LOGIN「そこまでして知りたいんだな。この町について」
男子生徒の声は、静まり返った空き教室の中でやけに重く響いた。
放課後の校舎は人気が少なく、窓の外から聞こえてくるのは、遠くのグラウンドで続く部活動の掛け声だけだ。
古びた時計の秒針が、やけに大きな音を立てて時を刻んでいる。
「当たり前だ。この街に一年間住むんだ。少しでも、自分の中の疑問は晴らしておきたい」
黎慈は、できるだけ平静を装ってそう答えた。
しかし内心では、自分でも驚くほど強い興味に突き動かされているのを自覚していた。
この街に来てから、妙なことが続いている。
説明のつかない違和感。
皆が隠し通そうとしている。
あの少女の言葉――“夢”。
「……そっか。分かった」
男子生徒は一度目を伏せ、小さく息を吐いた。
その仕草は、何かを決意するようでもあり、あるいは思い出したくない記憶に触れたようにも見えた。
黎慈は思わず身を乗り出す。
ついに、“夢”について聞ける――
そう思った瞬間だった。
「その前に、一つ頼みがある」
「頼み?」
わずかに、空気が変わった。
男子生徒の声の調子が、先ほどまでとは明らかに違う。
軽さが消え、代わりに重たい何かが混じっている。
「夢について教える代わりに、少し協力してくれないか」
黎慈は眉をひそめた。
「協力って、何を――」
「この街の“夢”が原因で死んだ、友人のために」
その言葉が落ちた瞬間、空き教室の空気が凍りついた。
秒針の音だけが、やけに耳につく。
黎慈は一瞬、言葉を失った。
冗談ではない。
声色も、表情も、それを許さなかった。
「……死んだ、って」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。
男子生徒は答えない。
ただ、強く拳を握りしめている。
その指先が白くなるほどに。
「俺の友達だったんだ」
ぽつりと、落ちるように言葉が続いた。
「普通のやつでさ。特別変わったところなんて何もなくて……むしろ、こういうオカルトとか信じないタイプだった」
視線は床に落ちたままだ。
「なのに、ある日言ったんだ。“変な夢を見た”って」
黎慈は無意識に息を呑む。
「最初は、ただの夢だと思ってた。本人も笑ってたしな。でも――」
そこで、言葉が途切れる。
男子生徒の喉がわずかに動いた。
「その夢の内容が、現実で起きた」
「……は?」
「夢で見た通りのことが、そのまま現実になったんだよ」
「時間も、場所も、人も……全部」
背筋に、冷たいものが走る。
「それで、そいつ……」
男子生徒は一度、強く目を閉じた。
「数時間後に、死んだ」
沈黙。
あまりにもあっけなく、あまりにも重い事実が、そこに落ちた。
黎慈の喉がひりつく。
頭の中で、「夢」という言葉が何度も反響していた。
「……事故、じゃないのか」
「最初はそう思った。でも違う」
即答だった。
「死ぬ直前、あいつ……めちゃくちゃ怯えてたんだよ。“夢と同じになる”って」
その言葉に、黎慈の胸の奥がざわつく。
「俺も全部分かってるわけじゃない。でも、この街には確実に“何か”がある」
男子生徒は顔を上げた。
その目には、恐怖と、それ以上に強い意志が宿っていた。
「だから調べたい。でも、地元のやつらは誰も協力してくれない。“死にたくない”ってな」
自嘲気味に笑う。
「……当然だよな」
黎慈は、何も言えなかった。
「頼む。あいつのためにも……真相を知りたいんだ」
真っ直ぐな視線が向けられる。
逃げることも、無視することもできない重さがそこにあった。
黎慈は、ゆっくりと息を吐いた。
正直、怖くないと言えば嘘になる。
関わらない方がいいと、本能が警鐘を鳴らしている。
それでも――
(ここで引いたら、きっと後悔する)
この街に来てから感じていた違和感。
あの少女の存在。
そして今、目の前にある明確な“異常”。
全てが、一本の線で繋がろうとしている気がした。
「ああ」
自然と、言葉が出た。
「ここまで聞いて、知らないふりはできないな。この街の真相――突き止めてやる」
一瞬、男子生徒の目が見開かれた。
そして、ゆっくりと安堵の色が広がる。
「……ありがとう」
小さく呟いたその声は、どこか救われたようでもあった。
「そういえば、名前聞いてなかったな」
「俺は枝先黎慈。お前は?」
「高杉景佑だ。これからよろしくな」
差し出された手を、黎慈は迷わず握った。
その手は、少し冷たかった。
まるで、何かに触れ続けてきたかのように。
握手を終えた後、黎慈はふと思った疑問を口にする。
