先日、私のXのフォロワーさんから
「たけりゅぬさんの作品が盗作されてます」
という内容のDMを頂いた。投稿サイトKに辻沢シリーズを真似して書いているアカウントがあるというのだ。
投稿サイトKには、キャリアの初期よりずっと作品を投稿してきが、今年の6月をもって完全撤退した。
今は、投稿サイトKを主戦場としているフォロワーさんの作品を読みに行くくらいで、以前のように新作やランキングをこまめにチェックしなくなっている。
試しに「ヴァンパイア」「鬼子」と検索ワードに入れるとその盗作疑惑の作品がヒットして最上位にリストされていた。以前なら私の辻沢シリーズくらいしかヒットしなかった。
鬼子だけならまだしも、ヴァンパイアと二つに紐づいているとなると、私としてもやぶさかでなくなる。
なぜなら辻沢シリーズは、私が学生時分に思い描いた、ヴァンパイアと人狼(鬼子)とフランケンシュタインの怪物とが普通にいる世界を書きたいという思いを実現しているからだ。
当時の親友は私のアイディアを聞いて、
「そんなの誰が読むの、怪物くんかよw」
と嘲笑った。信頼していた親友に全否定されたことで私は自信を喪失して小説が書けなくなってしまったが、親友との縁も切れ、長い年月をかけて回復した私はようやくそれを書けるまでになったのだった。
「ヴァンパイア」と「鬼子」という設定自体への私の思い入れのほどを知って貰えただろうか。
盗作アカウントは頭文字をとって「D」としよう。このアカウント名を見ただけで私を意識しているのが分かるが、その点は掘り下げないことにする。
Dのプロフには「これまで二次創作をしていたが、念願の一次創作を始めることにした」とあった。
二次創作者がすべてそうだとは思わないが、盗作の資質ありとDの作品を読んでみた。
タイトルは明かさずにおく。内容はよくあるヴァンパイアが主人公のパニックものだ。
この作品の中での鬼子はヴァンパイアの亜種。『鬼滅の刃』を挙げるまでもなく、ヴァンパイアを鬼に例えるのはよくあることだからグレーのようだが、属性はヴァンパイアの眷属で満月ごとに変身するから人狼に違いなく、その点は黒だった。
ストーリーは、ある田舎町でヴァンパイアに殺されゾンビ化した「死鬼」が大量発生し、人狼とヴァンパイアが協力して一掃する。
世界設定はS・キングの『呪われた町』や小野不由美の『屍鬼』にもあるから、私の小説を盗作したとは言い難い。
ヴァンパイアに殺された人がヴァンパイアにならずにゾンビになるのは私の小説と同じだが、私とてウイズリー・スナイプスの『ブレイド』に影響されているので、これも白だ。
以上の点から言えば、グレーとしか言えず盗作と決めつけるには弱い気がした。
しかし、以下の部分は盗作の決定的な証拠だと思った。それは、
舞台の田舎町が「T沢町」。外部からの交通を遮断するために封鎖する鉄道が「M木野線」という点だ。
私の辻沢シリーズのロケーションは「辻沢町」。N市に始発駅のある「宮木野線」沿線にある。
私が有名作家で辻沢シリーズがベストセラー作品ならば、引用もしくはオマージュ的な何かといえるけれどそういうことはない。
私は無名で辻沢シリーズは書籍化してない作品だからだ。
万が一オマージュ的な何かであったとしたら一言ないと誰も気づかない。
けれど前書きでも脚注でも「辻沢シリーズ」には触れられていなかった。
ならばなぜわざわざ、その町名にしたのか、その沿線名にしたのか?
