مشاركة

第二話「初めての歓び」

مؤلف: ひなた翠
last update تاريخ النشر: 2026-02-10 15:01:43

 ホテルのロビーを抜け、エレベーターに乗り込むと、ちかが俺の腕に身体を寄せてきた。柔らかい感触が腕に伝わり、甘い香りが鼻をくすぐる。エレベーターが上昇していく間、鏡に映る二人の姿を見つめながら、信じられない気持ちに胸が支配されていた。

(もう童貞じゃない――)

 廊下を歩き、部屋の扉を開けて中に入ると、ちかが先に部屋の奥へと進んでいく。俺は扉を閉めて鍵をかけ、振り返った瞬間にちかが身体を押し付けてきて、壁に背中を押し当てられた。

「待っ――」

 言葉が唇で塞がれ、ちかの舌が口の中に侵入してくる。激しく、貪るようなキスに息が詰まり、抵抗する間もなく舌を絡め取られていった。ちかの手が俺の首に回され、深く角度を変えながら何度も唇を重ねてくる。

 唾液が混じり合い、舌が絡み合う音が耳に届いて、頭が熱くなっていく。ちかの身体が密着し、柔らかい胸が俺の胸板に押し付けられていた。キスをしながら、ちかの手がシャツのボタンを器用に外していき、肌が露わになっていく。

 唇が離れると、糸を引いた唾液が二人を繋いでいて、ちかは満足そうに微笑んだ。

 バーのトイレで、二十八年間、誰とも最後までできなかった俺が、ちかによって初めて女性を抱くことができた。喜びが胸を満たし、涙が溢れそうになる。ちかが俺の頬に手を添え、優しく微笑みながら囁いた。

「ベッドに行こう」

 手を引かれ、部屋の奥へと導かれていく。大きなダブルベッドが視界に入り、心臓が激しく鼓動を打ち始めた。ちかが俺の胸を押し、ベッドに倒れ込むと、すぐに上から覆い被さってきた。

 再び唇が重ねられ、今度は首筋へと移動していく。舌が肌を這い、甘く噛まれ、吸い上げられていった。ちかの手が俺のシャツを完全に脱がせ、ベルトを外してスラックスも下ろしていく。あっという間に全裸にされ、冷たい空気が肌に触れて身体が震えた。

「あ……」

 ちかの手が下腹部に触れ、再び硬くなり始めている熱を包み込んだ。バーのトイレで一度出したばかりなのに、身体は嘘のように反応していて、ちかの指が動くたびにさらに大きく膨らんでいく。

(また、勃ってる)

 喜びと安堵が胸を満たし、涙が出そうになった。今まで何人もの女性と試みて、全て失敗してきたのに、ちかと一緒だと簡単に身体が反応する。

 ちかが身体を起こし、俺の熱をじっと見つめた。

「すごい、もうこんなに」

 囁かれながら、ちかの手が上下に動いて愛撫していく。快感が走り、腰が浮きそうになった。ちかは俺の手を取り、自分の身体へと導いていく。

「こうして……触って」

 ちかの手が俺の手を胸元に押し当て、柔らかい膨らみを掴ませた。ワンピースの上から形を確かめるように揉むと、ちかが小さく息を吐いた。

「服の中に、手を入れて」

 言われるまま、ちかのワンピースの胸元に手を滑り込ませていく。ブラジャーを越えて直接肌に触れると、温かく柔らかい感触が手のひらに収まった。

 俺は戸惑いながらも、ちかの指示に従って胸を揉み、乳首を探って軽く擦る。ちかの吐息が荒くなり、身体が僅かに震えているのが分かった。

(ちかにリードされている)

 今まで付き合ってきた彼女たちには、俺が主導権を握ろうとして失敗してきた。ちかは違っていて、全てを導いてくれる。ちかが圧倒的な主導権を握っていた。

(それが心地いいなんて、不思議だ)

 有り得ないくらい身体は反応し続けていて、熱が痛いほど硬く張り詰めている。ちかが身体を起こし、スカートの中に手を入れて下着を脱いでいく様子が見えた。黒いレースのショーツが床に落ち、ちかは服を着たまま俺の腰に跨ってきた。