「でも、原因を特定するって……どうやるんだ?夢の中にでも入らないと無理な気がするが」
一瞬の間。
そして景佑は、わずかに口元を歪めた。
「鋭いな。ほぼ正解だ」
「……は?」
「この街の夢は、どうやら“共通夢”があるらしい」
「共通夢……?」
「同じ夢を、複数人が見るってことだ」
にわかには信じがたい話だ。
だが、ここまでの話を聞いた後では、完全に否定することもできない。
「で、その中に入る方法も、一応分かってる」
景佑はカバンを開け、中から何かを取り出した。
黒い布。
――アイマスクだった。
「これをつけて寝る。それだけだ」
「……それだけ?」
「今のところはな」
差し出されたそれを、黎慈は受け取る。
手にした瞬間、わずかな違和感が走った。
ひんやりとした感触。
新品にしては、妙に手に馴染む。
まるで――誰かが何度も使ってきたような。
「本当かそれ……」
思わず苦笑が漏れる。
だが同時に、妙な現実味があった。
「他に手がかりもないしな。試す価値はある」
景佑の声は真剣だった。
「……分かった。今日、やってみる」
「ああ。深夜に寝ろ。夢の中で落ち合おう」
さらりと言うが、その内容は異常だ。
夢の中で、会う――
「じゃあ、またな」
景佑はそれだけ言うと、振り返らずに教室を出ていった。
残された黎慈は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
静寂が戻る。
秒針の音が、またやけに大きく響き始めた。
手の中のアイマスクを見る。
黒い布が、妙に重たく感じた。
(……夢、か)
軽いはずの言葉が、今はひどく不気味に思える。
黎慈はゆっくりと教室を出た。
廊下はすでに薄暗く、人の気配はほとんどない。
窓の外を見ると、空はいつの間にか曇り始めていた。
帰り道。
胸の奥に、拭えない違和感だけが残り続けていた。
今夜、何かが起こる。
学生寮に戻ったのは、午後三時を少し回った頃だった。部屋に入るなり、黎慈はベッドに腰を下ろし、黒いアイマスクを手に取った。景佑から渡されたそれは、なぜかわからないが非常に手に馴染む。感触が妙に現実味を帯びて感じられる。(……本当に、これで夢に入れるのか)空き教室での会話が、まだ耳に残っていた。共通夢。夢の中で落ち合う。にわかには信じがたい話だったが、景佑の目には本気と、強い意志があった。あの友人死亡の告白を聞いた以上、黎慈も後には引けなかった。黎慈は一度深く息を吐き、スマホで夕食前の時間にアラームを設定した。まだ時間はある。少し仮眠を取ってから、夜に備えようと思った。そのままベッドに横になると、意識はすぐに沈んでいった。──青白い空間。聞き覚えのある、穏やかな声が響いた。「あなたとは、何か縁があるようですね」目を開けると、そこに朝と同じ少女が立っていた。穏やかな表情の奥に、真剣な眼差しが宿っている。「朝の質問……覚悟は、決まりましたか?」黎慈は迷わず頷いた。「夢の探究者とやら、受けさせてもらうよ。この町の『夢』の原因を、一緒に突き止める」少女の唇が、ほんの少しだけ緩んだ。安堵したような、それでいてどこか寂しげな微笑みだった。「あなたなら、そう言うと思っていました」「では、あなたを夢の世界に入れる手配をいたします」「夜までには、入れるようになるはずです。またお越しください」「待って。君は一体──」質問を続ける間もなく、少女は小さく頭を下げ、視界が暗転した。「……っ」黎慈は飛び起きるように体を起こした。スマホのアラームが鳴っている。時刻は午後六時半を過ぎ、下の階からカレーのいい匂いが漂ってきた。ロビーへ降りていくと、キッチンで衣百合が三人分の夕食を準備しているところだった。ボブカットの髪を少し乱れさせ、エプロンを着けた姿が、なんだか新鮮に見える。「ただいま」「あっ、枝先くん! 帰ってたんだ」衣百合は振り返り、慌てたように笑顔を作った。黎慈はキッチンに近づき、彼女の横に並んだ。「何か手伝えること、あります?」「えっ、いいの? じゃあ……そこの鍋、見ててくれる? 吹きこぼれないように」鍋の中は、濃厚そうなカレーがぐつぐつと煮えていた。黎慈が木べらでかき混ぜていると、衣百合が隣で小さく呟いた。
