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10.欠けた天使(レベッカ視点)

last update 最終更新日: 2025-07-26 12:24:29

 私が拾った天使さんの名前はカリナ・ブロアだったらしい。

 彼女の真実を聞いた時、私は言いようのない怒りと憎しみの感情に襲われた。

 彼女は純潔を強引に奪われ、子を孕まされ奪われ、殺されそうになって逃げた。

 それなのに彼女からは憎しみや復讐心を感じない。

 普通に生活していたら経験しないような不幸な目に合っているのに、ひたすらに自分のせいだと語る彼女に違和感を感じた。

 カリナが天使のように見えたのは負の感情が欠落しているから?

 私は今すぐにでもロバート・スペンサーの首を掻っ切りに行きたい。

 たとえ彼を勢い余って殺してしまっても、お兄様なら上手く隠蔽してくれる。

 

 ♢♢♢

 ケントの故郷スペンサー王国は高地というだけあって乾燥していて空気が薄かった。

(コマクサ、ワタキスゲ⋯⋯)

 彼が美しいと語っていた高山植物は彼のように地味だった。

 霧が立ち込めるなか、遠くの方に白い何かが横たわっているのが見えた。

 導かれるように近づくと、真っ白な肌をした銀髪の女の子が倒れていた。

 薄手の純白シルクの寝巻きが真っ赤な血で染まっている。

 足にも血が伝っているのが分かった。

(な、何? なんでこのような場所に⋯⋯天使が地上に降りた時に着地に失敗した?)

 動揺しつつも私は医師を呼んだ。

 オリタリア帝国から1ヶ月もの長い旅程になっていたから、医師を帯同させていたのが幸いした。

「レベッカ様、どうやらこの女性は出産されたばかりのようですね」

 医師の診断は私の予想を超えていた。

「出産? ちょっと待って、子供はどこ? それに出産って⋯⋯こんなに血が出るものなの?」

「通常よりも多量に出血しているので、貧血で倒れたのでしょう。血の匂いを嗅ぎつけ狼が寄ってくる前にここを立ち去りましょう」

 周囲を見渡しても赤子は見当たらなかった。

 倒れている女の子の顔は涙の跡でぐちゃぐちゃだ。

(明らかに訳ありね⋯⋯)

 遠くで狼の遠吠えがする。

 もしかしたら、赤子だけ咥えて狼が食料として連れて行ってしまったのかもしれない。

 想像を絶する光景が脳裏に浮かび、私は慌ててその場を後にした。

 アイリー公爵邸に戻る長い旅程の間にも彼女は目を覚まさなかった。

 行きとは異なり、途中、宿をこまめにとりながら慎重に動いた。

 出血は止まり、清潔な衣服に着替えさせても彼女は一向に目を覚まさない。

 道中、宿泊中の宿のベッドに彼女を横たわらせ、別の医師も呼び寄せて彼女を診察させた。

「生きているのに、どうして目を覚まさないの? このまま死んだりしないよね」

 私は母レイリアを弟アルベルトの出産により失っている。

 私と年も変わらなそうな見知らぬ女の子だが、このまま彼女が亡くなるかもしれないという恐怖に襲われていた。

「おそらく精神的なショックにより、意識が戻らないのかと思います」

 医師の診断は曖昧なものだったが、的を射ている気がした。

 私は彼女の手を握りながら、話しかけ続けた。

「ねぇ、天使さん。この世界にがっかりしちゃったよね。残酷な人間ばかりで失望した? でもね、私の家族はきっとあなたに優しいよ。無愛想だけど誰よりも優しいお兄様と、穏やかな弟がいるの。私もいるから、お願いだから目を開けて⋯⋯」

