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第16話

Penulis: 一燈月
やがて、車は長谷川本家の敷地へと足を踏み入れた。

巨大な花の彫刻が施された鉄門が静かに開くと、冬とは思えぬほど青々とした庭園が広がり、生命力に満ち溢れていた。小川にかかる古い橋が、古風な趣を一層深めている。

車は庭園内の広い道を通って奥の母屋まで直接乗りつけ、車寄せの暖かい空間に滑り込んだ。

車が停まるやいなや、義父の長谷川雅臣(はせがわ まさおみ)が出迎えた。

彼はまず佳乃の手を取り、その温もりを確かめて安堵の表情を浮かべると、ようやく後から降りてきた小夜に視線を移した。その眼差しは、温度のない、厳しいものだった。

この家で小夜に心を許しているのは、義母だけだ。

圭介も、そして彼の父である雅臣も、彼女を快く思ってはいない。ただ、妻である佳乃の手前、雅臣の不快感はあからさまに表に出ることはなかった。

小夜は淡々と声をかけた。

「……お義父様」

雅臣は素っ気なく応じると、佳乃の手を引いてさっさと家の中へ入っていく。小夜は黙ってその後に続いた。

「圭介から、今夜は来られないと電話があった。待たなくていい」

雅臣がそう告げると、佳乃の顔色が変わった。彼女は夫の手を振りほどくと、小夜の元へ歩み寄り、その手を取った。その顔には、心配と怒りが浮かんでいた。

「小夜ちゃん、気を悪くしないでね。明日!明日あの子が帰ってきたら、お母さんがきつく叱ってあげるから。

夫の務めも果たさず、なんてことするの!子供だけ連れて家を顧みないなんて!」

「お義母様、大丈夫です。私がお二人とご一緒しますから」

小夜の心には、もう怒りも悲しみもなかった。圭介に見捨てられるのは、これが初めてではないのだから。

それに、彼女はもう圭介に何の期待もしていなかった。

怒る佳乃をなだめ、小夜は席に着いて義父母と共に食卓を囲んだ。

夕食は豪勢なものだったが、広い食卓を囲むのは、わずか三人。圭介と樹が不在なだけでなく、圭介の弟である佑介の姿もなかった。

もっとも、小夜はそれに慣れていた。

この家の次男、佑介との関係は実に奇妙なものだった。正月などの大きな祝日でもなければ、彼女はこの本家で彼に会ったことがない。

いつも本家で食事をする時、佑介は決まって席にいないのだ。

不思議なことに、両親である雅臣と佳乃も、この次男のことを気にかける様子はなく、彼のことを話題にするのもほとんど聞いたことがなかった。

圭介でさえ、この実の弟をひどく疎んじている。

小夜の印象では、この義弟は長谷川家から半ば排斥されているに等しく、本家における彼の立場は、嫁である自分よりも低いのではないかとさえ思えるほどだった。

古くから仕える使用人たちの世間話で耳にしたところによると、どうやら義母の佳乃が次男を産んだ時に体調を崩し、重い産後うつを患ったことが原因らしい。

そのせいで体も弱り、この子を目の前にするのさえ耐えられなかったため、佑介は幼い頃に家を出され、家政婦に育てられたという。

今、佳乃の体調は回復したが、なぜか佑介が本家に現れることは、やはり滅多になかった。

しかし、それも彼女が気にすることではなかった。

……

夕食を終え、その夜、小夜は本家に泊まることになった。

ポートフォリオのことが気にかかり、断ろうとしたが、佳乃が彼女を二階の巨大なウォークインクローゼットへと連れて行った。

部屋の中央には、宝石がきらめく紫の華やかなドレスが飾られていた。

上半身は黒のビスチェタイプのタイトなインナードレスで、腰から下はパールのような光沢を放つ紫のシルクが水の波紋のように広がり、ふんわりとしたシルエットを描いている。

