扉を閉められるのと同時に、「ガチャリ」と鍵をかけられる音が聞こえた。
「ち、ちょっと、開けてよ!」
扉を何度か叩いても出てくる気配はなく、周りの家の人達が「何事だ!」と私のことをジロジロと見てくる。
さすがにこのままでは埒が明かないと思った私は一旦この場を離れることにした。
「参ったな…」
髪も切られてすごく短くなってしまったし、カバンの中を見ても入っていたものはたった一つ。
「なんだこれ…さっき届いた手紙だけじゃないか。せめて金くらい入れとけよ…」
この家だって私が借りている家だ。お金もほぼ私が出している。
じゃあ、アドルフは何してるかってなるけど。この半年…仕事をしている様子はほとんど無かった。偶に夜居ないことがあったけど… 実家に帰ると言っていたから仕事をしていた訳じゃないだろう…。1回実家に帰ることも考えたけど、結婚してまだ半年…笑顔で送り出してくれた家族を巻き込む気にはなれなかった。
「まっ、なるようにしかならないか。」取り敢えず髪を軽く整えてから戦場へ向かう。 無一文で行けるところは戦場敷かなかったからだ…。前線までは乗合馬車や歩いて進んでいく。
おそらく馬車に乗っている人たちも同じように戦場に向かう途中なのだろう。「今回は長引く可能性が高いらしい。」
とか、
「噂だが今回参加されている騎士団長がすごい怖い人だ」
とか、
「帰って来れない可能性も高い」
など様々だ。
そんな所へ嫁を送りこむとは本当に何考えてんだ。「おい、おまえ。」
少しアドルフのことを考えてイライラしていると、強面でスキンヘッドの兄さんに声かけられた。「お、俺ですか!?」
「そうだ。お前以外居ないだろ…」
一応アドルフとして参加しないといけないため、私は咄嗟にアドルフ話し方を真似る。
「な、なんでしょうか?」
「なんで女が乗っている。」
「わ、わわお、俺は女じゃない。男だ!」
間違えて私と言いそうになったのを直す。そもそもアドルフらしさを出す必要が無いか。 私呼びなんで男でもするのだ。いつと通りにしておけば、楽だったかもしれない。「まぁ、いい。俺はヘッディーだ。よろしく。」
「俺はアドルフ。よろしくな。」 ヘッディーが手を出してきたのでその手を取って握手をした。 馬車に乗って進んでいくと、段々辺りの空気が重くなってくる。「ヘッディー…」
「あぁ。そろそろ着きそうだな。」
道中色々話している間にヘッディーとはかなり仲良くなっていた。
見た目は似ても似つかないが性格がどことなく兄さんに似ていて話しやすかったのもあるのかもしれない。
取り敢えず私は気を引き締め直そうと深く深呼吸をした。
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ヘッディー視点。馬車に乗っていると線の細い奴が一人乗ってきた。
髪は短いが、話し方を見ても男にしか見えないが、なにか違和感がある。
自分から好き好んで来たと言うよりは、徴集されたのだろう。徴集命令が下りると断ることができない。その代わり任期満了までの間は実家にお金を送ってくれるそうだ。
勿論途中で命を落とした場合も、満了まではお金が貰える。
そして、その間俺たちのご飯などはどうなるのか…もちろん無料で提供される。 夜にはお酒まで出るのだから、腕っぷしに自信のある奴らは徴集関係なくても集まるのだ。おそらくこの馬車に乗っている中の半分位は以前も来たことがある奴らだろう。
俺は隣に腰かけた少年に声をかける。
「おい、お前。」
「な、なんでしょうか?」 やたら声が高いな。本当は女なんじゃないだろうか。これから行く場所は、かなり危険な場所だ。だから出来れば帰った方がいいんじゃないかとおもうと自然と声を発していた? 「なんで、女が乗っている。」違う。確かに聞きたかったことだが、あまりにも直球すぎる言葉が出てきて、思わず自分の言葉に突っ込んでしまった。
「わ、わわお、俺は女じゃない。男だ!」
すごい吃るな。やはり、女なのでは無いか。隠さないといけない何かがもしかしたらあるのかもしれないと思うと、俺はそれ以上何も聞くことが出来なかった。
お互いの自己紹介を終え、前線まで向かっている間に色々話すとどうやら俺に似ている兄貴がいるそうだ。「まっ、見た目はヘッディーみたいに厳つい感じじゃないんだけどね。ただ見た目に反してやたら強いんだよ。兄さん。」
兄貴の話をしているところを見るとなんだか少女にしか見えない。「へぇ。もしかしたらどこかで会ってるかもなぁ。」
そう言えば1人だけ…新兵ですごい強い奴がいたが…。
その後すぐ顔を見なくなったから、任期満了で帰ったんだろうなと思っていた。
