Share

第8話

Author: 楽しくお金を稼ごう
大智が階段を駆け下り、怒りを込めて睨みつけた。「僕はそんなこと絶対許さない!」

「パパ、これはパパがデザインした家だよ」

「僕のおもちゃも、滑り台も、プールも、それに庭で恵里さんが作ってくれたブランコも……僕、この家のすべてが好きなんだ。ママに壊されたくない」

天音は無表情で大智を見つめた。その視線に大智は怯え、蓮司の背中に隠れた。

天音の目はいつも優しく愛に満ちていた。こんなふうに大智を見るのは初めてだった。

大智は胸がざわついた。まさか天音が放課後に恵里と会っていたことを知っているのか。

「パパ、ママに言ってよ」

大智は首をすくめて、小さな声で言った。

蓮司は穏やかな笑みで大智の頭を撫でた。

「見てごらん、ママが大智の誕生日に合わせて特別な印をつけてくれた。壊してリフォームするのは、大智の誕生日を祝うためなんだ。

それに、もうすぐ家族が増えるから、家の間取りも変えるべきだろう。

ママ、そういうつもりだったんだよな?」

天音はそっけなく「ええ」とだけ答えた。

大智は驚いた顔で天音の前に駆け寄り、首を抱きつき、頬にキスした。

「ママ、僕が誤解してた。

やっぱりママは僕のことを一番愛してくれてるんだ」

昨夜、蓮司は「天音の大切な結婚指輪は、蓮司と天音の愛の象徴で、大智と同じくらい大切だ」と大智に話した。

だから天音は怒って一緒に寝てくれなかったのだと気付いた。

今朝、大智は謝るつもりだった。

でも、今考えれば、心配など必要はなかった。

ママはやっぱり大智が大好きで、どんなに大きな間違いをしても必ず許してくれる。

怒ってもすぐ機嫌が直る。

だから謝る必要なかった。

天音は大智のあどけない笑顔を見て心がほぐれ、手を伸ばして大智を抱きしめた。

だが大智は天音の腕からすり抜け、食卓の向こうに行き、朝食を食べ始めた。

天音の手はそのまま宙に残った。

「でも、天音はなんで自分の愛車まで壊そうとしたんだ?」

蓮司は天音の前にしゃがみこみ、手を握った。ひんやりした感触に、蓮司は少し驚いた。

天音は蓮司の優しい眉と目を見つめ、昨夜の光景が脳裏に蘇り、目が赤くなった。「もう好きじゃないし、誰にもあげたくないの」

蓮司は天音をじっと見つめ、唇を動かした。「分かった。天音の物は、たとえ好きじゃなくても他の誰にも触れさせない」

「じゃあ、どこに住むの?」大智はサンドイッチをほおばりながら尋ねた。

「実家に戻るよ。おばあちゃんと一緒に住むんだ」

蓮司の言葉で、天音は会社近くのマンションに引っ越す計画を打ち消した。

