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第8話 黒瀬家の長男の妻

مؤلف: 6jay
last update تاريخ النشر: 2026-09-17 22:07:06

黒瀬グループ創立45周年の記念レセプションは、東京瑞鳳ホテルの大宴会場「鳳凰の間」で開かれた。

政財界の有力者や海外のパートナー、報道関係者が大勢集まる、グループにとって最大規模の年次行事だった。

そして、黒瀬怜司副会長の妻として、また黒瀬家の長男の妻として、紗奈がグループの公式行事に初めて立つ日でもあった。

両開きの扉が開き、2人が入場すると、フラッシュが続けざまに弾けた。

黒いベルベットのドレスを着た紗奈は怜司の腕に手を添え、迷いなく歩いた。怜司は彼女に合わせて、ゆっくりと進む。

「緊張していますか?」

「少しだけ」

「その必要はありません」

「なぜですか?」

「この場に、あなた以上に準備を整えた人はいないから」

その言葉で、紗奈は肩の力を抜いた。

行事が始まると、紗奈はグループの古参や海外の来賓の名前を正確に思い出し、一ノ瀬と黒瀬の共同事業についても、よどみなく答えた。

征臣も麗華もカメラの前では彼女を長男の妻として紹介するほかなかった。

1か月前まで隼人の婚約者と呼ばれていた紗奈の立場は、はっきりと変わっていた。

それは、怜司の妻になったからというだけではない。

紗奈は行事の運営資料にあらかじめ目を通し、海外の来賓たちの利害を把握して、話の合いそうな相手へつないでいた。

進行に問題が生じたときも、先に代案を出したのは紗奈だった。怜司はその判断をすぐに承認した。

会話の中心は、ごく自然に紗奈へ移っていった。

* * *

行事の中盤、怜司は海外のパートナーと非公開の懇談をするため、席を外した。

紗奈は少しだけテラスへ出て、夜風に当たった。

ほどなく、赤いドレス姿の莉央が近づいてきた。

「これからは、義姉さんって呼んだほうがいいんですか?」

「公の場では、そうして」

莉央の口元が、歪んだ。

「隼人さんが言ってました。課長はベッドでも冷たくて、つまらない女だって。怜司副会長にも、すぐ飽きられちゃうんじゃないですか? ちょっと、上に行きすぎじゃないかって心配で」

紗奈はゆっくりシャンパングラスを置いた。

「黒瀬文化財団のキュレーターが、グループの公式行事で他人の私生活を吹聴する。それ、自分の経歴にプラスになると思う?」

莉央の顔が、こわばった。

「何ですって?」

「それに、婚約者のいる男と関係を持った人が、今さらその婚約者の心配なんて。おかしな話ね」

「その婚約は、もう終わったでしょう。隼人さんが愛してるのは、私です」

「私にも、そう言っていたわ」

「嘘」

「確かめる? 結婚前に送ってきたメッセージなら、見せてあげてもいいけど」

莉央が唇を引き結んだ。

紗奈は淡々と続けた。

「自分が特別だから選ばれたんだと思いたいでしょうね。でも隼人は責任を取らなくていい相手を、そばに置いていただけよ。何かあれば、真っ先にあなたを捨てるわ」

「隼人さんは、あなたより私を求めたんです」

「それなら、どうして今も私を見ているの?」

莉央が反射的にホールを振り返った。

隼人の視線は、実際に紗奈へ向いていた。

莉央の瞳が揺れる。

紗奈はそれ以上相手にせず、背を向けた。

そのとき、テラスのドアが乱暴に開いた。

酔った隼人が入ってくる。

「紗奈、莉央に何を言った?」

「本当のことよ」

隼人が近づき、紗奈の手首をつかんだ。

「兄さんを盾に、俺たちを潰すつもりなんだろ?」

指が、きつく食い込む。

紗奈が手を引き抜こうとした瞬間、別の手が隼人の腕を強く捉えた。

怜司だった。

懇談を終えて戻ったその顔には、いつもの余裕がない。

「離せ」

ひと言だけだった。

隼人が抵抗すると、怜司はその指を1本ずつ外した。手首をひねって距離を取らせ、警備員たちへ引き渡す。

「兄さん、これは俺たち2人の問題だ!」

「違う」

怜司は紗奈の赤くなった手首を確かめ、自分の手で包んだ。

「俺の妻に手を出した時点で、俺の問題だ」

「何の権利があって、口を出すんだよ!」

「夫だからだ」

紗奈の手首に残った赤い跡を、怜司が見つめた。

「それで、十分だろう」

周囲から視線とカメラが集まってくる。

怜司は紗奈を背中に隠さなかった。代わりに、隣に立ったまま弟を正面から見据えた。

「隼人」

その声に、テラスが静まり返った。

「二度と、俺の妻に触るな」

警備員に連れ出されながらも、隼人は紗奈を睨んでいた。

怜司はその視線を遮らなかった。

ただ、紗奈の隣に立ち、手を差し出した。

「大丈夫ですか?」

紗奈はその手を取った。

「はい」

「会場に、戻れそうですか?」

「戻らなくちゃ。私が隠れる理由なんて、ありませんから」

怜司の口元に、短い笑みが浮かんだ。

2人は並んで、ホールへ戻った。

背後からささやき声が追ってきたが、紗奈の足取りは、少しも揺らがなかった。

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