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白羽の矢が立つという故事成語がある。
この言葉は元来、神様が生贄を求め天上から矢を放ち、矢が突き刺さった家に住む女の子を召し上がられるという話から作られたものらしい。
「どうしてっ! どうしてあたしの手に……!」
流石に現代日本において矢が突き刺さることが出来る家屋は少ない。
だからだろうか。
白羽の矢の代わりに生贄として求められた人間は、18歳の誕生日を迎えたのなら手の甲に特徴的なアザが出来るようになった。「ちょっと何を騒いで――」
「お母様っ! あたしっ! あたし生贄なんかになりたくないっ!」 「生贄って……ま、まさかっ!?」同じくをして。
言葉が生まれた時は光栄なこととして喜ばれたのかも知れないが、今となってはそんな気持ちで受け入れられることはなかった。
「そんなっ!? あぁ、あぁっ! どうして!? どうしてあなたが!」
「いやだっ! あたし嫌だよっ! 折角婚約の話もまとまったところなのに! 幸せが待っているのに!」 「ええ、ええっ! そうですとも! 我が早瀬家はあなたにかかっているのですから! こんな訳の分からないアザなどっ!」
当事者じゃないから無感動というわけではない。
ただ、自分の誕生日会というものをどういう気持ちで迎えるか。 そして、祝われるらしい中で起こった悲劇のようなものをどう捉えて良いのか、今まで生誕を祝された経験のない惠には想像が出来なかった。「どうしよう、どうしようお母様。あたし、あたしぃ……!」
平たく言えば、まさしく住む世界が違ったのだ。
血の繋がりはある、あるが決して肉親という絆では結ばれていなかった。 まさしく今、妹にもかかわらず他の使用人と同じように壁で給仕に備えていることがその証明と言える。「……そうよ」
そんな中、母がさも名案だと言わんばかりに目を輝かせた。
「お母様?」
すっくりと立ち上がった母へと投げかけられた姉の疑問の声も聞こえない様子で。
「恵」
「はい」危うげな光を隠そうともしない、爛々とした瞳と声を使用人と同じ服を着て壁際に立つ恵へと声をかけた。
「あなたが、生贄になりなさい」
部屋の中が僅かにざわめく。
それはもちろん、もう一人の愛娘相手に何を言っているのかという驚きではなく。「なるほど、その手があったか」
「どうせ誰にも見向きされないでしょうし、名案ですわね」まさに名案、起死回生の一手を褒め称えるかのような声たちで。
「そうよっ! ろくに何も出来ないあなたこそが生贄になるべきだわ! 流石お母様です!」
「そうでしょうそうでしょう! 旦那様亡き後の早瀬家は、わたくしと歩が守ります!」おお、と感嘆の声が響いた。
恐らく初めてだろう、周囲の視線が恵に集まり言葉となる。そうだ、そうするべきだ。
それこそまさに早瀬家における惠の役割だと。そうあれかしと育てられた惠の本懐ではないかと。
「……かしこまりました」
そう言って、恵は表情を変えず深々と頭を下げた。
周囲の同調圧力に屈したわけじゃない。そうとも、この光景は至って恵にとって普通だった。役割が無ければ捨てられる。
ただただ今回は、家のために家から捨てられるという形になっただけ。「ではすぐにアザ型を取りますわよ! 準備なさい!」
ばたばた騒然とし始めた屋敷の中で、姉は惠へとそっと近づいて。
「……ありがとうね? 恵? ううん、違うか――」
上手く行ったことをほくそ笑みながら。
「――あなたに役目をあげたあたしに、感謝してね?」
頭を下げ続けている惠の耳元で、そっと囁いた。
生贄になることが決まった恵ではあったが、決まったからすぐにお払い箱とはならないようで。
流石に名家と言うべきか、神様の下へと送り出す前に色々と準備しなければならないあれやこれやに早瀬家は追われていた。「ふ、ぅ」
