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久世という男

Autor: 影畑凛星
last update Data de publicação: 2026-09-01 21:54:32

 屋敷へ戻ってからも、綾香は「久世」という名前を調べ続けていた。

 けれど、名字だけではあまりにも情報が少ない。

 御影の会社と組み合わせても。

 東亜アセットと組み合わせても。

 理央の名前を加えても。

 それらしい人物には辿り着けなかった。

「久世……」

 綾香は長谷川から聞いた話を思い返す。

 三年前で五十代ほど。

 いつもスーツ姿で、理央が敬語を使っていた男。

 長谷川へ金を渡し、御影家の内部情報を求めていた。

 そして――。

『御影を手に入れるなら、急ぐ必要はない』

 久世が本当にあの男なのか。

 そもそも、あの時に理央が口にした「久世さん」が同一人物なのか。

 まだ何一つ確定していない。

「……これだけじゃ無理ね」

 綾香は一度、スマートフォンを置いた。

 その時だった。

 着信音が鳴る。

 父からだった。

「もしもし?」

『綾香』

「お父様? どうしたの?」

『どうしたって、電話しただけだよ』

「体調は?」

『悪くない』

「薬は飲んだ?」

『飲んだ』

「ご飯は?」

『食べたよ』

 父が呆れたように笑う。

『お前は毎回それだな』

「大事でしょう?」

『はいはい』

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   知られている

     屋敷へ戻っても、綾香は理央の言葉が頭から離れなかった。『長谷川さんにも会った?』 偶然、名前を出しただけ。 そう考えることもできる。 けれど、あまりにもタイミングがよすぎる。(長谷川さんが話してないなら、どこから知ったの?) まず考えたのは父だった。 綾香は以前、父に長谷川について尋ねている。 その話を父が理央にした可能性はある。 しかし父は今、北海道にいる。 わざわざ理央へ電話して、娘が長谷川について尋ねてきたなどと話すだろうか。(ないとは言い切れないけど……) 綾香はスマートフォンを手に取った。 父へ確認することも考えたが、やめる。 これ以上、父に不審がられるような質問を重ねたくない。 それより気になるのは、理央の態度だった。 綾香が昔のことを調べていると知っても、驚かなかった。 むしろ。 どこまで調べているのか確かめているように見えた。「……気をつけないと」 今まで以上に。 こちらが知っていることを、理央に悟られてはいけない。 特に久世のことは。 綾香は保存した久世の写真を見つめた。 理央が久世と接触していた可能性が高い。 しかも四年前から繋がっていたかもしれない。 今も関係が続いているなら――。 久世を調べていることまで知られるのは危険だ。 その時。 廊下から足音が聞こえた。 綾香は反射的にスマートフォンの画面を消した。 ノックのあと、橘の声がする。「お嬢様、よろしいでしょうか」「どうぞ」 橘が部屋へ入ってくる。「旦那様からお電話がございました」「お父様から?」「はい。こちらで必要な書類があるとのことで、明日の午前中に会社の方が取りにいらっしゃいます」「そうなのね」 父は北海道にいても仕事を完全には手放せていないらしい。「お父様、仕事しすぎてない?」「私からも申し上げましたが、少し確認するだけだからと」「もう」 綾香はため息をつく。 それから、何でもないように尋ねた。「橘」「はい」「最近、理央と何か話した?」 橘が少し意外そうな顔をした。「理央と、でございますか?」「ええ」「昨日、電話がございましたが」 綾香の胸がざわつく。「何の話?」「旦那様のご様子を尋ねられました」「それだけ?」「それから、お嬢様のことも」「私?」「最近お忙しそうだが、

