──佐伯から電話がかかってきたのは、神根遺跡での発掘調査の最中だった。 石碑の影が長く伸び、風だけが静かに吹いていた。 スマホが震えて、佐伯の文字が表示される。 世間的に言うなら──元恋人で、今は……都合のいい関係。 そう考えた瞬間、自分で胸を冷やすような気がした。 俺はため息をついて応答ボタンを押した。「……なんだ」『今日うち来いよ。嫁いねぇからさ。久々に──』 その軽い声が胸に触れた瞬間、ちく、と痛んだ。(……そういう扱いかよ) 口には出さない。 出す資格なんてない、とずっと思ってきたから。「うるさい。今、神根遺跡の調査中だ」『そんなの後でいいじゃん』「……論文の締め切りがある」『はいはい。教授様は忙しいな。逃げてんだろ、遼』「違う。……もう切る」 通話を切る。 遺跡の静けさが戻った瞬間、胸がうずく。(……いや、違う。 本当は、行きたくない。 でも──少しだけ、会いたい) 佐伯の指。 肌を撫でられたときの体温。 酔って弱くなった夜、腰を支えられて、抱かれた瞬間のあの安心する感覚。(……やめろ。忘れろって) 思い出すたび、身体が先に反応するのが情けなかった。 あれを欲しがってしまう自分が、いちばん嫌いだ。 深く息を吐き、遺跡の石の冷たさに手を置く。(……俺は、もうあそこに戻ってはいけない) そう思うほど、会いたいがじわじわ胸の底から滲んでくる。 風が吹き抜け、石碑の影が揺れた。(……俺は、いつもこうだ)*** 佐伯と出会った頃の俺は、まだ助教授で、不器用なくせに、人にはすぐ情が移る人間だった。 研究で煮詰まれば佐伯の袖をつまみ、酔えば肩にもたれかかった。 好きだった。 けれど── あの頃の俺はもう薄々わかっていた。 誰かの未来に入り込む資格なんて、自分にはないと。 だからあの日、佐伯に「実家についていこうか?」と言われた時、胸が跳ねたのに、俺は笑ってしまった。「佐伯は結婚して家庭作る人だろ?」 喉が裂けるほど痛かったのに、その言葉で全部を終わらせた。 そして、本当に佐伯は結婚して、俺は行かないでと言えないまま残された。*** 風が吹いた。 石碑の基部で影が揺れ、その奥──岩の裂け目の端に、奇妙な金の腕輪が半ば埋もれていた。 地層の年代から考えて
Dernière mise à jour : 2026-02-15 Read More