こんなに他人行儀な態度を取られるなんて——。裕貴は羨ましそうに海咲とその隣の人物を見つめながら、自分もいつか亜の心の中で、二人のように確かな存在になれる日は来るのだろうかと考えた。彼女にとって、頼れる存在になれたらいいのに——。「そうだ、さっきの話だけど、誰がやったか分かってるみたいだったね。教えてくれたら、代わりに仕返ししてやるよ」裕貴はその件がずっと気にかかっていた。亜は苦笑いを浮かべて首を振った。「誰がやったかなんて知らないよ。ただ、なんでそんなことをしたのか、その理由がまったく理解できない。だって、あの人にとっても損しかないでしょ」「何事にも目的ってものがあるんだ。ここを壊
「安心して。この仕返しは私が代わりにやる。亜をいじめるってことは、私をいじめてるってこと。京城で川井真波がどんなに偉そうでも、私が黙ってると思う?」海咲の力強い言葉に、亜は思わず抱きついて「ありがとう」を何度も繰り返した。何回感謝しても足りない。それほど彼女には海咲の存在が大きかった。今、彼女にできることは「ありがとう」と伝えることだけだった。真波が画展を潰したと知った海咲は、もはや我慢するつもりはなかった。亜の部屋を出るとすぐ、彼女はその想いを州平に打ち明けた。「証拠を掴んで、投資会社に渡すの。川井真波に責任を取らせるわ」だが州平は首を横に振った。「証拠を揃えるには時間がかかる。
「送ってくれてありがとう。それに、今日助けてくれたことも、本当に感謝してる」海咲の家の前で、亜は迷うことなく車のドアを開けて降りた。一切の未練を見せないその姿に、裕貴は思わず呆然とする。世の中の女の子は彼との繋がりを求めてくるのに、亜だけはちがった。むしろ、全力で距離を置こうとしている。裕貴は少し落ち込んだ。「中にちょっとお邪魔してもいいかな?」亜が振り返ると、裕貴は満面の笑みで言った。「なんか急に喉が渇いてさ。お茶一杯、ご馳走になれない?」亜は少し眉をひそめて答えた。「ごめんなさい。ここは私の家じゃなくて、友達の家に居候してるだけなの。あまり勝手なことはできないから、今日はお
画展当日、司会者の開場宣言とともに、ファンたちが一斉に会場へ押し寄せた。「なんなのこれ、一枚も展示されてないじゃん!これが画展なの!?返金しろ!」「チケット代返せ、今すぐ!」怒声が次第に大きくなり、やがて全員が払い戻しを求め始めた。司会者は呆然。亜自身も何が起きたのか分からず固まっていた。この数日、彼女は寝る間も惜しんで絵を描き上げた。全部で99枚——本来なら100枚のはずだったが、最後の一枚はミスで破れてしまった。それでも、99枚は確かに完成していた。それなのに——一枚も展示されていない?そんなはずはない。騒ぎを聞きつけて投資側の人物も駆けつけてきた。怒号が飛び交う入り口
ファンを失望させたくない——その一心で、亜は追加の展覧会開催を了承した。本来の目的は果たせなかった今回の面談。亜は心ここにあらずで、相槌を打つだけの会話に終始した。とにかく早く終わって欲しかった。ようやく出資者の一人が電話を受け、先に席を立った。亜は安堵のため息をついた。海咲は唇を尖らせながら呆れたように言った。「ほんとにあなたってば、自分では秋年の庇護を嫌ってるくせに、ファンの期待を裏切るのは嫌なんだから」「大丈夫だよ。秋年はまだ目を覚ましてないし、どうせ私はまだここを離れられない。投資側の言う通りにすれば、今後の交渉が楽になるかもしれないし」亜は苦笑した。実際には、胸の内に
彼女の記憶の中で、秋年はすべてを支配していた。彼女の服装、行動、交友関係……何もかもが彼の許可なしでは成り立たなかった。それが「支援」であり、「成功への後押し」だというなら、そんなものはいらない。海咲は一歩前に出て、鋭い視線を真波に投げた。「川井夫人、それが事実だとしても、だからといって亜を傷つけてもいいという理由にはなりません!」海咲には確信があった。前回亜が命を落としかけたのは、明らかに秋年の異常な執着が原因だった。そして今日の、あの暴走――あれを見れば、秋年がどれほど危険な存在かは明白だった。真波は冷笑しながら立ち上がり、亜を指さして言い放つ。「『離れる』って言ってたわよね?