自分のことなのに、何もせずとも良いのだろうか。
そんな不安はあれど、邪魔をしてはいけないといつものように一人で大きな庭の手入れを恵は行っていた。「神様、か」
そう、この世界には神様と呼ばれる人たちがいる。
干支に準え、寅神様であったり羊神様であったりと呼ばれる人が、この日本の各地に住んでいた。 一部の一族に衰退の影は見られるものの、まだまだ日本社会における影響力は強く残っている。「何の、神様なんだろうな」
ぼんやりと右手の甲につけられたアザを眺めながら思う。
まさか生贄の言葉通り食べられてしまうことはないだろうが、自分は何をしたらいいのだろうかと。 実際、自分以外にも過去から現代に至るまで生贄として召し上がられた人間たちはいたが、その後の話が世に出回っているわけでもなく知りようがない。「……役に、たたないと」
抱えていた不安の種類が変わった。
誰もが出来て当たり前のことしか出来ない恵だから、特別な何かを求められ上手くできず結局ご迷惑をおかけし、ひいては早瀬家の名前を傷つけてしまうのではないか。そうした結果、今度は全てから捨てられてしまうのではないかと。
「――おいっ! お客様が来られたぞっ!」
「あっ、いけない! お出迎え行かなきゃ!」考え込んでしまったせいか、響いたチャイムの音に気づけなかった。
見苦しくないよう静かに、それでも急いで恵は門へと向かい。「ちっ! 愚図もいい加減にしろよ!」
「申し訳ありません!」既に準備していたらしい使用人たちから小言を頂戴した後。
「――ようこそ、いらっしゃいました」
やって来たお客様へと深く、丁寧に頭を下げた。
「このような大層な出迎えは不要と言ったはずだが」
「とんでもない!――へびがみさま。
その言葉に少しだけ持ち上がりそうになった頭を恵は理性の力で抑え続けた。
そうだ、この時期にやって来られたのなら、つまりは。あるいはこの方が。「私の、神様」
生贄として自分を召し上がって頂く方なのだと。
そんな人が、頭を下げ続ける自分の前を通りかかった時。「……気分が悪いな」
小さく言葉を零したものだから。
「……申し訳、ありません」
出迎えた人間、恵以外が全員いなくなった後、もう一度静かに頭を下げた。
「一つ、多分惠さんが考えてるだろうっすけど……やっぱ神の一族ってヤツらは、普通ってのとは違う世界に生きてるっすよ」「違う世界に、ですか?」「はい。もちろん、夢の中だとかそういう意味じゃなくて。現代日本で常識とされている文化っつーんすかね? そういうものとはちょっと違うって意味っす」「……文化」 随分と大きな主語だと惠は思う。 ただ、理解できないわけではなかった。 何より、辰巳家における自分がまだ馴染めていないという感覚はあるのだから、実感として惠の中にあるものが頭より先に理解できた。「人の力じゃなくて家の力っつーもんがでかくなればでかくなるほど、やっぱ独特な文化、ルールがそこに生まれるもんなんでしょうね。オヤジは殊更そのルールを遵守すべく自分を厳しく律して生きてきたっす」 それも、理解できる。 いや、理解できると言うよりは。「……それ、なのかもしれません」「と言うと?」「似ている、と思ったのは、です。その、上手く言葉にはできないのですけれど」 感じたのはそこだった。 自分で言ったように言葉に変えることは出来ないが、引っ掛かる、通じるものがあると。「それは、そう。なのかもしんねーっす」「え?」 そんな惠に日向は頷いた。 ある意味近くて、それでも近すぎない距離にいるからこそわかることもある。「話を戻すっすよ」「あ、はい」 ただその答えを口にする前にと、日向は意図的にぴしゃりと切り替えた。 日向の表情は変わらない、それでも少しだけ目が細められる。「神の一族、とりわけ天宮家ってーのは中でも日本と言う国に対して、国家レベルでの影響力が高いっす。