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   四年前のこと

     夕方。 理央が指定したのは、御影家から車で十五分ほどの場所にあるレストランだった。「綾香」 店へ入ると、先に来ていた理央が穏やかに笑った。「急に誘ってごめんね」「いいのよ」 綾香は向かいの席に座る。「それで、どうしたの?」「大した用じゃないよ。最近、あまり二人で話してなかったから」 理央はいつもと変わらない。 穏やかで。 優しげで。 前世の自分が信じ切っていた顔。「お父さんが北海道に行ってから、忙しい?」「それほどでもないわ」「ホテル、気に入ってるみたい?」「ええ。毎日温泉に入ってるみたい」「それならよかった」 理央が微笑む。「北海道って温泉も多いよね。どの辺りにしたの?」 まただ。 綾香は表情を変えなかった。「温泉のあるところよ」「そうなんだ」「ええ」「場所は聞いてる?」「もちろん知ってるわよ」「よかったら教えてくれない?」「どうしてそんなに知りたいの?」 理央の笑顔が、ほんの少し止まった。「心配なだけだよ。少し前に倒れたばかりでしょう?」「お父様なら元気よ。毎日電話してるもの」「そっか。それなら安心だね」 理央はそれ以上聞かなかった。 けれど、綾香は忘れない。 父のホテルを知りたがっている。 それも何度も。 料理が運ばれてくる。 しばらくは他愛のない話をした。 綾香は頃合いを見て口を開く。「そういえば、昔の写真を見てたの」「写真?」「お母様のものとか、昔の家のものとか」「懐かしいね」「理央も昔からよくうちに来てたでしょう?」「そうだね」

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   久世の足跡

     翌日。 綾香は久世雅彦について、三年前の情報を中心に調べ始めた。 現在の肩書より知りたいのは、母が亡くなった頃に何をしていたのかだ。 古い記事や企業情報を遡っていく。 久世は長年、投資や企業買収に関わる仕事をしていた。 複数の会社を渡り歩き、役員や顧問を務めている。「ずっと同じ会社にいた人じゃないのね」 これでは父が昔の勤務先を覚えていなかったのも不思議ではない。 三年前。 その時期まで絞り込む。 すると、久世は当時、ある投資会社の取締役を務めていたことが分かった。 綾香は会社名を検索する。 すでに久世は退任している。 会社自体は今も存在していた。 企業への出資や事業再生、買収支援などを行っている。(御影の会社とは……) 社名を並べて検索する。 古い記事がいくつか出てきた。 けれど、直接の取引を示すものは見つからない。「表に出てないだけかもしれないけど……」 それ以上は分からなかった。 次に、久世が現在どうしているのかを調べる。 最近の記事は少ない。 数年前に取締役を退任したあと、いくつかの企業で顧問を務めているらしい。 顔写真も古いものばかり。 表立って活動する立場からは退いているようだった。(本人に会えないかな) 長谷川には直接連絡できた。 なら、久世にも。 そう考えたものの、個人の連絡先など当然見つからない。 現在顧問を務めているという会社の一つに電話することも考えた。 しかし。「何て言えばいいのよ……」 父の名前を出せば、取り次いでもらえる可能性はある。 けれど父に無断で「御影の娘」として接触するのは危険だった。 久世が今も理央と繋がっているなら、自分が調べていることが理央へ伝わるかもしれない。 長谷川の時とは違う。 久世は、理央と一緒に御影家の情報を集めていた可能性がある人物だ。(先に、もう少し調べた方がいい) 綾香は検索画面へ戻った。 三年前。 久世。 投資会社。 御影。 いくつもの言葉を組み合わせていく。 すると、一つの古い記事が目に留まった。「これ……」 三年前より、さらに一年前。 久世が出席していた経済団体の交流会の記事だった。 企業経営者や金融関係者が集まった会らしい。 記事には会場の写真も掲載されている。 綾香は何気なく写真を拡大した。 

