LOGIN結婚式当日、本来なら私たちのウェディングフォトが流れているはずのスクリーンに、突然、渡辺湊(わたなべ みなと)と彼の女友達である中村美咲(なかむら みさき)のキス写真が映し出された。 美咲は列席者の席から立ち上がり、口元を押さえながら、無邪気で罪のない顔で笑った。 「みなさん、誤解しないでね。ただの悪ふざけだから。私と湊は小さいころから一緒に育ってきたの。私、いわば彼の第二の嫁みたいなものなの」 湊は笑いながら、小声で私に言った。 「こいつ、そういう性格なんだよ。思ったことをそのまま口にするだけだし、気にするな」 私は静かに彼を見つめた。 「私たちの結婚式で、あなたたちのキス写真を流して、自分はあなたの第二の嫁だなんて言う。それが悪ふざけだっていうの?」 湊は私を見て、苛立たしげに眉をひそめた。 「たかが何枚か写真を流しただけだろ?俺たち、五年も付き合ってきたんだぞ。こんな些細なことでそこまで執着して、いつまでも責め立てるつもりか?」 私は手を上げて、彼の言葉を遮った。 「そうよ、私は執着して、いつまでも責め立てるつもりよ……」 こんなふうに強い態度を取る私を見たことがなかったのか、彼は一瞬、呆けたように固まった。 私は振り返り、会場を埋めた列席者たちに向かって、はっきりと告げた。 「この結婚式は、ここで終わりです」
View More「……俺を、許してくれないか……」けれど七海は、ただ静かに口を開いただけだった。その声は、波ひとつ立たないほど穏やかだった。「渡辺さん、昔のことは、もうとっくに忘れたわ」忘れた。たったそれだけの三文字が、どんな非難よりも彼を深く傷つけた。彼女は恨んでいるのではない。本当に、もう何とも思っていないのだ。彼の懺悔も、落ちぶれた今の姿も、苦しみも、彼女にとっては何の意味も持たなかった。「私は今、とても幸せよ」七海は理央に目を向け、その瞳にやわらかな温もりを浮かべた。「夫は私をとても大切にしてくれるし、仕事も順調。だから私は、誰かを許す必要もなければ、許したいとも思わない。これからはもう、私の人生に関わらないで」そう言い終えると、彼女は理央の腕にそっと手を添え、そのまま立ち去った。振り返ることもなく、未練を残すこともなく。湊はその場に立ち尽くし、彼女の迷いのない背中を見つめながら、ついに耐えきれずその場にしゃがみ込み、声をあげて泣いた。通りすがりの人々が足を止め、訝しげに見たり、ひそひそと何かを言い合ったりしていたが、彼にはもう何も耳に入らなかった。彼はようやく知ったのだ。かつて七海が味わった痛みの、ほんの一端を。愛しても手に入らないこと。悔やんでも取り戻せないこと。望んでも届かないこと。それが、彼の受けるべき報いだった。……その後、七海が湊と再び会うことはなかった。噂では、彼はあの小さな地方都市でずっと働き続け、貧しく地味な暮らしを送りながら、二度と何かを巻き起こすこともなくなったという。かつて渡辺家の御曹司だった男は、結局どこにでもいる普通の人間へと成り果て、生涯を日々の暮らしのために追われて過ごすことになった。一方の美咲も、二度とあの街へ戻ることはなかった。辺鄙な地方の小さな町で名前を変え、ひっそり暮らしているという話もあった。相変わらず各地を転々としながら生きているが、昔のような傲慢さだけはもう失ったらしい、という話もあった。どちらにせよ、七海には何の関係もないことだった。父親と弟はというと、相変わらず高架橋の下で物乞いをし、脚が不自由なふりをしながら、惨めに命をつないでいた。借金取りがときおり彼らを見つけては、容赦なく殴りつけ、二人はそのたび
七海は静かに手を引き戻し、まるで他人を見るような冷え切った目で彼を見た。「渡辺さん、節度を持ってください」その「渡辺さん」の一言で、二人の間に残っていたものは完全に断ち切られた。理央が一歩前に出て、そっと彼女を自分の後ろへかばい、冷ややかな視線を湊に向けた。「これ以上、俺の恋人につきまとうなら、パリから無事には帰れないと思ってください」寄り添う二人の姿を見た湊は、胸を刃で抉られるような痛みに襲われたが、どうすることもできなかった。自分が手放した宝物を、今は別の誰かがかけがえのないものとして大切にしている。その現実を、ただ見ていることしかできなかった。帰国してから、湊は完全に腑抜けになった。会社を経営する気力もなく、金遣いは荒れ、判断も狂い、投資にも失敗した。その結果、渡辺家は完全に破綻した。家も、車も、会社も、すべて借金の返済に充てられた。かつてあれほど華やかだった渡辺家の御曹司は、一夜にして何も持たない人間になった。雲の上から泥の底へ落ち、人の情けの薄さも冷たさも、骨身に染みて思い知った。かつて自分の周りに群がっていた友人も、取引相手も、今では誰一人として近づこうとはしなかった。ようやく彼は理解したのだ。あの頃、七海が世界から見放されたような気持ちでいたことを。けれど、彼には同情される資格すらなかった。行き詰まった末、湊は大都市を離れ、見知らぬ地方へ移り住み、ごく普通の営業職に就くしかなかった。毎日満員電車に揺られ、安い弁当をかき込み、古びた賃貸で暮らしながら、生活のためだけに走り回る日々。かつての誇りも、自負も、選ばれた側だという思い上がりも、生活に削られて跡形もなく消えていった。彼は夜中に何度も目を覚ました。夢の中にはいつも七海の笑顔があった。そして、結婚式で彼を振り返ることもなく立ち去っていった、あの決然とした背中があった。後悔は、波のように彼を呑み込んだ。自分の幸せを壊したのは、自分自身だった。いちばん自分を愛してくれた人を、他の誰かのもとへ追いやったのも、自分だった。……七海が理央と結婚してからも、ブランドの国内店舗の仕事で、ときどき帰国することがあった。今回の帰国は、フラッグシップストアのオープニングイベントのためだった。テープカット
