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第18話

Author: 一燈月
雅臣と圭介が書斎で何を話したのか、小夜には知る由もなかった。

彼らの話が終わり、佳乃の体調が落ち着くのを待ってから、一家五人はようやく食卓を囲んだ。

圭介の弟、佑介は、やはり帰ってこなかった。

長いテーブルの上座には、雅臣と佳乃が並んで腰掛けている。

圭介と樹が雅臣の側に座ったのに対し、小夜はいつものように圭介の隣ではなく、義母である佳乃の隣に腰を下ろした。

食卓にいた全員の視線が、一斉に小夜へと注がれる。

佳乃が何か言う前に、小夜は先んじて佳乃の好物を箸で取り、その小鉢へ入れながら微笑んだ。

「最近はなかなかお会いできませんでしたから、お義母様ともっとお話ししたいと思いまして」

圭介の隣に座りたくない、というのが本音だった。

しかし、佳乃はそれを聞いて喜び、小夜に圭介の隣へ移るよう促すことはなかった。

圭介はわずかに眉をひそめたが、何も言わなかった。

食事は、一見すると和やかで穏やかに進んだ。

明日、本家から天野家の宴へ向かうことは事前に決まっていたため、その夜、小夜たち一家三人は本家に泊まることになった。

……

本家では、小夜と圭介は同じ寝室を使い、樹は隣の部屋で寝る。

「ママ、お風呂入りたい」

自分の部屋で若葉とオンラインゲームをしていた樹は、待ちくたびれて退屈になり、小夜を呼びに来た。

実のところ、樹はもう、小夜が若葉を好いていないと言ったことをそれほど根に持ってはいなかった。

ママが嫌なら、ママの前でその話をしなければいい。これからはこっそり若葉さんと遊べばいいのだ。

それに、このところ母親からの連絡はなく、自分への態度も以前ほど熱心ではないように感じて、心の中では拗ねつつも、少し寂しくも思っていた。

本当は、夜になったらいつものようにママが部屋に来て、お風呂に入れてくれて、物語を読んでくれるのを待つつもりだった。

その時は、今度こそちゃんと言うことを聞いて、そうすれば仲直りできる、と。

だが、ゲームを終えてしばらく経っても、母親は一向に来る気配がなかった。

仕方なく、樹は自分から小夜の部屋へやって来たのだった。

気まずそうな顔で戸口に立つ樹の姿に、小夜は心の中でそっとため息をつき、読んでいたデザイン関連の本を置いて歩み寄った。

この結婚がどういう結末を迎えようと、母親として、樹に対する責任は果たさなければならない。

樹は途端に機嫌を直し、これでもう仲直りだ、と勝手に思い込んだ。

小夜は黙って適温の湯を張り、優しい手つきで息子の体を洗い、歯磨き粉を絞ってやる。その間、樹が甲高い声でまくし立てる最近の面白い出来事に、ただ耳を傾けていた。

樹も賢くなったのか、今回は若葉に関する話題を一切口にしなかった。

風呂から上がり、肌触りの良いパジャマに着替えさせると、今度は樹の強いリクエストに応え、ベッドのヘッドボードに寄りかかって物語を読み聞かせ始めた。

二言三言読んだところで、ベッドサイドテーブルのタブレットが通知音を鳴らした。

小夜は無意識に音のした方へ目をやった。タブレットの画面に、「若葉さん」からの通知がポップアップしているのが見える。彼女は視線を外し、何も見なかったことにした。

しかし樹は、突然起き上がるとタブレットをひっつかんで画面を下に向け、眉をひそめて小夜を追い払おうとし始めた。

「ママ、今日はもういいや。お話はまた明日にして」

小夜は何も答えなかった。ただじっと樹を見つめる。樹が少しばつが悪そうに視線をそらし、何か喚いて催促しようとした時、彼女は手にしていた物語の本を置いた。

「早く寝なさい。あまり……」

夜更かししてゲームをしないように、と注意しかけたが、かつて樹が最も嫌がったのがその小言だったことを思い出し、言葉を飲み込んで部屋を出た。

もういい。どうせ言っても聞きはしない。

言うだけ無駄なのだ。

母親が去っていく後ろ姿を、樹はどこか不満な気持ちで見つめていた。