 彼女が目覚めるまで、全く眠れなかった。

 アイリー公爵邸に到着するなり、お兄様に彼女を助けてくれるように懇願した。私の中でお兄様はどのような不可能も可能にしてしまう人だ。

「そのように、心配したところでどうにもならない。2人とも自分の事に集中しろ」

 冷たく言い放った兄に、邸宅の人間は相変わらず血も涙もない方だと囁きあっていた。

 兄は私と何よりアルベルトの心配をしていたのだ。

 ぶっきらぼうで無愛想で誤解されやすいが兄ほど優しい人間はいない。

 アルベルトは夜もほとんど寝ずに彼女の側にいようとした。

「掃除が行き届いていない! この邸宅の人間がこの子を殺すんだ!」

 いつも穏やかな彼が廊下でメイドを厳しく叱りつけている見て、彼女から弟を引き剥がした方が良いと思った。

 普段穏やかで優等生過ぎるアルベルト。

 彼がそのように理想的な人間として振る舞うのには理由があった。

 弟は父から虐待されていた。

 父は母が弟アルベルトの出産が原因で死んだことを許せないようだった。

「このような出来損ない必要なかった。俺に必要なのはレイリアだったのに⋯⋯」

「父上、申し訳ございません。もっと、頑張ります」

 アカデミーの試験で1問でも間違えると、父はアルベルトを殴った。

アルベルトの言動に何かに文句をつけては、彼を蹴り上げた。

 アルベルトは完璧な公爵家の令息だ。

 しかし、兄のランスロットは完璧を超える存在だった。

 父はことある事に兄とアルベルトを比べた。

「アルベルトなど、いらなかった⋯⋯ランスロットに比べて本当にお前は何もできないな。レイリアを犠牲にしてまで、どうして生まれてきたのだ⋯⋯俺に必要なのはレイリアだったのに⋯⋯」

 表ではしっかりしていても、毎晩のように酒を浴びるように飲んではアルベルトに手を挙げ暴言を浴びせる父。

 兄ランスロットはアルベルトを守る為、爵位を早めに継ぎ父を領地に追いやった。

 兄が爵位を若くして継ぐことに、父も文句を言わなかった。

 なぜなら、兄ランスロットが飛び抜けた才を持つ特別な存在である事を誰より知っているのは父だったからだ。

 アイリー公爵邸に到着してから1週間、やっと天使さんは目を開けた。

 澄んだ大きなアメシストの瞳が美しい彼女はセーラと名乗った。

 明らかに名前を言った時に、目が泳いでいて嘘がつくのが下手な子だと感じた。

 立ち居振る舞いから彼女は貴族である事は間違いなさそうだった。

 遠慮がちに見えて偶にストレートな物言いをする彼女が建前だらけの中で過ごしている私には新鮮だった。

 アルベルトは彼女が現れてから、彼女以外の人間に優しくなくなった。

 彼女は女の私でも愛らしいと感じるような子だから、アルベルトも彼女に恋をしたのかもしれない。

 それでも、私はアルベルトが婚約者のマリアン嬢との約束もすっぽかして彼女と一緒にいようとしている事に不安を感じていた。

 私は、皇宮入りする前の晩にアルベルトを部屋に呼びつけた。

「アルベルト⋯⋯マリアン嬢との婚約はアイリー公爵家とロレーヌ侯爵家の家同士の大事な約束事よ。セーラが好きなのは分かるけれど、最低限の礼儀は通しなさい」

「姉上、俺のセーラに対するこの気持ちは恋なのでしょうか? 正直、寝ても覚めても彼女のことが頭から離れないのです。このような状態で、マリアンと結婚など考えられません」

 私の言うことを当然聞いてくれると思っていたのに、予想外の返答が彼から返ってきた。

 私は彼の両肩を強く握り、目を合わせて思いを伝えた。

「しっかりして、アルベルト。セーラと結婚でもするつもり? 彼女はどこからきた子かも分からないのよ」

「彼女と結婚なんてできなくても構いません。ただ一緒にいたいだけなんです。何もかも与えられてきた姉上に俺の気持ちは分かりません」

 アルベルトは苦悩の表情で言い捨てるように私の拘束を振り解き、部屋に戻ってしまった。

(痛い程、アルベルトの気持ちは分かるわ⋯⋯私だってケントと⋯⋯)

 常に父の目を気にして過ごしてきたアルベルトは人の心の機微に敏感だ。

 下心ばかりの周囲に比べ、セーラの清流のような心に触れているのは心地良いのだろう。

 私はセーラを連れて皇宮に行くことで、アルベルトの頭が冷える事を願った。

 皇宮に到着し、カイゼル皇帝陛下に挨拶に行く為にセーラと別れた。

 芳しい香りを放ちながら咲き誇った薔薇が自慢の庭に設置したガーデンテーブルに流行のケーキやお菓子が並べられている。

「カイゼル・オリタリア皇帝陛下に、レベッカ・アイリーがお目にかかります」

「そのように畏まった挨拶はもう不要だ。そなたは朕の娘になるのだから」

 今年58歳になるカイゼル皇帝は、政務は私の兄ランスロットに任せて余生を楽しんでいる。

 真っ白な髪にエメラルドの瞳をした彼は歳をとって随分と丸くなっていた。

 昔は非常に恐ろしい方だったらしく、今でも貴族派からは恐れられている。

 彼は遅くできた子である私の婚約者ヘンゼル皇太子を溺愛していた。

 到着早々、退屈なおしゃべりの時間だ。

 日頃、兄との間で手短で要点をついた会話に慣れているせいか、同じ話を何度もされているような錯覚に陥る。

 ヘンゼルにいつ譲位するかという何度めか聞き飽きた話に差し掛かったところで、兄ランスロットの補佐官が私にメモを渡してきた。

 私はテーブルの下で、そっと畳まれた紙を開く。

『セーラは彼女の部屋で待っている。私は彼女と結婚する事にした。ランスロット』

 私は驚きのあまり声が出そうになったのを、必死に押さえた。

 

