LOGIN「こんばんは。生活安全課の佐藤です。この人は柊」
佐藤は比較的若い女性警察官だった。黒髪を後ろで纏めただけで、地味な印象だが左手の薬指には長年使い古した質感のリングがあった。
「柊です ! 」
柊は後ろでパソコンを開いてはいるが、佐藤とともに宇佐美に気軽に挨拶をする。
「玲さんは今、ここへ向かっているんで安心してください」
玲が補導された旨が伝えられる。しかし情報は全て伝えられない。
玲が駅で大暴れして警察官を負傷させた事も、今は知らなくていい事なのだ。「玲さん、いつも遅いんですか ? 」
「いえ……あ、まぁ。すみません、教育が不行き届きで」
「今は多いですもんねぇ。うちの娘もそのくらいの時は大変でした。仕事柄、ドキドキでしたよ」
「そうですね……。それはドキドキしちゃいますね……。
夜に出歩いたりは、塾の時だけで……塾もアパートのそばまで送迎があるので……。まさかこんな遅くに出かけてたなんて……」宇佐美の証言に柊は背後で眉を顰めた。
「塾に行ってるんですね ! お母さん、飲食店の店長さんでしたっけ ? 忙しいでしょう ? 」
「……そうですね。でも、このくらい働かないと家庭も回らないし。いつも一人で留守番させていたので……玲には寂しい思いをさせていたのかもしれないです。
いじめがあってから学校へ行かなくなってしまって、それで塾に……」「いじめですか……。
玲さんの補導されたのは砂北駅だったそうなんですけど、塾も砂北ですか ? 」「え !? 」
宇佐美が強い動揺を示す。
「砂北駅 !? いえ、塾は家の近くで……砂南市です !
玲は誰かと一緒でしたかその日、千葉 夕非は沈んだ顔で登校していた。 周囲にいた保育園時代からの親友たちが次々と姿を消していたからだ。母親は最初の友人が消えた時、「転校した」と言われた。二人目では遂に「いなくなった」のだと聞かされた。三人目でようやくこの一連の流れが犯罪的な被害を受けていることを知った。 砂北保育園から砂南小学校へ進学した者は男女問わず多い。しかし、消えていく生徒は自分の親友ばかりで何が原因か分からない。 次は誰かと騒ぎになり、しばらくリモート授業による対策が取られた。 そんな時、同級生の宇佐美 玲が逮捕された。 罪状は恐らく殺人か──そんな母親たちの噂が子供達にも伝わる。 その時に気付いてしまった。 女児連続殺人と児童連続殺人は別個の事件である、と警察から会見があった。 児童連続殺人とは ? 消えた男児は千葉 夕非の親友のみだった。女児に関しては分からないが、男児は確実に繋がりがあった。 千葉 夕非は殺された男児が『宇佐美 玲』のいじめに関わった者達なのではと徐々に気付き始めたのだ。 いや、本当は心のどこかで気付いていた。「おはよう ! 千葉くん ! 久しぶりだね」 校門に立つ教員の声に身体が強ばる。「……はよう……ございます」 こうなると、大人の誰もが怪しく見えてしまう。 宇佐美 玲本人なら仕方がないが、彼女は既に外界と遮断されている。 やはり警察の言う通り、犯人が別だとしたら……次に狙われるのは自分だ。 重い気分でランドセルをおろす。「宿題やった ? 」 何も知らない隣のクラスメイトが恨めしくなってくる。「どうしたの ? 」「ちょっと……具合悪くて……」「え ? 保健室行く ? 」「&helli
宇佐美の浴室の灯りが消え、カーテン越しにリビング、やがて寝室に移動するのがアパートの下から見える。「全く……。海希の顔が頭から消えん……。何だこの気持ちは……」 紫麻の青色のドレスの烏が揺れる。スリットから出た美しい肌が、見る見る間に縞模様が浮き出る。 ゆっくりと茂みに入るとドレスをたくし上げる。 ズル……ズル………… 茂みから紫麻の姿が消える──いや、背景と同化した。ゆっくりとアパートの階段を這いずって行く。 その粘膜は横壁を登り、換気の為に開けたバスルームの小さな格子窓に滑り込む。「……っ。〜〜〜…………」 何か宇佐美の独り言が聞こえる。 見えない影は寝室の前まで来ると、一度リビングへ向かった。 