見方を変えるのならば、それは天宮の一存が国家判断を左右するということっす」「正直、スケールが大きすぎて想像が難しいのですけれど」「なはは。ぶっちゃけオレもそうっすよ。辰巳の現場判断でいっぱいいっぱいになってんのに、んなむつかしーこと、わかんねっす」「え、えぇ?」 カラカラと急に笑い出す日向に困惑する惠だが、これもまた意図的に雰囲気を和らげるためだろう少し緊張は緩んだ。「高貴である者の義務」「っ……」 緩んだところに、日向の声がすっと場を引き締めた。「ノブレス・オブリージュ、なんつーすんかね? そう、天宮家の力は強い。強いだけにその力を振るう人間は、多くの義務を背負っているん
やはり神の住む世界は違う。 真人との勉強会で惠が得た所感の多くはそれだった。 もちろん話の内容に関しては覚えているし、何なら聞くばかりで早瀬の家に関してを全然伝えられなかったことを今も悔いている。 ただ、所感ではなく印象に強く残っていることがあるとするのなら。「旦那様の目……」 宿っていた色に含まれていたモノは何かわからない。 わからないが、少なくとも普段見る真人の目にはなかったもので。「なんだろ、何か気になる……な」 庭を掃いている放棄が地面を空ぶる。 真人らしからぬ目をしていたと言えるほどまだ彼のことを知っているなどという自惚れではない。 あえて言うのであれば似合わない、と言うべきだろうか。「あれは……よく、見たことがある、気がする」 惠の持つ箒の動きが止まった。 改めてになるが、惠の考えとして真人、ひいては辰巳家、神の一族に数えられるなど自分には恐れ多すぎると言うものがある。 身の丈に合っていない。 そういう考えがあるからこそ、住んでいる世界の違いを強く感じてしまった面がある。 そう、自分とは違うのだ。 違うにもかかわらず、己程度の人間があたかも真人の感情を掴めると思ってしまう。 見たことがある、知っている気がするのは。「……私?」 思い当たったのは、己の目。 そうだ、いつも見ている、見ていた。 起床して身なりを整えている時、身を清めた後、鏡に映った自分が、ああいう目をしていた。 だと、言うのなら。「っ……確かめ、なきゃ」 初めて。 惠は初めて己で定めた仕事を箒と共に放り出し、知っているだろう人間の姿を探し出した。「ひなた、さんっ」「へっ? お、お疲れ様っす惠さん。そんな息を切らせてどうしたっすか?」 自発的に動く難しさ、あるいは言われるがままで動くことの楽さ、か。 辰巳家の庭にある蔵で探し物をしていた日向の前へ現れた惠は肩で息をしていた。 すわ一大事かと、慌てて手を止めて日向は惠に駆け寄るが、近寄るや否や。「だ、旦那様のことっ! 教えて、くださいっ!」「お、おおぅ?」 がばりと顔を上げて、必死そうな表情を浮かべた惠の懇願に対する事となった。「お、同じっ、なんです! 失礼にも程があるのは承知しています! けど、けどあの人は、旦那様はっ!」 相手の方が焦っているなら自分は冷静になれるとは
惠が真人と共に勉強をしたいと言った翌日、再び惠は書庫に入る事が叶った。「……ふふ」「どうした? 急に笑って」「いえ、その……どうやら私は、本を見る、読むことが好きなようでして」「ほう、そうだったのか」 だと言うのなら何か好みの本を探して贈るべきか。 等と考えている真人の隣で、惠は自然と浮かんでしまう笑みをそのままに書庫の雰囲気を五感で味わう。 日向と共にやって来た時と比べて、古書特有の匂いや埃っぽさと言ったものは薄れている。 自分で掃除したのだから当たり前ではあるのだが、それを残念にも思いつつ、わずかに残っていた雰囲気を惠は楽しんだ。「惠」「あ、はい。申し訳ありません、勉強をと自分で言い出したのに」「いや、そうじゃない。本が好きだと言ったな? どういった本が好みなのだ?」