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妊娠を隠して消えた私と五年後に再会したら、元契約だけの恋人がしつこいんですけど?
妊娠を隠して消えた私と五年後に再会したら、元契約だけの恋人がしつこいんですけど?
作者: 美桜

第1話

作者: 美桜
last update 公開日: 2026-07-06 10:10:02

「……嘘…でしょう…?」

目の前の現実が受け入れられない。

山内香織(やまうちかおり)の顔色は青ざめ、その手は細かく震えていた。

*

「おめでとうございます。妊娠9週です。しかも、双子ですよ」

診察を終えて医師の前に座った途端、そんな風に言われた。

双子…。本当ならすごく嬉しい。

香織は子供が好きだ。自分の子供ができたら絶対に甘やかして、ちょっと我儘で、でも可愛らしい、誰からも愛される子に育てる。ずっとそう思っていた。

でも…。

香織の胸は痛みに張り裂けそうだった。

恋愛感情は持たない。妊娠をしてはならない。

それは、彼との約束だった。

香織は唇を噛み締め、俯いていた。

そんな彼女を見た医師は、彼女がこの妊娠を望んでいないと誤解した。

「お相手の方とよく話し合われてみてください。こんなおめでたいことはないのですから」

「…はい」

そう答えるしかなかった。

どうしよう…。どうしたらいいの…?

診察室を出て、待合室で料金の精算を待っている間、香織の頭の中は迷いが渦巻いていた。

彼女は、直属の上司であり、秘密の契約恋人でもある都月渉(とつきわたる)の子を身ごもってしまった。

しかし〝妊娠してはならない〟というのは、彼と交わした絶対の約束だった。

あと1週間で終える契約を、こんなことで破棄する訳にはいかない。自分にはまだお金が必要なのだから。でも…。この子たちを諦めたくないっ…。

どうして…なんでよりによって、このタイミングで…。

*

香織は、都月渉の秘書だった。

3年前のあの夜、彼は宴会で薬を盛られ、彼女はホテルへ呼び出された。

300万円ー。

一夜限りの対価だった。

彼女にはお金が必要だった。

祖母の療養費が重くのしかかり、他に選択肢はなかった。

翌日、渉は彼女にある提案をした。

「月給500万円で、恋人契約を結ばないか?」

同居、日常の世話、夜の相手。契約期間は3年。

条件は、冷徹に明記されていた。

〝恋愛感情は抱かないこと〟〝妊娠しないこと〟

違反した場合、契約は即時解除。

「お受けします」

彼女は迷うことなく署名した。

恋愛は必要ない。ただ、お金だけが必要だった。

でも香織は気づかなかった。

3年間、彼は優しく、丁寧で、何よりも彼女を大切に扱った。

彼女は徐々に、まるで粉雪が降り積もるように、渉を愛してしまっていた。

香織は期待した。

もしかしたらこの妊娠をきっかけに、自分たちは本物になれるかもしれない…。

「…そうだわ」

もしかしたら、彼は受け入れてくれるかもしれない。

やがて彼女は一つの決意を胸に顔を上げ、静かに病院を後にしたのだった。

*

その日の夜。

香織がまんじりともせずに渉の帰りを待っていると、微かに酔った彼が玄関の扉を開けた。

「お帰りなさい」

「……ああ」

酔いで若干トロンとした目を向けてくる彼に、香織は苦笑してひとまずシャワー室に押し込んだ。

その間彼女は妊娠のことをどう切り出そうかと胸を高鳴らせて悩み、一人唇を笑みの形にしていた。

そしてー。

渉がシャワーを終えて寝室に戻って来ると、仄かに香るボディーソープの香りが彼女の鼻を刺激した。

気持ち悪くはならない。けれど、胸の高鳴りが異常で、お腹の子らに影響しそうだ。

そう思って、香織は顔を上げた。

渉のプロポーションは完璧だった。

引き締まった上半身に見事なシックスパック。滑らかな肌を滑る水滴が、あらぬ妄想を掻き立てる。

香織は顔を赤くして、目を逸らした。

「どうした?」

笑いを含んだ渉の言葉と、緩く背中に回された腕に閉じ込められて、香織の耳までが赤く色づいていた。

チュ…

耳に落とされた軽いキスに、胸がときめく。

「いいか…?」

掠れた声が、彼の情欲を示していた。

香織はその瞬間、ハッとして身じろいだ。

「ごめんなさい…今日は…」

「ん…?」

その間も、彼女の耳や首筋に彼の唇が触れている。

香織は思い切って渉の腕を何度か叩き、その行為を止めさせる。

「今日は…気分じゃないの…」

「……」

そう言うと、渉は仕方なさそうに息を吐き、身支度を整える為にクローゼットに向かった。

香織は、ふと思いついたように口を開いた。

「…営業部の田中さん、妊娠したらしいですよ。産休を取るって、社内でも噂になっててー」

できるだけ世間話のように聞こえるよう、さり気なく言った。

だが渉の反応は淡々としていて、「そうか」と一言返しただけだった。

香織は唇を噛み、もう一言だけ付け加えた。

「ご主人がすごく喜んでるみたいで…。ご夫婦でずっと望んでいたらしくてー」

「香織」

渉は、冷たく彼女の言葉を遮った。

「…はい」

「避妊薬、きちんと飲んでいるよな?」

「……」

その瞬間、香織は見えない手に心臓を掴まれたような気がした。……理解してしまった。

彼女は視線を落とし、無理やり口元に笑みを浮かべた。

「ええ…もちろん、飲んでます」

「それならいい」

背を向けたまま話す彼の姿を見つめながら、香織の胸に灯っていた微かな灯火は、音もなく消えていった。

渉は、彼女の落胆に気づかないまま、あるいは気づいていても気に留めることなく、話し続けた。

「明日、パーティーがあるから参加して」

「…うん」

香織は彼の機嫌を損ねただろうかと窺ってみたが、特にそういう感じでもなかった。

彼女は彼の第一秘書として、パーティーなどにはいつもついて参加する。だから今回もそのつもりだった。

だが続けて言った彼の言葉に、思わず目を見開いた。

「両親も来るから、そのつもりで」

「え……」

「なんだ?」

「あ、…ううん…なんでもない」

3年…。この3年間、彼女は彼と共に数えきれないほどの場に同席してきた。

外部のレセプション、ビジネスの接待、取引先との会合…。

だが、彼の両親が出席する家族の集まりにだけは、一度も同行を許されたことがなかった。

これが、初めてだった…。

もしかして…。もしかして、私を…?

彼女は、渉が自分を恋人として両親に紹介するつもりだろうか…?と思い、興奮した。

そう考えて、香織はベッドに入ってからもなかなか寝付けなかった。

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