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第883話

Author: 夜月 アヤメ
「お前、自分の本性を若子の前でどこまで隠し通せると思ってる?」

修の低い声が静かに響く。

「時間が経てば、いずれ彼女の前で素顔をさらすことになる。その時になったら―」

「素顔をさらす?」

西也は修の言葉を遮るように口を挟んだ。

「藤沢さんは本当に甘いね」

彼は薄く笑いながら続ける。

「俺と若子は夫婦だよ?もし俺が『ろくな奴』じゃなかったとして、それがどうした?彼女にとって大切なのは、俺が彼女に優しくすることだけだ」

西也の瞳に、強い自信が宿る。

「俺は世界中を裏切ったとしても、彼女だけは裏切らない」

その言葉が突き刺さる。

「お前とは違うんだぞ」

修の表情が強張る。

「お前は世界を裏切らなかった。でも―彼女を裏切った。

そんなお前に、誰かを警告する資格があるのか?」

修は何も言えなかった。

それこそが、彼の唯一の「敗北」だから。

もしかしたら、若子にとっては、西也がどんな人間であろうと関係ないのかもしれない。

あるいは―最初から彼の本質を知っていて、それでも気にしていないのかもしれない。

修が沈黙したのを見て、西也は自分が優位に立ったことを確信した。

一歩前に出て、ゆっくりと言う。

「だから、お前があの件の真実を若子に伝えたところで無駄なんだ。

彼女はお前の言葉を信じない。たとえ信じたとしても、俺には彼女に許してもらう方法がある。

俺たちには子供がいる。彼女が、子供の父親を簡単に切り捨てられるとでも?」

「......真実?」

修の眉が微かに動く。

西也の目に、一瞬だけ疑念の光がよぎる。

「......お前、俺が何のことを言ってるかわかってるよな?」

「まさか、あのことか?」

修は静かに目を細めた。

「レストランで、お前が『俺に突き飛ばされた』と嘘をついたこと......そのことか?」

修は冷静な口調で言った。

「確かに、あの時、若子はお前を許したな。正直、驚いたよ。お前がそれほど彼女にとって大事な存在だったとはな」

西也の疑念はますます深まった。

―こいつは本当に何も覚えていないのか?

あの「事件」の日、若子は修を選ばなかった。

いや、それどころか―修を死なせようとした。

あの時、修は深く傷を負い、電話で助けを呼ぼうとした。

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Comments (1)
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シマエナガlove
西也が性格悪いわ悪質すぎて死ねって思う 修も悪いけど 西也ほんと悪質 若子もそんなに修愛してるなら 全部ぶちまけろよ 黙ってても修に腹の内読めって言ってるようなもんだろ まあ~再婚したのは若子のバカ判断だし 今さらだけどね
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