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  • 契約夫無双〜冷血公爵様は妻の願いを全て叶えます〜   9.真実を告げる時

     身を捩っても抜け出せないくらいの強い力でロバートが抱きしめてくる。「ロバート国王陛下、おやめください。今の私は婚約者がいる身です」 自分の発言に、なぜランスロット様が私なんかを婚約者にしたのか気がついてしまった。 彼は私を愛しているから婚約者にしたのではなく、私の事情を知り同情しロバートから守る為に婚約者にしたのだ。 彼の優しさに気がつき明らかに彼に惹かれ始め、一緒になれると心が浮ついていた。 心が急速に沈んでいく。 よく考えれば、私なんかをランスロット様のような方が愛してくれる訳がない。 「ランスロット・アイリーと結婚⋯⋯仮に本当に彼と結婚したとして、君にアイリー公爵夫人が務まるのか? オリタリア帝国の貴族令嬢やご夫人方を纏めあげ監督しなければない立場だぞ」「私はオリタリア帝国でお役に立てるように頑張ります⋯⋯だから、陛下は私を放っておいてください」 手で思いっきり彼の胸を押し返そうとしても、ビクともしない。「また、寝ながら泣いていたのか⋯⋯可哀想に。涙の跡が頬に残っているぞ。オリタリア帝国の貴族は人前で泣いてはならぬらしい。僕は君の泣き顔が愛おしいがな」 彼はまた私の言葉がまるで聞こえないように、自分のしたい事をし始めた。 涙の跡にそっと口づけされ、恐怖で体が硬直する。「もっと、見せてくれ君の泣き顔を」 顎を右手の人差し指で上げられ、目を合わせさせられる。 愛おしいと言いながら、私の心臓を凍らせるような冷たいブルーサファイアの瞳。 私は思わず目を逸らした。「陛下にもう私を見て欲しくもありません。陛下はいつも私の質問に応えてくれませんよね」「まさか、いつも従順だった君が拗ねるとこが見られるとはな。では、質問に応えてやろう。エミリアンを取り出した産婆は今、地下牢にいる。君が僕とスペンサー王国に戻るなら、牢から出してやるぞ」 私を救ってくれた恩人が地下牢にいる。(本当に? 殺してない?) 監禁されていた時は全ての疑いから目を逸らしていた。 しかし

  • 契約夫無双〜冷血公爵様は妻の願いを全て叶えます〜   8.本当は愛していた?(ロバート視点)

    「エミリアーナ! カリナを逃したのか?」 僕は急いでエミリアーナの部屋に向かい問い詰めた。 産婆はカリナの行方を頑なに吐かなかったが、隠し通路の方に血の跡が続いていた。  エミリアーナは赤いベロアのソファーに腰掛け足を組み、グラスを傾けながら赤ワインを飲んでいた。 随分と長い時間飲んでいるのか、彼女からむせ返るような強い酒の匂いがした。 彼女は僕の問いかけに慌てるそぶりもなく、唇の端をあげてニヤリと笑った。 「カリナを逃したのは産婆ですわ。ただ、カリナに騙された事を認識させ長い通路を抜けた先で獣の餌になる絶望を与えてみたいと考えたことはありますが⋯⋯」「⋯⋯!!」 僕は目の前の悪魔のような女の言動に絶句した。(カリナには心を許して、別れを惜しんでいるように見えたのに⋯⋯)「ロバートも私に隠れてカリナを愛でる部屋を作っていたようですね。それでは彼女は自分の不幸に気がつけませんわ。実は私は彼女が大嫌いなんです。この私に烏滸がましくも同情しているのですよ。だから、教えてやったのです。あなたの方がずっと可哀想よって!」「僕は生まれた赤子に何かあった時の為に、カリナを残して置こうと思っただけだ。僕はいつも国の為に動いている」 カリナを生かすリスクは理解していた。髪色、目の色だけでなく顔立ちも彼女に似て来たら疑惑の目を持たれないとも限らない。だから、わざわざ僕しか入れない彼女を隠す部屋を作った。「国の為? 良いでしょう、そういう事にしといてあげますわ。子も生まれた事だし、離婚しましょう。最初から男の子を産むなんてカリナは本当に良い子でしたわ」「離婚?」 エミリアーナの元からの計画には離婚も含まれたのだろう。 飲み過ぎているせいか目が座っているが、口調はしっかりしている。彼女は淡々と用意していたように言葉を紡いだ。「生まれた赤子の名はエミリアンにしましょう。私の代わりに人質として使ってくださいな。カリナを探しても無駄だと思いますよ。あの子、骨まで美味しそうだし跡形もなく獣に食べられているでしょう」 一瞬カリナに

