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日帰り温泉へ

مؤلف: 影畑凛星
last update تاريخ النشر: 2026-09-15 21:30:01

 日曜日の朝。

 綾香が玄関へ向かうと、父がリビングから顔を出した。

「今日はどこへ行くんだ?」

「温泉」

「温泉?」

「日帰りよ」

 念のため付け加えると、父が笑った。

「何も聞いてないだろ」

「その顔、絶対何か考えたでしょう?」

「考えてないよ。九条君と?」

「……そうよ」

「楽しんでおいで」

「お父様も今日はちゃんと休んでね」

「分かってる」

 父へ念を押してから家を出る。

 門の前には、すでに遥臣の車が停まっていた。

「おはよう」

「ああ。乗れ」

 助手席へ乗ると、遥臣が綾香を見る。

「朝飯は?」

「食べたわよ」

「ならいい」

「毎回確認するつもり?」

「必要なくなるまでは」

「いつ必要なくなるのよ」

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   少し先の約束

     たい焼きを食べ終えたあとも、綾香と遥臣は商店街を歩いていた。 手はつないだままだ。 最初の頃なら、こんなふうに歩いているだけで意識してしまったはずなのに、今は離す方が不自然に思える。「あ、見て」 綾香が足を止めた。 店先に、小さなガラス細工が並んでいる。 花や動物をかたどったものから、色鮮やかな小瓶まである。「綺麗ね」「欲しいのか」「見てるだけよ」 そう言いながら、一つずつ眺める。 青い花をかたどった小さな置物が目に入った。 母の手帳から落ちた押し花を思い出す。「これ、お母様が好きそう」「青い花か」「ええ」 綾香が手に取ろうとすると、遥臣が先にそれを取った。「これでいいのか」「え?」 そのまま店の奥へ向かおうとする。「ちょっと待って。買ってくれるの?」「欲しいんだろ」「欲しいとは言ってないわ」「ずっと見てただろ」「それは……」 否定できない。「でも、自分で買えるわよ」「知ってる」「じゃあ、どうして」「買いたいから」 あまりにも当然のように言われて、綾香は黙ってしまった。 遥臣はそのまま会計を済ませる。 小さな箱に入ったガラスの花を渡され、綾香はそっと受け取った。「……ありがとう」「ああ」「大切にするわ」「そんな大げさなものじゃないだろ」「値段の話じゃないの」 綾香が言うと、遥臣は何も返さなかった。 ただ、少しだけ視線を逸らした。◇◆◇ 商店街を抜けた先に、小さな公園があった。 二人はベンチに座り、休憩することにした。 綾香は買ってもらった箱をバッグへしまう。「どこに飾ろうかしら」「好きなところに置け」「お母様の写真の近くにしようかな」「いいんじゃないか」「それとも、机の上もいいわね。毎日見えるし」 そこまで言って、綾香は笑った。「迷うわ」「二つ買えばよかったな」「そういう問題じゃないでしょう?」 遥臣もわずかに笑う。 穏やかな午後だった。 黒い車のことも。 父のタイヤのことも。 何も解決してはいない。 それでも、一日中そのことばかりを考えている必要はない。 綾香は隣に座る遥臣を見た。「ねえ」「何だ」「この前、日帰り温泉に行ったでしょう?」「ああ」「今度はもう少し遠くへ行ってみたいわ」「どこに」「まだ決めてないけど……海とか」「海?

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   行きたい場所

     次の土曜日。 綾香は待ち合わせ場所へ向かいながら、少しだけ迷っていた。 今日も行き先は決めていない。 前なら、せっかく遥臣と会えるのだからと、どこへ行こうか何日も前から考えていただろう。 けれど最近は、それすら必要なくなってきた。 会ってから決めればいい。 どこへ行くかより、誰といるかの方が大切になっている。「綾香」 名前を呼ばれて顔を上げる。 遥臣が立っていた。「待った?」「今来た」「本当に?」「五分くらい」「それは今来たとは言わないわ」「誤差だろ」 いつものやり取りに、綾香は笑った。「それで、今日はどうする?」「お前が決めろ」「また私?」「行きたいところないのか」「そうね……」 綾香は考える。 映画も見た。 植物園にも、美術館にも行った。 温泉にも行った。 次は何がいいだろう。 ふと、先日父から聞いた母の話を思い出した。「たい焼き」「何?」「たい焼きを食べたいわ」 遥臣が怪訝そうな顔をした。「それが今日の目的か?」「ええ」「たい焼きだけ?」「悪い?」「いや」 遥臣はスマートフォンを取り出した。「店を探す」「待って。普通のでいいの」「普通?」「商店街にあるようなところ」「分かった」 検索しながら、遥臣が尋ねる。「急にどうした」「お母様が好きだったんですって」 遥臣の手が止まる。「たい焼きが?」「ええ。尻尾まで餡が入っていないと文句を言っていたらしいわ」「&he