考えるうち、私の作品までが既存の何かを引用しているような気分になってしまった。
辻沢という町と宮木野線という路線がどこかに存在していて、私もDと同じように作品に取り込んだ。
辻沢も宮木野線も私の脳内にしかないものなのに。
私こそがオリジナルなのに。
創造主の地位から強制的にDと横並びにされた不愉快さ。
大事なものがふわふわと浮遊して手元からすりぬけて行く感覚。
まるで『ヒダル』に魂を擦り替えられたような薄気味悪さを感じた。
私はハッとなってブラウザを閉じた。
二度とDに関わらないようにこの件を完全スルーすると心に決めて。
DMをくれたフォロワーさんには今回は無視しますと報告して、事を荒立てないようにお願いした。
これで盗作の件は一件落着となるはずだった。
ところが次の日、Dから奇妙な依頼が来て、私は思いもかけない事態に巻き込まれることになる。
私とDは大通りにしては交通量が少ない、埃っぽい道を二人してコロコロを引きながら歩くことになった。やがて前方にガードレール型のバリケードが現れて行く手を阻んだ。 倒れかけた工事看板には、「辻沢バイパスの工事をしています。ご協力お願いします。 工事期間:平成〇〇年3月31日まで 発注者 国土交通省 ○○〇地方整備局 電話番号(略) 受注者 ヤオマン建設 株式会社 電話番号(略)」 と書かれてあった。 バリケードの向こうはセイタカアワダチソウが繁茂する空き地が続いていて、工事期間はとうに終わっているし、看板の表面に苔が付着しているところから見て工事自体中止になったようだった。 Dがバックパックを下ろして、中からレインウェアを取り出し着始めた。雨でも降り出すのかと空を仰いだけれど、空は晴れていて降りそうではなかった。さらにマスクをしたのを見て理解した。セイタカアワダチソウ対策だ。これだけ花が咲いていたら中に入ったら全身黄色くなりそうだから。 私もDの真似をしてコロコロの中から長袖を出して着こみ、メッセンジャーバッグからマスクを出して装着した。「行きましょう」 Dがバリケードを乗り越えて向こう側に立った。私も続いてガードレールに手を掛けようとしたらスマフォが鳴った。見るとヨーコからのLINE通知だったのでアプリを開くと、(脳みそ大丈夫そ?)(大丈夫 まだしばらく帰れない) すぐに既読が付いて、(脳みそ大丈夫そ?) と同じ内容が返って来た。(お金が必要なら食器棚の通帳使って) (脳みそ大丈夫そ?) どうやらヨーコはそれ以外の言葉を返す気がないらしいので、(さよなら) と送信してスマフォを仕舞った。 Dがバリケードの向こうから私を見ていた。早くこっちに来いと言っているように見えたので、「お待たせしたね。今そっちにいく」
N市駅の北口にDと佇んでロータリーに入ってくる車両を眺めていた。そのほとんどが会社員風の人や学生を送りに来た車だった。「なんかワクワクしますね」「なんで?」「藤野家の人が来るかもだから」 藤野家の人とはN市に家があるフジミユとその養女の夏波と冬凪のことだ。この既視感だらけのロケーションだとそれもありえそうだが、私の中ではまだそこまでは思わなかった。とは言え、「辻沢シリーズ」の読者ならではのDの夢を壊すことはない。「そうだね」 と答えておいた。 時間は9時を回り送りの車も段々少なくなって、ロータリーに入ってくる車も途絶え始めていた。「どうします?」「さしあたって朝ご飯は?」 さすがに地下鉄でおにぎりは食べられなかったので空腹のままだった。でも北口は寂れていて食べられる店などどこにもない。「南口のヤオマン・カフェでどうです?」 コンテナハウスで営業するコーヒーショップ、ヤオマン・カフェ。「それは辻沢駅だよ」 私もよくやる勘違いだった。「あ、そうだった。よく分からなくなるんですよね。キャラはいま辻沢にいるのかN市にいるのか」 それって私の描写がわかりにくいってこと?「でも南口のほうが開けてるから何かありますよ」 とDはさっさとコロコロを引いて駅のエスカレーターに向かった。私もそれを追いかけて改札の前を通って南口に出た。N市駅の正面だけあって、人も多くバスの停留場やタクシー溜まり、食べるところもいくつかあった。「あれ!」 Dが指さした右手に目を向けると雑居ビルの一階にヤオマン・カフェが入っていた。「やっぱり、行ってみたい」 Dが言うので朝食はヤオマン・カフェですることにした。 店内に入るとコーヒーの香りがして地元のスタバを思い出した。客はまばらで席を取ることもなさそうなので、そのままレジで注文した。
