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第1105話

Author: 夜月 アヤメ
曜は車を飛ばして海沿いの道を走っていた。

けれど、心はどこか上の空だった。

やがて海にかかる大きな橋に差しかかると、彼はふいに車を止めた。

ドアを開けて外に出ると、ゆっくりと橋の端まで歩き、大きく深呼吸する。目の前には果てしなく広がる青い海。

彼は目をぎゅっと閉じた。

―全部、自業自得だってわかってる。

それでも、どうしようもなく胸が痛む。

......もしやり直せるなら、どんなに良かったか。

「おじさん、何してるんですか!」

突然、背後から声が飛んできた。

振り返ると、まだ若い男の子が不安げな顔で立っていた。

曜が眉をひそめる間もなく、その少年が慌てて駆け寄ってくる。

「おじさん、お願いですから変なこと考えないでください!もし何かあるなら話してください!ここ、危ないんですよ、お願いだからそこから離れてくれませんか?」

その必死な様子に、曜もようやく察した。

―この子、自分が飛び降りようとしていると勘違いしてるな。

「違うよ。そんなつもりじゃない。ただ少し、落ち着きたかっただけなんだ」

「ほんとに?」

少年は歩道に上がり、曜の隣に立った。

「びっくりしましたよ......まさか飛び降りるんじゃないかって。ここの橋って、そういう人多いらしいんです。いつも思うんですよ、なんでそこまで追い詰められるんだろうって。人生、まだまだこれからじゃないですか」

曜は少年をじっと見つめた。

「君、いくつだ?」

「十九です」

「十九か......」

曜は小さく笑った。

「いいね、若いって。未来はこれからだし、前向きにいられるならそれに越したことはない。でもね、ここから飛び降りてしまう人たちには、それぞれどうしようもない事情があるんだ。非難なんてできないさ。だって......誰だって苦しいんだ。限界を超えた人は、そこで終わらせるしかなかったんだ」

「おじさん」

少年が不思議そうに曜を見つめる。

「何があったんですか?車もすごくいいやつだったし、服装も立派だし......どうしてそんなに落ち込んでるのか、気になっちゃって。よかったら話してくれませんか?」

......見ず知らずの若い子が、こんなふうに心配してくれてるのに。

なのに、自分の息子ときたら―母親との離婚を強く勧めてきた。

曜の目元がじんわり熱くなる。

涙が出そうだった
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