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   電話の向こうの声

     翌日の夕方、綾香が自室で本を読んでいると、スマートフォンが震えた。 画面に表示された名前を見て、自然と頬が緩む。「もしもし」『今、大丈夫か』「ええ。どうしたの?」『別に』「別にって……用事もないのに電話したの?」 少し間があった。『悪いか』「悪くないわ」 むしろ嬉しい。 そう言いかけて、綾香は飲み込んだ。『昨日は、その後何もなかったか』 遥臣が聞いた。 黒い車のことだ。「ええ。ちゃんと帰れたし、今日は一度も見てないわ」『そうか』「心配してくれたの?」『するだろ』 あっさり返されてしまう。 綾香はベッドへ腰掛けた。「昨日、お父様の車のタイヤに釘が刺さっていたの」『怪我は?』「誰もしてないわ。出発前に運転手さんが気づいたから」『ならよかった』「走っている時に踏んだだけかもしれないって」『そうか』 遥臣はそれ以上、何かを結びつけようとはしなかった。 綾香も黒い車との関係については口にしなかった。 自分でも分からないことを、今ここで話す必要はない。「だから昨日は、お父様に出かけるのをやめてもらったの」『心配だったんだな』「ええ」 少しだけ沈黙が落ちる。 けれど、不思議と気まずくない。「遥臣は今どこにいるの?」『家』「もう帰ってるのね」『今日は早かった』「じゃあ、ご飯は?」『まだ』「ちゃんと食べなきゃ駄目よ」『お前は食ったのか』「これからよ」『人のこと言えないだろ』「私はもうすぐ夕食なの」 綾香は笑った。 事件の話でもない。 母のことでもない。 父を守るための相談でもない。 ただ、今日何をしていたのか。 夕食を食べたのか。 そんなことを話している。 それが妙に心地よかった。「ねえ、遥臣」『何だ』「最初は、昨日のことを確認するために電話したの?」『……まあな』「じゃあ、もう確認できたわね」『ああ』「切る?」 また沈黙した。 今度は少し長い。『まだいい』 綾香は思わず笑った。「何が?」『もう少し話しててもいい』「それなら、そう言えばいいでしょう?」『言っただろ』「今ね」 電話の向こうで、遥臣が小さく息を吐く。 呆れた時の癖だと、最近になって分かってきた。「私も、もう少し話していたいわ」 今度は、遥臣が黙った。「遥臣?」『聞こえて

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   増えていく記録

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  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   父を狙うもの

     綾香は急いで屋敷へ戻った。「お父様!」 書斎の扉を開けると、父はちょうど上着を羽織っているところだった。「綾香? どうしたんだ」「今日、出かけるの?」「ああ。少し遅れたが、代わりの車が来たら会社へ行くつもりだよ」「今日はやめて」 父が驚いた顔をする。「どうしたんだ、急に」「車のことを聞いたわ」「ああ、タイヤだろう? 運転手が出発前に気づいてくれて助かったよ」「原因はまだ分かってないんでしょう?」「そうらしいが、別の車なら問題ないだろう」「でも……」 綾香は言葉に詰まった。 タイヤの不具合だけなら、父の言う通りだ。 整備上の問題かもしれないし、何かを踏んだだけかもしれない。 黒い車との関係も分からない。 けれど、前の人生で父を失った記憶が、簡単には「大丈夫」と思わせてくれなかった。「お願い。今日だけでいいから」 綾香がそう言うと、父は少し困ったように笑った。「そんな顔をされたら、行きづらくなるな」「じゃあ行かないで」「分かったよ」「本当に?」「ああ。今日は家でできる仕事だけにする」 綾香はようやく息を吐いた。「ありがとう、お父様」「しかし、ずいぶん心配性になったな」「お父様が北海道から帰ってきたばかりだからよ」 綾香はそう答えた。 本当の理由を説明することはできない。 前の人生で父を失ったことも。 今度こそ守りたいと思っていることも。◇◆◇ 夕方になって、父の車について連絡が入った。 綾香も父と一緒に話を聞いた。「釘?」『はい。タイヤに刺さっていたそうです』 電話の向こうで、運転手が答える。『ただ、いつ刺

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