リビングは想像より物が散乱していた事だ。引越し前とは思えないが、宇佐美 玲が逮捕された時、ここにも家宅捜索が入ったはずだ。 窓際にダンボール箱が積み上げられてい。触腕で静かに箱を開ける。 中身は玲の服や今まで使用していた学童用具や洋服だ。他の箱はやはり衣服や本など。 リビングからカウンターを越えキッチンへ入る。 その時、カウンターの上に小さなケーキの箱があるのに気付いた。どこにでもあるチェーン店のケーキの箱だ。その箱のリボンの色が青色だった。 ふと思い出す。 砂北児童連続殺人と名称が変わった、男児の被害者の特徴。シルクのハンカチではない青いリボンの証拠。 しかし他に青いリボンは見当たらない。見れば見るほどそれらしく見えてくる。 どれも既製品で宇佐美が故意に揃えた物では無いと、そう思わせるような小さな物なのだ。 恐らく、使用する気でこの部屋に用意された物なのだ。不自然でない程度に。 紫麻はゆっくり寝室に近付くとドアを開けて忍び込む。
宇佐美はその後まっすぐ自宅へ帰宅していた。 張り込みをしていた鏡見と柊、そして賀川と鈴木は一度署に戻る判断をした。賀川から意見が出た。宇佐美 真子は捜査対象になりうる。これをもう一度、本部へ応援を要請すべきという判断だった。寧ろ他の捜査官が指示を受けているのが普通である。鉢合わせや二度手間にならない為にも報告は必要だ。 鏡見は表面上それに納得するしか無かった。「鏡見さん。俺に言わないってあんまりっすけど ? 」 鏡見の変化に柊は敏感に反応した。 署に戻った駐車場の公用車の中で、柊から切り出してきた。鏡見は柊に事をどう打ち明けるか悩んでいたのだ。「鏡見さん、今まであの八本軒を誰よりも警戒してたじゃないですか ? なのに今日は俺たち誘うし。別に特別美味しい訳じゃないのにさぁ ? 」 鏡見は涼しい顔で眼鏡をついっとあげ、小さく頷く。「ああ。そうだな。俺らしくないな。 厳密に……告白するとな、俺はあの女店主を見誤っていた」「 ??? どういう意味ですか ? 元身内とか、同業だったりします ? 」「いや、そうではない。今までも、何人もの被疑者があの八本軒を訪れることによって、俺たちはその被疑者を容疑者へ変える作業をしてきた」「何人もいましたよねぇ」「俺は店主が怪しいし、なにかあるのかと思っていたが……実際には、俺達には協力的だという事実だ」 この話を聞いた柊は、何かを察したように苦笑いを浮かべる。「つ、つまりぃ ? 言いくるめられた !? もしかして休みん時とか、ドクターストップ中に ! 八本軒に行って ! あの美人といい感じになったんすか !? 」「そんな事は言って無いが !!? 」「っか〜 !! これだからガチガチの真面目くんはよぉ〜」「おい、何だその言葉使いは ! 」「カガミン〜、そんであの美人の脈はあるんすかぁ〜 ? どんな感じっすか ? 」 冷やかしの止まらない柊に、少しでも紫麻の
「大丈夫か ? 賀川、鈴木」 鏡見と柊の目の前には、腹をパンパンにさせた賀川とそのペアが車のシートに凭れていた。「色んな人間に頼んであの八本軒を宣伝させといて……クッソ不味いじゃないですか ! 」「友達も ! げっぇーふっ !! 理由ぐふ、言わなくてゲップ……来てくれた……」「う……ん。飯は……美味いはずだったんだ」「はぁ !? 」「とにかく、ほら。出て来た」 鏡見達は八本軒に出入りする者を見ていた。 一日の来客数を増やそうが減らそうが、咎写の間には関係ないのだ。 仕組みを知った鏡見にとってこれほど張りやすい罠はないが、他の警官に言うわけにいかず、それでも信じてくれる仲間だけを連れてきた。「少し挨拶に来た感じですかね」「なんて言うか、行動力すごいっすよね ? 普通、小学生の娘があんな事して、まだ裁判前なのに、メディアを気にせず歩き回るなんて」「いや、でも。出歩いてるのは必要最低限のスーパーとかで。八本軒だけは来るってだけですよね ? 」「あんな不味い店に通う理由って不自然過ぎないか ? 」 鏡見を信じてついてきただけでし、賀川と柊、鈴木は紫麻の事情を知らないため大混乱だった。「俺の思い過ごしなら、このまま自宅へ戻るだけのはずだ」「ま、そうですけど。こういう時の鏡見って変に勘が鋭いからなぁ」「俺も、何も無ければそれでいいんだ」 鏡見は冷静だった。 鏡見、柊ペア。賀川、鈴木ペア。二手に分かれて宇佐美 真子の張り込みを開始した。 □□□ ネギを刻んでいた手を止め、海希がぼんやりと呟く。「紫麻さん……」「どうした ? 」「宇佐美さんがまだ、何かするのが確定じゃないですよね ? 殺人事件と無関係な罪なのかも」「勿論、その可能