チェックアウトを済ませて駅に向かう。今回も素泊まりだったので何も食べていなかった。コンビニの前でDに、「朝ごはん買わない?」「あたしはいいです」立ち止まる気配もない。私もDに合わせることにしてコンビニをやり過ごす。夜食のつもりで買ったおにぎりが残っているから、あとで食べることにしよう。 駅チカの食料品街の手前に地下鉄の表示があった。そこからかなり深くまでエスカレーターで降りてようやく改札に行き着いた。エスカレーターに乗っている時から気になっていたが、そろそろ通勤時間だと言うのに人がまばらだった。地下鉄のホームは天井が低く壁面が煤けたレンガのせいで暗かった。ボルトだらけの鉄骨が剥き出しになっていて、いつか見た銀座線の古い写真のようだ。それで宮木野線のチョコレート色の汽車が入線してくるのではと思ったけれど、来たのはアルミの車体にオレンジ色のラインが入った普通の車両だった。 乗車して最初に感じたのは、車内狭い、天井低いだった。「狭くない?」「タケルさんが大きいからですよ」 これまで私は地下鉄で圧迫感を味わったことはなかったのだが。 車両の一番端のボックスシートにDと並んで座る。二人のコロコロを網棚に載せようと思ったら、そんな幅はなくて仕方なく足の間に挟むことにした。これでは前の席に誰も座れないと思ったけれど、発車するまで混むほど人は乗ってこなかった。ピンポロピイン、ピンポロピイン。発車のベルが鳴る。ガシュー、ガコン、ガガガ。ドアの音がうるさい。〈ねぬすえく。は、っさすあぬ〉プファン。アナウンス分っかんねーとギャルのレイカなら言うだろう。普通は何を言ったか分からないと思う。ところが私は完全に理解した。「N市行き。発車します」と言ったのだ。私は横のDを見た。Dも私を見ていた。
今夜泊まるヤオマン・インに行く前にコンビニに寄った。洋食屋でエビフライをかじった時に犬歯が抜けた跡を思いっきり刺激してしまい、それからずっと疼痛が続いている。そのせいでせっかくスイーツ棚の前にいるのに楽しい気分になれない。いつもならスイーツを大量に籠に放り込んでこんなに誰が食べんの? ってなるのに、夜食用のおにぎり2つとすっきり濃いすぎ緑茶だけで会計を済ませて終わった。ついでにATMで現金を下ろす。ホテルの支払いのためだ。 ヤオマン・インのフロントで、「先ほど鞠野で予約した者です」 と言うとフロントマンが私とDのことを見比べた後、端末を操作し出した。「ダブルのお部屋でお取りしています。お支払いは?」「現金で」 Dが財布から出した渋沢2枚に同額を乗せて払った。2日でホテル代3万、新幹線代を合わせると4万、底辺作家には痛い出費だ。来月バイトしないと電気代が払えなくなりそう。 カードキーをもらって部屋へ向かう。部屋は12階だった。見覚えのある赤絨毯の廊下を歩いて、突き当たりの一つ前の部屋だった。中に入ると想像以上に広かった。真ん中に白いシーツのダブルベッドが鎮座していた。大量の枕が置いてある。カップルだったら一瞬でテンションが上がるだろうけれど、私たちはそうでないので微妙な空気が流れただけだった。荷物を置いて窓からの景色を見ると駅前の賑わいが下にあった。ホテルがあるのは洋食屋とは反対側なので見えるのはビルばかり、さっきの山脈は見えなかった。「順番でシャワーにしましょう」 Dがレストルームの中を覗いて言った。「ミヤミユからどうぞ」 私はもう少し落ち着いてからがよかった。 Dがシャワーをしている間、スマフォを見た。Xのアプリを開いて、昨晩無断で更新を休んだことに対するフォロワーの反応を探したが一つもなかった。無名作家が勝手に決めた更新日程など、誰も気にとめてはいないのだ。今更と思いつつ、事情によりしばらく更新を休みにする旨をポストした。それにはすぐにいいねがついたけど、それは内容を見たわけではなくいわゆる脊椎反射なのだ。LINEアプリの通知カウントが増えていたけれどヨーコからのものはなさそうなので開いて見ることはしなかった。シャワーをしたのは12時を過ぎてからだった。バスタブに座って滝行のようにシャワーに打たれてい
