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第4話

Author: 浮世雪月
高速道路の入口に設けられた検問所では、いつも以上に厳重な警備体制が敷かれている。

数台の黒い車が少し離れた場所に停まり、制服姿の警備員たちが、通行証や免許を一人ずつ確認している。

規制線の外側にはメディアの車両が何台も足止めされていて、記者たちがカメラを構えながら中の様子を窺っている。依織が乗る車も、その中に含まれている。

気分転換に車を降りると、前方にはネットニュースで見かけたことのある記者たちの姿がいくつか見える。

「何かあったの?」隣にいた同僚の小川春菜(おがわ はるな)に尋ねる。

「御堂司さんが来てるみたい」春菜は声を潜める。「ほら、あそこ。黒い制服に肩章をつけてる人」

依織は言われた方向へ視線を向ける。開けた場所に集まった人々の中心に、司が立っている。濃紺の制服を身にまとい、肩章が陽の光を受けて輝いている。

隣で現場の責任者が何かを報告していて、周囲の者たちは皆、わずかに身をかがめて耳を傾けている。

司はほとんど口を開かない。ただ時折、小さく頷くか、短い言葉で確認するだけだ。

それでも、彼が口を開くたびに、周囲の動きが止まり、彼の言葉が終わるのを固唾を飲んで待っている。

風が工事現場を吹き抜け、砂ぼこりが舞い上がる。秘書からヘルメットを受け取って被ると、司はきびきびとした足取りで施工エリアの奥へと歩き出す。

随行者たちもすぐさま後を追い、常に一定の距離を保ちながら歩いていく。

規制線の外では、テレビ局の記者がカメラに向かって速報を伝えている。

「御堂氏による現地視察は、今後の安全対策に大きな影響を与えると見られています」

依織は人だかりの後ろに立ち、司の背中を見つめている。背が高く、強い風に制服の裾が揺れている。

橋の上に設けられた仮設の指揮用テントに入ると、司はヘルメットを脱ぐ。現場責任者がタブレットを差し出す。

「次はこちらの確認になります」

「ああ」と短く返事をすると、ポケットで震え続けていたスマホを取り出し、通話ボタンを押す。

「兄さん、明樹から聞いたんだけど……依織、帰ってきたんだって?」電話の相手は、司の従弟・相沢颯介(あいざわ そうすけ)だ。

「俺には関係ない」司の表情は変わらない。声にも余計な感情は混じっていない。

颯介がさらに何か言おうとした瞬間、司はそれを遮るように電話を切る。

数日後、依織は次第に新しい仕事の流れを把握し、支社との連携も少しずつ軌道に乗り始めている。

目下、社ではある重要人物の特別インタビュー企画が進行している。取材対象は、元大学教授の橘啓明(たちばな ひろあき)だ。

すでに定年退職を迎えているものの、いまだに研究活動を続けており、数々の大型プロジェクトを主導してきた、著名な研究者だ。

この企画が立ち上がった当初から、社内では大きな注目を集めている。

会議室では、景が橘教授の基本資料を配り終えると、単刀直入に切り出す。

「今日集まってもらったのは他でもない。橘教授のインタビューについて、皆のアイデアを聞きたいんだ」

その言葉が終わるや否や、真央が自信たっぷりに口を開く。

「これまで数多くの人物インタビューを手掛けてきましたが、読者が何を求めているかは分かっています。

専門的な話だけでは読まれません。もっと日常的な切り口が必要です。

インタビュー記事は、読者の注目を集めることも重要です。研究内容だけではなく、教授自身の人柄や知られざる一面を掘り下げることで、もっと多くの人に興味を持ってもらえると思います」

若手編集者たちも次々とうなずく。

「真央さんの言う通りです。若い頃の写真や、研究者として駆け出しだった頃のエピソードを入れれば、もっと読みやすくなると思います」

会議室の隅に座る依織は、その意見に同調することなく静かにしている。手元の資料に目を落とし、ページをめくる。そこには橘教授の研究歴と成果が細かく記されている。

初期の基礎研究から、現在取り組んでいる量子コンピューティングの先端領域に至るまで、どれも地に足の着いた素晴らしい実績ばかりだ。

その時、ふいに景が口を開き、隅にいる依織へと視線を向ける。

「依織、君は本社から来たばかりで、テクノロジー系の企画にも多く触れてきたはずだ。君の考えを聞かせてくれないか?」

依織は顔を上げ、皆の視線を真っ直ぐに受け止めながら、落ち着いた声で答える。

「橘教授の一番の価値は研究成果と、その姿勢にあると思います。基礎分野から最先端技術まで研究の幅を広げ、退職後も研究を続けています。

そのひたむきな情熱は、人々の心を打つはずです。まずは、彼の研究の歩みから切り込むのはどうでしょうか。

教授の歩んできた研究人生を軸にして、それぞれの時代の成果や、若い研究者への期待や思いを語っていただけば、専門性だけではなく、社会に対して前向きなメッセージを届けられると思います」

