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大衆中華  八本軒〜罪を喰う女〜
大衆中華 八本軒〜罪を喰う女〜
Author: 神木セイユ

0.後悔の洋葱肉絲

last update Last Updated: 2025-10-24 14:30:00

「おい ! おめぇ、何者だ !? 」

暗い屋敷の廊下。

押し入り強盗の懐中電灯で照らされたソレは、光りに気付きゆっくり振り返る。

顔は女人。

首下も人間。振り返った拍子に、裸体の豊満な乳房が上下に弾む。

だが男はその不可解な異形に、思わず懐中電灯を落とし声を漏らした。

「ヒッ !! 」

女の瞳の瞳孔は山羊のように横長で妖しく吊り上がり、玩具のように真っ赤な唇が笑みを浮かべる。その唇は何かを咀嚼している。転がった懐中電灯が照らす女の口の端に、まだピクりと動く人の小指が引っかかっていた。

一緒に来た強盗仲間の青年に馬乗りになり、血肉を咀嚼しながら、人間とは思えぬ冷笑を浮かべる。

女の下肢は大きな蜘蛛のようで、床に粘膜を撒き散らしながら這いずる。黒々とした縞模様が蠢いて、青年の臓物を次々と口に運ぶ。

壁に当たって止まった懐中電灯が、天井にまで飛び散った血飛沫を照らした。

男は堪らず腰を抜かして尻もちを付いて命乞いをするのだった。

「頼む !! 命だけは !! 」

「……今まで老人達にそう言われた時、あなたは命を助けたか ? 藻屑め」

「……んな事、言われたって…… !! 」

「とは言え、とても美味そうだ」

□□□□□

海の日。

七月のその日、洗ったばかりでペトペトのシャツを着た中年男性がふらふらと歩いていた。

男の背のベルトには、たった今使用したばかりの包丁が挟まれていた。

都会から程遠い田舎町だが、新幹線の駅街が出来るとたちまち人口が増えた市街地になった。

駅前通りは華やかではあるが、駅裏は些かまだ商業施設は少なく、代わりに市役所や警察署が大通りに建ち並んでいる。

交差点の教会を住宅地方面へ曲がれば、すぐに地元民しか立ち寄らないような寂れた路地裏が四方に伸びている。

男性は一度立ち止まり、辺りを見渡す。

その路地裏の一角に町中華の看板が見えたのだ。

真っ赤な下地に黄金色の筆字で書かれた『大衆中華 八本軒』という、ケバケバしくもどこかレトロな存在感。

店先に並んだプランターの朝顔が、何本も綺麗に軒先まで延びてグリーンカーテンになっている。

男性は古くても手入れの行き届いていそうな店だと思った。背の包丁を黄ばんだシャツで簡単に隠し、暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ」

厨房から女が一人振り返る。

店の規模からすると、この女一人で切り盛りしているだろう、人一人ようやく通れるテーブル席の間隔に狭い厨房。中華風のドレス姿でカウンター越しに大きな炎で大鍋を振る。

「ごめんなさい。お冷はセルフですので」

「あ、ああ」

男性はサーバーからグラスに冷水を注ぎ、カウンターに座るとメニュー表を捲る。料理は全て中国語だが、写真に写ったどれもが食欲を刺激する出来栄えだ。

ポケットに手を入れ、しっかり千円札があるのを確認する。

「あー、そうだな。この、洋葱肉絲《ヤンツォンルースー》ってのを……定食で」

「ランチタイムですので、ご飯とスープは付きますよ」

「ああ、なら……良かった」

「洋葱肉絲。かしこまりました」

女が厨房に戻る。

とてつもなく美しい女だ。子供ではなく、成熟した大人の女。

寂れた町外れの中華屋にいるような女には見えないと、つい男は店主の後ろ姿を眺め回してしまった。

スラりとした長い手足に艶のあるストレートヘア。普段なら長い髪の毛は束ねて欲しいと男性は嫌悪感を抱くのだが、この店主には何か余計な装飾をつけては勿体ないと思わせる様な妖艶さが漂っていた。何よりしっとりとした物言いが品の良さを醸し出している。

内装も古い店だ。店主の若さからすると、両親等から継いだ店なのだろうかと勝手な解釈をする。

掃除は行き届いてはいる。カウンター上の提灯などすぐに油汚れもつきそうなものだが、置物やタペストリー、酒瓶の首。どこを見ても埃一つ見当たらない。提灯の柔らかい朱色とオレンジ色の電球が、何とも心地好い空間だ。

しかしランチタイムだと言うのに、他に客はいなかった。

「お待ち遠さまです、洋葱肉絲定食でございます」

細切れになった玉ねぎと豚肉が芳しい。白米と共に軽快に湯気を上げ続ける。

「こりゃ、いい。美味そうだ ! それに騒がしくなくて居心地がいいや」

「路地裏のせいか、客足がまばらでして」

セルフと言いつつ、女店主は男性の空になったグラスに冷水を継ぎ足した。

「いやいや、嫌味とかじゃねぇよ。くつろげるって意味さ。

いただきます ! こりゃあ…… ! …………うん……。個性的な、クリエイティブな……味だな…… 」

若干、目の泳いでいた男だが、とてつもないスピードで白米をかき込んでいく。

「ありがとうございます。精進いたします。是非、またいらしてください」

「ああ……まぁ。そうしてぇんだがな……」

男は半分程食べ、一度箸を置いた。

そして、背に隠していた包丁をカウンターの上へ出す。その刃にはまだ、血痕か肉片か、何かがこびり付いていた。

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