湊という後ろ盾を失ったことで、七海の父は博打の借金に追われ、彰人も投資の失敗で多額の負債を抱え、借金取りが毎日のように押しかけるようになった。家の中の物は次々と壊され、返済しなければ足をへし折ると脅された。父子は怯えきって家にも帰れず、あちこちを逃げ回るしかなかった。最初のうちは、まだ七海を頼ろうとしていた。けれど電話はいつかけても繋がらず、送ったメッセージもすべて返事がなかった。フランスまで探しに行こうにも、飛行機代すら出せなかった。行き場を失った二人は、とうとう高架下で物乞いをするまでに落ちぶれた。少しでも多く金を恵んでもらおうと、わざと脚に布を巻きつけて障害者のふりをし、地面に這いつくばって通行人に哀れっぽく施しを乞うた。昼は哀れな芝居で金を騙し取り、夜は橋の下に身を潜め、拾ってきた残飯を口にしながら、借金取りに見つからないかと怯え続けた。かつては威張り散らし、七海に自分の幸せを犠牲にしてまで尽くせと迫っていた父子が、今では野良犬以下のような有様で生き延びていた。すべて、自業自得だった。……三年という歳月は、あっという間に過ぎた。七海の名は、国際的なファッション界で完全に知れ渡っていた。彼女は先生のアトリエに所属するデザイナーから、一歩ずつ自分の独立ブランドを立ち上げるまでに至った。その作風は無駄を削ぎ落とした上質さの中に、東洋の女性らしい柔らかさと芯の強さを宿していた。発表されるやいなや、パリ・ファッションウィークで大きな話題を呼んだ。女優も、社交界の名士たちも、世界的なトップモデルたちも、彼女のデザインした服を身にまとうことを誇りにするようになった。彼女は数々のファッション誌の表紙を飾り、海外メディアのインタビューにも応じ、落ち着き払った自信と圧倒的な輝きを見せていた。かつて、家庭環境のせいで引け目を抱え、敏感に傷ついていたあの少女は、とうにひとりで立てる女王へと変わっていた。彼女はパリで自分のアパルトマンとアトリエを持ち、そしてその傍らには、穏やかで落ち着いた一人の男性も現れていた。男の名は早川理央(はやかわ りお)だ。投資家で、ファッションとアートの分野に特化して投資を行っていた。彼は七海の才能を高く評価していたし、同時に彼女の過去に胸を痛めてもいた。彼女の
その瞬間、湊は初めて、本当の恐怖というものを知った。いつだって自分の帰りを待ち、いつだって自分を受け入れ、いつだって自分を何よりも優先してくれていたあの子が、本当に自分を見限ったのだと、ようやく思い知らされた。……七海がパリで仕事に没頭していたこの一年のあいだ、国内に残された者たちは皆、自分のしたことの報いを受けていた。真っ先に無様な末路を迎えたのは、美咲だった。結婚式での一件以来、湊は彼女に対してひどく冷淡になり、以前のような甘さも、露骨な肩入れも、すっかり消えていた。彼ははっきりと告げた。もう今後は連絡してくるな、二十年以上の付き合いもここで終わりだ、と。美咲は一気に取り乱した。彼女はもともと、七海さえ追い出せば、渡辺夫人の座は自分のものになると信じていたのだ。どうして、あんな平凡な家庭に育ち、物静かなだけの女が、湊にあれほど大事にされるのか。それが悔しくてたまらなかった。だからこそ、あの結婚式を壊したかった。七海を人前で徹底的に恥をかかせたかった。けれど、彼女は読み違えていた。湊は彼女をひいきすることもできたし、曖昧な距離感のまま思わせぶりに接することもできた。それでも、最初から彼女を妻にするつもりなど一度もなかった。湊にとって美咲は、いつまでも子どもっぽさの抜けない、昔なじみの遊び相手でしかなかったのだ。湊に突き放されたあとも、美咲は諦めきれなかった。やがてまたバーに出入りし、新しい獲物を探し始め、無邪気で害のないふりをした媚びた女を演じ続けた。ほどなくして、見た目のいい、口のうまい男と知り合った。その男は気前がよく、甘い言葉を絶えずささやいてきた。美咲は、自分はついに理想の相手をつかまえたのだと思い込み、すっかりのめりこんでいった。服を買い、腕時計を買い、男にせがまれるまま金を使い、要求をひとつずつ満たしていった。だが彼女は知らなかった。その男は金持ちなどではなく、女に寄生して食いつなぐ、ただの詐欺まがいの男だったのだ。しかも、その男には本命の彼女がいた。気が強く、やり方も容赦のないその女は、以前から美咲の存在に目をつけていた。美咲がまた男の腕にしなだれかかり、バーで親しげに酒を飲んでいたそのとき、女は数人を引き連れて店へ乗り込み、その場で二人を隅へ