新幹線の車内アナウンスが流れる中、Dと私は東京へ戻るか、このまま進むか話していた。「進みましょう」 Dは戻っても宮木野線の車両、ドクターチョコレートに乗れないかもしれないと言った。「戻って試してみよう」 私は見過ごすということが嫌いだ。ボタンがあったらためらわず押す。向こう見ずというより押した瞬間のワクワク感が好きなのだ。新幹線はすぐに品川駅に着いた。今引き返せば間に合うかもしれない。荷物棚からコロコロを下ろして席を立ち、「降りよう」 Dが動いてくれるかと通路に出る素振りを見せたが立ち止まったところで入ってきた乗客に押し戻されてしまった。Dは降りるつもりが全然ないらしく、品川駅に初めて来た人のように窓の外に見入ってしまっている。私が行き場なく突っ立ていると、「タケルさん、あれ」 Dが窓の外を指さす。私は立ったままDの前に体を屈めて外を見る。 あった。茶色の汽車、ドクターチョコレート。東京品川間で追い抜かれた? いったいいつ?「ここであいつを掴まえよう」 と言ったが、今度は見ているうちにドクターチョコレートが発車してしまった。私はようやくコロコロを元の棚に載せて席に着いた。 ドクターチョコレートは車内灯で中が見えた。車内に人はいなかった。無人の汽車が規格が違う新幹線線路を走り去る姿は、やはり異様だった。ただその異様さがかえって私たちが辻沢への道の上にいることを感じさせもした。「どっちかな」 シンクロか、セレンゲティーか。「セレンディピティーですね。幸福な偶然の発見」 おそらくこのまま目的の駅まで乗ってていいとDは言った。私もそれに同意した。 それからは時々Dが窓の外を指さす動作に合わせて車外を想像するだけで満足した。私はアーモンドチョコをかじりながらスマフォにDLしたジーン・ウルフの『拷問者の影』を読んだ。拷問者ギルドに所属する見習い拷問者のセヴェリアン青年が罪により追放され旅に出る話だ。私のお気に入りはセヴェリアンが師匠から譲り受けた斬首刀テルミヌスエスト(これが世界の分割線)。生と死の分断を表すネーミングも好きだが、セヴェリアンがテルミヌスエストを振るって、人の絆やしがらみを断ち切って新たな地平を切り開いて行くのがいい。「チョコレート、一つもらっていいですか?」 Dに言われてケースごと差し出すと、「ラス
私とDは蘇芳ナナミからの電話を受けてからも、4時間以上9番出口を眺めるこの席に居座り続けていた。ずいぶん前から会話もなくなり、ついでに飲み物もなくなっていた。「何か注文してくるよ。ミヤミユは何がいい?」「私はいいです」 少し気まずかったのは今日、4度目のレジで4度目のバリスタさんだったから。それでと言うわけではないが、今度は新作を頼むつもりでいた。さっきレアで名高いアンケートレシートをもらって、これに答えるとトールのドリンクなんでも無料になりますと言われたのだ。アンケートは回答ずみだ。「ふわふわクリーム幸水フローズンください」 メニュー一番上のキラキラなドリンクを注文した。女子がこぞってインスタに上げる映えドリンク。注文するだけでこそばゆい。会計をするとバリスタさんが、「わ、ありえない。またです。アンケートレシートでアンケートレシート出たのなんて初めてです」 何事? と側に来た年配のバリスタさんが説明されて、「そんなことある?」 と驚きを隠さず私が手にしたレシートを見た。 受け取りカウンターで新作ドリンクを受け取り席に戻った。レシートを財布にしまいながらDに、「アンケート、またあたったよ」 Dは何杯目かの抹茶系ドリンクをすすって、「あたしもさっき。あのレジ、バグってるかも」 ふわふわクリーム幸水フローズンを飲むと口の中に甘い味が広がった。後味もくどくなくすっきりとしていた。同時に歯茎の痛みを思い出した。「タケルさんは、せっかく新作買ったのにインスタに上げないんですね」 と言われた。「インスタは自作宣伝用だから」「スタバの新作上げればインプレついて宣伝も見てもらえるのに」 その発想は全然なかった。おっさんが新作上げても失笑されるだけだと思ってた。「自信持ちましょ」 励まされた。 蘇芳ナナミの電話から次の手