LOGIN外はすでに薄明るくなっていた。星は疲れ切った体で目を開ける。体にはほとんど力が入らず、指一本動かすのも億劫だった。わずかに顔を横に向けると、ベッドの反対側にもたれる男の姿が見えた。暗がりで表情ははっきりしないが、機嫌があまり良くないことだけは分かる。ただ――昨日のような制御不能な様子に比べれば、今の彼はまだ見慣れた存在に近かった。星の胸に、かすかな違和感がよぎる。何かが頭の中で一瞬ひらめいた気がしたが、速すぎて掴めない。疲れきった頭では、その違和感を深く考える余裕はなかった。仁志は彼女の視線に気づいたのか、額にそっと口づけを落とし、布団を優しくかけ直す。「寝なさい。午後になったら起こす。外出に支障は出させない」星は限界まで疲れており、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。仁志はその姿を見つめる。視線は深く暗く、その奥には読み取れない感情が静かに浮かんでいた。……星は時間通りに仁志に起こされた。影斗との約束は夜だったため、午後いっぱい休むことができた。体調もそれなりに回復し、ひどくだるいというほどではない。二人は影斗との約束に向かおうとしていたが、そのとき星の携帯が鳴る。葛西先生からだった。「星、溝口家の坊ちゃんと一緒に今すぐこちらに来てくれ。急ぎで聞きたいことがある」星は、昨夜影斗から聞いた朝陽失踪の話を思い出す。あんな遅い時間に電話をかけるということは、何かを示唆しているはずだ。「分かりました。仁志とすぐ向かいます」電話を切ると、すぐに影斗へ連絡する。葛西先生に呼ばれたことを伝えると、影斗はすぐに答えた。「俺も葛西先生にはしばらく会っていない。顔を出したいが、星ちゃん、構わないか?」星は一瞬迷ったが、最終的には「うん、いいよ」と答えた。二人は葛西先生の邸宅の門前で落ち合うことにする。四十分後、星と仁志は葛西先生の屋敷に到着。門前にはすでに影斗が待っていた。「星ちゃん、仁志。久しぶりだな」仁志も微笑む。「影斗、久しぶり」軽く挨拶を交わし、三人はそのまま屋敷の中へ入った。葛西先生のもとに向かう途中、影斗が口を開く。「仁志、朝陽の失踪の件は聞いたか?」「ここへ来る途中で、星から聞いた」「この件、どう見る?」仁志は淡々と答える。「お前と同じ意見だ。恐らく、朝陽は失踪したの
「仁志?」「ああ」その影は低く応じ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。光と影が交錯し、揺らめく明かりが男の体に落ちる。その姿は一層陰鬱さを帯びていた。星の胸がどきりと跳ねる。あの妙な感覚が、また込み上げてきた。「仁志、さっき何してたの?」仁志は手に持った水を差し出した。「目が覚めたら喉が渇くだろうと思って、水を取りに行ってた」星はそれを受け取りながら問いかける。「いつ戻ってきたの?どうして何も声かけないの?さっきいきなりドアのところに立ってて、びっくりしたんだけど」仁志は意味ありげに微笑む。「お前が電話し始めたころには戻ってた。ただ、夢中で話してて、ノックに気づかなかっただけだろう」星の瞳がわずかに揺れる。さっき影斗から朝陽の失踪を聞いたとき、確かに意識がそちらに向いていて、ドアの気配には気づかなかったのだ。室内の光が暗いせいか、仁志の瞳はまるで黒い霧を湛えているようで、じっと彼女を見つめる。その視線にさらされると、なぜかまともに見返すことができなかった。星は違和感をごまかすように、コップを口に運び、一口水を飲んだ。仁志は静かに見つめ、問いかける。「明日、影斗と約束してるのか?」星の手が一瞬止まり、軽くうなずく。「うん。影斗とは久しぶりに会うから」そして何かを思い出したように続ける。「仁志、もし明日時間があるなら、一緒に来る?」仁志の薄い唇がわずかに弧を描いた。「いいよ」あっさり承諾する彼を見て、星はなぜかほっと息をついた。朝陽の失踪のことを話すべきか迷っていたそのとき――仁志が突然手を伸ばし、白く整った指先で彼女の唇の端についた水滴をそっと拭った。その仕草は優しく、どこか艶めいている。星は反射的にわずかに身を引き、コップをベッドサイドに置いた。何かを察したのか、仁志は端正な輪郭をゆっくりと近づける。美しい瞳にはぞっとするような危うさが宿り、彼は耳元で低く囁く。「星……俺を避けてるのか?」思わず首を振る星。「そんなことない」仁志はその答えに頓着せず、身をかがめ、彼女の唇を強く塞ぐ。ゆっくりと下へ移動し、首筋や鎖骨に口づけを落としていく。そこにははっきりとした痕が残された。星は、以前翔太の前で見せたときのように「ただ印をつけるだけ」だと思っていた。しかし彼の呼吸は次第に荒くな