話し終えると、会議室は一瞬静まり返った。真央の表情から笑みが消える。反論しようとしたが、景の声に遮られた。

「依織の意見には賛成だ」景の声は迷いがない。

「橘教授は学界の権威だ。彼の価値を、単なる話題性だけで終わらせるべきじゃない。研究への姿勢と功績を伝えることこそ、教授への敬意であり、インタビューそのものに深みをもたらす」

そして、間髪入れずに言葉を続ける。「今回のインタビューは、依織に任せる」

会議室の空気が一変した。真央の表情が固まる。鋭い視線を景へと向ける。

彼女は東都で10年間、芸能記者として経験を積み重ね、今の地位を築いてきたのだ。経験も実績も、自分のほうが上だと思っていた。

まさか、社長が自分を差し置いて、本社から来たばかりの新人に重要な企画を任せるとは夢にも思わなかった。

しかし、大勢の前で感情を出すわけにもいかず、怒りをぐっと飲み込むしかない。

依織自身も少し驚き、一瞬呆然としたものの、立ち上がって返事をする。

「ありがとうございます。期待に応えられるよう努力します」

「ああ」景は頷く。

「まずは詳細な取材企画書を作って。研究成果と研究者としての姿勢をメインに押し出すんだ。

同時に、読者の読みやすさにも配慮して、専門的になりすぎないようにな。

教授のチームへのコンタクトや学術資料の調査など、必要であれば、直接俺に言ってくれ」

「分かりました」依織はそう答えて席についた。

依織が仕事を引き受けたのを確認すると、景はこれ以上の議論を打ち切り、ノートPCを閉じて全員に告げる。

「今後は全員、依織のサポートに回ってくれ。今回の企画、必ず成功させよう。では、解散」

会議が終わり、みんなが次々と退出していく。真央は資料をまとめる際、わざとファイルを机に強く叩きつけ、振り返りもせずに会議室を出ていく。依織のそばを通り過ぎる時は、憎々しげに彼女を睨みつける。

依織は意に介さず、俯いて資料を整理しながら、今回のインタビューの段取りを頭の中で組み立てている。

マンションに帰った後、依織は今日あった出来事を優香に話した。入浴を済ませた依織は、濡れた髪をタオルで拭きながら、優香の隣に腰を下ろす。

「そんな大事な企画を任されたの?」優香は目を丸くした。「で、その真央って人は何も言わなかったの?話を聞く限り、社内でもお局様だよね。絶対この企画を狙ってたんじゃない」

「うん、少し不満そうだった」依織はさらりと流すように言う。「でも、別にいいの。職場に競争は付き物だし、私は自分の仕事をちゃんとこなすだけだから」

優香は深いため息をつき、ソファに背中を預ける。「依織は人が良すぎるのよ。その女、絶対厄介だよ。狙ってた企画を新人に奪われたんだから、裏で何かしてくるかもしれないわよ」

依織はタオルを肩に掛けたまま、静かに続ける。

「でも、今そんなことを心配しても仕方ないじゃない。今夜もう一度、橘教授の資料を整理する。明日は直接教授のお宅へ行って、そこでインタビューの詳細を詰めてくる。

企画と取材内容がしっかりしていれば、誰が何を思っても関係ないから」

翌日の午後、依織は約束の時間どおりに、橘教授のマンションに着く。

一度深呼吸をして、襟元を整え、肩に掛けたバッグの位置を直してから、玄関のチャイムを鳴らす。

三度鳴った後、家の中から足音が近づいてくる。そして、ドアが開く。

そこに立っている人物を見た瞬間、依織の表情が固まる。冷たく整った顔立ち、近寄りがたいほどの威圧感。司だった。

ダークグレーの上質なウールコートを羽織っている。すっきりとしたミドル丈のコートの下には、襟元を無造作に開けた白いシャツを着ている。ネクタイは締めていない。

端正な立ち姿には、どこか余裕のある雰囲気が漂っている。それでも、生まれ持った威圧感は隠しきれない。

二人の視線がぶつかる。互いに、明らかに驚いている。依織はまさかここで会うとは思わず、しばらく言葉が出なかった。少し間を置いてから、ようやく声を絞り出す。

「橘教授に、会う約束をしていて……」

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