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第4話

Author: 無限
ドアの開く音に気づいた陸が、顔を上げた。

自分のオフィスにやってきたのが汐里だとわかると、陸はすっと横に移動し、玲との距離を少し置いた。

「汐里?どうした?」そう言いながら、自然な口調で汐里に歩み寄る。

汐里は視線を玲に移した。

昨晩のバーの薄暗い明かりの下とは違って、今の玲には、まだあどけなさが感じられた。

「玲だよ」陸は汐里の視線を追うと、笑みを浮かべながら玲を紹介する。「覚えてる?

3年前、南表島で俺たちを助けてくれた子。最近こっちに出てきたんだけど、いい仕事が見つからないっていうから、とりあえず俺の会社で秘書でもやってもらおうと思って」

すると、玲が汐里に屈託のない笑顔を見せた。

「汐里さん、陸くんのことは、安心して私に任せてくださいね。ちゃんとサポートしますので」

汐里は無表情のまま頷くと、手に持っていたファイルを陸に差し出した。「この契約書にサインしてほしいの」

ファイルには、既に準備していた離婚協議書が入っている。

だが、陸はファイルを受け取ると、中身を確認することもなく、そのままサインをした。

「お前が確認してくれているんだろ?だったら、問題ないよ」そう言いながら、陸はファイルを閉じて汐里に返し、笑って付け加える。

「そうそう、汐里。今夜の食事会に、玲も連れて行こうと思ってるんだけど、彼女はそういう場に慣れていないから、少し気にかけてやってほしいんだ」

汐里はファイルを受け取り、淡々と答えた。「今夜は別の予定があるから、他の人を探してくれる?」

「他の人じゃ心配なんだよ」陸はすっと汐里に近寄り、声を少し和らげる。

「玲は命の恩人でもあるんだ。だから、ちょっと社会勉強させてやるって思ってさ、な?」

汐里の目を見つめている陸は、さも当然のことのようにそう言った。

汐里は数秒沈黙してから、小さく頷いた。「分かった」

その夜の食事会は、人目につきにくい、会員制の高級レストランで開かれた。

順調に始まり、酒も回ると、その場の雰囲気も盛り上がってくる。

ぐるっとその場を見渡した、プロジェクトの出資者である佐藤社長の視線が、玲に留まった。

「見慣れない顔だけど、こちらは?」

陸が笑みを浮かべて紹介した。「新しく入った秘書の島袋です。実は、私と汐里を助けてくれた命の恩人でもあるんです。

3年前、南表島の伝統集落では、彼女に救われました」

伝統集落と聞いた佐藤社長は、興味深そうに身を乗り出した。「その集落の女性は、みんな踊りや歌が上手いって聞くぞ。

島袋くん。せっかく場も盛り上がってることだし、ひとつ披露してもらえないかな?」

テーブルの横に座っていた他の幹部も調子を合わせる。「ああ、ぜひ見せてほしいな」

「僕らを楽しませておくれ!」

すると、玲が箸を置いた。その顔からは、一切の愛想笑いが消えている。

「佐藤社長。私は仕事をしに来ているのであって、芸を見せにきたわけではありません」

「まあ、そう硬いこと言わないでおくれよ」佐藤社長は上機嫌で立ち上がり、グラスを片手に玲へ近づいた。

「ここは一つ、俺の顔を立ててくれないか?少しだけだっていいんだ」

佐藤社長がそう言い終わるや否や……

バシャッ。

なみなみと注がれた赤ワインが、佐藤社長の顔面に勢いよく浴びせられた。

玲は空のグラスを握りしめて立ち上がり、毅然と顎を上げると、真っすぐな視線を佐藤社長に向ける。

「やらない、と言ったはずですが?」

佐藤社長の顔をワインが伝って滴り落ちている。その場にいた全員が、呆気にとられ凍りついていた。

「玲!」陸が猛烈な勢いで立ち上がり、彼女の手首を掴んだ。「何をやっているんだ!」

それからすぐに、怒りで肩を震わせている佐藤社長へと振り返る。「佐藤社長、大変申し訳ございませんでした!何せ、田舎から出てきたばかりで、まだ何も分かっていないんです」

陸は玲を強引に引き寄せ、声を低くして命じた。「玲、佐藤社長に謝れ」

だが、玲はじっと陸を見つめたかと思うと、そのまま背を向けて、部屋を出て行った。

「玲!」陸が玲を追いかけていく。

汐里はすぐに立ち上がり、佐藤社長の前に出た。「佐藤社長、先ほどの無礼、大変申し訳ございませんでした。神谷グループは……」

しかし、佐藤社長は手を挙げてそれを遮り、怒りで顔を真っ赤にしながら吐き捨てた。「もう何も言わなくていい。もう出資はしないから」

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