「へ? あ、そう……です、ね」 思っていた言葉じゃないことに若干狼狽えながらも惠は考える。 どういった本が好みか。 簡単な質問だが、惠にとっては返事が難しい質問だった。 と言うのも早瀬の家にいた頃は趣味として本を読むようなことがなかった、その時間が与えられなかったからだ。 自分の趣味嗜好ほど理解できないものは無い、少なくとも惠にとっては。 本を読むという機会はイコール教科書であり、義務教育の言葉通り惠にとっては義務だった。 最低限の一般的な教養こそ身につけられたが、感性を磨く機会を与えられなかった惠は返事に窮する。「本が好きだと言うのに、何も思い浮かばないのか?」「っ! も、申し訳ありません!」「い、いや。謝られることではないのだが……うぅむ」 今度は謝らせたかったわけじゃない真人が言葉に窮した。 その真人とて、感性を磨く機会に乏しかったという事実はある。 今の真人を形成しているのは神の一族としての義務、それに加えてある種の反面教師で磨かれた感性と言えるだろうか。 神の一族に在る人間、あるいはその関係者である大人たちの中には権力欲に酔っているものもいる。 巳神はやはりそう言った不穏分子に対して何かしらの処理をすることも仕事として含まれているのだ、当然汚い人間に触れる機会は多くあった。 そう言った人間を見るたびに真人は思った、こうはならない、と。「ふぅ。惠? すまない、俺はイスを持ってくるから、茶を用意しておいてくれないか?」「あっ! か
「書庫へ自由に入りたい?」「はい。改めてになりますが、私はまだまだ辰巳家、ひいては神様のことについて知らないことが多すぎると思いまして」 唐突にと言うわけではなく、真人の机仕事がひと段落ついたタイミングでの惠の声掛けだった。 積極的努力は何も水面下だけで行われるものではない。 物理的ではなく精神的に余裕が生まれた惠が思い立ったのはより深く神について知りたいと言うものだった。「ふむ……」 心情的に、今の惠になら許可を出してもいいと真人は思っている。 しかしながら現在辰巳家が置かれている状況は複雑だ。 パワーバランスという面ではなく、やはりタイミングがまさしく微妙と言える状態なのだ。 天宮家の調査勅命然り、工藤の跡取り息子が来訪してきたこと然り。 辰巳家を含めた神一族の機密に近い情報へ、意図せず触れて知ってしまう事が、彼女自身の身の危険を高めてしまうのではないかと真人は危惧もしている。「だめ、でしょうか?」「うぐ」 恐る恐ると言った様子で惠は真人へ伺う。 以前であれば微妙な反応を示されたのならすぐさま引いて頭を下げていたところだが、おっかなびっくりながらも引こうとはしていない。(……好ましい変化ではある、そう思う。だからこそどうにか要望を叶えてやりたいのだが) 辰巳家へ相応しい自分になりたい、辰巳家へ必要とされる自分になりたい。 そういった願望に近い物が芽生えたが故の変化ではあったが、加えて言うのならやはり惠はあの場が好きだった。 あの時は自覚できなかった知識欲と言うもの、自覚を言うのなら自分は本が好きだという面だけではあるが。 いずれにしても、好きなことをすることがひいては辰巳家のためになる事へ繋がると考えられたのなら、惠に控えると言う選択肢はなかった。「旦那様。私は、もっと辰巳のことが、神様の事が知りたいのです」「……それは、嬉しく思う」「あるいは、モノを知らなすぎる自分
