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家の為に姉の身代わりとなった生贄婚、堅物不器用な旦那様は私を溺愛したいらしい
家の為に姉の身代わりとなった生贄婚、堅物不器用な旦那様は私を溺愛したいらしい
Penulis: 靴下 香

生贄という役割

Penulis: 靴下 香
last update Tanggal publikasi: 2026-07-18 17:28:42

 白羽の矢が立つという故事成語がある。

 この言葉は元来、神様が生贄を求め天上から矢を放ち、矢が突き刺さった家に住む女の子を召し上がられるという話から作られたものらしい。

「どうしてっ! どうしてあたしの手に……!」

 流石に現代日本において矢が突き刺さることが出来る家屋は少ない。

 だからだろうか。

 白羽の矢の代わりに生贄として求められた人間は、18歳の誕生日を迎えたのなら手の甲に特徴的なアザが出来るようになった。

「ちょっと何を騒いで――」

「お母様っ! あたしっ! あたし生贄なんかになりたくないっ!」

「生贄って……ま、まさかっ!?」

 同じくをして。

 言葉が生まれた時は光栄なこととして喜ばれたのかも知れないが、今となってはそんな気持ちで受け入れられることはなかった。

「そんなっ!? あぁ、あぁっ! どうして!? どうしてあなたが!」

「いやだっ! あたし嫌だよっ! 折角婚約の話もまとまったところなのに! 幸せが待っているのに!」

「ええ、ええっ! そうですとも! 我が早瀬家はあなたにかかっているのですから! こんな訳の分からないアザなどっ!」

 早瀬恵はやせ めぐみは双子の姉の誕生日会中、突如として少し遠くの先で始まったホームドラマを無感動に見つめていた。

 当事者じゃないから無感動というわけではない。

 ただ、自分の誕生日会というものをどういう気持ちで迎えるか。

 そして、祝われるらしい中で起こった悲劇のようなものをどう捉えて良いのか、今まで生誕を祝された経験のない惠には想像が出来なかった。

「どうしよう、どうしようお母様。あたし、あたしぃ……!」

 平たく言えば、まさしく住む世界が違ったのだ。

 血の繋がりはある、あるが決して肉親という絆では結ばれていなかった。

 まさしく今、妹にもかかわらず他の使用人と同じように壁で給仕に備えていることがその証明と言える。

「……そうよ」

 そんな中、母がさも名案だと言わんばかりに目を輝かせた。

「お母様?」

 すっくりと立ち上がった母へと投げかけられた姉の疑問の声も聞こえない様子で。

「恵」

「はい」

 危うげな光を隠そうともしない、爛々とした瞳と声を使用人と同じ服を着て壁際に立つ恵へと声をかけた。

「あなたが、生贄になりなさい」

 部屋の中が僅かにざわめく。

 それはもちろん、もう一人の愛娘相手に何を言っているのかという驚きではなく。

「なるほど、その手があったか」

「どうせ誰にも見向きされないでしょうし、名案ですわね」

 まさに名案、起死回生の一手を褒め称えるかのような声たちで。

「そうよっ! ろくに何も出来ないあなたこそが生贄になるべきだわ! 流石お母様です!」

「そうでしょうそうでしょう! 旦那様亡き後の早瀬家は、わたくしと歩が守ります!」

 おお、と感嘆の声が響いた。

 恐らく初めてだろう、周囲の視線が恵に集まり言葉となる。

 そうだ、そうするべきだ。

 それこそまさに早瀬家における惠の役割だと。

 そうあれかしと育てられた惠の本懐ではないかと。

「……かしこまりました」

 そう言って、恵は表情を変えず深々と頭を下げた。

 周囲の同調圧力に屈したわけじゃない。そうとも、この光景は至って恵にとって普通だった。

 役割が無ければ捨てられる。

 ただただ今回は、家のために家から捨てられるという形になっただけ。

「ではすぐにアザ型を取りますわよ! 準備なさい!」

 ばたばた騒然とし始めた屋敷の中で、姉は惠へとそっと近づいて。

「……ありがとうね? 恵? ううん、違うか――」

 上手く行ったことをほくそ笑みながら。

「――あなたに役目をあげたあたしに、感謝してね?」

 頭を下げ続けている惠の耳元で、そっと囁いた。

 生贄になることが決まった恵ではあったが、決まったからすぐにお払い箱とはならないようで。

 流石に名家と言うべきか、神様の下へと送り出す前に色々と準備しなければならないあれやこれやに早瀬家は追われていた。

「ふ、ぅ」

 自分のことなのに、何もせずとも良いのだろうか。

 そんな不安はあれど、邪魔をしてはいけないといつものように一人で大きな庭の手入れを恵は行っていた。

「神様、か」

 そう、この世界には神様と呼ばれる人たちがいる。

 干支に準え、寅神様であったり羊神様であったりと呼ばれる人が、この日本の各地に住んでいた。

 一部の一族に衰退の影は見られるものの、まだまだ日本社会における影響力は強く残っている。

「何の、神様なんだろうな」

 ぼんやりと右手の甲につけられたアザを眺めながら思う。

 まさか生贄の言葉通り食べられてしまうことはないだろうが、自分は何をしたらいいのだろうかと。

 実際、自分以外にも過去から現代に至るまで生贄として召し上がられた人間たちはいたが、その後の話が世に出回っているわけでもなく知りようがない。

「……役に、たたないと」

 抱えていた不安の種類が変わった。

 誰もが出来て当たり前のことしか出来ない恵だから、特別な何かを求められ上手くできず結局ご迷惑をおかけし、ひいては早瀬家の名前を傷つけてしまうのではないか。

 そうした結果、今度は全てから捨てられてしまうのではないかと。

「――おいっ! お客様が来られたぞっ!」

「あっ、いけない! お出迎え行かなきゃ!」

 考え込んでしまったせいか、響いたチャイムの音に気づけなかった。

 見苦しくないよう静かに、それでも急いで恵は門へと向かい。

「ちっ! 愚図もいい加減にしろよ!」

「申し訳ありません!」

 既に準備していたらしい使用人たちから小言を頂戴した後。

「――ようこそ、いらっしゃいました」

 やって来たお客様へと深く、丁寧に頭を下げた。

「このような大層な出迎えは不要と言ったはずだが」

「とんでもない! 巳神様へびがみさまをお出迎えさせて頂くのなら、この程度で大層などと……!」

「……左様か」

 ――へびがみさま。

 その言葉に少しだけ持ち上がりそうになった頭を恵は理性の力で抑え続けた。

 そうだ、この時期にやって来られたのなら、つまりは。あるいはこの方が。

「私の、神様」

 生贄として自分を召し上がって頂く方なのだと。

 そんな人が、頭を下げ続ける自分の前を通りかかった時。

「……気分が悪いな」

 小さく言葉を零したものだから。

「……申し訳、ありません」

 出迎えた人間、恵以外が全員いなくなった後、もう一度静かに頭を下げた。

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