かつて、天音は千鶴と一緒に暮らすのが何より好きだった。

もし天音が行かなければ、蓮司に疑われる。

「やった!」大智は嬉しそうに手を振り回した。

お婆ちゃんがいれば、パパは自分を叱れない。

お婆ちゃんはアイスやキャンディもくれる。

蓮司は立ち上がりリビングを出て、ガラス越しに庭で電話をかけていた。

手でブランコに触れて、彼はロープに結ばれた花飾りを指でなぞっていた。

それは恵里が作ったブランコだ。

嫌悪感がこみ上げ、天音は視線を外した。

「仕事があるから先にいくね」

天音は食器を置き、立ち上がった。

執事が天音のスーツケースを押して後ろからついてきた。蓮司や大智の物を除けば、天音の荷物はたった一箱だった。

以前の自分は、生活上すべてを二人に合わせてきた。優先順位を最後にしてきた過去を思い出し、滑稽さがこみ上げた。

庭では、蓮司が天音の去る姿をじっと見送っていた。彼はその底深い黒い瞳を細めていた

天音はとても痩せていた。

蓮司は携帯で指示を下した。「ここ数日、天音は何かに悩んでいるはずだ。俺に言えなくても杏奈には話すだろう、杏奈にさりげなく聞いてくれ」

携帯から健太の慎重な声が聞こえた。「蓮司……天音、まさか蓮司と恵里のことに気づいたんじゃ……」

「そんなはずない!」

蓮司はきっぱりと言い切った。

「そうだよな、ありえないよ」健太も同調した。「もし気づいてたら、絶対に大騒ぎして離婚するはずだ」

「離婚」という言葉に、蓮司の胸は一瞬締めつけられた。

天音が車に乗り込んだのを見届け、蓮司は電話を切ってそのまま後を追った。

天音が蓮司を待たずに一人で会社に向かうのは、滅多にないことだった。

しかし車のドアが蓮司の目の前で閉じ、天音は真っすぐ前だけを見て、蓮司を一度も振り返らなかった。

蓮司はただ車が遠ざかっていくのを呆然と見送るしかなかった。

リビングに戻ると、天音の席には手つかずの麺と牛乳が残されていた。

「天音、一口も食べてくれなかったのか?」蓮司が聞いた。

「ええ、天音奥様は朝から元気がなくて、多分食欲もなかったのでしょう」と使用人が答えた。

蓮司の手料理は、食欲がなくても天音は必ず少しは口にして、「美味しい」と褒め、キスで労ってくれたものだった。

蓮司は眉間に深いしわを寄せると、健太の言葉が脳裏をよぎった。

天音は東雲グループのコンピュータ部門の顧問で、時々マネージャーにアドバイスもしていた。外部からハッキングされた時や社員がミスをした時、こっそりと手助けをしていたが、それを知る者はいなかった。

