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4話

Author: Amy
last update publish date: 2026-09-23 15:23:04

圭吾が亡くなって、ひと月余りが過ぎた。

夕方6時、祥子は四十九日の案内状を持って若菜の家を訪ねてきた。

若菜が居間の椅子を勧めると、祥子は黒いバッグを膝に置いて腰を下ろした。

圭吾の遺影と遺骨が置かれた祭壇へ一礼したあと、居間のソファで眠っている湊を見る。

湊は幼稚園から帰るなり、着替えもせずに眠ってしまった。

胸元には、圭吾が書き込みをした発表会の台本が残っている。

祥子は湊へ手を伸ばしながら腰を浮かせたが、若菜が小さく首を振った。

「起こさないでください。昨夜も何度か目を覚ましています」

祥子は湊へ伸ばしかけていた手を引き、椅子へ腰を戻した。

「圭吾が亡くなってから、私は一度も湊くんとゆっくり話せていないのよ」

声は抑えていたが、若菜を見る目には不満がにじんでいた。

「電話をしても、今は眠っている、今日は疲れている。私がこの子とゆっくり話せたことが、一度でもあった?」

「朝起きても、幼稚園から帰っても、圭吾がいない。そのことを、湊はまだ受け止めきれていないんです」

「私だって受け止められていないわ」

祥子の声が揺れた。

「息子を失ったうえに、孫の声まで聞かせてもらえない。私が何をしたというの?」

最後のひと言だけが思いのほか大きくなり、湊がソファの上でわずかに身じろぎした。

祥子ははっと口を閉じた。

湊が目を覚まさなかったことを確かめてから、若菜へ向き直る。

声は落としたが、その響きには先ほどまでなかった硬さが戻っていた。

「私を嫌うのは勝手よ。でも、湊くんまで連れて榊原家から逃げられると思わないで。あの子は、圭吾がこの世に残したたった一人の息子なの。あなた一人のものではないわ」

祥子は本気で分かっていなかった。

若菜を家族から締め出してきたことと、その若菜が育ててきた湊を「自分の孫」として求めることは、祥子の中で少しも矛盾していないのだ。

若菜は言い返さず、湊の肩からずり落ちた毛布を掛け直した。

祥子はその手元をしばらく見つめていた。若菜が答える気はないと悟ると、口元を引き締め、膝に置いたバッグを開いた。

「今日は、これを渡しに来たの」

取り出した厚い封筒を、若菜の前へ置いた。

「四十九日は次の日曜日。午前11時から読経、そのあと納骨と会食よ」

封筒には案内状のほか、席次表と小さな席札が入っていた。

席次表の最前列には、祥子の隣に「榊原湊」と印刷され、その横に「子ども用椅子」と注記されている。

祥子は湊の名前を指で押さえた。

「焼香は英明さん、私、湊くんの順よ。圭吾の息子として、親族席のいちばん前に座ってもらう。親族にも、参列する会社の役員にも、もうそう伝えてあるわ」

若菜は席次表を横へたどった。

自分の名前は、同じ最前列の反対端にあった。

湊との間には英明と祥子、その実家の親族が並んでいる。

「私の席は、ここなんですね」

「あなたの席も、ちゃんと親族席にあるでしょう」

祥子は、何が問題なのか分からない顔で答えた。

「湊くんは圭吾の息子なのだから、私たちの隣に座るのが当然よ」

「圭吾の息子」という言葉に、席次表を押さえていた若菜の指が、ほんの一瞬だけ止まった。

祥子は気づかず、すでに決まっている予定を読み上げるように続けた。

「会食の前には、圭吾の遺影を囲んで家族写真も撮るわ。そこに湊くんがいなければ、誰だって理由を聞くでしょう」

祥子は「榊原湊」と印刷された席札を、若菜の前へ滑らせた。

「だから、四十九日には必ず連れてきて」

若菜は席札へ触れなかった。

「今すぐには約束できません。湊の様子を見て、改めて連絡します」

「まだ何を迷うことがあるの?」

祥子の声が再び強くなった。

「父親の四十九日よ。葬儀にも出なかったのに、また同じことをするつもり?」

その声に、ソファから、湊の寝ぼけた声がした。

「おばあちゃん?」

祥子は言葉を切り、ゆっくりと振り返った。

湊は毛布の中から顔を出し、眠そうに目をこすっている。

その姿を見た途端、若菜へ向けていた祥子の険しさが、すっとほどけた。

椅子から立ち上がり、湊の前へしゃがむ。

「起こしてしまったわね。会いたかった」

湊は若菜と祥子を交互に見た。

「もう帰るの?」

「ええ。でも、今度の日曜日は、お父さんの四十九日なの」

祥子は湊の両手を包んだ。

「おばあちゃんの隣に、あなたの席を用意してあるわ。お父さんにお花をあげて、みんなで写真を撮るの」

「お母さんも一緒?」

祥子の指が、わずかに止まった。

「みんなでお父さんを送るのよ」

湊はうなずかなかった。祥子ではなく、若菜を見て返事を待っている。

祥子は湊の手を握り直し、自分へ注意を戻そうとした。

「今度こそ、必ず来てね」

「祥子さん」

若菜がそれ以上言う前に、祥子は湊の手を離して立ち上がった。

「待っているわ」

バッグを手に取り、それ以上の返事を聞かずに部屋を出ていく。

玄関の扉が閉まると、湊はテーブルに残された席次表を手に取った。

自分の名前を見つけたあと、よく知っている若菜の名前を捜す。

湊の指は、最前列の反対端で止まった。

「お母さん」

湊は席次表を若菜へ向けた。

「どうして、お母さんは僕の隣じゃないの?」

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