LOGIN「昼食……ですか?」
「ええ。外で食べるなら、こちらがいいかと思いまして」
蒼真が示した先には、立派なピクニックバスケットが置かれていた。
男性が蓋を開けると、中には色とりどりのサンドイッチやサラダ、フルーツがきれいに詰められている。
「本日は、こちらをご用意いたしました」
「……わあ」
思わず声が漏れた。
見るからに美味しそうだった。サンドイッチにはローストビーフやスモークサーモンが挟まれ、フルーツも一つ一つ丁寧にカットされている。
「お飲み物もございますので、どうぞごゆっくりお楽しみください」
男性はそう言って、蒼真に一礼した。
「ありがとうございます」
蒼真が礼を述べると、男性はその場を離れていった。
美月は、手に持っていたバッグをそっと見下ろした。
中には、今朝早く起きて作ったお弁当が入っている。
おにぎり
「蒼真さん、準備できましたか?」「ええ。いつでも出られます」 約束の日曜日。 内扉を開けた美月は、蒼真の姿を見て目を瞬かせた。 いつものスーツではなく、シンプルなシャツにスニーカー。肩には、見慣れない大きなバッグを提げている。「……そのバッグ、どうしたんですか?」「赤ちゃんとの外出に必要なものを調べまして」 蒼真がバッグを開けると、おむつにおしり拭き、着替え、タオル、ビニール袋まで、きれいに整理されていた。「えっ、全部準備したんですか?」「はい。美月さんばかりに荷物を持たせるわけにはいきませんから」 美月は思わず笑顔になった。「ありがとうございます! 助かります」 蒼真も嬉しそうに微笑んだ。 今日は美月が作ったお弁当もある。保冷バッグをベビーカーの荷物入れに収め、三人は出発した。 駅に到着すると、蒼真はさっそく立ち止まった。「……こちらですね」「何がですか?」「エレベーターです。昨夜、駅の構内図で確認しました」「あ、本当だ!」 美月は驚いた。 普段は車移動の蒼真が、わざわざベビーカーでの乗り換え方法まで調べてくれたらしい。「すごいですね!」「いえ。調べただけですから」 そう答える蒼真の表情は、どこか誇らしげだった。 ところが、改札を抜けたところで問題が発生した。「……美月さん」「はい?」「電車は、どちらに並べばよろしいんでしょうか」 蒼真はホームを真剣に見つめていた。 乗車位置を示す印がいくつもあり、どこに並ぶべきか迷っているらしい。「こっちです。ベビーカーなら、このあたりが乗りやすいですよ」「なるほど」 蒼真は素直に美月の後ろについてきた。 やがて電車が到着
「次のデート、決めました!」 数日後、美月は嬉しそうに蒼真へ告げた。「どちらへ行きましょうか?」「大きな公園です!」「……公園?」 蒼真が不思議そうな顔をした。「この前も行きましたが」「今度は、ちゃんと普通のピクニックをするんです。お弁当を持って、芝生でのんびりして、帰りにソフトクリームを食べるんですよ」「なるほど」 蒼真は真剣に頷いた。「では、車を――」「電車で行きます!」「……電車?」「はい。ベビーカーでも行きやすい駅を調べてあります。公園までも歩いて十分くらいですし」 美月はスマートフォンの画面を見せた。 そこには、子連れでのお出かけ情報をまとめたサイトが表示されていた。「授乳室もおむつ替えスペースもありますし、ベビーカーで歩ける道も多いんです。小さな動物と触れ合える広場もあるみたいですよ」「よく調べましたね」「もちろんです!」 美月は得意げに胸を張った。「それから、今回の予算は三千円です」「……三千円?」「はい。交通費は別ですけど、お昼はお弁当を作りますし、飲み物も持っていくので。現地で使うのは、おやつ代くらいですね」 蒼真は少し考え込んだ。「三千円で、足りますか?」「余ります!」 美月が即答すると、蒼真は目を丸くした。「……そうなんですね」「そうなんです!」 美月は笑った。「それに、子供がもう少し大きくなったら、遊具でも遊べますしね。今は芝生で日向ぼっこするだけでも十分です」 蒼真は、彼女の説明を興味深そうに聞いていた。「美月さんは、こういうお出かけをよくされるんですか?」「子供が生まれてからは、まだそんなに。でも、友達の
「……じゃあ、温め直しますね」「ありがとうございます」 美月は残っていたおかずを小皿に移し、電子レンジで温めた。おにぎりも、まだ手をつけていないものが二つ残っている。「本当は、もっときれいに詰めてあったんですよ」「そうでしょうね」「朝は、結構うまくできたんです」 美月が苦笑すると、蒼真は申し訳なさそうに眉を下げた。 二人でテーブルにつき、蒼真が卵焼きを口に運ぶ。「……美味しいです」「本当ですか?」「ええ。甘さもちょうどいい」 続いて唐揚げを食べた蒼真は、こちらも美味しいと褒めてくれた。 その言葉を聞いた途端、美月は胸がいっぱいになった。 今朝、欲しかったのは、この時間だったのだ。「……蒼真さん」「はい」「ちょっと、聞いてもらってもいいですか?」 蒼真は箸を置き、美月に向き直った。「もちろんです」 美月は膝の上で両手を握った。「私、蒼真さんには、本当に感謝してるんです。助けてもらって、住むところまで用意してもらって……。今も、すごくお世話になってます」「美月さん。それは――」「最後まで聞いてください」 蒼真が口を閉じる。 美月は小さく息を吸った。「助けてもらった立場で、こんなことを言うのは違うのかもしれません。でも、蒼真さんが私を喜ばせたいと思ってくれるのと同じくらい、私だって、蒼真さんに何かしてあげたいんです」 蒼真は黙って耳を傾けていた。「だけど、私はお金持ちじゃないし、水族館を貸し切ることも、高級なお店の料理を用意することもできません」 美月は、テーブルの上のお弁当を見つめた。「だから、せめてお弁当くらいはって思ったんです。蒼真さんが喜んでくれるかなって、朝から一生懸命作ったんですけど&he