「そこまでして知りたいんだな。この町について」男子生徒の声は、静まり返った空き教室の中でやけに重く響いた。放課後の校舎は人気が少なく、窓の外から聞こえてくるのは、遠くのグラウンドで続く部活動の掛け声だけだ。古びた時計の秒針が、やけに大きな音を立てて時を刻んでいる。「当たり前だ。この街に一年間住むんだ。少しでも、自分の中の疑問は晴らしておきたい」黎慈は、できるだけ平静を装ってそう答えた。しかし内心では、自分でも驚くほど強い興味に突き動かされているのを自覚していた。この街に来てから、妙なことが続いている。説明のつかない違和感。皆が隠し通そうとしている。あの少女の言葉――“夢”。「……そっか。分かった」男子生徒は一度目を伏せ、小さく息を吐いた。その仕草は、何かを決意するようでもあり、あるいは思い出したくない記憶に触れたようにも見えた。黎慈は思わず身を乗り出す。ついに、“夢”について聞ける――そう思った瞬間だった。「その前に、一つ頼みがある」「頼み?」 わずかに、空気が変わった。 男子生徒の声の調子が、先ほどまでとは明らかに違う。軽さが消え、代わりに重たい何かが混じっている。「夢について教える代わりに、少し協力してくれないか」黎慈は眉をひそめた。「協力って、何を――」「この街の“夢”が原因で死んだ、友人のために」その言葉が落ちた瞬間、空き教室の空気が凍りついた。秒針の音だけが、やけに耳につく。黎慈は一瞬、言葉を失った。冗談ではない。声色も、表情も、それを許さなかった。「……死んだ、って」ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。男子生徒は答えない。ただ、強く拳を握りしめている。その指先が白くなるほどに。「俺の友達だったんだ」 ぽつりと、落ちるように言葉が続いた。「普通のやつでさ。特別変わったところなんて何もなくて……むしろ、こういうオカルトとか信じないタイプだった」 視線は床に落ちたままだ。「なのに、ある日言ったんだ。“変な夢を見た”って」 黎慈は無意識に息を呑む。「最初は、ただの夢だと思ってた。本人も笑ってたしな。でも――」 そこで、言葉が途切れる。 男子生徒の喉がわずかに動いた。「その夢の内容が、現実で起きた」「……は?」「夢で見た通りのことが、そのまま現実になった
窓の外にある桜を見ていると、周囲のクラスメイトたちの話し声が耳に入ってきた。春休みの思い出話が中心だったが、その中に聞き捨てならない単語が混じっていた。「今日、隣のクラスのさっちゃん、休みらしいよ。噂の『夢』のせいで……」「ちょっと、やめなよ。転校生くんもいるんだから、そんな気軽に夢の話題出さないでよね」一瞬、教室の空気が微妙に変わった気がした。黎慈は窓側の席に座りながら、静かに耳を澄ませた。この町に来てまだ一日しか経っていないのに、『夢』という言葉が何度も出てくる。コンビニの男子生徒たち、衣百合の不自然な反応、そして昨夜の少女の言葉――。どう考えても、ただの都市伝説では片付けられない何かがある。ダメ元で、隣に座ってスマホをいじっている男子生徒に声をかけてみた。「なあ、突然悪いんだけど……この町の『夢』って、何かわかる?」男子生徒はスマホから顔を上げ、面倒くさそうな表情を浮かべた。「あんた、転校生だろ。ごめん、その質問には答えられない。他を当たってくれ」「…って言っても、誰も答えてくれないと思うけど」予想通り、はぐらかされた。男子生徒はすぐに視線をスマホに戻し、それ以上話す気はないようだった。黎慈が自分の席に戻って数秒後、担任らしき男性教師が教室に入ってきた。三十代半ばくらいの、穏やかそうな印象の男性だ。「はい、週番の人、号令かけて」「起立」「礼」「着席」号令が終わると、担任は黒板の前に立ち、にこやかに自己紹介を始めた。「私がこのクラスを一年間担任する木俵です。担当教科は数学。よろしくな」「今日の日程だけど、始業式が体育館で行われた後、即下校になります。下校が早いからってハメを外しすぎないようにね」短いホームルームはあっという間に終わり、クラスメイトたちがざわつき始めた。友達同士で「今日は何する?」「カラオケ行こうぜ」といった声が飛び交う。黎慈はまだこのクラスに自分の居場所を見つけられず、少し居心地の悪さを感じていた。始業式が始まる前に、せめて亮のクラスに顔を出してみようかと席を立った。教室を出て廊下を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。「君、転校生だろ。ちょっとこっち来い」振り返ると、身長が高めで制服を少し着崩した男子生徒が立っていた。近寄りがたい雰囲気はあるが、目は真っ直ぐに黎慈を見ている。黎慈は