「『砂北男児連続殺人事件』……。どういうことぉ ? 何故解決しないのよぉ 」「ガブリエル。罪人が皆ここに来る訳じゃないだろう ? 」「どんだけ殺人鬼いんのよこの地区は ! 」「手を貸して欲しい」 紫麻の申し入れにガブリエルの青い瞳がすわる。「これ以上は深入り出来ないわ。神にバレずとも、代理のミカエルが邪魔なのよね」「神側に純真無垢な魂を送り、悪人の魂をわたしが食べれるのだ」「ええ。だから貴女を人間界《ここへ》堕とした。貴女なら出来るわよ」 紫麻は納得いかない様子で真っ直ぐ壁の唐辛子の束を見つめる。 だが、ガブリエルは出ていってしまった。「紫麻さん……。紫麻さんだけが探してる訳じゃないですし、警察も血眼でしょ ? すぐ捕まりますよ」「だといいがな……」 テレビを消し、新聞を畳んで立ち上がる紫麻のドレスは青色だった。 □□□□「ありがとうございました。またいらしてください」「ありがとうございました〜」 紫麻と海希が最後の客を見送る。 15:00。 これから中休みと休憩に入るが、普段人が来ないというのにランチだけで七十人と言う謎の客入りにてんてこ舞いをしたのだった。「ぜぇ、ぜぇ」「紫麻さん〜、大丈夫 ? 」「ニヤニヤするな。普段の人が来ないのだから仕方ないだろ」「途中キレましたね ? 突然ブラインドがしまってカウンターのお客さんびっくりしてましたよ」「……」「結果、ネットで拡散してるお客さんもチラホラいましたよ ? 」「今日の七十人は何きっかけだったんだ…… ? 」 ゴンゴン !「「 ? 」」 突然、入口のドアを叩かれる。 ノックだと思われるが、ここへ来るもので
女児誘拐連続殺人事件が解決後。 ありから二ヶ月になる。 ──八本軒。 時刻 10:30。 鏡見は鹿野にからまれていた。「これなんかどうだ ? 」「貴方が本当に山の神ならば、春画にこだわるのはなぜなんだ ? 浮世絵を触らず、春画に搾らなくても……」「性行為は繁殖の縁起物でもあるからな。昔から性器を模した像なんかも多いんだよ」「山は女神では無いのですか ? あくまで神の使いという事なのか ……ううむ。 しかし、これの場合は風刺画の延長では ? 春画を描いてない画家が少ない程だったと言うじゃないですか。ならば基礎から学ぶべきでは ? 」「まぁ〜確かん興味あんだよなぁ〜」 何故か角の席で男子と言うにはおこがましい、大きな男子がはしゃいでいる。「えぇいっ !! うるさい ! ここは食堂だぞ !? 何故卑猥な話をアル中としているんだ !? 」 新聞を読んでいた紫麻が、テレビのボリュームを上げる。「だいたいな ! 開店前だぞ !? なんでお前がここにいる ! 」「営業時間中じゃ、貴女のご飯を食べなきゃいけませんから。美味しいから癪です」「失礼にも程がある ! 美味いならいいじゃないか ! 」「営業後は夜間ですし。襲われたら怖いですから」「何を女みたいなことを ! こちらから願い下げだ ! 」「なぁ ! 鏡見君よ。この遊女なんかは淑やかさが違ぇだろ ? 」「鹿野 ! いい加減にしてくれ ! 」 紫麻は諦めたように煙草に火をつけると、鏡見をそばに来るよう促した。「おい。早く言い出さないと海希が出勤して来るぞ」「やっぱり。貴女は勘もいいんですね」 鏡見は紫麻の持っていた新聞に視線を落とした。そして紫麻もその記事を見つめる。「これの件か……」 鏡見は医者の下した休職期間を待たず復帰していた。精神状態的問題