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   久世という男

     屋敷へ戻ってからも、綾香は「久世」という名前を調べ続けていた。 けれど、名字だけではあまりにも情報が少ない。 御影の会社と組み合わせても。 東亜アセットと組み合わせても。 理央の名前を加えても。 それらしい人物には辿り着けなかった。「久世……」 綾香は長谷川から聞いた話を思い返す。 三年前で五十代ほど。 いつもスーツ姿で、理央が敬語を使っていた男。 長谷川へ金を渡し、御影家の内部情報を求めていた。 そして――。『御影を手に入れるなら、急ぐ必要はない』 久世が本当にあの男なのか。 そもそも、あの時に理央が口にした「久世さん」が同一人物なのか。 まだ何一つ確定していない。「……これだけじゃ無理ね」 綾香は一度、スマートフォンを置いた。 その時だった。 着信音が鳴る。 父からだった。「もしもし?」『綾香』「お父様? どうしたの?」『どうしたって、電話しただけだよ』「体調は?」『悪くない』「薬は飲んだ?」『飲んだ』「ご飯は?」『食べたよ』 父が呆れたように笑う。『お前は毎回それだな』「大事でしょう?」『はいはい』 声は元気そうだ。 綾香は少しだけ肩の力を抜いた。『こっちは涼しくていいぞ。温泉もあるしな』「気に入った?」『ああ。しばらく帰らなくてもいいくらいだ』「それなら、ゆっくりしてきて」『会社があるから、そういうわけにもいかないけどな』 せっかく離したのだから、できるだけ長くいてほしい。 そう思った時。 綾香はふと尋ねた。「ねえ、お父様」『何だ?』「久世って人、知ってる?」『久世?』「名字しか分からないんだけど」『それだけじゃなあ……』「昔、お父様の会社と関係があった人でいない?」 父がしばらく考え込む。『久世……』 やがて。『ああ、一人いたな』 綾香は身体を起こした。「本当?」『昔の取引先に久世という人がいた』「どんな人?」『どんなと言われても、もうずいぶん前だからな』「名前は?」『確か……久世雅彦だったと思う』「久世雅彦」 綾香はすぐにメモした。「何の仕事をしてた人?」『投資関係だったはずだ』「お父様とは?」『何度か仕事で会った程度だよ。特別親しかったわけじゃない』「今も付き合いはある?」『いや。もう何年も会ってないな』 条

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   まだ隠していること

    「この男はまだ、何かを隠している」 そう確信した綾香は、長谷川から目を逸らさなかった。「長谷川さん」「……何ですか」「さっき、理央が何をしたのか突き止めるって言った時、顔色が変わりましたよね」「そんなことは」「変わったわ」 長谷川は黙った。「まだ何か知ってるんでしょう?」「知りません」「本当に?」「ええ」「じゃあ、どうしてそんなに怖がってるの?」 長谷川の視線が泳ぐ。 綾香は待った。 ここで急かしてはいけない。 やがて、長谷川が小さく息を吐いた。「……奥様が亡くなったあとです」「お母様が?」「葬儀が終わって、しばらくした頃でした」 長谷川はテーブルの上で手を組んだ。「理央君から連絡がありました」「何て?」「東都ホテルに来るように、と」「会ったの?」「ええ」「そこで何があったんですか?」「いつもの席に理央君と、例の男がいました」 綾香の身体に緊張が走る。「二人で?」「はい」「何を話したの?」「仕事の話です。今後も情報を渡してほしいと」「お母様が亡くなった直後なのに?」「だから私は断りました」 長谷川が顔を歪める。「奥様が亡くなったことが気になっていた。偶然だと思いたかったが……もう関わりたくないと伝えました」「それで?」「男は何も言いませんでした」「理央は?」 長谷川の喉が動いた。「笑ったんです」 綾香は黙って続きを待つ。「私が、奥様のこともあるから怖いと言ったら」「…&he

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   告げ口

    「……二週間もなかったと思います」 綾香は何も言えなかった。 母は理央を疑った。 長谷川と理央の関係を調べ、長谷川本人に警告した。 そして長谷川は、それを理央に話した。 その二週間も経たないうちに、母は亡くなった。「どうして……」 ようやく声が出た。「どうして理央に話したんですか?」「まさか、あんなことになるとは思わなかった」「そんなこと聞いてない」 綾香は長谷川を睨んだ。「お母様が理央を警戒してるって分かってたんでしょう?」「ええ」「それなのに、どうして本人に教えたの?」 長谷川が黙り込む。「お金をもらってたから?」「……それもあります」「それも?」「怖かったんですよ」 綾香は眉を寄せる。「理央が?」「理央君というより、あの男が」「さっき言ってた、もう一人の?」「ええ」 長谷川が声を落とした。「奥様から忠告を受けた時、私もやめようと思いました。御影の情報を渡すのも、理央君と会うのも」「だったら、やめればよかったでしょう」「そう簡単ではなかった」「どうして?」「もう十分な金を受け取っていました。それに、社外へ出してはいけない情報も渡していた」 途中で抜けようとすれば、自分のしたことを会社へ知らされる。 そういうことだろう。「脅されたの?」「はっきりとは言われていません。ただ、分かるでしょう」「分からないわよ」 綾香は冷たく言った。「お母様は、それでもやめろって言ったんでしょう?」「……ええ」「なのに、あなたは理央に話した」

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