すべてが終わった後、星はそのまま深い眠りに落ちた。目を覚ますと、外はすっかり夜になっていた。携帯を手に取り、時間を確認する。すでに深夜十一時を回っていた。こめかみを軽く揉みながら、彼女は疲れを感じる。まさか仁志とあんなふうに一日を過ごしてしまうとは――部屋を見渡すと、仁志の姿はない。最近の彼は、言葉で説明できない変化を見せている。態度は以前と変わらないのに、星には明らかに異変が感じ取れた。特にベッドの上での彼。最初の頃の優しさは影を潜め、まるで封印が解かれたかのようで、彼女では受け止めきれないほどだった。携帯には不在着信や未読メッセージがいくつか届いていた。確認すると、夜八時過ぎに影斗から電話がかかってきていた。出られなかったためか、その直後にメッセージが届いていた。【星ちゃん、手が空いてたら折り返してくれる?】時間はすでに遅い。影斗はもう休んでいるかもしれないと思い、星は数秒迷った末、返信した。【ごめん、さっきまで用事で手が離せなかったの。何かあった?】すぐに返信が返ってくる。【星ちゃん、今、電話できる?】【できるよ】と返す。しばらくして、影斗から電話がかかってくる。「星ちゃん、こんな時間まで起きてるの?」さっきまで寝ていたとは言えず、星は曖昧に答えた。「うん、あまり眠くなくて」影斗はそれ以上追及せず、穏やかな声で言った。「星ちゃん、さっき葛西家で事件があったんだ。知ってる?」「葛西家?何があったの?」低く落ち着いた声。「朝陽が突然、姿を消した」「いつから?」「つい最近だ。一日ほど前」「本当に失踪?出かけただけとか、出張じゃなくて?」「使用人の話だと、葛西家に戻った後、一度も外に出ていない。書斎の携帯も書類もそのまま、パソコンもついたまま。つまり、すべてが突然消えた状況だ」「監視カメラには映ってないの?」影斗は軽く笑う。「そこが妙でね。その日の監視映像は、なぜか全部故障していた。こんな偶然、疑わない方が無理だろう。今、葛西家は総出で朝陽を探している。当主だから、理由もなく消えるわけにはいかない。急用で先に出た可能性も完全には否定できないが……」星は眉をひそめた。影斗の声が、低く色を帯びる。「星、明日時間あるか?しばらく会っていないし、少し話し
朝陽の手に握られた長刀は、これほど獰猛で巨大な獣の前ではまるで役に立たなかった。ライオンの一撃で、あっさり弾き飛ばされる。彼は地面に転がりながら、すぐに長い棍棒を掴んで抵抗を試みた。だが、ライオンの爪は鋭く、力も凄まじい。軽く振られただけで、朝陽の顔の肉が大きく裂けた。瞬く間に血が噴き出す。その血の匂いが、さらにライオンを刺激する。牙を剥き、無防備な喉元へ食らいつこうとする。檻の外から、仁志の冷ややかな声が響いた。「弱いね。本当に弱い。こんなに使いやすい武器が揃っているのに、こんな短時間しか持ちこたえられないとは」雅人は、仁志の背後に静かに立っていた。背中はすでに冷や汗で濡れている。彼は長年、仁志のそばに仕えてきた。だが、N国でのことを本人の口から聞いたのは初めてだった。その話は、おそらく美咲や寧輝でさえ知らない。しかも、催眠によって封じられていたはずの過去なのに――今、仁志は口にした。雅人の思考を遮るように、仁志の淡い声が響く。「朝陽を死なせるな」雅人ははっと我に返り、すぐに部下に命じ、ライオンに麻酔弾を数発撃ち込ませた。先ほどまで牙を剥いていたライオンは、瞬く間に倒れる。「つまらないな」仁志は興味を失ったように立ち上がる。「医者を呼んで、朝陽をきちんと治療しろ」仁志が去った後、雅人はようやく額の汗を拭う。血まみれの朝陽の顔を見下ろし、内心でため息をつく。今の朝陽にとって、生きていることの方がむしろ苦痛だろう。---最近、星は気づいていた。仁志は忙しいだけでなく、どこか神出鬼没になっていると。その日、家に戻ると、意外にも仁志がすでに帰宅していた。黒い服に黒いズボン。表情はいつも通り静かで、波立ちがない。普段と何も変わらないはずなのに、その姿は言葉にできないほど陰鬱で、不気味に見えた。彼女の視線に気づいたのか、仁志がふいにこちらを見た。その瞳は純黒の宝石のよう。しかし奥には温もりがなく、人間らしい感情は微塵も宿さない。星の知る仁志とは、まるで別人だった。胸がかすかに震える。だが、彼女を見た瞬間、その目に宿っていた闇と冷気は、潮が引くように消えた。まるで今見たものは錯覚だったかのように。仁志の唇には自然と淡い笑みが浮かび、瞳にも光が戻る。「星、帰ってきたんだ
