Se connecterその曖昧さを、急いで名前にする必要はないのかもしれない。 ただ、政治的な線だけは引いておく。 その上で、心が少し近づくことまで否定しない。 それが今の二人にできる精一杯だった。 王弟府の廊下へ戻ると、イリスが待っていた。 彼女はクラリスを見る。 次に、レオンハルトを見る。 それから、何も言わずに一枚の札を出した。 公私の距離、要確認 クラリスは足を止めた。 「イリス」 「必要かと」 レオンハルトが札を見て、真面目に頷く。 「正しい」 「殿下まで」 「かなり正しい」 イリスはもう一枚の札も出した。 文書で支える 「それも必要ですね」
「はい」 「王弟府の支援は文書に残す。王弟府記録官を通す」 「はい」 「私的な助言が職務判断に関わる場合は、後で要点を記録化する」 「はい」 「私が感情で君を守ろうとした時は」 そこで彼は少し詰まった。 クラリスは静かに待った。 レオンハルトは、短く息を吐く。 「止めてくれ」 「わたくしがですか」 「君が難しければ、イリス殿に」 扉の外に控えているはずのイリスが、なぜか気配だけで頷いたような気がした。 クラリスは小さく笑った。 「イリスなら遠慮なく止めます」 「だろうな」 「わたくしも、止めます」 レオンハルトは、少し驚いたように彼女を見た。
レオンハルトとの距離。 それは、最近の彼女にとって避けて通れない問題だった。 彼は支えてくれる。 必要な時、正しい場所で、正しい力を貸してくれる。 王弟府の調査権。 証拠保全。 王宮内の政治的後ろ盾。 そして、クラリス自身が無理をしようとした時に止める声。 それはありがたい。 とても。 だが、近すぎれば、彼女の職務が彼の私的な庇護に見える。 王弟殿下に守られているから強いのだ、と言われる。 王弟府の影だから各部署が従うのだ、と言われる。 それは、王宮筆頭実務顧問という職務そのものを弱くする。 執務室に入ると、レオンハルトは一人で待っていた
王弟府の書記官は、噂を持ち込む時ほど丁寧になる。 普段なら「報告です」と言って書類を置くところを、その日は扉の前で一度足を止め、軽く咳払いをし、さらに室内の空気を確かめてから口を開いた。 「殿下。王宮内外の噂につきまして、追加報告がございます」 レオンハルトは、机上の書類から顔を上げた。 王弟府の執務室は、王太子府ほど華やかではない。 装飾は少なく、棚には調査記録と封印済みの証拠控えが整然と並んでいる。 華やかさより、静けさ。 勢いより、正確さ。 この部屋は、そういう場所だった。 「クラリス顧問の件か」 「はい」 書記官は、やはり丁寧に答えた。 丁寧す
「拒否権まであるのか」 「終業時刻も書いてあるぞ」 「終業時刻……?」 そこが妙に話題になった。 王宮筆頭実務顧問は、王太子妃より偉いのか。 そう囁いていた者たちの一部は、首を傾げた。 無制限の権力者なら、終業時刻など明記しない。 拒否権も、休息規定も、補佐官制度も必要ない。 それは、権力というより職務だった。 もちろん、すべての噂が消えたわけではない。 「書いてあるからといって、本当かしら」 「王弟府の影響は残るでしょう」 「公爵家の娘であることは変わらないわ」 そう言う者もいる。 だが、噂の形は少し変わった。 漠然とした嫉妬や恐れから、職務
イリスが大変満足そうに頷いた。 午後、ジュリアスが顧問室へ来た。 手には王太子府の差し戻し分類表を持っている。 だが、今日はその件だけではないようだった。 「噂の件を聞いた」 「早いですね」 「王太子府にも入ってきた」 彼は苦い顔をした。 「すまない」 言いかけて、途中で止まる。 最近、ジュリアスは謝罪の扱いに慎重になっている。 謝れば済むわけではない。 それを学び始めているのだ。 「……いや、まず状況を確認したい」 「はい」 クラリスは説明文の草案を見せた。 ジュリアスは丁寧に読み、途中で何度か頷いた。 「よく整理されている」 「王太子