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第390話

Author: かおる
彩香も星のスマホの着信表示を見ていた。

「航平からよ。

まさかまた何か知らせてくるんじゃないでしょうね」

「わからないわ」

星は通話ボタンを押した。

「航平」

受話口から聞こえてきたのは、柔らかく礼儀正しい声だった。

「星、近頃時間ある?

食事を一緒にしたいんだ」

「いろいろ助けてもらってるのは私の方だもの。

本当なら私がご馳走すべきよ」

少し考えてから、星は続けた。

「今夜空いてる?」

航平はすぐに答えた。

「空いてる」

あまりに即答したのを気にしたのか、彼は軽く咳払いをした。

「仕事もひと段落ついたところでね。

しばらくは時間がある。

君の都合に合わせられるよ」

「それなら今夜にしましょう。

明日はワーナー先生の交流会があるし、その次の日も予定が入るかもしれないから」

「わかった。

じゃあ今夜、必ず会おう」

「必ずね」

通話を切ると、彩香がにやにやと星を見ていた。

星は眉を上げる。

「なによ、その怪しい顔は」

彩香は意味ありげな笑みを浮かべる。

「ねえ星。

航平がどうしてあなたを助けるのか、考えたことある?」

「彼は、雅臣と勇が間違った道に進むのを見たくないんでしょ」

「それは口実よ」

彩香はすぐに否定する。

「三人は子どものころから一緒に育った大親友。

勇がどれだけ問題を起こしても、雅臣も航平も後始末してきたじゃない。

本当に止めたいなら、あなたを助けるより、あなたを潰した方がよっぽど簡単よ。

リスクを負う必要もないし、もし勇や雅臣に裏切りがバレたら、友情そのものが壊れるのよ」

彼女は真剣な顔で続けた。

「唯一考えられる理由は――友のために刀を抜くより、女のために友を裏切る。

航平、あんたのことが好きなんじゃないの?」

星はすぐに首を振った。

「ありえない」

「どうして?」

「私は雅臣の元妻よ。

航平は彼の大親友。

そんな関係で、私を好きになるわけがないでしょ。

それに、私と航平は二人きりで会ったこともない。

彼はいつも礼儀正しく、距離を保って接してきたし、曖昧な素振りなんて一度もなかった」

「それはあんたが雅臣の妻だったからよ。

離婚した今、彼は動き出したのよ」

星は少し考え、やはり首を振った。

「勇はいつも私を馬鹿にしてきた。

能なしだの飾り物だの、中卒
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