さて、安定や平和という状態はその中に生きる存在の積極的努力によって維持されるものである。 現状の辰巳家は表面を見れば落ち着いたと言えるだろう、惠が穏やかに過ごせているように。「ん、で? 早瀬家の調査はちぃっときつそうっすかね?」「へい。大神サマも無茶なこと言うよと思わず愚痴っちまうくらいには」 だがその表面を剥がせばやはり維持のために努力している存在が露わになる。 落ち着いたと言うよりは落ち着き始めたと言えるタイミングだからこそその表面は実に脆い。「……具体的には?」「早瀬の息がかかっている有力者が多すぎますわ。政府高官、企業関係者……挙げればキリがねぇ」「挙句、潜り込んでる企業でも早瀬派なんつ―もんができてる、っすか。なんともまぁお手上げっすね」 日向は部下からの報告に肩を落としながら大きくため息をついた。 辰巳家の新しい生活の形、その地盤を固めたかったと言う部分もあるが。 何より一言、やはりタイミングが悪いと言えるだろう。 惠を受け入れる方針が固まったところで、大神――天宮家からの勅命だ。 勅命自体は構わないにしても相手が相手、嫁に迎え入れようと言うタイミングで嫁の実家を洗えとは何事かと。「よっぽど、早瀬家が真っ黒だと見做されてると」「そっすねぇ。惠さん関係なく警戒すべき一家だったってのもそうっすが、なんとも因果なもんすよ」 早瀬家の力は辰巳家と似通っている部分が多くある。 キーマンを抑えることで相手組織全体に影響を及ぼす手法など特にそうだろう。 それだけに、迂闊な動きをしてしまえば早瀬に気取られ足元を掬われかねない。「あーくそ。勅命賜った後に工藤のボンが来てたら助かってたっすのに」「ボンて」「あんなもんボンで十分っす! 辰巳にアポなしで来るとか喧嘩上等っすよ!? オヤジも惠さんの前じゃなかったらブチ切れてたっすよ絶対!」 日向の反応を部下は苦笑いしながらも頷き同意する。 事実、そ
――俺は、この家にいて欲しいと思っている。 その真人の言葉は惠にとって存在許可証が発行されたと同義だった。 発行理由にいまいちピンとこない惠ではあったが、喜びには変わりなく、ひいては誰かに必要とされる喜びと言うものを初めて味わえた。「旦那様、旦那様。お時間ですよ、起きてください」「む、ぅ……」 惠の手が優しく布団にくるまる真人の肩を揺らす。 一種における焦りと言うべきか、自分の立ち位置が不安定だったからこそ惠の中にあった物が存在許可証によって和らいだ。 和らいだ結果、完全に安心しているわけでもなく、未だ何かを成さなければと思ってはいるが、それでも惠は急がなくなり、所作に本来彼女が持っている柔らかさと言うものが現れた。「もう、旦那様? 本日は早いと仰ってましたよ?」「ぐ、ぬ……」 表情もそうだ。 何処となく仕方のない人だなぁと言った感情を顔ににじませ、それでも声色は柔らかいまま真人の起床に付き合っている。(……不味い、余計に布団から出られなくなったではないか) 例えるなら母に揺り起こされる子供の気持ちだろうか。 気恥ずかしさに似た感情が消えるまで、頭は覚醒していても布団から抜け出せない真人は寝ぼけているフリをしながら布団に立てこもる。 結局、惠が変わったという実感を得たのは本人以外ばかりだ。惠自身は無自覚の範疇である。 辰巳家に相応しい自分になりたい、真人の伴侶として認められる自分になりたいと言うものに加えて、必要とされたいという欲求が加わった部分を自覚してはいるものの、それが自分に対してどう影響しているかなど知る由はなかった。「もう……そうだ、旦那様? 今日は朝食にきんぴらごぼうを用意しようと思っているんです。少し時間がかかるものですし、もしここで旦那様が起きて頂けないのでしたら――」「わかった、起きる」「あら」 恥はかき捨てと言うだろう、朝の食卓からおかずが一品減るなどあってはならない、それが自分の決断力のなさからくるのならばなおさらだ。「おはようございます、旦那様」 むくりと起き上がった真人は、やはり気恥ずかしさが抜けきらないままで。「……おはよう、惠。そう言ったんだ、きんぴらごぼう、期待しているぞ」「はい。お任せください」 そっぽを向いて心の中で白旗を振りつつ、そう言うしかないのだった。 惠の環境において