だがすぐに思い直す。今日はちゃんとお風呂に入ったし、ママに面白い話もたくさんしてあげた。お話もちゃんと聞いてあげた。こんなにいい子にしたんだ。

それに、ママの態度は相変わらず優しかった。それなら、もう仲直りしたってことだ。

今度はもっとママに付き合ってあげよう。

樹はそう思うと、タブレットを抱えて嬉々として若葉とのチャットに戻っていった。

……

小夜が寝室に戻ると、中は空だった。

圭介はまだ部屋に帰ってきていない。

彼女が今日、本家に来ることを承諾したのは、明日圭介と共に天野家の宴に行くためではない。もっと重要な、話すべきことがあったからだ。

小夜は持ってきた鞄から、署名を済ませた離婚協議書を取り出した。

以前、長谷川邸に置いてきたものは取りに行かず、新たに印刷し直して署名したものだ。

圭介が寝室にいないのなら、書斎だろう。そう考えた彼女は、義父母に鉢合わせるのを避けるため、協議書をデザイン書の中に挟んで書斎へと向かった。

ドアをノックすると、案の定、中から圭介の声がした。

「何しに来た? 出ていけ!」

入ってきたのが小夜だと分かると、圭介は反射的に眉をひそめた。

彼は小夜が自分の仕事場に足を踏み入れるのを昔から嫌っていたが、もはや小夜が、圭介の決めた結婚後のルールに従う理由はなかった。

彼女はまず部屋の中を見渡し、圭介一人しかいないことを確認すると、安心して彼の方へ歩み寄った。

そして、デザイン書の中から離婚協議書を取り出してテーブルの上に置き、静かに口を開いた。

「長谷川さん、離婚しましょう」

書斎が一瞬、静まり返った。

だが、小夜を驚かせたのは、圭介の顔に意外の色が全く浮かんでいないことだった。まるで、とっくに予期していたかのようだった。

彼女はある可能性に思い至り、わずかに目を見開いた。

「長谷川邸の寝室に置いた離婚協議書、あなた、見たのね!」

見たというのなら、なぜこの数日間、何も言ってこなかったのか。

「見たからどうした?」

圭介はテーブルの上の離婚協議書を手に取ると、冷たい、嘲るような表情を浮かべた。

「随分と大きく出たものだな。慰謝料としてグループの株を三パーセントだと? 長谷川夫人、気でも狂ったか?」

慰謝料の額に不満だったから、今まで黙っていたのか。

だが、これは彼女が合法的に得るべき権利だ。

それにしても、この夫は、自分に対して愛がないどころか憎しみしかないらしい。離婚の話でさえ、まるでビジネスの交渉だ。口を開けば金、金、金。

小夜の心は、長年の間に刺し貫かれ、とっくに麻痺して何も感じなくなっていた。今さら慌てることもない。

彼女は傍にあった木の椅子を引き寄せ、圭介の不満げな視線をものともせず、彼の書斎机の向かいに腰を下ろした。

「三パーセントでも、譲歩したつもりよ」

「あり得ない」

圭介は、無情にきっぱりと否定した。

彼は小夜の白く整った顔を睨みつけ、その妖艶な切れ長の目に、獰猛な光が宿った。

「高宮小夜、俺たちは婚前契約書を交わしている。離婚したいなら、一円たりとも渡すと思うな。それに子供だ。面会日を一日でも多く寄越せなどと、馬鹿な考えは起こすな」

七年間の結婚生活の結末が、この冷酷で無慈悲な言葉だった。

小夜は乾いた笑みを漏らした。親権についてはとうに諦めていたが、こうもはっきり言われると、やはり心の底から冷える思いがした。

彼女は目を閉じ、気持ちを落ち着けてから、ゆっくりと口を開いた。

「長谷川さん、離婚さえすれば、あなたは愛する人に正々堂々、法的な地位を与えてあげられる。

私が欲しいのは株の三パーセントだけ。あなたにとって何の痛手にもならないでしょう。むしろ、良い話のはずよ」

小夜は、圭介の黒く深い瞳をまっすぐに見つめた。

「私がかあなたの人生ら消えること。それがあなたの望みだったのでしょう。今、その望みを叶えてあげるわ」

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