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第四話

Author: 百瀬 三月
last update publish date: 2026-06-10 10:47:36

「そこまでして知りたいんだな。この町について」

男子生徒の声は、静まり返った空き教室の中でやけに重く響いた。

放課後の校舎は人気が少なく、窓の外から聞こえてくるのは、遠くのグラウンドで続く部活動の掛け声だけだ。

古びた時計の秒針が、やけに大きな音を立てて時を刻んでいる。

「当たり前だ。この街に一年間住むんだ。少しでも、自分の中の疑問は晴らしておきたい」

黎慈は、できるだけ平静を装ってそう答えた。

しかし内心では、自分でも驚くほど強い興味に突き動かされているのを自覚していた。

この街に来てから、妙なことが続いている。

説明のつかない違和感。

皆が隠し通そうとしている。

あの少女の言葉――“夢”。

「……そっか。分かった」

男子生徒は一度目を伏せ、小さく息を吐いた。

その仕草は、何かを決意するようでもあり、あるいは思い出したくない記憶に触れたようにも見えた。

黎慈は思わず身を乗り出す。

ついに、“夢”について聞ける――

そう思った瞬間だった。

「その前に、一つ頼みがある」

「頼み?」

 わずかに、空気が変わった。

 男子生徒の声の調子が、先ほどまでとは明らかに違う。

軽さが消え、代わりに重たい何かが混じっている。

「夢について教える代わりに、少し協力してくれないか」

黎慈は眉をひそめた。

「協力って、何を――」

「この街の“夢”が原因で死んだ、友人のために」

その言葉が落ちた瞬間、空き教室の空気が凍りついた。

秒針の音だけが、やけに耳につく。

黎慈は一瞬、言葉を失った。

冗談ではない。

声色も、表情も、それを許さなかった。

「……死んだ、って」

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。

男子生徒は答えない。

ただ、強く拳を握りしめている。

その指先が白くなるほどに。

「俺の友達だったんだ」

 ぽつりと、落ちるように言葉が続いた。

「普通のやつでさ。特別変わったところなんて何もなくて……むしろ、こういうオカルトとか信じないタイプだった」

 視線は床に落ちたままだ。

「なのに、ある日言ったんだ。“変な夢を見た”って」

 黎慈は無意識に息を呑む。

「最初は、ただの夢だと思ってた。本人も笑ってたしな。でも――」

 そこで、言葉が途切れる。

 男子生徒の喉がわずかに動いた。

「その夢の内容が、現実で起きた」

「……は?」

「夢で見た通りのことが、そのまま現実になったんだよ」

「時間も、場所も、人も……全部」

 背筋に、冷たいものが走る。

「それで、そいつ……」

 男子生徒は一度、強く目を閉じた。

「数時間後に、死んだ」

沈黙。

あまりにもあっけなく、あまりにも重い事実が、そこに落ちた。

黎慈の喉がひりつく。

 頭の中で、「夢」という言葉が何度も反響していた。

「……事故、じゃないのか」

「最初はそう思った。でも違う」

 即答だった。

「死ぬ直前、あいつ……めちゃくちゃ怯えてたんだよ。“夢と同じになる”って」

 その言葉に、黎慈の胸の奥がざわつく。

「俺も全部分かってるわけじゃない。でも、この街には確実に“何か”がある」

 男子生徒は顔を上げた。

その目には、恐怖と、それ以上に強い意志が宿っていた。

「だから調べたい。でも、地元のやつらは誰も協力してくれない。“死にたくない”ってな」

 自嘲気味に笑う。

「……当然だよな」

 黎慈は、何も言えなかった。

「頼む。あいつのためにも……真相を知りたいんだ」

 真っ直ぐな視線が向けられる。

 逃げることも、無視することもできない重さがそこにあった。

 黎慈は、ゆっくりと息を吐いた。

 正直、怖くないと言えば嘘になる。

 関わらない方がいいと、本能が警鐘を鳴らしている。

 それでも――

(ここで引いたら、きっと後悔する)

 この街に来てから感じていた違和感。

 あの少女の存在。

 そして今、目の前にある明確な“異常”。

 全てが、一本の線で繋がろうとしている気がした。

「ああ」

 自然と、言葉が出た。

「ここまで聞いて、知らないふりはできないな。この街の真相――突き止めてやる」

一瞬、男子生徒の目が見開かれた。

そして、ゆっくりと安堵の色が広がる。

「……ありがとう」

 小さく呟いたその声は、どこか救われたようでもあった。

「そういえば、名前聞いてなかったな」

「俺は枝先黎慈。お前は?」

「高杉景佑だ。これからよろしくな」

 差し出された手を、黎慈は迷わず握った。

 その手は、少し冷たかった。

 まるで、何かに触れ続けてきたかのように。

 握手を終えた後、黎慈はふと思った疑問を口にする。

「でも、原因を特定するって……どうやるんだ?夢の中にでも入らないと無理な気がするが」

一瞬の間。

そして景佑は、わずかに口元を歪めた。

「鋭いな。ほぼ正解だ」

「……は?」

「この街の夢は、どうやら“共通夢”があるらしい」

「共通夢……?」

「同じ夢を、複数人が見るってことだ」

にわかには信じがたい話だ。

だが、ここまでの話を聞いた後では、完全に否定することもできない。

「で、その中に入る方法も、一応分かってる」

景佑はカバンを開け、中から何かを取り出した。

黒い布。

 ――アイマスクだった。

「これをつけて寝る。それだけだ」

「……それだけ?」

「今のところはな」

 差し出されたそれを、黎慈は受け取る。

 手にした瞬間、わずかな違和感が走った。

 ひんやりとした感触。

 新品にしては、妙に手に馴染む。

 まるで――誰かが何度も使ってきたような。

「本当かそれ……」

 思わず苦笑が漏れる。

 だが同時に、妙な現実味があった。

「他に手がかりもないしな。試す価値はある」

 景佑の声は真剣だった。

「……分かった。今日、やってみる」

「ああ。深夜に寝ろ。夢の中で落ち合おう」

 さらりと言うが、その内容は異常だ。

 夢の中で、会う――

「じゃあ、またな」

 景佑はそれだけ言うと、振り返らずに教室を出ていった。

 残された黎慈は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 静寂が戻る。

 秒針の音が、またやけに大きく響き始めた。

 手の中のアイマスクを見る。

 黒い布が、妙に重たく感じた。

(……夢、か)

 軽いはずの言葉が、今はひどく不気味に思える。

 黎慈はゆっくりと教室を出た。

 廊下はすでに薄暗く、人の気配はほとんどない。

 窓の外を見ると、空はいつの間にか曇り始めていた。

 帰り道。

 胸の奥に、拭えない違和感だけが残り続けていた。

 今夜、何かが起こる。

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