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第2話

작가: つき酔
引き出しの中に入っていた離婚協議書を見た瞬間、莉奈は凍りついたように動けなくなった。

いくつもの考えが頭をよぎり、背筋がぞっとした。

三年前、自分が承也と結婚できたのは、椎名家の祖母・椎名千鶴(しいな・ちづる)に気に入られていたからにすぎない。

承也が自分を愛していないことは、自分自身がいちばんよくわかっていた。

彼が結婚を受け入れたのは、椎名家での立場を固めるため。千鶴の支持を得られれば、野心を実現するにも都合がよかったのだ。

この結婚は、言ってしまえば自分が奪い取ったものだった。それでも自分は自ら溺れる道を選び、いつか承也が振り向いてくれるはずだと信じようとした。

自分を買いかぶりすぎていた。結婚前から承也は冷たく、結婚してからはもはや他人のようだ。

離婚は、最初からこの結婚に仕込まれていた時限爆弾のようなものだ。

三年のあいだ、承也がその言葉を口にしたことは一度もない。

それだけに、この瞬間はあまりにも突然で、莉奈は完全に不意を突かれた。

なぜ、今なのか。

その答えは、すでに胸の中にあった。美月が戻ってきたからだ。

目に焼きつく彼女の名前が、釘のように心の奥へ突き刺さる。

莉奈は、どうしても離婚協議書を手に取って中身を確認する勇気が出なかった。

もし今日、たまたま自分で見つけていなければ、承也は、いつこれを差し出すつもりだったのだろう。

どれほどの時間、そうして立ち尽くしていたのか。

階下から車のエンジン音が聞こえ、続いて家政婦が丁寧に「旦那様」と声をかけるのを耳にして、ようやく我に返った。

莉奈が階段を下りたときには、承也はすでに家の中に入ってきていた。

外は雪が降っている。

彼は羽織っていた黒のロングコートを無造作に助手に渡し、仕立てのいい黒のスーツ姿でそこに立っていた。

その姿は凛としていて、どこか近寄りがたいほど冷ややかだ。

椎名家を率いる立場にある男。

放つ空気そのものが、周囲を圧倒する。

足音に気づいたのか、彼がふと顔を上げた。

鼻筋にかかった縁なしの眼鏡が、知的で上品な印象をいっそう際立たせている。

黒曜石のような瞳は、レンズ越しに感情を覆っている。それでも、その奥に潜む静かな魅力までは、覆い隠せない。

気づけば莉奈は、彼のほうへ一歩踏み出していた。

けれど、十三日間も顔を合わせていないこともあり、さらに一年前の子どもの死産以来、二人の距離はますます開いていた。そのせいか、目の前にいる男が、ひどく遠い存在に感じられる。

莉奈は足を止めた。引き出しの中の離婚協議書が脳裏をよぎり、口を開いて問いかけようとした、そのとき――

承也の冷えた視線が、彼女の顔をなぞり、わずかに眉が寄せられる。「おばあちゃんが倒れた。俺と一緒に本家へ行くぞ」

低く落ち着いた声には、かすかな冷たさが混じっていた。

そう言い残すと、彼はそのまま踵を返して外へ出ていく。

――おばあちゃんが病気……?