留学経験もあったが、実は隊長にスカウトされたのだ。

蓮司と結婚するため、天音は組織を離れ、キャリアを捨てた。

離れる時、隊長に「誰にも本当の素性や能力を明かさない」と約束した。

だからみんなの目には、天音は力もなく逆らえないコネ持ちに見えていた。

天音が辞表を出した時も、マネージャーは一切反論できなかった。

マネージャーは額の汗を拭いながら言った。「天音様、何か不満な点でもありましたか?」

「いいえ、私の都合です。あなたと関係ありません」天音は淡々と答えた。

「辞表は蓮司社長に提出しなければいけませんか?」

実際、訊くまでもない。天音が辞めるとなれば蓮司はすぐそれを知る。

ましてや、蓮司は何があっても天音に逆らわない。

「必要ないです」

「では、人事部に回しておきます」

天音は軽く頷き、マネージャー室を出た時、杏奈がやって来た。

高橋家と風間家は昔からの付き合いで、杏奈と蓮司は幼馴染のようなものだ。

天音が風間家に来て以来、杏奈とすぐ親友になり、蓮司が自分を怒らせた時は、杏奈が必ず味方になるのだ。

蓮司以外で、杏奈は自分が最も信頼する人だった。

「天音、私、健太に裏切られた……」

「恵里と浮気してたみたいなの」

杏奈はオフィスに入るなり、泣きながら天音に飛びついた。そのか細い嗚咽に、天音の心は大きく揺れた。

これまで杏奈が泣くのを見たのは一度だけ。天音の結婚式の日だった。

今回が二度目だ。

「杏奈、違うよ。健太は杏奈を裏切ってない」

昨日のことを思い出すと、天音の胸は締め付けられるようだった。

「もう私を騙さないで、みんな知ってるんだから」杏奈は怒り混じりに泣いた。「私、婚約を解消する」

杏奈は本当に健太のことが好きで、他の誰とも結婚する気はなかった。

健太も杏奈をとても大切にしていた。

たとえ健太が悪人の片棒を担いだとしても、天音は自分のせいでこの二人を別れさせたくなかった。

愛に傷つく痛みを、杏奈には絶対に味わってもらいたくなかった。杏奈は天音にとって一番大事な友人で、きっと真実を知っても口外しないと信じていた。

「杏奈、恵里は健太の愛人じゃない、蓮司の女だったの。

蓮司が私を裏切ったのよ!」

ちょうどその時、ドアが開き、蓮司が入ってきた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Comments (5)
goodnovel comment avatar
magu
毎日一話ぐらい無料にしてくれればいいのに
goodnovel comment avatar
遠田ひろみ
1週間飲み放題これはサギ?
goodnovel comment avatar
祐子
別のを見たいのに画面が移動しない 課金する迄 出来ない仕組み?
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。   第520話

    部屋が薄暗く、要は天音の顔がよく見えなかった。ボタンを外そうとする天音の手を、要はそっと押さえた。口元には自然と笑みがこぼれる。天音がこんなに積極的なのが、嬉しくてたまらない。もし天音が、自分にすべてを打ち明けてくれたら、もっと嬉しいのに。要は天音の顎を持ち上げ、その唇にキスをした。墨の香りが彼女を包み込む。天音がキスを返そうとすると、要はその小さな顔を押さえた。「今日はもう遅い。早くお休み。な?俺は、やることがあるから」がっかりして手を下ろした天音を、要は抱き上げてベッドに寝かせた。要はいつものように天音に布団をかけると、ベッドサイドに座って背中を優しく叩き、寝かしつけようとした。しかし天音は、今夜はどうしても眠れそうになかった。天音は何とか目を閉じて、寝ようと試みる。でも、すぐに限界が来た。天音は要の手を払いのけ、くるりと寝返りをうって彼に背を向けた。要は、その子供っぽい態度がおかしくてたまらなかった。どうして急に、機嫌を損ねたんだろう?化粧をしたのに、可愛いって言わなかったからかな?さっきキスしたとき、口紅のべたっとした感触で、天音が口紅をしていることには気づいていた。要は天音の小さな頬に触れてみる。さっきは気づかなかったが、ファンデーションが塗られているのが分かった。要はその場から離れ、部屋を出た。そのことに、天音はますます腹を立てた。ベッドから起き上がり、バスルームに行って化粧を落とす。戻って横になろうとベットに倒れ込んだ瞬間、うめき声が聞こえた。どうやら、誰かを押し潰してしまったらしい。そんな驚く天音を温かい腕が抱きしめ、唇を塞ぐ。墨の香りと、ほんのり香る石鹸の匂い。天音は少しほっとしたが、それでも相手の胸を押しのけようとした。だって、それは要だったから。要は人の心を読むのに長けている。特に、天音のような単純な人は、要の相手ではなかった。ただ、何が原因で機嫌を損ねたのかは分からなかったが。天音は普段化粧をしないし、自分もしてほしくないと思っている。それなのに、急に……「用事があるんじゃなかったの?」そう言いながら天音が力を込めて要の胸を押し返す。「終わらせてきた」天音の機嫌を直す方が、今は大事だ。要は天音の小