黎慈が軽い仮眠に入ってどれくらい経った頃だろうか。その聞き覚えのある声を聞いた瞬間、黎慈は飛び起きたような感覚に陥った。目を開けると、そこは先ほど電車の中で見た青白い空間と同じ場所だった。ただ、少し違う点がある。さっきの女性の姿はなく、代わりに一人の少女が黎慈の目の前に立っていた。少女は穏やかな表情で、しかしどこか真剣な眼差しを向けていた。「今日はお疲れかもしれませんが……この話だけ、聞いていただけますか?」黎慈が無言で頷くと、少女は静かに話し始めた。「この空間は、私とあなたしか認識できない特別な場所です。外の世界と同じ時間が流れています」「今、私たちがここで話している時間も、現実ではそのまま過ぎています」少女は少し言葉を区切り、続けた。「あなたも、駅や寮で耳にしたでしょう。この町の『夢』の話」「この町の夢は、ただの夢ではありません」黎慈はにわかには信じがたい。「夢が現実世界で具現化する……いわゆる正夢が起こると、その夢を見た人が、数時間後に命を落とすと言われています」黎慈の背筋に冷たいものが走った。少女の言葉は、まるで現実味を帯びて聞こえた。「私は、その原因を探るために現れた者です」「『夢の探究者』と呼ばれる人たちを、手助けするために」「あなたには、その才能があるように見えます」少女は少し申し訳なさそうに目を伏せ、それでもはっきりと言った。「誠に勝手なお願いだとは重々承知しています」「ですが……この町の『夢』の原因を、一緒に特定してはくれませんか?」その言葉が終わった瞬間、どこからともなく目覚まし時計のアラームのような音が響き始めた。少女は小さく微笑み、黎慈に最後の言葉を告げた。「今日はここまでです」「次に会うときまでに、ご自身の気持ちを固めておいていただけると嬉しいです」「では……お時間ですので」視界がゆっくりと暗くなっていった。――気がつくと、すでに朝だった。やはり体が疲れていたのだろう。黎慈はベッドの上で体を起こし、ぼんやりと天井を見つめた。昨夜の夢の記憶が、鮮明に残っている。「夢が……実体化して、死ぬ…」「夢の探究者……」あまりに突飛な話だった。だが、衣百合が『夢』の話題をはぐらかした反応や、コンビニの男子生徒たちの態度を思い出すと、妙に納得がいってしまう部分もあった。黎慈は深く息
四月七日 夕方。「ガタンガタン」電車の揺れが、窓ガラスに映る曇り空を震わせていた。「次は、冨永山町~。お出口は左側です」車掌の声が響いた瞬間、妙な懐かしさが胸に広がった。東京とはまるで違う、のどかな山間の町。家庭の事情で越してくることになったこの場所に、黎慈(れいじ)は淡い期待と、言いようのない不安を抱いていた。そのとき――聞き覚えがあるようでない声が、脳裏に響いた。視界が一瞬暗転し、青白い空間に立っていた。椅子に腰かけた黎慈(れいじ)の前に、見知らぬ女性が静かに微笑んでいた。「また、お会いしましたね」女性の声は穏やかだったが、黎慈は言葉を失っていた。状況が飲み込めない。「あなたがこの町に来るということは、それ相応の覚悟があるのでしょう」「ただ……」「引き返すなら今です。ここで決断なさい」なんのことだか全くわからない。そんな顔をしていたが、女性は淡々と続ける。「記憶を消してこの町から去るか、それとも……ここで出会う仲間たちとの、かけがえのない記憶を取り戻すか」数秒の沈黙の後、黎慈《れいじ》はゆっくりと答えた。「……俺には、ここ以外に行けるところがない。後者を選ぶよ」女性はそっと胸を撫で下ろし、安堵したように微笑んだ。「記憶が無くなっていても、そのままですね。あなたの決意、承りました」声が空間に溶けると同時に、視界が元に戻った。黎慈《れいじ》は電車の中にいた。何か大切なことを決めたような、ぼんやりとした実感だけが残っていた。数分後、電車は冨永山駅に到着した。ホームに降り立つと、ボブカットの髪に黒タイツ、学生服姿の女子生徒が一人、誰かを探すように立っていた。彼女は私を見つけると、慌てた様子で駆け寄ってきた。「突然で悪いんだけど……もしかしてキミが転校生?」黎慈が頷くと、彼女はほっとした笑顔を浮かべた。「よかった~! 人違いだったらどうしようかと思ったよ」「私、羽川《はねかわ》衣百合《いゆり》! キミの名前は?」「枝先《えださき》黎慈《れいじ》。二年生です」「え、二年生!? 私、先生からあんまり詳しく聞いてなくて…」「…そっか、年下か」「じゃあ私が先輩だね! ……って、冗談だよ」衣百合は軽く笑って手を差し出した。「早速悪いんだけど、これから学生寮まで案内するよ。ついてきて!」駅から出ると、肌寒い