莉奈の胸がぎゅっと締めつけられ、離婚協議書のことなど気にしていられなくなった。部屋に戻って服と手袋を取り、手の甲の傷を隠す。

小走りで玄関まで来ると、承也が背を向けてポーチに立っていた。

彼は俯いて煙草に火をつけ、足音に気づいて少しだけ顔を横に向ける。揺れる火が一瞬、彼の瞳を照らしたが、すぐに底の見えない闇に戻った。

承也は東安市で、誰もが手の届かない存在だ。

高校生の頃から、各種フォーラムで「顔も頭も出来すぎている」と持ち上げられていた。

それがちょっとした騒ぎになってトレンド入りまでしたが、すぐに椎名家が抑え込んだ。

両目を失明していた二年間でさえ、東安市の女性たちの憧れの的であり続けた。

莉奈は胸の奥がつんと痛み、足を上げて車に乗り込もうとする。

承也の横を通り過ぎるとき、思わず足取りが速くなったが、突然、男に腕をつかまれた。

はっとして顔を上げると、承也の人の心を見透かすような視線とぶつかる。

少し熱を帯びた指先が、彼女の顎をつまんだ。

反射的に避けようとしたが、その動きを読んでいたかのように、指の力が強まり、親指が唇の端をなぞる。

「顔、どうした」

逃げられず、莉奈はわずかに顎を上げ、彼の視線を受け止める。

使用人が塗ってくれた薬がよかったのか、朝起きたときには青あざはかなり薄くなっていた。

夕方にはタオルでしばらく温めたこともあって、ほとんど分からないほどだ。家政婦でさえ、昨夜戻ってきたときの様子が想像できないと言っていた。

もう見えないはずなのに、どうして……

莉奈の胸がじわじわと痛む。

「昨日、仕事中にうっかり転んだだけよ」

今さら殴られたなんて言って、何になるというのか。

ただ、自分でも気づかないうちに、声には感情が滲んでいた。

その言い方が気に障ったのか、承也は唇のそばをなぞる指に少し力を込め、軽く笑う。「いい歳して」

ドアが閉まり、車内の暖気が莉奈を包み、骨の隙間から染み出していた冷えが少しずつ和らいでいく。

車は松風レジデンスを離れ、椎名家の本宅・椎名邸へと向かった。

承也は車に乗るなり、すぐに仕事の処理を始める。

「さっき、書斎に行ってた?」

低く澄んだ男の声が、耳元で響いた。

莉奈は胸の奥がきゅっと締めつけられ、最初からずっとノートパソコンの画面を見つめたままの承也に視線を向ける。

その問いかけは、まるで何気ない一言のようだった。

おそらく、彼が車を降りたとき、書斎の灯りがついているのを見たのだろう。

書斎は普段、助手が管理していて、家政婦が入ったことはない。

この時間に中にいる可能性があるのは、彼女しかいなかった。

それなのに、あの離婚協議書を目にした瞬間、彼女は書斎に行った本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。

「うん。本を探しに行ったんだけど、読みたいのが見つからなくて」

莉奈の気持ちは、千鶴の体調のことでいっぱいだ。

落ち着かないまま、車窓に寄りかかる。

車は椎名邸へと走り続ける。

莉奈は七歳のときに両親を亡くした。

幼い頃から向井家と椎名家には深い縁があり、心優しい千鶴が彼女を椎名家に迎え入れ、育ててくれた。

椎名家で、いちばん彼女を可愛がってくれたのは千鶴だった。

東安市に突然初雪が降り、千鶴は風邪をひいて寝込んでしまった。

莉奈が部屋に入ると、家族や医師、執事や使用人たちが揃って、千鶴に薬を飲むよう勧めていた。

だが千鶴は歯を食いしばり、どうしても口を開こうとしない。

莉奈を一目見た瞬間、千鶴はまるで助けが来たかのように声を弾ませた。「奈奈!この人たち、私を殺そうとしてるのよ!」

「おばあちゃん」

莉奈は急いで近寄り、その手を握ってベッドのそばに腰を下ろす。

やさしく微笑みながら言った。

「私がいるのに、誰がそんなことするの。来たら一人ずつやっつけちゃう。ほら、言うこと聞いて。先にお薬飲もう?私が飲ませてあげるから、ね?」

千鶴は目を赤くしてすねた顔をしながらも、莉奈の言葉に従い、おとなしく薬を飲んだ。

皆、ほっと胸をなで下ろした。

――やっぱり、奥様じゃないとおばあ様は落ち着かない。

その様子を、承也は少し離れた場所から見ていた。

深い闇のような視線が、莉奈の笑顔を静かに捉えている。

「苦い!」千鶴は顔をくしゃっとさせた。「でも、体にいいんだから仕方ないね」

莉奈はそう言って、さらに水を飲ませてあげる。

千鶴の不満そうな表情を見て、莉奈はその手を軽く揺らした。

「薬が苦いって言ってたでしょう。だから、上に来る前に甘い飲み物を作らせたの。砂糖控えめでね。取ってくるから、ちょっと待ってて?」

千鶴は一瞬で機嫌を直した。

莉奈が下の階から出来上がった甘い飲み物を持ち、部屋に入ろうとしたそのとき、千鶴の声が部屋の中から聞こえてきた。

「昨日のニュース、ずいぶん派手だったじゃない。さすがは椎名社長ね」

莉奈は、その場で足を止める。

男の声はどこか淡々としている。「おばあちゃん、そんな嫌味を言うと体に障るよ」

「奈奈は、あんたの奥さんでしょ!桜井家のあの子に対して、椎名家が負い目を感じるのは分かる。でも奈奈は、彼女に何も借りはないし、あんたにもない。もしあの子のために奈奈を傷つけるなら、私は絶対に許さないからね!」

莉奈は、冷えきった指先をぎゅっと握りしめた。

使用人が階段を上ってくる足音が思考を乱し、承也が何を言ったのかは聞き取れなかった。ただ、千鶴の最後の一言だけが、はっきりと耳に残った。

「早く奈奈との子どもを作りなさい。あんたが欲しいものは、全部あんたのものになるんだから」

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