗顔も擦ってるんじゃない? 多分そのせいで乾燥肌になって来てるんだよ」「……はあ……」 解説しているあたしに、日高くんは気のない返事をする。 まあ、興味ない人に色々言っても仕方ないか。「取りあえず、そういう事だから顔洗おう。擦らずにね」
「それじゃあナンパ邪魔して悪かったなぁ?」 ニヤリと笑う日高くん。 そして彼はメガネを外してあたしを真っ直ぐ見た。「で? 仕方ないから俺で我慢しておこうとか?」 妖艶に微笑んでそんなことを言う日高くん。 これが本当に初めて会う女性とかならドキッとかするのかもしれないけれど……。「……」 あたしは寧ろ死んだ魚の様な目で見返していた。 予想外の反応だったんだろう。日高くんも何やらおかしいと気付いたのかメガネを戻して黙り込んだ。「はあぁー……。うん、取りあえず行こうか、日高くん」 大きなため息をついて、本当に用件だけを口にする。 何だか待ち合わせだけで疲れた。「え? 何で俺の名前……ってか行こうかって……く、倉木……なのか?」 本気で信じられないものを見たという驚愕の表情。 あたしはそれに容赦なく止めを刺す。「そうだよ、倉木 灯里です。もういいからさっさと行こう」 そう言って歩き出したあたしの背後で、日高くんの「嘘だろう?」という呟きが聞こえた。 歩き出してからも何度も「嘘だろ?」「マジで?」と聞いて来る日高くん。 あたしはそれにウンザリして|率直《そっちょく》に聞いた。「本当にあたしが倉木だって。そんなに変わった? 中学の時はメイクしたってちゃんとあたしだって気付いてもらえてたよ?」「中学の時なんて知るか! 普段の地味子しか知らない状態で今のお前見たらハッキリ言って別人だ!」 相当ショックだったのか叫びながら言われる。 でもその言葉で理由が分かった。「あ、そうか。中学の時は地味子してなかったっけ」 中学の時と違って、今はギャップがありすぎるんだ。
「お、まえ……日高 陸斗」 日高くんをフルネームで呼ぶ男の人。 何だか|既視感《きしかん》を覚えて記憶を探ると、すぐに出てきた。 数日前に見た顔なんだから、見覚えがあって当然だ。 この男の人は、遊園地のお化け屋敷で日高くんに襲い掛かって来たあのお兄さんだ。「ん? ああ、あんたか。えーっと、数日ぶり?」「ふっざけんな! お前のせいであのバイト首になっちまったんだからな!? おかげで今は無職だよ!」 いきり立つお兄さん。 でもそれは自業自得だと思うけれど。 前もそうだったが、今回も八つ当たりだ。 予想が当たって呆れるしかない。 それでも今回は多くの人目のある場所だ。 日高くんも相手を殴って終わりなんて出来ないだろう。 何とか止めないと。 でもどうすれば……? 険悪な|雰囲気《ふんいき》を|醸《かも》し出している二人を見上げながら、内心結構焦っていると。「おい、何やってんだよ? 今日は可愛い子見つけて一緒に遊ぶんじゃなかったのか?」 さっきお兄さんが指していた男の人が近付いてきてお兄さんを止めてくれる。「だってこいつが!」「黙れって。人目もある場所だぞ? 遊びに行くってのに、問題ごとはお断りだ」 そうして男の人はお兄さんの耳を引っ張って、強制的に日高くんから離してくれた。「いってぇ! |杉沢《すぎさわ》さん、いってぇって!」「悪かったね。コイツ血の気が多くてさ」 そう謝ると、男の人はお兄さんの耳を掴んだままその場を後にした。 呆気に取られながらそれを見送っていると、バチリと日高くんと目が合う。 日高くんは「あー」と何やら言葉を探すように唸ったあと、口を開いた。「ナンパされてたんですよね
毎日作ると言ってしまったからにはレパートリーを増やさなければ。 数種類をローテーションでもいいかな、と初めは思ったけれど、そうすると「飽きた」と言われそうな気がして腹が立つ。 絶対そんな事言わせるもんか! と意気込んだものの、すぐにGWが来てしまった。 仕方ないのでGW中に気になったものはいくつか作ってみて美味しかったものだけを持っていくことにしよう。 そう決めたけれど、取り合えずGW一日目の今日は待ちに待ったお楽しみの日だ。 だから今日はそっちに集中したい。 待ちに待った日。 そう、日高くんにメイクをする日だ。 約束をしてから毎日のように、どんなメイクを試そうかとメンズメイクを勉強していた。 ネットもだけど、雑誌類も出来る限り買い漁った。 おかげで今月のお小遣いが早くもピンチだけど……。 あたしは約束の時間に合わせて家を出て、待ち合わせ場所の駅前に向かった。 時間ピッタリくらいについたけれど、日高くんの姿は無い。 遊園地のときも遅刻していたしなぁと思い出す。 でも十分程度だったし、ちょっと待ってみよう。 そうして近くの石段に座りながら何度かスマホを確認して待っていると、誰かが近付いて来た。 男の人みたいだったから、日高くんだと思って顔を上げたけれど違っていた。 誰だろう、知らない人だ。 ……ん? いや、でもどこかで見たことある様な?「君、高校生? 誰かと待ち合わせしてんの?」「え、と……?」「相手も女の子ならさ、俺達と遊ばない?」 そう言って親指で後ろを指す。 その先には、もう一人男の人が見える。「あの、すみません。相手は男の子――」「いてっ!」