 スカートが広がり、太腿が露わになる。ちかの手が下に伸び、俺の熱を掴んで自分の秘部に押し当てた。

「入れるね」

 ちかが腰を下ろし始め、先端が熱く濡れた場所に飲み込まれていった。ゆっくりと、少しずつ深く沈んでいき、全てが包み込まれていく。

「ん……ああ」

 ちかの甘い声が聞こえ、完全に根元まで入り込んだ。バーのトイレとは違い、今度は余裕を持って全てを受け入れられている。ちかが腰を浮かせ、また沈める。繰り返される動きに、快感が波のように押し寄せてきた。

「気持ちいい……」

 俺が呟くと、ちかは微笑んで腰の動きを速めた。上下に激しく動き、俺の熱が何度も出し入れされていく。長い髪が背中で揺れ、艶めかしい表情が俺を見下ろしていた。スカートが揺れるたびに、太腿の白い肌が見え隠れする。

 俺は腰を掴み、ちかの動きに合わせて下から突き上げた。奥に当たるたびに、ちかの声が大きくなっていく。

「ああっ……そこ、いい……」

 ちかが背中を反らし、さらに深く腰を沈めてきた。快感が限界まで高まり、もう我慢できなくなる。

「出る……!」

 叫んだ瞬間、二度目の絶頂が訪れた。ちかの中で激しく脈打ち、熱いものが深く注がれていく。全身が痙攣し、ちかの腰を掴む手に力が入った。

「ああっ……!」

 ちかも同時に達したのか、身体を震わせて俺の胸に倒れ込んできた。荒い呼吸を繰り返しながら、二人は繋がったまま抱き合う。

(ちかと、繋がっている)

 バーのトイレで初めて繋がった時の衝撃が、まだ胸に残っている。今、ホテルのベッドで再びちかと一つになれている喜びが、身体を満たしていった。ちかが顔を上げ、俺の頬に手を添えて優しく微笑んだ。

「伊織、すごく良かったよ」

 囁かれた言葉に、胸が熱くなる。ちかが身体を起こし、まだ繋がったまま腰を動かし始めた。

「え……まだ?」

 驚いて問いかけると、ちかは悪戯っぽく笑った。

「だって、まだ硬いでしょう?」

 言われて気づいた。二度も出したのに、熱は全く萎えていなくて、ちかの中で脈打ち続けている。

 ちかが再び腰を動かし始め、三度目の快楽が身体を駆け抜けていった。今度は時間をかけて、ゆっくりと愛し合う。ちかの身体を抱き寄せ、唇を重ね、胸を愛撫しながら腰を突き上げた。