  • 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。   第519話

    「隊長の妻になるのは、この私だったはずなのに!どうして加藤さんなんですか?」要はその場で足を止め、ゆっくりと目線を落とす。澪の涙に濡れた顔には、これまで見せたことのない鋭い眼差しが宿っていた。要が冷酷にならないわけがない。要は、かつて死体の山から生還した男なのだから。要は感情のない声で尋ねた。「俺のことが好きなのか?」澪は驚いて要を見上げると、まるで希望を見出したかのように力強く頷いた。「俺が好きだから、俺の妻を殺そうとしたと?」要の無機質な声が更に冷たくなっていった。「君なんかが、生きていていいはずがない。人の命を軽んじるだけではなく、自分の人生さえも軽んじている」要は、自分は天音に危険しかもたらさない、と蓮司に言われたことをふと思い出した。要が歩き出すと、澪は声を上げながら地面に崩れ落ちた。「隊長!私が証人になります!木下部長が彼の息子を殺そうとしたことを証言しますから!」ああ、最後の希望もどうやらなくなったようだ。いや、違う。希望なんてとうの昔からなかったのだ。だって、要は天音のためなら、彼自身のキャリアを捨てることさえ厭わないのだから。これほどまでに、天音を愛している。そのことに気づいてはいた。ただ、悔しさがずっと邪魔をしていただけ。要は振り返ってはくれなかった。彼の怒りを表すかのような、ドアが乱暴に閉められる音だけが残った。澪は瀆職と殺人未遂の容疑で、暁によって検察に送還された。彼女は刑務所の中で、残りの人生を送るのだろう。要は庁舎を大股で出ると、運転手から鍵を受け取り、自ら運転席に乗り込んだ。そして、猛スピードで家へと車を飛ばす。廊下の明かりが彼の影を長く伸ばす。激しく上下する胸の呼吸に合わせて、その影もかすかに揺れていた。天音はパソコンデスクに突っ伏して眠っていた。スクリーンの光が天音に降り注ぎ、まるで守りのベールのように華奢な体を包み込んでいる。天音の部屋は薄暗かった。天音は夜に電気をつけるのが嫌いで、いつも闇の中に身を隠そうとする。まさにハッカーの性分とでも言うのだろう。要は天音のそばに歩み寄り、そっとその小さな顔に触れる。そこには涙の跡が残っていた。ノートパソコンの画面に写る写真に目をやると、マインスイーパシステムが、まだデータを分析し続けてい

  • 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。   第518話

    要には、大智がかなりの努力を重ねてきたことが分かった。「おやすみ」要は立ち上がって部屋を出て行こうとした。大智が要を呼び止める。「遠藤おじさん、ありがとう」要はかすかに笑うと、大智のためにドアを閉めた。三階では、シャワーを終えた天音がデスクの前に座っていた。ノートパソコンの画面をぼんやりと見つめ、考え込んでいた。『マインスイーパ』はすでに起動し、英樹と恵梨香のツーショット写真の分析を続けていた。……要は香公館を出てると、庁舎へと車を走らせた。記者会見がもう終わり、スタッフが次々と帰っていく中、会議室だけはまだこうこうと明かりがついていた。要が会議室のドアを開けると、恐怖におびえる澪と目が合った。要は上座に座ると、冷めた表情を浮かべる。「隊長、本当に私じゃありません!」澪は要の足元に駆け寄り、すがるように跪いた。達也もかばうように言った。「隊長、野村さんは隊長に仕えて、もう5、6年になるんですよ。裏切るはずがありません。もしかしたら、前にいた特殊部隊隊員の誰かかもしれませんし」澪は要の手にしがみつき、充血した目で要を見上げ、必死に訴える。「私が隊長を裏切るなんて絶対にありません。あの時助けていただいた恩を仇で返すなんて、私は絶対にしません!」しかし、要は淡々と暁に視線を送った。暁は前に進み出て澪を引き離すと、手にしたファイルをデスクの上に置いた。「私のオフィスに入れるのは、あなたと山本さんだけですし、シュレッダーにかけた書類は、いつも私自身で後始末しています。そして、離婚届の一部がなくなったあの日、私のオフィスに来たのはあなただけでした」「何を根拠にそんなことが言えるですか!別に、あなたのオフィスに監視カメラがあるわけでもないのに!」澪が目を吊り上げて叫ぶ。「自分のミスで離婚届を流出させて大騒ぎになったからって、私に濡れ衣を着せるつもりですか?」暁は澪が逆ギレするとは思わず、何だかとても気分が冷めた。「廊下には監視カメラがあるんですよ、野村さん」澪は一瞬固まったが、すぐに言い返した。「入ったからって、私が盗んだ証拠にはならないでしょ?」「話にならないですね」暁はため息をつくと、携帯を取り出してある録音を再生した。それは、とても長い録音だった。澪が要の元に戻ってきてからの、全