コンコン。 内扉をノックする音が聞こえたのは、美月がお弁当を半分ほど食べ終えた頃だった。「美月さん、今、少しよろしいですか?」 蒼真の声だった。「あ、はい! ちょっと待ってください」 美月は慌てて箸を置いた。 お弁当箱を片づけようとしたものの、食べかけのまま冷蔵庫に入れるのも気が引ける。 結局、テーブルの端に寄せてから内扉を開けた。「お疲れではありませんか?」「大丈夫です。子供も、さっき寝たところなので」「そうですか。今日撮った写真をお送りしようと思ったのですが、少しお話ししてもよろしいですか?」「もちろんです。どうぞ」 美月に招かれ、蒼真は部屋に入った。「今日はありがとうございました」「こちらこそ。お天気もよくて、気持ちよかったですね」 美月がそう答えると、蒼真は穏やかに微笑んだ。 ところが、スマートフォンを取り出したところで、ふと視線を止めた。「……お食事中でしたか?」「あっ」 美月は思わずテーブルを振り返った。 そこには、朝から持ち歩いていたお弁当箱が置かれている。「すみません。ちょっとお腹が空いちゃって」「昼食が足りませんでしたか?」「いえ! そんなことはないです!」 美月が慌てて否定すると、蒼真は不思議そうに首を傾げた。「それは、手作りですか?」「……はい」「美味しそうですね」 蒼真は何気なくそう言ってから、お弁当箱の隣に置かれた保冷バッグに気づいた。 美月が公園へ持ってきていたバッグだった。「もしかして……」 蒼真の表情が変わった。「それは、今日のために?」 美月は返事に詰まった。 今さら隠しても仕方がない。「&h
「昼食……ですか?」「ええ。外で食べるなら、こちらがいいかと思いまして」 蒼真が示した先には、立派なピクニックバスケットが置かれていた。 男性が蓋を開けると、中には色とりどりのサンドイッチやサラダ、フルーツがきれいに詰められている。「本日は、こちらをご用意いたしました」「……わあ」 思わず声が漏れた。 見るからに美味しそうだった。サンドイッチにはローストビーフやスモークサーモンが挟まれ、フルーツも一つ一つ丁寧にカットされている。「お飲み物もございますので、どうぞごゆっくりお楽しみください」 男性はそう言って、蒼真に一礼した。「ありがとうございます」 蒼真が礼を述べると、男性はその場を離れていった。 美月は、手に持っていたバッグをそっと見下ろした。 中には、今朝早く起きて作ったお弁当が入っている。 おにぎりに卵焼き、唐揚げ。 蒼真が喜んでくれると思って、張り切って作ったものだった。「美月さん、こちらに座りましょう」「……はい」 蒼真がレジャーシートを広げる。 美月はバッグを脇に置き、子供の様子を確かめてから腰を下ろした。「美味しそうですね」「ええ。以前、利用したことのある店なので、味は間違いないと思います」 蒼真は満足そうだった。 美月が食事の準備をする必要がないようにと、気を遣ってくれたのだろう。 その気持ちは、よく分かる。 けれど。「……あの、蒼真さん」「はい?」 美月は口を開きかけた。 自分もお弁当を作ってきたのだと、今なら言える。 しかし、目の前には立派なサンドイッチが並んでいる。これだけの料理を用意してもらったのに、さらにお弁当を広げても食べきれないだろう。
「蒼真さん、次のお休みって空いてますか?」 夕食を終えた後、美月は隣に座る蒼真に尋ねた。「ええ。何かご希望が?」「ピクニックに行きませんか?」「ピクニック、ですか?」「はい。近くに大きな公園があるでしょう? あそこなら子供も連れていけますし、天気がよければ気持ちいいと思うんです」 蒼真は嬉しそうに頷いた。「いいですね。ぜひ」「ただし!」 美月は人差し指を立てた。「今回は、貸し切りも特別な手配もなしですよ。普通に公園へ行って、のんびりするだけです」「分かりました」「本当ですね?」「ええ。美月さんが行きたい場所ですから」 その返事に、美月はようやく安心した。 今度こそ、普通のデートができそうだ。「じゃあ、楽しみにしてますね!」「私もです」 蒼真が微笑むのを見て、美月はひそかに決めた。 今度は、自分が蒼真を喜ばせたい。 いつも何かをしてもらってばかりなのだから、たまには自分から準備するのもいいだろう。 そう考えた美月は、翌日からお弁当の献立を考え始めた。 サンドイッチもいいけれど、せっかくならおにぎりも作りたい。卵焼きに唐揚げ、それから彩りのいい野菜を少し。 蒼真は普段、どんなお弁当を食べるのだろう。 そもそも、手作りのお弁当なんて喜んでくれるだろうか。 少し不安になったものの、蒼真が自分の作った料理を美味しいと言ってくれた時のことを思い出し、自然と頬が緩んだ。 そして、ピクニック当日。 美月はいつもより早く起きて、キッチンに立っていた。 子供が眠っている間に下ごしらえを済ませ、卵焼きを焼いて、おにぎりを握る。 唐揚げも、蒼真が食べやすいように少し小さめにした。「……よし!」 完成したお弁当を見て、美月は満足げに頷いた。 二人分のお弁当