「ああ……伊織……」

 名前を呼ばれるたびに、興奮が高まっていく。ちかを抱けている喜び、ちかが感じてくれている歓び。全てが夢のようだ。

 三度目の絶頂が訪れると、ちかを強く抱きしめて深く突き上げた。ちかの爪が背中に食い込み、甘い悲鳴が耳元で響く。

 ちかが身体を離し、ベッドから降りて俺の手を引いた。

「立って」

 言われるまま立ち上がると、ちかは壁に両手をついて腰を突き出す。スカートがめくれ上がり、白い尻が露わになった。俺は後ろから近づき、ちかの腰を掴んで熱を押し当てる。

「後ろから……入れて」

 囁かれて、ゆっくりと腰を進めた。立ったまま後ろから繋がり、深く奥まで貫いていく。ちかが壁に額を押し付け、喘ぎ声を上げた。

 俺は腰を動かし始め、何度も深く突き上げていく。後ろから見えるちかの背中、揺れる髪、スカートの裾。全てが艶めかしくて、興奮が高まっていった。

「ああ……伊織……」

 名前を呼ばれるたびに、激しく腰を打ち付ける。壁に手をついたちかの身体が前に押し出され、奥深くまで熱が届いていった。

 四度目の絶頂を迎え、ちかの中に深く注ぎ込む。ちかも同時に達したのか、全身を震わせて壁にもたれかかった。

 ベッドに戻り、今度は横向きに寝たちかの後ろから抱きついて繋がった。密着したまま腰を動かし、何度も何度もちかの名前を呼び続ける。

 気づけば、窓の外が白み始めていた。全身がぐったりとして、ちかも疲れ果てた様子でベッドに沈み込んでいた。

「すごく気持ちがいいよ、ちか」

 俺はちかを抱きしめ、額にキスを落とした。ちかが俺の胸に顔を埋め、腕を首に回してくる。

「私も……伊織と一緒で、幸せ」

 囁かれた言葉に、胸が一杯になった。

 ちかの温もりに包まれながら、深い眠りに落ちていく。今まで味わったことのない充足感が身体を満たし、安心感に包まれていった。ちかの柔らかい身体、規則正しい呼吸、髪から漂う甘い香り。全てが愛おしくて、腕に力を込めて抱きしめた。

(ちかと出会えて、良かった)

 心からそう思いながら、俺は意識を手放した。窓から差し込む朝日が部屋を照らし、ベッドの上で抱き合う二人を優しく包み込んでいた。

استمر في قراءة هذا الكتاب مجانا
امسح الكود لتنزيل التطبيق

أحدث فصل

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第三十二話「僕たちの愛の形」

     日曜日の朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいた。 隣で眠る千景の寝顔を、頬杖をつきながら眺める。枕に広がった黒髪の間から覗く白い耳、規則正しく上下する薄い肩。朝の柔らかな光を受けて、指輪の表面に淡い虹が走っていた。 バーで「ちか」と出会ったあの夜から、もう五年になる。カウンターの隣に座った美しい女性が実は義弟で、男で、六年間も想い続けてくれていた人間だったと知ったときの衝撃は、今でも鮮明に覚えている。あの頃の俺は、仕事がどれだけ順調でも、どこか不完全な人間のように感じていた。営業成績も昇進も同僚からの信頼も、全てが砂上の楼閣のように脆く思えて、「女を抱けない」という一点が、積み上げてきたものの土台を静かに蝕んでいた。 千景が、全てを変えてくれた。 千景の睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が持ち上がった。焦点の合わない瞳が天井を彷徨ってから、俺の顔を見つけて柔らかく細められる。二十八歳になった千景の寝起きの顔は、出会った頃よりも少しだけ大人びていて、目元に浮かぶ穏やかさが増していた。「おはよう」「おはよう、伊織」 軽く唇を重ねると、千景の温かい吐息が鼻先に触れる。優しい朝のキスは、一日の始まりを告げる大切な儀式のようなものだ。 先にベッドを出て、キッチンに立った。手際よく朝食の準備をしていく。 背中に温もりが触れた。千景が後ろから抱きついてきて、俺のシャツの背中に頬を押しつけている。細い腕が腰に回されて、寝起きの体温がじんわりと伝わってきた。「今日、どうする?」「午後から店に行く予定だよ。環さんから話があるって」「環さん? もう帰ってきてるの?」「うん。先週帰国したって」 フライパンの上でベーコンが弾ける音を聞きながら、千景の腕を軽く叩いて離してもらう。卵を割り入れると、白身がじゅうっと音を立てて広がった。「会いたいな」「一緒に来る?」「俺が行っていいの?」「環さんも会いたがってたから。喜ぶと思うよ」 千景が嬉しそうに頷いて、トースターにパンを入れた。二人で並んでキッチンに立つ日曜の朝は、五年間で当たり前の風景になっている。当たり前であることが、どれほど贅沢なのかを噛み締めながら、俺は目玉焼きを皿に移した。 向かい合ってダイニングテーブルに着き、トーストにバターを塗りながら千景が口を開いた。「玲司と一ツ橋さん、来月から同棲

