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次の調停

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-08-25 11:16:04

 次の調停の日がやってきた。

 美月は前回と同じように、藤崎と家庭裁判所を訪れていた。

 緊張していないわけではない。

 けれど、前回ほど身体は強張っていなかった。

「お気持ちに変わりはありませんか?」

 調停委員に尋ねられ、美月は頷く。

「はい。離婚したいです」

「ご主人は、今回も夫婦関係を続けたいと希望されています」

「そうですか」

 予想していた。

「ご主人からは、生活を立て直すために仕事を探しているというお話もありました」

「はい」

「今後は家族を大切にしたいと。その点を踏まえても、お気持ちは変わりませんか?」

「変わりません」

 美月は迷わず答えた。

「拓也がこれからどうするかとは別に、私はもう一緒に暮らしたくありません」

「分かりました」

 調停委員は静かに頷いた。

「では、そのご意向としてお伝えします」

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  • 妊娠中に夫が浮気。お腹の子を守るため離婚を決意したら御曹司に溺愛されました   来てほしくない

     数日後。 美月は健診のため、病院を訪れていた。 診察を終え、医師から今回も問題ないと聞いて、ようやく緊張がほどける。「ありがとうございます」 診察室を出たあと、美月は少し迷ってから受付へ向かった。「あの、相談したいことがあるんですけど」「はい。どうされましたか?」「夫のことで……」 受付の女性が美月を見る。「できれば、夫が来ても私のことを教えないでほしいんです」 言葉にすると、胸がざわついた。「今、離婚の話し合いをしていて、直接会うことも避けています」「そうなんですね」「以前、この病院の近くで待っていたこともあって……」 正確には、以前病院で偶然拓也に見つかった。 けれど今となっては、また来る可能性を考えずにはいられない。「少々お待ちください」 受付の女性は奥の職員へ声を掛けた。 しばらくして、美月は別の場所で詳しい事情を説明することになった。 現在、離婚調停中であること。 警察にも相談していること。 本人への直接の連絡を控えるよう言われているにもかかわらず、実家へ第三者を使って手紙を届けてきたこと。「夫が来た場合、私の予約日とか、通院しているかどうかを教えないでもらえますか?」「もちろん、患者さんの受診状況や予約について、ご本人の同意なくお答えすることはできません」「良かった……」「ご不安があるということですので、院内でも情報を共有しておきますね」「お願いします」 美月は頭を下げた。 こんな相談までしなければならない。 少し前なら、申し訳ないと思っていたかもしれない。 けれど今は違う。 自分と子どものために必要なことだ。 診察を終えて病院を出ると、蒼真の車が待っていた。

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     次の調停の日がやってきた。 美月は前回と同じように、藤崎と家庭裁判所を訪れていた。 緊張していないわけではない。 けれど、前回ほど身体は強張っていなかった。「お気持ちに変わりはありませんか?」 調停委員に尋ねられ、美月は頷く。「はい。離婚したいです」「ご主人は、今回も夫婦関係を続けたいと希望されています」「そうですか」 予想していた。「ご主人からは、生活を立て直すために仕事を探しているというお話もありました」「はい」「今後は家族を大切にしたいと。その点を踏まえても、お気持ちは変わりませんか?」「変わりません」 美月は迷わず答えた。「拓也がこれからどうするかとは別に、私はもう一緒に暮らしたくありません」「分かりました」 調停委員は静かに頷いた。「では、そのご意向としてお伝えします」 美月は小さく息を吐く。 前回と同じだ。 拓也が何を約束しても、自分の答えは変わらない。 しばらくして、今度は拓也が調停室へ入った。「奥様は、離婚の意思に変わりはないとのことです」「……またですか?」「はい」「俺が仕事を探してることは伝えました?」「お伝えしています」「もう浮気もしないってことも?」「夫婦関係を改善したいというご意向についてもお伝えしています」「それでも?」「はい」 拓也は黙った。 以前なら、そこで苛立っていたかもしれない。 けれど今日は違った。「分かりました」 調停委員が少し意外そうに拓也を見る。「離婚に同意されるということでしょうか?」「違います」 拓也は穏やかに答えた。「離婚はしません」「そ

