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19.癒しの力

last update publish date: 2026-03-03 17:00:00

 涼がサラから離れてフェンランの元に来る。涼はもう少しサラと話してみたかった。母親からは与えられなかった何かが、彼女にはあるような気がして。

 しかしそれがフェンランの危惧することなのだ。今は無言でフェンランは受け入れてはいるが……。

「フェンラン、貴重なものを見せてくれてありがとう。次からは気をつけるよ。ごめんなさい」

 涼は従順だ。恐らく今までの家庭環境がそうさせた。

 だが、ここで生活していったら、それがいとも簡単に捻じ曲がることを知っている。

 フェンランは一度、煙管に口を付けると、眉を寄せ考え込む。

 そして思い切ったように涼に手を差し出した。

「涼。体験させてくれるかい ? 

 実は一つ、悩みの種があってね……。不安が消えるといいんだが」

「あ、俺の能力の話……聞いたんだ。分かった。

 じゃあ、触れます。不快感があったらすぐ離すから言ってね ? 」

 涼にとって、これが初の依頼になる。

 深呼吸をすると、そっとフェンランの白く艶々した爪の手をとった。

 駆け抜ける。

 感情の激動。

 それは地獄の業火の様に熱く、燃えるような感覚だ。思わず手を離してしまいそうになる。

 人の感情は複雑で、到底言葉でなど言い表せないものだ。それをどうにか紐解いて色を読むしかない。

 大きな『怒』の感情に混ざり、『哀』の感情と『愛』の感情が帯状に絡み合い、浮き上がっては消えるを繰り返す。

「うっ……ごほっ ! はぁ……っ ! 」

 激しい咳き込み。病気やそんなものではない。肺に水が入り込むような感覚と苦しみが涼を襲う。感情に飲み込まれそうになる。

「おいおい、大丈夫なのかい ? 」

「はぁ ! はぁ !! すぅー…………は〜。

 はい。まだ慣れてなくて……大丈夫です。

 えっと……」

 フェンランは怒っている。いつもなにかに『怒り』を感じている不満なのかストレスなのか、恐らく本人も自覚しないレベルで常に持つ感情なのだ。

 しかし、時折見え隠れする別の感情。

 愛情と、それがある故の哀しみ。今はその怒りを、愛が抑え込むように絡みついているのが視える。

 これをそのまま伝えるとしたら難しいが、あくまで涼は負の感情エネルギーを吸い取るだけだ。

 涼は怒りの感情を中心に神経を研ぎ澄ませる。愛と哀しみを残し、怒りだけを吸い取るように指先に力を入れる。強い感情だ。逆らうには負担が大きすぎる。涼はギリギリ立っていられる体力を残し全力を注ぎ込む。

「はぁ……はぁ…… ! ごめんなさい。少ししゃがんでもいい ? 

 フェンラン、どうかな…… ? 」

「構わない……」

 フェンランは涼の握った手をジッと見つめたまま、不思議そうに胸の内を感じ取っていた 。

「不思議な能力だな。悩みは消えた気がする。これは一体どういうことだ ? 

 そうだ……わたしは不安と言うより心配だったんだ。

 そうだ────もしもの事がと思って……」

 ブツブツと思考を整理し始める。

 やがて涼を見下ろすと悩ましく身を抱きしめ、深いため息をついた。

「……。癒しか。不思議な力だが……個人的には賛成せんな。なんと言うか……。心に踏み込まれたくない人間も多いだろう」

「俺は癒すだけで、別に何かが観えたり感じたりはしないんだ。安心して。

 それに。癒しは強制はしないし押し売りもしないよ。少しでも役に立てればと思って」

「……一人でか ? 

 そうだ。京、お前どうせ暇だろう ? 立ち会った方がいいんじゃないのか ? 」

 話を振られた京は案外、乗り気な反応を示す。

「あぁ、そのつもり。涼が集中している間に、面白半分で攻撃してくるような屑もいるからな。護衛で突っ立ってようかと思う」

 まるで最初から計画していたかのように話し出す。

「ほんと ? なら俺も安心して出来るよ」

    上機嫌の涼を眺める京が、フェンランが自分を観察しているのを感じ、視線をそのままに問いただす。

「俺、なんかやばいことした ? 」

「いいや。だが、ここは『城』だよ ? 果たして『癒しの力』なんてものを何故、与えたのかねぇ ? 涼も不自然。何故あんな能力で承諾した ? 普通は物を欲しがるだろう ? 」

「さぁね。『核』に聞ける機会があったら聞いてみればいいじゃん」

 フェンランは京の、涼への執着に気付いている。だが敢えてテリトリー外の京と涼に関わっている場合ではない。明日は我が身。女たちの責任を背負っている。

 京はいつも獲物を見つけると、すぐに利用し怒らせ、ファイトに出るよう仕向けては燃やすを繰り返していた。

 そんな京が涼にはその気はないようだ。となると、あまり深入りしない方がいいと考える。問題があれば自滅していくからだ。

「こういうものは特別感があるといいぞ。それも人に見られない場所だよ。エントランスに仕切りを付ければ死角ができるだろ。広いし、明るい方が精神的効果も得られるだろう。そっちでおやりよ」

 自然に。普段は人が来ないような場所に誘導する。

「そりゃあいいかもな。来る奴も他に見られたくないかもしれないし。早速、明日から準備しようぜ」

「勢いは大事だよ。新人の称号が消えないうちに始めるのがいい  。人は飽きっぽいからな 」

 その後も涼の『癒しの部屋』の条件や始め方に、京とフェンランは話し合いを続けた。

 涼はそれを有難く思う気持ちとは別に、ドールアイの存在が脳裏に媚びり付いていた。

 頭を悩ませる京の口の中の──どうすればいいのか──わからなかった。

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