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第三十一話「三年後の日常」

     黒地に赤い椿が散りばめられた着物の帯を締め直しながら、僕はカウンターの端に置かれた姿見で全身を確認した。華やかな帯揚げが胸元できちんと整っているのを確かめてから、袂を軽く払う。和服を着るようになって一年が経つけれど、帯の締め加減にはまだ神経を使う。きつすぎると呼吸が苦しくなり、緩すぎると着崩れてしまうから、毎回、微妙な加減を探りながら調整していた。「ママ、今夜も綺麗ですねえ」 カウンター席に腰かけた常連客が、グラスを掲げながら声をかけてくる。僕は口元に微笑みを浮かべて「ありがとうございます」と軽く頭を下げると、客のグラスに手を伸ばして水割りを作り始めた。氷がグラスの中でからからと回る音が、フロアに流れるジャズのピアノと重なっていく。 Queen's Nightの店内は、三年前と大きくは変わっていなかった。カウンターの木目も、壁に飾られた常連からの色紙も、奥のテーブル席に灯る間接照明の色合いも、環さんがいた頃のままだ。変わったのは、環さんの定位置だった場所に今は僕が立っていることだろう。バーテンダーの玲司はいつも通りシェイカーを振っている。 一年前、環さんは長年の夢だった世界旅行へと旅立った。「あなたたちに任せるわ」と笑って店の鍵を玲司に預けた環さんの後ろ姿を見送ったのが、つい昨日のことのように思い出される。新オーナーとなった玲司が経営面を担い、僕はバイトから正社員になって、ママ代理として店を切り盛りしていた。 かつての源氏名「ちか」は、いつの間にか「ちかママ」に変わり、新人キャストたちからも常連客からも、自然とそう呼ばれるようになっている。 新人キャストの一人がフロアから戻ってきて、「ママ、三番テーブルのお客様がお会計です」と耳元で囁いた。僕が頷いてレジへ向かおうとしたとき、入り口のドアが勢いよく開く音が店内に響いた。「こんばんはー!」 聞き覚えのある元気な声とともに飛び込んできたのは、短く刈り込んだ髪にがっしりとした肩幅、スポーツマン体型の男性だった。スーツの上着を小脇に抱えて、ネクタイを緩めた姿で息を弾ませている。「一ツ橋さん! 玲司、恋人が来たよ」 カウンターに向かって声をかけると、グラスを磨いていた玲司が顔をあげた。切れ長の目が一瞬だけ柔らかく細められて、「ああ」と短く応える声に微かな喜びが滲んでいる。交際を始めて一年半が経つ二人の間

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第三十話「卒業祝いとプロポーズ」

     窓の向こうに広がる夜景が、宝石を散りばめたように瞬いていた。 高層階のレストランは、フロア全体が落ち着いた間接照明に包まれていて、テーブルの上に灯された蝋燭の炎がゆらゆらと揺れるたびに、千景の横顔に柔らかな陰影を作り出している。純白のテーブルクロスの上には、フレンチのコース料理が一皿ずつ運ばれてきて、銀のカトラリーが静かに触れ合う音と、グラスを傾ける微かな水音だけが、二人の間に漂っていた。「今日は特別な日だから」 向かい合って座る千景にそう告げると、千景が少しだけ恥ずかしそうに目を伏せて、口元を綻ばせた。卒業証書を受け取った瞬間の誇らしげな横顔を思い出して、俺の胸にも温かいものが込み上げてくる。「卒業おめでとう」 グラスを掲げると、千景も赤ワインの入ったグラスを持ち上げて、澄んだ音を立てて合わせてくれた。蝋燭の光がワインの深紅を透かして、千景の白い指を赤く染めている。「ありがとう、伊織」 名前を呼ぶ声が柔らかく響いて、胸の奥がじんわりと熱くなった。呼び方が「兄さん」から「伊織」に変わってから、名前を口にされるたびに鼓動が跳ねる感覚は、何度経験しても慣れることがなかった。「あの日、バーで出会ってから……いろいろあったな」 ワインを一口含むと、芳醇な香りが喉を滑り落ちていく。あの夜、カウンターの隣に座った「ちか」の姿が脳裏をよぎった。長い黒髪、洗練されたワンピース、低くてハスキーな声。酔いに任せて弱みを曝け出した夜から、想像もしなかった場所まで二人で歩いてきたのだと思うと、感慨深い。「うん。伊織と付き合えて、僕はすごく幸せだよ」 千景がナプキンの端を指先で弄びながら、照れくさそうに微笑んだ。蝋燭の炎を映した瞳が潤んでいて、薄い唇が僅かに震えている。言葉にするのが気恥ずかしいのだろう、視線をワインのグラスに落としながらも、頬は仄かに紅潮していた。「俺も」 短く答えて微笑むと、千景がようやく顔を上げて目を合わせてくれた。視線が交わった瞬間に、千景の瞳に宿る光がふわりと柔らかくなって、レストランの喧騒が遠のいていくような錯覚に陥る。 デザートのクレームブリュレを食べ終えて、エスプレッソを飲みながら千景の話に耳を傾けていた。卒業式での友人との別れ、ゼミの教授からかけられた言葉、卒業論文を提出したときの達成感。一つ一つを嬉しそうに語る千景の表情を眺