まさかこの時話した男がこいつの兄だと知ったのは結構時間が経った後だった。騎士団に入ってから3年が経った。この3年は他の領地にある騎士団が魔物討伐に向かっているため、比較的平和な時間を過ごしていたように思う。騎士団に入ってから知ったことだが、この国では魔物討伐を率いる騎士団は領地ごとで順番になっていたようだ。たまたま私が行った時の魔物討伐部隊を率いていたのが自領のダグワール騎士団だったらしい。「団長、エルヴィール・アルデンテです。失礼いたします。」朝一で団長から呼び出された私は、急いで団長室へ向かう。「あぁ。待っていた。そこに座ってくれ。」団長に促されてソファに腰を掛けると、団長も前のソファに座った。「それで…話とは、何でしょうか?」最近、これといって呼び出されるようなことはしていないと思うのだが…確かに以前は訓練で女だとバカにしてきたやつを片っ端から倒していたが、それもかなり前の話で今は落ち着いている。今でも喧嘩を吹っかけてくるのは新兵くらいだ。「魔物討伐遠征に行くことになりそうなんだ。」「なんだ…そんなことか…また、何かしたのかと思っていたので安心しました。それで次の遠征期間はどのくらいでしょうか。」また5年とかかるのだろうか…それなら父さんたちに伝えてから行かないとまた大変なことになりそうだ。「…次は1年の予定だ。以前のように魔物が活性化しているわけではないし、調査してもし活性化しそうであれば早めに対処しておこうということになった。」1年なら、全然問題なさそうだ。活性化していないということであればそこまで強い魔物もいないだろう。「その、お前は寂しくないのか?ほら、俺に死んでほしくないと…以前言っていたじゃないか。」「なんで寂しくなるんです?それに今回の魔物討伐で死んでしまう予定があるのでしょうか…?」この人は何を言っているんだろうか。私も行くわけだし、寂しいも何もないと思うのだけど…確かに魔物討伐に行くのだ。急に
騎士団に入団してから1年が経った。入団してからすぐのころは確かに女だからとバカにされることが多かったが、いつからかバカにされることはなくなっていた。恐らく、アルデンテと家名を伝えれば初めからバカにされることはなかったのだろうと今になっては思う。「バルコ副団長。私のわがままで申し訳ございませんが、家名は伏せておきたいと思っています。」「どうして?エルの家名を伝えればほとんどの人が黙るはずだよ。」「だからですよ…やっぱりこれから長い付き合いになるわけですし、自分自身のことを見てほしいと思いまして…」アルデンテ一家の名前が偉大なのはここ数か月で何となくわかった気がするが、「アルデンテ家だから」と思われるのは少し嫌だったし、やっぱりエルヴィールとして見られたい。そう思ってこの一年はがむしゃらに頑張っていたら、いつの間にか、部隊長にまでなっていたのである…。そして、もう一つ…この一年は団長と約束していた通り、休みの日は一緒に食事をしたり、出かけたりした。この1年間で気づいた事といえば、団長は思っていた以上に抜けていることが多いということだった。仕事の時は皺やシミのない制服をきちんと着飾っているような人が、休みの日になると少しヨレっとした服を着ているという感じだろうか。きっと女性たちはこういったギャップに弱いのだろう。あとは食べ歩きをしているとトマトなどのシミがついてしまうことが多い…そんな姿もかわいいと感じる部分なのかもしれないが…普段のしっかりとした団長を知っている手前、なんだか少し恥ずかしい気持ちになってしまうことが強かった。今日もそんな団長と休みがかぶっているため、一緒に食事に行
「え?結婚ですか?」就職先がやっと決まり、明日から念願の騎士団で働けると喜んでいたのも束の間、団長が他にも話があると言うので待っていると、まさかの話だった…。「結婚ってあの結婚ですよね?」単刀直入過ぎて頭がショートする。離婚して半年は経ったが、まさか自分が告白されるなんて思っていなかった。いや、告白なのか?好きと言われた訳でもないが…「そうだ。その結婚だ…」もしかして早く結婚でもしろと言われているのだろうか。でも団長ならモテそうだし、女性が放っておかなさそうだが…「なぜ私なのでしょうか。団長でしたら引く手数多でしょう。」私はそのまま疑問に思ったことを直接聞く。バツイチだし、とうが立っているしどこもいい所がないと思うが…「お、お前のことが昔から好きなんだ。」好き!?私を?!昔って喧嘩しかしてなかったけど…。「はぁ。昔って喧嘩しかしていなかったと思いますが…そんな話とかしましたっけ?」「確かに、昔は喧嘩ばかりだったが、喧嘩の理由だってお前のことが多かったんだ。それにお前が楽しそうに喧嘩したり、魔物討伐している姿をみると胸が高鳴るというか…」え…?それはさすがに…「私に殴られたいってことですか?もしかしてそういう趣味をお持ちなんですか?」「ちがう!そうじゃない!ただお前の戦い方は清々しいほど真っ直ぐでかっこいいんだ。お前が戦っている姿を見てさらに惚れた。だから結婚してほしい。」何となく団長が言いたいことは、わかった。兎に角好きだから結婚したいということなのだろう。「私は、1度結婚に失敗しています。なのでもし次結婚するなら失敗はしたくないと思っています。」「あぁ…」結婚してみて思ったが、我慢する生活は良くないとつくづく思った。言いたいこと言ってお互いのことを尊重し合えるようなそんな関係がいい