薄暗い光の中、仁志の清らかで端正な顔立ちは、無垢で害のないものにすら見えた。「これ以上我慢し続けたら、本当におかしくなりそうだ。だから、俺の精神衛生のために……お前にはしばらく俺の心理療法士を務めてもらう。お前にとっては大したことじゃないだろう。何しろ以前、航平の元で一ヶ月以上過ごした経験があるからな。安心してここに住めばいい。必要なものは見張りに言えば全部揃えてくれる」朝陽は歯を食いしばった。「いつまで閉じ込めるつもりだ?」仁志は数秒目を伏せて考え、それから笑った。「俺の心の病が治る日まで……ただ、俺は公平を重んじる人間だ。お前がここから脱出する力があるなら、その時は見逃してあげる」朝陽の胸が沈む。航平なら隙を見せたかもしれない。だが、仁志はそんな低レベルな過ちは犯さない。以前、朝陽が逃げられたのも、仁志がわざとそうさせたからだった。視線は隣の檻にいるライオンに向かう。彼は考える――仁志がライオンを用意した意図は何か。まさか、自分を獣に食わせるつもりなのか……その考えを見透かしたように、仁志は説明する。「お前は俺の過去を知りたがっている。なら、体験する機会を与えてやろう。調査で得た知識は所詮一面的だ。自分で体験したほうが、ずっと分かりやすい」手を軽く叩くと、部下が入ってくる。仁志は淡々と命じた。「まずは朝陽に、このルームメイトと仲良くなってもらう。これから長い間、うまく付き合ってもらうことになるだろう」朝陽のまぶたが跳ねた。ようやく察したのか、顔色が青ざめていく。「お前……この狂人が!」仁志は見下ろすように微笑む。「それはどういう意味だ?お前たちはわざわざ遠くまで行って俺のことを調べたくせに。今度は俺が教えてやろうとしてるのに、まだ不満なのか?」鉄檻の扉が開かれ、数人の黒服のボディーガードに引きずられ、朝陽は別の檻へ押し込まれた。誰かが椅子を運び、仁志は優雅に腰を下ろす。「俺がN国にいた頃、食べ物を手に入れるには猛獣と戦わなきゃならなかった。武器は短刀一本だけだ。俺が勝てば飯にありつける。獣が勝てば、俺が餌になる。お前は飢えてもいないし、武器だって揃ってる。まさかライオン一頭にも勝てないなんてことはないだろう?」朝陽の視線は、壁際に並ぶ長刀、槍、棍棒、短
朝陽は護身術や格闘技もそれなりに学んでいた。だが、殺し合いの中をくぐり抜け、当主の座に就いた仁志や怜央とは、やはり格が違う。そして今、仁志が目の前に堂々と現れた以上、万全の準備を整えているのは間違いなかった。ただ、朝陽が予想だにしなかったのは――仁志がここまで直接乗り込んでくるとは思わなかったことだ。しかも、恐れのかけらも見せずに。朝陽が時間を稼ぐ方法を考えあぐねていたその瞬間、仁志はふいに拳銃を取り出した。「仁志……」二文字を口にした瞬間、弾丸はすでに彼の体に撃ち込まれていた。だが、思ったほどの痛みはなかった。一瞬、朝陽は呆然とし、そして悟った。――麻酔弾だ。次の瞬間、意識は深い闇に沈んだ。……どれほどの時間が過ぎたのか。ぼんやりと意識を取り戻した朝陽の目に、まず映ったのは、数メートルはあろうかという巨大な鉄檻だった。彼は一気に覚醒した。自分が鉄檻の中に閉じ込められていることに気づいたのだ。周囲を確認しようとした瞬間、微かに光を反射する獣の目と視線がぶつかった。朝陽の瞳孔が激しく揺れる。そのとき、ようやく理解した。隣の檻には――一頭のライオンが閉じ込められていたのだ。たとえ葛西家の当主でも、ライオンと隣り合わせの状況で平静を保つのは困難だ。その瞬間、地下牢の扉が開いた。すらりとした見慣れた人影が、ゆっくりと朝陽の前に現れる。「朝陽、ここがお前のために用意した仮住まいだ。気に入ったか?」朝陽は冷たい鉄格子を握りしめ、仁志を冷ややかに睨みつける。「仁志、俺をここから出すことを勧める。さもなければ、俺が脱出したとき――」言葉は、仁志の微笑みに遮られた。「なら、永遠に出なければいい」朝陽の顔が強張る。「お前……口封じに殺すつもりか?」一瞬、彼は思った。他の人物ならそこまではしないかもしれない。だが、仁志なら――やりかねない。溝口家の人間は、みな狂気じみている。仁志は首を横に振った。「口封じなんてつまらない。命を取るだけなら、わざわざここまで連れてくる必要もない。それに――」淡く微笑みながら、続ける。「星と葛西先生には縁があるからな。星を困らせるわけにはいかない。とにかく、葛西先生は星を助けてくれた。俺も恩知らずな真似はしたくない。だから安