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     翌日。 拓也は近所のドラッグストアにいた。 目的は決まっている。 美月が帰ってきた時に必要なものを揃えるためだ。「シャンプー……これだったよな」 棚に並んだ商品を見比べる。 美月が以前使っていたもの。 同じパッケージを見つけ、かごへ入れた。 次は歯ブラシ。 洗顔料。 化粧水。 拓也は店内を歩きながら、以前家にあったものを思い出していく。「これも使ってた気がする」 正確には覚えていない。 それでも、見覚えのある商品を次々とかごへ入れた。 会計を済ませる頃には、袋が二つになっていた。 家へ戻ると、和江が驚いた顔をする。「ずいぶん買ったのね」「美月の」「全部?」「うん」 拓也は袋を持って、自分たちが夫婦で使っていた部屋へ向かった。 美月が出ていってから、ほとんど変わっていない。 空いている場所へ、買ってきたものを一つずつ置いていく。 洗面所には新しい歯ブラシ。 浴室にはシャンプー。 棚には洗顔料と化粧水。「これでいいか」 拓也は少し離れて眺めた。 足りないものは、美月が帰ってきてから買えばいい。 何を使いたいのか、その時に聞けばいい。「拓也」 和江が洗面所を覗く。「これ、開けない方がいいんじゃない?」「なんで?」「いつ帰ってくるか分からないでしょう」「でも、すぐ使える方がいいじゃん」「歯ブラシくらいは袋のままでいいんじゃない?」「……それもそうか」 拓也は歯ブラシだけ元の包装へ戻した。 その顔は真剣だった。 美月を困らせないために準備している。 本人

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     数日後。 和江が掃除をしていると、拓也が廊下を何度も行き来していた。「さっきから何してるの?」「ちょっと片付けようと思って」「珍しいわね」 拓也は返事をせず、家の中を見回した。 美月が出ていってから、そのままになっているものも多い。 もちろん、美月が持っていったものもある。 けれど拓也には、それが一時的なことのように思えていた。「赤ちゃんが来るなら、物多いよな」 和江が振り返る。「赤ちゃん?」「うん」 拓也は当然のように答えた。「帰ってきた時に危ないものがあったら困るだろ」「……そうね」「この辺も片付けた方がいいかな」 拓也はリビングの棚を見る。 赤ちゃんが生まれて、すぐに歩き回るわけではない。 そんなことは考えていなかった。 ただ、美月と子どもが帰ってくる。 そのための準備をしておきたかった。「母さん、この棚使ってる?」「上の方は使ってるけど」「じゃあ下だけ空けてよ」「何を入れるの?」「赤ちゃんのもの」 まだ、ガーゼハンカチ一枚しかない。 それでも拓也の中では、そこはもう子どものための場所だった。「ベビーベッドって必要かな」「さあ。美月さんに聞かないと分からないんじゃない?」「今は聞けないから」 拓也はスマートフォンを取り出す。「調べればいいよ」 ベビーベッド。 ベビー布団。 哺乳瓶。 おむつ。 次々と検索する。「結構いろいろいるんだな」「生まれる前に全部買う必要はないでしょう」「でも、帰ってきて何もなかったら困るじゃん」 帰ってくる。 和江も、もうその言葉に何も言わなかった。 拓也は商品を眺めながら、楽しそうにしている。「これ、かわいいな」 小さなベビー服だった。 淡い色のロンパース。「サイズ分かんないけど」「生まれてからでいいんじゃない?」「そうかな」 拓也は少し迷って、画面を閉じた。「じゃあ、今は場所だけ作っとく」 その日の午後。 拓也は棚の下段を空にした。 中に入っていたものを別の場所へ移し、きれいに拭く。 そして、一枚だけ持っているガーゼハンカチを置いた。「……よし」 何もない棚。 その真ん中に、小さなハンカチだけが置かれている。 拓也は満足そうに眺めた。 一方。 美月はサービスアパートメントで、藤崎と電話をしていた。『次回も

