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第1344話

Auteur: 夜月 アヤメ
夜になり、若子と修は家で食事をせず、外に出かけた。

暁は連れていかず、修にとっては久々のふたりきり。まさに「デート」だった。

若子としては、修の気持ちを断れなかっただけ。

ふたりの関係があんなふうにこじれていたのに、今はようやく少しわだかまりが解けてきている。

せっかくここまで来たのに、また気まずくなるのは嫌だった。

何より、ふたりは暁の親―子どもだってきっと、両親が仲良くしている姿を望んでいるはず。

たとえ離婚しても、ギスギスしない方が絶対に子どものためになる。

修はレストランを丸ごと貸し切りにして、ふたりでロマンチックなディナーを楽しんだ。

それから映画館へ行き、ラブストーリーを観ることに。

映画は感動的で、エンディングのあとには周りの女の子たちが泣きじゃくっていた。

けれど、若子の目から涙は出なかった。

―きっと、もう昔みたいに、恋愛で泣くことがなくなったんだろう。

あんなにたくさん涙を流した過去があるから、今はどんな物語を観ても、どこか心が麻痺してしまう。

修は隣で若子の表情を気にしていたが、彼女が特に何も言わないので、そのまま映画館を出た。

「若子、あの映画どうだった?なんだかあんまり反応なかったような......気に入らなかった?」

「そんなことないよ。ちゃんといい映画だったし、感動した。ただ私、涙腺がちょっと強いだけ」

若子は映画やドラマで泣くことがほとんどなかった。

「修、そろそろ帰ろうか?」

ふと、暁のことが気になった。もう寝ているだろうか、少し心配になったのだ。

修は歩みを止めて言った。

「若子、もうちょっとだけ一緒にいない?今日はせっかくふたりきりで出かけられたんだ。急いで帰らなくてもいいじゃない」

久しぶりに和やかに食事して、映画を観て、こうやって一緒に歩ける―そんな当たり前の時間が、修にはものすごく貴重に感じられた。

ほんの一時間でも、このひとときを長く味わいたかった。

若子はうなずいた。

「うん、いいよ」

もう外に出てきたのだから、少しぐらい付き合っても問題ないと思った。

映画館を出ると、外はネオンがきらきらと輝き、夜の街はにぎやかだった。

「こんな遅い時間でも、まだ帰らない人がたくさんいるんだね」

思わず若子がつぶやく。

修は人混みを眺めながら答えた。

「みんな、それぞれ事情が
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