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第二十九話「久しぶりの甘い時間」

     玄関のドアを閉めた途端、千景の唇が重なってきた。 靴を脱ぐ間もなく、薄暗い玄関先で互いの体温を求め合うように抱き寄せると、千景の腕が首に絡みついてくる。ウィッグの黒髪が肩口に流れ落ち、微かに残る店の香りと千景自身の匂いが鼻腔をくすぐった。 唇を離しては重ね、離してはまた吸い上げる口づけを何度も繰り返すうちに、呼吸が荒くなり、互いの吐息だけが狭い空間に響いていく。 舌先が千景の上唇をなぞると、小さく身体を震わせて口を開いてくれた。差し込んだ舌が千景の舌と絡み合い、唾液が溢れて口の端から零れそうになる。飲み込む音が静かな玄関に響いて、千景の耳が薄く赤く染まっていくのが、廊下から漏れる常夜灯の灯りで見て取れた。 キスをしたまま、手のひらをワンピースの裾から滑り込ませると、太腿の柔らかな肌に触れた。指先を内側へと這わせながら上へ辿っていくと、スカートの布地を押し上げるように硬くなった千景の熱が手のひらに当たる。薄い布越しに包み込むように触れた瞬間、千景の喉からくぐもった甘い声が漏れて、膝ががくりと揺れた。「あっ……んっ、あ」「玄関だから、静かにね」 耳元で囁くと、千景が潤んだ瞳で睨むように見上げてきた。「兄さんが触るから……」 責めるような口調なのに、腰は俺の手に擦り寄せるように動いている。頬が紅潮し、長い睫毛の下で瞳が蕩けかけていた。唇が微かに震えて、次の言葉を待っているのがわかった。「兄さんじゃなくて、そろそろ俺のこと『伊織』って呼んでほしいな」 千景の顎に指を添えて顔を上げさせると、大きな瞳がさらに見開かれた。常夜灯の淡い光を受けて、アーモンド型の瞳が濡れたように輝いている。「いっ……いおり」 小さく、掠れた声だった。名前を口にしただけで千景の耳まで真っ赤に染まっていくのが愛おしくて、頬を両手で包み込むと額に唇を落とした。「うん。これからは、ずっとそう呼んで」 柔らかく唇を重ねると、千景の力が抜けたように身体が預けられてくる。甘く、蕩けるような口づけだった。舌を絡ませるのではなく、唇だけで触れ合う優しいキスに、胸の奥がじんわりと熱くなる。「伊織、久しぶりに……したい」 唇が離れた隙間から、千景の切ない声が零れた。「もちろん。俺も我慢できない」 千景の腰を引き寄せて深いキスをすると、玄関で靴を脱ぐ音がばたばたと重なった。互いの唇