  • 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。   第517話

    天音の手を、要が握ってくれた。要は天音の耳元でささやいた。「この女が俺にちょっかいを出してきたんだ」その言い方は、まるで告げ口をしているかのようだった。天音はきょとんとして言った。「ただのナンパでしょ?ただあなたの連絡先が聞きたかっただけで、別にあなたを取って食おうってわけじゃないじゃない」「彼女は、君を不愉快にさせた」要はスーツを脱ぐと、そばにあったゴミ箱に投げ入れた。この間、智子と少し話しただけで、天音に見捨てられそうになったことを要は忘れていなかった。「そんなことないわ。ただ、あなたが既婚者だって知らなかっただけよ」天音はゴミ箱のスーツをちらりと見た。どういうわけか、要のその行動に胸がじんと熱くなるのを感じた。「彼女を放してあげて」要が特殊部隊の隊員に視線を送ると、隊員はすぐに女性の手を離し、丁寧に詫びの言葉を述べた。「指輪をしておくべきだったな」要はふっと小さくため息をついた。そして、ふと視線を下げると事情がのみ込めずにいる天音のまなざしとぶつかった。「ナンパ?君もよくナンパされて、連絡先を聞かれたりするのか?」要は天音を抱き寄せ歩きながら、耳元でささやいた。何だかくすぐったい。天音は耳元のおくれ毛をかきあげ、顔を赤らめた。「そんなにしょっちゅうってわけじゃないわ」「言い寄ってきている男は何人いるんだ?」要は食い下がった。彼が知っているのは龍一一人だけだったから。「龍一の他にも、誰かいるのか?」「いるわけないでしょ?だって、私はあなたの妻なのよ、誰がそんなことするっていうの?」「知っている人間は少ない」要は呟くように言った。ネットで拡散された写真も、ぼやけた横顔だけだったし。しかし、天音は聞き取れなかったようだ。「え、何?」要は天音の顔を両手で包み込み、真剣な眼差しで言った。「君が俺の妻だと知っている人間は、ほとんどいないんだ。だから、もし君に言い寄ってくる奴がいたら、必ず断るんだぞ」天音はまつ毛を小さく震わせた。要の真剣な眼差しに、胸がどきりと高鳴り、痺れるような感覚に襲われる。「もう、本当に」天音はそう呟きながらも、心の中では別のことを考えていた。もしA国のY市にいる、あの心臓外科の専門医が……もし、突然帰ってきたら……でも大丈夫。要はこん