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     それから数日。 美月はサービスアパートメントで、穏やかな時間を過ごしていた。 拓也からの電話もない。 実家に手紙が届くこともない。 藤崎からも、新たな接触についての連絡はなかった。「最近、静かですね」 昼食を終えたあと、美月が呟く。「ご主人のことですか?」「はい」 蒼真に聞かれ、美月は頷いた。「何もない方がいいのに、何もないと逆に気になっちゃって」「また何かあるのではないかと?」「……たぶん」 電話に出なければ、別の番号から掛けてきた。 会うことを拒めば、実家へ手紙を届けてきた。 何度もそんなことが続いたせいで、静かな時間にも身構えるようになっていた。「でも、ずっと気にしてても仕方ないですよね」 美月は苦笑する。「次の調停もあるし、今は自分のことを考えます」「それがいいと思います」 蒼真はそれ以上、拓也の話を続けなかった。 そのことに、美月は少しほっとした。 一方。 拓也はスマートフォンのカレンダーを眺めていた。 次の健診だと予想した日まで、まだしばらくある。「長いな……」 待っていればいい。 そう決めたはずなのに。 数日経つと、もう美月の様子が気になっていた。 あの日見た美月。 以前より丸くなった腹。 隣を歩く九条。 思い出すたび、胸の奥がざわつく。「俺の子なのに」 何度目か分からない言葉を呟く。 その時、ふと思った。 病院へ行く時しか、美月は外に出ないのだろうか。 買い物。 食事。 散歩。 普通に生活しているなら、ほかにも外へ出るはずだ。「……どこに住んでるんだろ」 以前から気になっていた。 九条が用意したサービスアパートメント。 それ以上は分かっていない。 調べようとしても、九条が経営する会社の情報ばかり出てきて、美月の居場所にはたどり着けなかった。「まあ、いいか」 拓也はスマートフォンを置いた。 無理に探す必要はない。 病院なら分かっている。 また会える。 そう自分に言い聞かせた。 けれど翌日。 拓也は、また病院の最寄り駅にいた。「……近くまで来ただけ」 もちろん、今日は健診ではないだろう。 それでも、もしかしたら。 そんな気持ちがあった。 前回と同じように、病院から少し離れた場所を歩く。 正面玄関が見える場所まで来て、拓也は足を止めた。

  • 妊娠中に夫が浮気。お腹の子を守るため離婚を決意したら御曹司に溺愛されました   次も会える

     美月が病院へ入ったあとも、拓也はその場を離れなかった。 どれくらい待てば出てくるのかは分からない。 けれど、帰るという考えはもうなくなっていた。 近くの店に入り、窓際の席へ座る。 そこからなら、病院の正面が見えた。「別に待ってるわけじゃない」 拓也はコーヒーを飲みながら呟いた。 少し休んでいるだけ。 美月が出てきても、話しかけるつもりはない。 ただ元気そうか確認する。 それだけだ。 一時間ほど経った頃。 病院から、美月と蒼真が出てきた。 拓也はすぐに身体を起こした。「出てきた」 美月は手に小さな紙袋を持っている。 蒼真と何か話しながら歩いていた。 その表情は明るい。 拓也の胸がざわつく。 自分と暮らしていた頃、美月はあんなふうに笑っていただろうか。「……九条がいるからって」 拓也は唇を噛んだ。 けれど、すぐに別のことへ気付く。 美月がお腹へ手を添えた。 ほんの一瞬だった。 それだけで、拓也の視線はそこへ釘付けになる。「俺の子……」 あそこにいる。 見えないだけで、確かに自分の子どもがいる。 なのに、自分だけが何も知らない。 今日の健診で何を言われたのか。 順調なのか。 予定日はいつなのか。「なんで九条は知ってるんだよ」 拓也の中で、苛立ちが膨らんだ。 夫である自分が知らないことを、九条は知っている。 それはおかしい。 順番が逆だ。 そう思った。 美月たちが車に乗り、走り去る。 拓也はその車を追わなかった。 今日は、それで満足だった。 美月を見ら

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