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第二十八話「写真の人」

     金曜日のQueen's Nightは、週で最も客入りの多い夜だった。カウンターの向こう側で玲司がシェイカーを振る音と、フロアに流れる低いジャズの旋律が混じり合い、店内には華やかで親密な空気が漂っている。 ドアの向こう側が、にわかに騒がしくなる。 環さんが小首を傾げて入り口へ視線を向けているのが目に入り、僕もつられるように顔をあげると、ドアを押し開けて入ってきたスーツ姿の男性が、兄さんだとわかった。ダークネイビーのスーツに身を包んだ長身の体躯が、店のネオンに照らされて輪郭を際立たせている。仕事帰りなのだろう、ネクタイは少し緩められていて、普段の隙のない佇まいよりも幾分砕けた雰囲気をまとっていた。 兄さんの半歩後ろに、見覚えのない男性が一人、物珍しそうにきょろきょろと店内を見回しながら立っていた。兄さんより少し背が低く、がっしりとした肩幅にスポーツ刈りの髪型で、顔立ちは人懐っこい犬のような愛嬌があった。「ちかちゃんの彼氏さんと――部下の人かしら?」 環さんが、赤い唇に指を添えて呟くのが聞こえてくる。僕は入り口へと足を向けた。ヒールが床を叩く規則正しい音が、自分の鼓動と重なっていく。(兄さんが僕のバイトの日に店に来るのは珍しい)「ばったりそこで会ったので」 兄さんが環さんに向けて、いかにも困りましたという表情を浮かべながら説明していた。眉間に僅かな皺を寄せて、片手で後頭部を掻いている姿は珍しい。「部下の一ツ橋でっ……あっ!」 僕が近づいた瞬間、兄さんの隣に立っていた男性が大きく目を見開いて声をあげた。丸い瞳が僕の顔を捉えると、まるで有名人に遭遇した少年のようにぱあっと表情が輝いていく。「写真の人」 一ツ橋と名乗った男性が、弾んだ声で続けた。「部長の待ち受けの――めっちゃ美人な彼女……さん? 彼氏さん? どっちだ?」 正解がわからないらしく、首を右へ左へと傾けながら僕と兄さんの顔を交互に見比べている。「恋人でいい。ってか、声が大きすぎる。ボリュームをさげて」 兄さんが眉を顰めて低い声で窘めると、一ツ橋さんは「あ、はい!」と威勢よく返事をしてから、「すんません」と軽く頭をさげた。声を落としたつもりなのだろうが、あまり変わってない。「ちかです」 僕が微笑みながら名乗ると、一ツ橋さんはキラキラと光を湛えた目のまま僕の両手を掴んで、まじまじと

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第二十七話「人事部からの呼び出し」

     俺は出勤すると自分のデスクへと向かい、鞄を置いて椅子に座った。 パソコンを起動させようとしたとき、内線電話が鳴った。受話器を取り、耳に当てる。「営業部、松井田です」『人事部の田中です。松井田部長、すぐに人事部まで来ていただけますか』 低く、事務的な声が響いた。嫌な予感が胸の奥に広がっていく。「分かりました。すぐに伺います」 電話を切ると、俺は深く息を吐いた。人事部からの突然の呼び出しと聞いて、なんだか気が滅入る。人事部と聞くだけで、緊張感が増すはなんでだろうか。 デスクの抽斗を開け、奥に仕舞っていた茶封筒を手に取ると、お守り代わりにスーツの胸ポケットにしまった。 営業部を出ると廊下を歩く。足音が響き、窓の外には青い空が広がっている。エレベーターに乗り込むと、ボタンを押した。上昇していく感覚が身体に伝わり、階数表示が変わっていく。人事部のある階で止まると扉が開いた。(空気からして重い) どんより暗い雰囲気みを感じるのは、錯覚なのかもしれないが――。営業部の階と違って、重苦しい空気が漂っている。 廊下を突き進み、人事部長の部屋の前に立つと、扉を三回ほどノックした。「どうぞ」という声が聞いてから、俺はドアを押し開ける。「失礼します。松井田です」 人事部長はすでに応接用のテーブルに座っていて、俺を見ると椅子を指差した。表情は硬く、眉間に皺が寄っている。(ああ、この表情はいいことではないな)「座ってください」 俺は促されるまま椅子に座った。人事部長が手元にあった封筒から何枚かの写真を取り出し、テーブルに並べ始める。一枚、また一枚と増えていく写真を目にして、俺の手が僅かに震えた。 全て俺と千景が写っている写真だった。 バイトの迎えに行ったときの写真。手を繋いでいる写真。キスをしている写真。親密な関係が一目で分かる構図ばかりだった。この写真には見覚えがある。つい先日、白石さんが俺に見せてきたのと同じものだ。「松井田部長、行きつけのバーの男性キャストと不適切な関係にあるという報告を受けましたが」 人事部長が一度言葉を区切ると、厳しい顔つきでこちらを見てきた。鋭い視線が俺を捉え、答えを待っている。 白石さんの密告だと分かった。俺と一対一で上手くいかなかったから、黒瀬を利用した。それも上手くいかなかったから、今度は上司を利用したのだろう。

