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第10話

Auteur: かおる
雅臣は苛立ち、冷たく言った。「もういい」

勇が何かを言おうとしたが、清子が彼を止めた。

「もういいのよ、勇。今日は航平の誕生日でしょう?中に入ろう」

雅臣の機嫌が悪いことを察した勇は、それ以上何も言わずに黙ってしまった。

……

個室の中で、彩香はもともと何人か男性ホストを呼びたがっていたが、星がどうしても嫌がるので、諦めてしまった。

「ここのホストはイケメン揃いで、体もムキムキなのよ!腹筋も割れてて……触ってみたら分かるわよ、もう最高だから!」

星は言った。「私はもう雅臣と離婚するつもりでいるの。今はなるべく慎重に行動して、相手に言いがかりつけられないようにしたいの、余計なトラブルは避けたいから」

彩香は考え込むように頷いた。「確かに、後で何を言われるか分からないものね」

じっとしていられない彩香は、ホストを呼べないので、カラオケを始めた。

どれくらい時間が経っただろうか、星のスマホが振動した。

星は電話の相手を確認し、奏からだと分かった。

彼女は彩香に合図をし、電話に出るために部屋を出た。

奏は、音楽スタジオ設立の件で電話をかけてきたのだった。

彼の所属事務所との契約期間が終了したことや、そして星が復帰を考えていることから、奏は自分たちの音楽スタジオを作ろうと考えていた。

星は、それを聞いてすぐに承諾した。

電話を切ると、星はトイレに行った。

トイレから出ると、洗面台で化粧を直している清子と鉢合わせた。

星は彼女を一瞥し、そっけなく視線を逸らした。

水道の蛇口をひねり、手を洗って出て行こうとした時、清子が彼女を呼び止めた。

「星野さん」

星は振り返り、「何か用?」と尋ねた。

清子は微笑み、バッグから何かを取り出した。

「星野さん、これ、何だか分かる?」

清子の手には、古びたお守りが握られていた。

星は眉をひそめ、息を呑んだ。

清子は微笑みながら言った。「翔太くんから聞いたが、このお守り、翔太くんが病気の時、星野さんがお寺で一晩中、祈願して、もらったものなんだね」

星は表情を変えずに言った。「それで、何が言いたいの?」

清子は手のお守りを揺らしながら言った。「翔太くんが言うには、あなたがこのお守りを祈願してもらってきてから、彼の病気が治ったそうなんだ。だから、翔太くんはこのお守りを私にくれた。私も、このお守りのおかげで病気が治るようにって」

翔太が3歳の時、高熱で危篤状態になった。

水枕や薬などで熱を下げようとしたが、どうやっても下がらなかった。

医師は、覚悟しておくように言い、翔太は家に連れ戻された。

雅臣の妹は、翔太があまりにも苦しそうだったので、鎮痛剤を打って楽にしてあげた方がいいと提案したほどだった。

星は諦めきれず、藁にもすがる思いだった。

医師が諦めたなら、もう神頼みをするしかない。

偶然なのか、それとも本当に奇跡が起こったのか、彼女がそのお守りを持って帰ってきた時、翔太の熱は本当に下がり始めたのだ。

それから、翔太の体調は徐々に回復していった。

まだ星に懐いていた頃、翔太は彼女に言った。「これはママが僕にくれたお守りだから、毎日身につけて、大切にするね」

そのお守りが、清子の手に渡っているとは、星は思ってもみなかった。

清子は額にかかった髪をかき上げると、手首につけた翡翠のブレスレットが見えた。

翡翠のブレスレットは、光を反射して柔らかな光を放っていた。

優しい色合いであるはずなのに、なぜか星の目には、目まぐるしく映った。

星の瞳孔が収縮した。

このブレスレットは、神谷家の家宝で、

代々、神谷家に嫁ぐ女性に受け継がれるものだった。

しかし、雅臣の母親・神谷綾子(かみや あやこ)は、星のことを気に入っておらず、冷たくしていたため、彼女にブレスレットを渡すことはなかった。

翔太が生まれてからも、綾子の態度は変わらなかった。

綾子は、由緒正しき家柄を持つ女性を好み、清子のこともあまり気に入っていないことを星は知っていた。

雅臣の妹が言うには、当初、雅臣と清子が別れたのは、綾子の策略もあったらしい。

それなのに、雅臣は清子よりも格下の星と結婚した。

神谷家の人間は、誰もが星のことを認めていなかった。

神谷家の使用人たちは、みな星を嘲笑し、軽蔑していた。彼女が金持ちと結婚するために、雅臣を策略にはめたと思っていたのだ。

結婚当初、綾子は、星の顔もまともに見ようとしなかった。

正月や祝日にも、彼女が神谷本家に足を踏み入れることも許されなかった。

後になり、翔太がどんどん成長し、見た目は雅臣にそっくりになり、しかも賢くて機転が利く子に育っていくにつれて、

綾子は翔太のために、星を家に入れるようになった。

そして、神谷家の嫁に受け継がれる翡翠の腕ブレスレットを翔太に渡し、将来、彼の妻に渡すようにと言ったのだ。

星は一度、そのブレスレットを借りて見ようとしたが、翔太に拒否された。

翔太は真顔で言った。「おばあちゃんが、このブレスレットは将来、僕の妻に渡すものだって。もしなくしたり、壊れたりしたら、僕は結婚できなくなるんだ」

その時、星は、子供とは思えない翔太の言葉に笑ってしまった。

今となっては、それが皮肉にしか聞こえない。

清子は、星の視線に気づいたのか、小さく笑い、挑発するように、そして勝ち誇ったように星を見た。

「このブレスレットも、翔太くんがくれたんだ。神谷家の嫁に受け継がれるものなんだって。あなたが欲しがっても、翔太くんはもったいなくてあげなかったんだって」

星は何も言わず、ただ静かに清子の演技を見ていた。

案の定、清子は笑って言った。「翔太くんがこれをくれたのは、私が彼の母親になって、神谷家の嫁になることを望んでいるからなんだって。

そういえば、星野さんは知らないだろうけど、週末に親子イベントがあって、両親で一緒に参加する必要があるよ」

親子イベント?

星は、先日、雅臣が珍しく早く帰ってきて、一緒に夕食を食べた時のことを思い出した。

自分がキッチンにスープを取りに行った時、翔太と雅臣が何か話しているのが聞こえた。

「イベントに参加する」「清子おばさん」という言葉が、かすかに聞こえた。

自分が戻ってくると、翔太は口をつぐんでしまった。

明らかに、自分に聞かれたくなかった話だった。

その頃、自分は清子のことが心底から嫌になっていた。

雅臣と翔太から、清子の名前すら聞きたくなかった。

久しぶりの家族団らんの時間を邪魔されたくなかったので、それ以上は聞かなかった。

二人が話していたのは、このことだったのか。

清子の声が、星の思考を遮った。

「翔太くんは、『クラスメイトのママはみんなセレブかお嬢様で、最低でも芸能人なのに、僕のママはただの専業主婦なんだよ。みんなに知られたら恥ずかしい』って言ってた」

彼女は口元を手で覆い、星にささやいた。「翔太くんが、星野さんのことを外で何と言っているか、知っている?彼は、あなたが神谷家の家政婦だから、毎日お弁当を届けて、送り迎えをしているって言っているんだよ。
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