応接室の中で待っているとガチャりと扉が開く音が聞こえる。私はその音が聞こえた瞬間立ち上がった。「待たせたな。」「とんでもないことでございます。こちらこそ、お忙しい中、急遽面接を行って頂きありがとうございます。」一言挨拶をしてから頭を下げる。「いい。頭をあげてくれ。それでは面接を始めようか。」「は…い…?あれ?だ、だ、だんちょう?」頭をあげると目の前には昨日も一緒にお酒を飲んでいたはずの団長が座っていた。「魔物討伐部隊では挨拶をしたが、ここでは初めてだったな。改めてオディロン・ダックワーズだ。ダックワーズ辺境伯領にあるダックワーズ騎士団長をしている。」団長が目の前にいることにびっくりしたが、自分も改めて挨拶しなくてはならないと思い、気を持ち直して挨拶をする。「改めまして。ダックワーズ団長。この度は面接の機会を頂きありがとうございます。私、エルヴィール・アルデンテと申します。先日、名誉なことに騎士爵を賜りました。特技は戦闘全般です。よ、よろしくお願いいたします。」「こちらこそよろしく頼む。仕事内容を話したいので座ってくれ。」いつも団長は鎧を着ていることが多かったからか、スーツを着ているのが少し新鮮だ。「失礼します。」私は団長に言われた通り、ソファに座ると団長も私の前に腰を下ろした。⟡.·*.··································&m
「いたたたたた…」昨日途中までは皆で騒いでいたのを覚えているけどいつの間にか寝てしまっていたようだ。椅子で寝てしまったせいか腰と頭がすごく痛い。頭は二日酔いのせいだろう…。周りにもそのまま寝てしまったのかイカつい男たちが店の中で雑魚寝している。少し伸びをしてから立ち上がり首や肩を軽く回すと、隣で眠っていたルエルが目を覚ました。「すまん、起こしたか?」「そんなことないですよ。おはようございます。隊長。」ルエルも横で伸びをする。そろそろ仕込みが始まる時間なのか、父さんたちも起きてきたようだ。「おい、お前らそろそろ起きろ。」「あぁぃぃ。おはようございます。」少し大きい声でみなに聞こえるように声をかけるとのそのそと起き上がる。団長と副団長が居ないところを見ると昨夜のうちに帰ったようだ。「そろそろ開店準備をする時間だから帰れ。」少し眠いのか目が空いていない人や二日酔いで頭を押えているものがいる。「ルエルは大丈夫なのか?」「僕は大丈夫ですよー!隊長こそ、昨日話したこと覚えてますか?」ルエルは昔からやたらと酒が強かった。皆が酔っ払っていてもそれを見ながら笑っているくらいでケロリとしている。「あぁ、準備が出来たら地図のところに向かうよ。」「よろしくお願いしますね!門番に僕の紹介できたことを伝えてもらえれば入れますんで!それじゃあ、そろそろお暇します。」「わかった。こちらこそよろしく頼む。また後でな。」面接の時に会えるか分か
「アドルフの話はこのくらいにしておいて、そろそろ隊長の話を聞きたいです。隊長は仕事決まったんですか?」「わ、わ、私か!?仕事はな…見つかりそうではあるのだが…」4人がこちらを同時にみて「やっぱりまだ見つかっていないのか…」というような顔をしてくる。失礼な奴らだ。今まで全く求職活動をしてこなかったわけではないんだ。ただ、自分に見合う仕事がなかった…というだけのこと。「そうなんですねー。見つかりそうだったならよかったです。もし見つかっていないのであれば、以前お話していたお仕事を紹介しようかなと思っていたんですけど…」ルエルはこちらをチラチラ見ながら話してくる。この顔は本当は紹介してほしいんでしょ?という目だ。「ゴホン。ル、ルエルもしよければ参考までに、その仕事の内容だけでも教えてくれないか?」「えぇ。参考ですか?そんなの面倒くさいですよ!守秘義務というのもありますし、ここではお伝えは難しいですね。それに隊長は仕事見つかりそうなんですよね?でしたら必要ないじゃないですか。」「た、たしかにそうなんだが…な…その…すまない…仕事はまだ決まっていないんだ…」正直言ってルエルが仕事を紹介してくれるというのは渡りに船だった。半年間色々面接は受けたもののうまくいかず、最近では本当に仕事ができるのかさえ不安になってくる始末だ。「最悪、自分で傭兵団を作るのかもありかなと思っていたところだ。」傭兵団に入ることも何度か考えたが、女性が入れる傭兵団は限られておりあまりいい噂を聞かな