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第三話「義弟という悪夢」

     目を覚ますと、窓から柔らかい朝日が差し込んでいて、カーテンの隙間から光の筋が伸びていた。身体を動かそうとして、全身に心地よい疲労感が残っていることに気づく。筋肉が適度に張り、腰が重く、昨夜激しく動いた証が身体に刻まれていた。(昨夜の女性は……) ぼんやりとした頭で隣を見ると、そこには誰もいなくて、シーツだけが乱れたまま残されている。枕には長い黒髪が数本落ちていて、ちかがここにいた証を示していた。 耳を澄ますと、浴室の方からシャワーの音が聞こえてくる。水が流れる音、壁に当たって跳ね返る音が、静かな部屋に響いていた。(先にシャワーを浴びているのか) ベッドから視線を下に落とすと、床に

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第一話「誰にも言えない悩み」

     会議室に拍手が響き渡り、大型契約が成立した瞬間の高揚感が胸を満たしていった。相手企業の部長が満面の笑みで握手を求めてきて、俺は完璧な笑顔を作りながら応じた。「松井田部長、お疲れ様でした! さすがです!」 会議室を出ると、営業部の後輩たちが興奮した様子で駆け寄ってきて、俺の肩を叩きながら祝福の言葉を投げかけてくる。契約書類を抱えた女性社員が頬を上気させながら「部長、今夜は飲みに行きましょう! 私、もう予約しちゃいました」と甘えた声で誘ってきて、周囲の同僚たちも「そうですよ、たまには付き合ってくださいよ」と囃し立てた。 俺は柔らかな笑顔を浮かべ、丁寧に首を横に振った。「すみません、明日

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第五話「千景とちか」

     目覚まし時計のアラームが鳴り響き、目を覚ますと窓から朝日が差し込んでいた。手を伸ばしてアラームを止め、ベッドから身体を起こす。 全身にまだ疲れが残っていて、昨夜バイトから帰ってきてすぐに眠りについたことを思い出した。 顔を洗い、髪を整えて、階下へと降りていく。リビングからは母の声と父の笑い声が聞こえてきて、朝食を作る良い匂いが鼻をくすぐった。「おはよう、千景」 母が振り返って微笑み、僕は小さく頷いた。「おはようございます」 父が新聞から顔を上げ、「よく眠れたか」と尋ねてくる。僕は「はい」と答えて、テーブルに着いた。 母が焼きたてのトーストと目玉焼き、サラダを運んできて、僕の前

  • 完璧な義兄は不完全な愛に溺れる〜義弟の甘い蜜〜   第四話「ちか」

     マンションのドアを開けて中に入ると、リビングから明かりが漏れていて、キッチンに人の気配がした。玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩いてリビングに足を踏み入れると、黒髪の長身の男性がキッチンに立っていて、こちらに気づいて振り返った。「随分と遅い帰りだな」 鷹宮玲司が低い声で言いながら、切れ長の目を細めてこちらを見つめてくる。整った顔立ちに鋭い眼光が宿っていた。(これは……怒ってる)「起きてたんだ」 僕が答えると、玲司はカウンターに手をついて首を傾げた。「昨日は早くあがったのに」 俺より帰宅が遅いのはどういうことだ――と言いたいのだろう。 玲司は僕がバイトしているカマバー「Queen's

فصول أخرى
استكشاف وقراءة روايات جيدة مجانية
الوصول المجاني إلى عدد كبير من الروايات الجيدة على تطبيق GoodNovel. تنزيل الكتب التي تحبها وقراءتها كلما وأينما أردت
اقرأ الكتب مجانا في التطبيق
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status