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     ロバート・スペンサーは、カリナとの馴れ初めを思い出していた。 彼女は彼にとって唯一王でもない自分を求めてくれる必要な存在だった。 スペンサー王国の地下資源を狙い、いつ戦争を仕掛けてくるか分からないサマルディー王国。 2カ国は話し合いで解決できないくらい多くの問題でぶつかり合ってきた。 貴族たちからのすすめもあり、人質としてエミリアーナ・サマルディー王女を娶る事に決めた。 当時22歳のエミリアーナ・サマルディーの初対面の印象はあまり良いものではなかった。 彼女は贅沢を好み、暇さえあれば宝石を買い漁った。 臣下にはキツくあたり、スペンサー王国の貴族と友好関係を築こうともしない。 政略結婚とはいえ、彼女と夫婦を続けなければならない事を思うとため息が漏れた。  一大行事である国婚を終え、深夜に王妃の寝室に行くとエミリアーナは中が透けて見えそうな夜着を着てベッドに横たわっていた。 まだ、今日の最後の行事である初夜が残っていると思うとため息が漏れた。「ロバート、面倒に思うなら何もしなくても良いのですよ。するだけ無駄ですから⋯⋯」「するだけ無駄とは、もしかして不妊の王女をサマルディー王国は送り込んで来たのか?」「正解ですわ。勘はよろしいけれど、大切な事実に気がつくのが遅すぎますわね。その少しの遅れが命取りですわよ」 エミリアーナはベッド横の引き出しから小瓶を取り出して、ベッドに赤いサラっとした液体を垂らした。「馬の血です。初夜が滞りなく行われ、私が純潔を失った証が必要ですから。まあ、私はとっくに純潔など失ってますわ。そもそも幼い頃に受けた暴行が原因でこのような体になったのですから⋯⋯」 エミリアーナは周囲の人間を深淵に引き摺り込むような暗い瞳をしていた。 王女に暴行? 一体誰が⋯⋯何がサマルディー王国で起こっているのだろう。「なぜ、今、種明かしをしているのだ? 待てど暮らせど跡継ぎができない事で我が国が混乱することを見越して、そなたが嫁いで来たのであろう?」 サマルディー王国が一夫多妻制をとっているのに対

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    「ただ、名門アイリー公爵家ともなると、結婚相手の選定は難しくなるはずだと余計なお節介を口にしてしまいました」 私は初めて人間らしく狼狽えるロバートを見た。 彼はいつも何を考えているか分からなくて私を不安にさせた。 そのせいで私は彼を逆らえない巨大な存在のように感じていた。(自分の失言に狼狽える、普通の男だわ⋯⋯)「選定? 家の為の結婚をしなければならないと考えた事はありません。アイリー公爵家と縁を持ちたい家門は多いですが、こちらは必要としてませんので。将来的に我が妹がオリタリア帝国の皇后になりますが、ロバート国王は我が家門の心配を? それともオリタリア帝国の行く末を心配なさってるのでしょうか」 淡々と語るランスロット様の言葉の通りだ。 アイリー公爵家はオリタリア帝国の皇家より歴史が深い伝統のある名家だ。 その上、レベッカ様は次期皇太子妃に内定している。 カイゼル・オリタリア皇帝陛下は近々譲位する事を考えているともっぱらの噂だから、レベッカ様が帝国の女性最高地位である皇后に即位する日も近い。 富と権力を持ち平和と安寧を築いているオリタリア帝国のアイリー公爵家に対して、ロバートの物言いは的外れで失礼だ。「し、支度金を用意できないのではないかと心配しているのです。カリナの両親は亡くなっていて、預けられた親戚の叔母の家は貧しく借金まみれです。カリナも王宮での給与は全て借金返済に回してました」 私は自分のプライベートな事情をロバートに知られていることに驚いた。「支度金? お金の話をするのは下品だというのが父上からの教えなのです。オリタリア帝国とスペンサー王国では常識が違うのでしょうか?」 ランスロット様がほくそ笑む。 威圧感、飄々とした態度。 彼を前にするとロバートが私を自由にできる国王ではなく、どこにでもいる男に見える。「いえ⋯⋯ただ、カリナはその⋯⋯僕と⋯⋯」「いい加減、私の妻になる女性を恋人のように呼ぶのはやめて頂けませんでしょうか。辛抱強いと自負しておりましたが、流石に我慢の限界かもしれません」 瞬間、

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