その上には細かな宝石が散りばめられ、照明の下でキラキラと輝き、精巧で華やかなつくりだった。

小夜はまずその美しさに息をのみ、次いで不思議に思って尋ねた。

「これは……?」

佳乃は嬉しそうに目を細めた。

「ブランドのオートクチュールのデザイナーに、あなたのために特別に作ってもらったの。気に入った?」

小夜は胸が熱くなり、同時に少し不思議に思った。

「近々……何か宴会でもおありになるのですか?」

どうして自分は知らないのだろう?圭介からも聞いていない。

「天野さんのところの長男さんがお戻りになったでしょう。私、あそこの奥様とは長年の親友でね。あちらからうちと、圭介のところにも招待状が届いているの。

私は体がこれだから、賑やかな場所は遠慮するけど、あなたは圭介と一緒に行かなきゃだめでしょう。

だから、あなたが前に着ていたドレスのサイズを参考にして、こっそりこのドレスをオーダーして、あなたを驚かせようと思ったのよ」

そこまで言うと、佳乃は付け加えた。

「もちろん、圭介があなたのために用意してくれたものがあるなら、そちらを着てくれて構わないのよ」

そうは言ったものの、小夜が断ることを予期したのか、佳乃の顔には落胆の色がありありと浮かんでいた。

小夜は少し可笑しくなって、佳乃を慰めた。

「もし行くなら、もちろんお義母様が用意してくださったものを着ます。ありがとうございます、お義母様。とても気に入りました」

佳乃は途端にぱっと顔を輝かせた。

小夜はそれを見て、心の中でため息をついた。

圭介が彼女を連れて宴会に参加することなど滅多になく、ましてや彼女のために自らドレスを用意することなどあり得ない。

これまでの宴会も、もし義母の佳乃がドレスを用意してくれなければ、小夜自身が時間を見つけて好きなブランド店で特別にオーダーしていた。

ただ……

小夜は尋ねた。

「お義母様、その招待状はいつ届いたのですか?」

佳乃は少し考えて、答えた。

「一ヶ月ほど前かしら」

やはり。圭介はずいぶん前に招待を受けていながら、自分には一言もなかった。初めから、彼女を連れて行く気などなかったのだ。

こんなに長い間、今日、宗介がわざわざ彼女個人に招待状を送ってこなければ、彼女は天野家の宴があることすら知らなかっただろう。

その日になれば、彼はきっと、長年愛し続けた幼馴染の相沢若葉を連れて行くに違いない。

小夜は今、少し頭が痛かった。

宗介にああ言われてしまっては、この宴会には行かなければならない。ただ、宴会で圭介と若葉が一緒にいるところに鉢合わせすること、そしてあの狂人、陽介のことを考えると、吐き気がした。

問題は、宗介から「徒花」として名指しで招待されてしまった以上、行かないわけにはいかないという点だった。

そう考えていると、耳元で突然、佳乃の少し残念そうな声が聞こえた。

「でも、本当は『徒花』というデザイナーに、あなたのためのドレスをオーダーしたかったの。

友人から彼女の作品を見せてもらったんだけど、刺繍がとても素晴らしくて、デザインも私の好みにぴったりだったのよ。残念ながら、年末はもう依頼を受け付けていないと言われてしまって」

佳乃の口から聞き慣れた名前が出て、小夜はまず体をこわばらせ、それから少し呆然とした。

いつの間に?

そういえば、「徒花」という名が界隈で知られるようになってから、時間が限られていることもあり、彼女は特定の層に絞ってプライベートオーダーを手掛け、新規の顧客は常連客と友人の紹介しか受け付けていなかった。

ここ数ヶ月は、宗介の大きな依頼で手一杯だったため、新規の依頼は止めていた。

まさか、自分の義母までが依頼してきていたとは、夢にも思わなかった。

以前は圭介が彼女が表に出るのを嫌っていたため、長谷川家にプライベートオーダーの仕事をしていることが知られるのを心配していたが、これからはもうその心配もない。

離婚すれば、もう長谷川家の顔色を窺う必要はないのだから。

小夜は心を落ち着かせ、笑って尋ねた。

「お義母様は、徒花の作品がお好きなんですか?」

「ええ、あれほど見事な刺繍は珍しいわ。京繍の技術なんですって。デザインも独特で、和風の古典的な美しさがあるの」

佳乃は学者の家系に生まれ、自身も画家だ。

彼女に褒められるのは、小夜もやはり嬉しかった。彼女は言った。

「では、今度私が連絡を取って差し上げます。お返しとして」

佳乃はとても喜んだ。

「その気持ちだけで十分よ」

小夜は微笑んで、何も言わなかった。

離婚すると決めた以上、これ以上長谷川家の世話になるわけにはいかない。

今回、佳乃がドレスを贈ってくれたのだから、佳乃が自分の作品を気に入ってくれているのなら、時間を見つけてドレスを仕立て、お返しとして贈ろう。
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