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第5話

ผู้เขียน: ジュウイチ
「行きましょう」

しずくは視線を伏せ、吐息のようにか細い声で呟いた。

その光景に胸を締めつけられた唯は、悔しさに歯を噛みしめながら、しずくを支えて別の通路へと向かおうとした。

「あら、奥様?ご気分でも悪いんですか?」

目ざとい真綾が、真っ先に二人の姿に気づいていた。

そしてくるりと矛先を変え、悪意を隠しもしない視線を向ける。

「でも、ここは中絶手術をするところですよね。奥様、まさか他の人の子を妊娠して、こっそり堕ろしに来たんじゃないでしょうね。社長が知ったら、さぞお傷つきになるでしょうに」

見ていられなくなった唯が、冷ややかに言い放つ。

「しずくが病院に来るのに、いちいち社長秘書に報告する必要があるとでも?それより、足を捻ったくらいで社長直々に付き添ってもらえるなんて、ずいぶん恵まれた職場ね」

真綾はわずかに顔色を変え、傷ついたふりをして尚季を見上げた。

「社長、私、そんなつもりじゃ……ただ、奥様のことが心配で……」

尚季は眉をひそめ、唯を見た。

「真綾に悪気はない。そんな棘のある言い方をするな」

そしてしずくへ向き直り、口調を和らげる。

「どうしたんだ?送っていこうか?」

しずくは吐き気を覚え、首を振って立ち去ろうとした。だが次の瞬間、真綾が甲高い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。

「きゃっ!」

床に倒れ込んだ真綾は、震える指で唯を指差す。

「あ、あなた……私を押したのね!」

尚季は血相を変えてしゃがみ込み、真綾の足を確かめると、怒りに顔を歪めて唯を睨みつけた。

「正気か?真綾はもともと足を怪我してるんだぞ!」

唯は鼻で笑った。

「軽く触れただけなのに、あんな大げさに転ぶなんて。椎名さん、まさか演技だって見抜けないわけじゃないでしょう?」

廊下にいた看護師や患者たちが集まり、その場は一時、騒然となった。

医師が再診察した結果、怪我は悪化しており、入院して経過観察が必要だと告げられた。尚季はその場でVIP病室の手配を済ませたが、その間、しずくには一度も視線を向けなかった。

真綾はベッドに横たわり、涙ながらに訴えた。

「社長、奥様が私のことをよく思っていないのは分かっています。でも、私は本当に、ただ真面目に仕事がしたいだけで……

この街には身寄りもなくて、今、足までこんなことになって……」

尚季は真綾を慰め、安心して療養するよう言い聞かせた。治療費と休業補償は会社が全額負担し、今回の件もきちんと処理すると約束する。

しずくは壁にもたれ、尚季が優しく真綾の世話を焼く姿を見つめていた。

七年前、自分が病に倒れたときも、彼はこうして片時もそばを離れなかった。その記憶が、ぼんやりと胸をかすめる。

真綾を落ち着かせ、尚季が病室を出てくると、険しい表情で唯を見据えた。

「今日のことは徹底的に追及する。傷害罪だ。弁護士から連絡がいくと思え」

唯は呆れたように笑う。

「椎名さん、状況、分かってる?自分の奥さんが手術室から出てきたばかりなのに、心配するどころか、赤の他人のために私を訴えるって言うの?」

尚季は虚を突かれ、しずくの青白い顔に視線を落とした。

「手術?しずく、病気なのか?」

支えようと一歩近づいたが、しずくはそれを避けた。

しずくの声はか細かったが、一言一言がはっきりと響いた。

「中絶手術よ」

凍りついた尚季の表情をまっすぐ見つめて、しずくは続けた。

「あなたの子、堕ろしたの」

尚季は顔面蒼白になり、喉を締めつけられたように言葉を失った。

「……何だって?俺の子ども?いつの間に?どうして何も言わなかったんだ?」

しずくは力なく笑った。

「どうしてって……一昨日、雨に濡れて高熱を出したとき、あなたに電話したでしょう。真綾から離れられないって。

昨日、私は一晩中ひとりで熱にうなされてた。でも、あなたは家にさえ帰ってこなかった。あなたに言って、何の意味があったかしら?」

尚季はよろめき、一歩後ずさる。

「知らなかったんだ……妊娠してるって教えてくれていたら、帰らないわけないだろ……しずく、俺たちの、子どもなんだぞ……」

唯が冷笑する。

「今さら『俺たちの子ども』?さっき、しずくが手術室から出てきたとき、あなたの目に映っていたのは、あの女だけだったじゃない。

椎名さん、あなたに父親になる資格なんてあるの?」

病室の奥から、真綾のか細い声が届いた。

「社長……痛いです……お水を、いただけますか……」

尚季は反射的に振り返ろうとしたが、しずくの視線に縫い止められ、その場に留まった。

しずくは尚季を見つめていた。そこに涙はなく、ただ静けさだけがあった。

「行ってあげれば?真綾があなたを必要としているじゃない。どうせ私や、私たちの子どもは、最初からあなたの中で優先順位が低かったんでしょう」

尚季は震える手を伸ばしたが、唯が間に入って遮った。

「しずくに触らないで。あなたに、その資格はない」

唯はしずくを支え、背を向けて歩き出した。

廊下に残されたのは、立ち尽くす尚季と、途切れることなく響く真綾の呼び声だけだった。

家に戻ると、しずくのスマホは絶え間なく震えていた。すべて尚季からの着信とメッセージだったが、しずくは一切目を向けなかった。

夜十時、尚季が帰宅した。赤いバラの花束を抱え、目を赤く腫らしている。

「しずく、ちゃんと話し合おう。子どものこと……俺が悪かった。お前が妊娠してるなんて知らなかったんだ……もし知っていたら、絶対に……」

しずくは尚季を見上げた。

「知っていたら、なに?私を放って真綾のところへ行かなかったと言いたいの?尚季、他人は騙せても、自分自身は騙せないわ」

尚季は抱き寄せようとしたが、しずくに突き放された。

「人事のほうはもう手配した。真綾は支社に異動させる。もう二度と会わない……しずく、もう一度、チャンスをくれないか……」

切実そうに懇願してくる尚季を見つめ、しずくは静かに尋ねた。

「どうして解雇じゃなくて、異動なの?」

尚季の顔から、わずかな温もりが消えた。

「またその話か」

声が急に荒くなる。

「しずく、お前は金持ちの奥様でいることに慣れすぎて、他人の苦労なんて分からないんだ!

真綾がこの街で、たった一人でどれだけ頑張ってると思ってる?そこまで追い詰めないと気が済まないのか?」

また、その言い草だ。

尚季は、他の女が一人で頑張る姿には胸を痛めるくせに、しずくもまた、かつて彼のためにすべてを捨てたことなど、すっかり忘れている。

しずくは、怒りに染まった尚季の目元を見つめながら、ふいに、何もかもがどうでもよくなった。

彼女が虚ろな沈黙に沈む間も、尚季の怒りは燃え続けていた。

そのとき、手元に置いていたスマホの画面が、ふと光った。

新着メールの通知。

差出人は、法律事務所の弁護士・渡辺慎司(わたなべ しんじ)。

件名は、離婚協議書のご送付。

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