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第2話

Auteur: くらげ
理玖は眉をひそめた。

「このまま講義棟まで行ったら、パン買えるところないだろ。だからって、当てつけみたいに何も食わないのやめろよ」

私はバッグを肩に掛け直した。

「そこまでしてないけど」

すると茉白がバッグを探り、ピーナッツクリームを挟んだビスケットを取り出した。

「じゃあ、これ食べる?」

理玖はそれを受け取ると、そのまま私のほうへ差し出した。

「ほら。もういいから、食べとけ」

パッケージの原材料表示に目が止まった。

小学生の頃、遠足で友達にもらったピーナッツバターを食べて、発疹が出たことがある。

あのとき理玖は、私を背負って保健室まで走ってくれた。

保健室に着くまで、理玖はずっと泣きそうな顔をしていた。

それなのに、今はもう覚えていない。

私は手を伸ばさず、静かに言った。

「いい。私、ピーナッツアレルギーだから」

理玖の顔色が変わった。

茉白もはっと目を見開く。

「ごめん。一花ちゃん、私、知らなくて……」

理玖は何か言いかけ、少し遅れて口を開いた。

「忘れてた」

「うん。分かってる」

「一花……」

「もう授業始まるよ」

2人の横を通り抜け、そのまま講義棟へ向かった。

後ろから、茉白の声が小さく聞こえた。

「一花ちゃん、私のこと嫌いなのかな」

「違うって。ただ妬いてるだけ」

理玖はそう答えた。

その日の夕方、新歓の実行委員を決める集まりがあった。

出かける準備をしていると、同室の羽倉彩葉(はぐら いろは)が不思議そうにこちらを見る。

「一花、ほんとに行くの?こういうの苦手じゃなかった?」

私は理玖にもらったペンケースを、机の引き出しの奥へしまった。

「ずっと避けてるわけにもいかないし」

そのとき、スマホが光った。

理玖からメッセージが届いている。

『夜、一緒に講義室行こう』

『席、取っとくから。勝手に変なとこ座るなよ』

返したのはひと言だけだった。

『大丈夫。1人で行く』

すぐに着信が来た。

画面に理玖の名前が浮かんだけれど、そのまま出なかった。

講義室に着いた頃には、前のほうはほとんど埋まっていた。

理玖の隣だけが空いている。

反対側には茉白が座っていて、私を見つけると手を振った。

「一花ちゃん、こっち!」

そちらには行かず、一番後ろの席に座った。

ほどなくして、スマホが震える。

『なんでそんな後ろなんだよ』

『ここでも聞こえるから』

『こっち来い』

『行かない』

間を置かず、もう1件。

『一花。迎えに行かせんなよ』

いかにも理玖らしい文面だった。

しばらくすると、本当に席を立ってこちらまで来る。

そのまま当然のように隣へ座った。

すると前のほうから、からかうような声が飛んできた。

「理玖、そこ空けてたの茉白のためじゃなかったの?」

理玖は相手にせず、私にだけ聞こえる声で言った。

「いつまでそうやって怒ってるつもり?」

「怒ってないよ」

「じゃあ、なんでこっち来ないんだよ。前に席取っただろ。目悪いくせに、後ろじゃ見えないじゃん」

私はノートを開いた。

「メガネあるから」

「かけるの嫌いなくせに」

「今は平気」

理玖は黙った。

やがて、立候補した学生が順番に前へ出て話し始めた。

最初は茉白だった。

話し終えると、講義室に大きな拍手が広がる。

理玖は前に立つ茉白を見ながら、指先で机を軽く叩いていた。

そのうちスマホまで取り出して、写真を撮り始める。

前は、あそこにいるのが私だった。

人前で話すとき、理玖はいつも一番前に座っていた。

私が話し終われば、真っ先に拍手してくれた。

でも今日は、スマホの向こうにいるのも、理玖が見ているのも、私じゃない。

やがて私の番が来た。

前へ出て話し終え、席に戻ろうとすると、進行役の学生が笑いながら声をかけてきた。

「一花と理玖って、昔から一緒なんだろ?理玖もひとこと応援してやれば?」

私が答えるより先に、理玖が口を挟んだ。

「一花、こういうの仕切るの得意じゃないから。無理させなくていいって」

周りから笑い声が上がった。

「相変わらず一花には甘いな」

「妹みたいなもんだもんな」

私は理玖を見つめた。

「できるよ」

理玖がきょとんとする。

「何が?」

「こういうことだって、ちゃんとできる」

投票の結果、私も茉白も新歓実行委員に選ばれた。

茉白がすぐに駆け寄ってくる。

「一花ちゃん、これから一緒だね」

「うん」

彼女は理玖のほうを向いた。

「理玖、新歓イベントの写真、撮るの手伝ってくれない?広報に使う写真を出さなきゃいけなくて」

理玖がこちらを見た。

私はノートを閉じる。

「行けば?」

「まだ行くって言ってないだろ」

「でも、行くでしょ」

茉白は服の裾を指先でつまんだ。

「やっぱりいいよ。無理に頼むことでもないし」

理玖はスマホをポケットにしまった。

「行くよ。茉白も実行委員になったばっかで、まだ分かんないこと多いだろ。写真くらい手伝う」

「うん」

少しして、今度は私の様子をうかがうように聞いてきた。

「まだ気にしてるなら、夜なんか食いに行く?」

私は首を横に振った。

「今日中に出す集計表、まとめないといけないから」

理玖がため息をつく。

「前は、こういう面倒なの嫌がってたじゃん」

ペンにキャップをした。

「前は、やってくれる人がいたから」

理玖が私を見る。

「別に、手伝わないなんて言ってないだろ」

「先に茉白を手伝ってあげれば?」

寮へ戻る途中、スマホが震えた。

理玖からだった。

『あんまり遅くまでやるなよ。あとで夜食持ってく』

『ありがとう』

返すと、すぐにまた届いた。

『そうやって素直にしてればいいんだよ』

隣を歩いていた彩葉が、ちらりとこちらを見る。

「誰?」

私はスマホの画面を消した。

「ただの幼なじみ」

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