  • 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。   第516話

    蓮司は要を突き飛ばし、地面から起き上がった。蓮司の表情は暗く、その漆黒な瞳には血に飢えたような冷たさが宿っていた。「やれるもんならやってみろよ、遠藤隊長。お前の思い通りなんかにはさせないからな!」しかし、要は特に相手にすることもなく、外へ向かって歩き出す。蓮司は追いかけようとしたが、達也によって阻まれた。蓮司は要に向かって低く唸るように叫ぶ。「離婚届のことは、お前の周りの人間しか漏らせない。それに、ずっと面倒事を起こしているゼロだが、最終的なターゲットは叢雲じゃなく、お前だ。道明寺が潰したい相手も……お前だ。だからな、遠藤。お前が天音にもたらすのは、いつだって危険だけなんだよ。俺だけが天音を安全に、そして何の心配もなくいさせてやれるんだ」要はドアノブに手をかけ、蓮司の方を横目で見た。その無関心そうな眼差しの奥には、誰にも気づかれない悲しみが宿り、冷たく光っていた。「かつてのお前は、天音にとって世界の全てだった。なのに、お前の裏切りで、天音の世界をめちゃくちゃにしたんだ。風間、その口で何を言ってるんだ?お前なら天音を心配させないだって?お前こそそんなこと言う資格があるのか?」そう言い終えた要は、ガラスの向こうにいる天音の穏やかな視線に気づき、全ての感情を抑え込むと、ドアを開けて外に出た。ドアベルが、ちりんちりんと音を立てて鳴った。天音は戻ってきた要の大きな手を掴む。「子供たちが眠たそうだったから、車で先に帰らせたわ」「俺を待ってたのか?」「ええ、だってあなたお酒を飲んでいるから」「じゃあ、良い覚ましがてら少し買い物にでも行くか?」「何か買いたいものでもあるの?」「そうだなぁ」買えるのであれば、時間が欲しい。天音の十年、二十年、そしてそれから先の何十年も…………達也は蓮司を押しのけると、大智のピアノの模型を手に取り、レストランを出て二人の後を追った。蓮司はガラス窓越しに、要と楽しそうに話しながら遠ざかっていく天音を見つめていた。天音の穏やかな顔立ちと静かな微笑みは、まるで自分と一緒にいた頃の、何も心配事のなかった姿そのものだった。爪が手のひらに食い込み、血が一滴、また一滴と滴り落ちた…………二人は化粧品店に入った。天音はボディソープで十分いい香りだと思って

  • 妊娠中に一緒にいた彼が、彼女を失って狂った話。   第515話

    ……ファミリーレストラン。スタッフが二人のためにレストランのドアを開けてくれたので、天音は要に腰を抱かれがら入る。しかし、天音は目を疑った。そこには、息子と娘と一緒に蓮司がいたのだった。蓮司はピエロの格好をしていた。バルーンアートの風船でウサギを作り、それを想花に手渡している。天音たちに気づいた想花は大喜びで駆け寄ってきて、天音に力いっぱい抱きついた。「ママ、ずっと待ってたんだよ!」想花の勢いに、思わずよろけてしまった天音を、要がしっかりと支える。想花は続けて要の足に抱きついた。「パパ!パパが呼んでくれたピエロさん、私、とっても大好き!ジャグリングもできるし、面白いお話もしてくれるの。それに、手品もすごいんだよ」要は屈んで想花を抱き上げると、静かに大智へと視線を移した。大智は悲しげな表情で、少し気まずそうにしている。「気に入ってくれたならよかった」要は静かに答えた。想花は要の肩に顔をうずめて、小さな声で囁いた。「パパすごいね。ちゃんとママを連れ戻してきてくれた」そう言って、想花は要の頬にキスをした。要は少し表情を緩ませると、そのまま大智に想花を預ける。「大智くん、想花をお願いしてもいいかな。もう帰ろう」大智の視線が、テーブルの上のプレゼント箱に向けられる。箱はすでに開けられていて、中にはピアノの模型が入っていた。要は表情を変えず、穏やかな口調で言った。「君のプレゼントは、俺が持っていってあげよう」大智の緊張が解けたのが分かった。彼は要のそばに歩み寄ってきて、想花を抱きかかえた。彩子と由理恵も、後を追って出て行った。「先に行ってて。俺もすぐに行くから」要は天音の肩にかかる髪を優しく撫でながら、甘い声で囁いた。天音の張り詰めていた空気が和らぐ。彼女は視線を要に戻すと、そのまま外に出ていった。レストランのガラスドアが揺れ、ドアベルがカランコロンと音を立てる。要は愛する妻と子供たちが、角に停めてある黒い車へ向かうのをガラス越しに見送ると、視線を蓮司に向け静かに口を開いた。「風間社長、いつまで彼女に付きまとうおつもりなんですか?」「想花と大智は俺の子供だ。お前に、俺たち親子が会うのを邪魔する権利はない」「つまり風間社長は、一生付きまとうと?」要から、強烈で氷のようなオーラが放た

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status