LOGIN「終わったか ? 」
近付いて来た足音に翡翠の方から扉を開けて迎え入れられる。
「うん。魔法使いは本当に駄目だった」
「はは。まさか本当に言ってみるとはね。
さぁ、これから『城』での生活が始まる。殆どの者はここへ来ることは二度と無いが……お茶くらいはご馳走しよう」「……まるで最後の晩餐みたいだね」
「君は突然死では無かったな。最後の晩餐を済ませて死んだか ? 」
「そういう話はもう、したくないです」
翡翠の質問に悪意を感じた涼は、肩に置かれた大きな手を思い切り振り払う。
その瞬間──
ヒュウ……────
一凪の風が二人の間を駆け抜けるように。
何かが起きた。「 !? 」
「今のは…… ? なんだ…… ? 」
涼と翡翠、それぞれに走る感情の流れ。
強制的に感情を捻じ曲げられるような感覚。 涼も体感したことのないものだったが、『城』に要求した事を思い出す。『人の感情が視える力の強化』
それは。
今目の前にいる翡翠を見れば一目瞭然だった。 執務室に来た時に視た翡翠が持つ絶望と哀しみの暗く深い青色が、今はなんとも薄まって視える。そして気付いた。
翡翠の手を払った自分の人形の指先から、不必要な程伝わる快楽的感覚。それは人の行う性的快楽とは別の種類のなにかであった。「うぅ……」
「大丈夫か ? 」
しゃがみ込んだ涼を翡翠が支え、ソファに座らせる。
「なぁ、触んないで。なんかこれ、おかしいかも……」
「身体に異常は無さそうだが ?」
翡翠は無遠慮にペタペタと確認するようにまさぐって来る。
「違う。そうじゃない……。俺の……能力だ……多分 ! 」
未成年の涼にとって初めての感覚で、上手く例える事が出来ない。言葉足らずな涼の姿を見て、翡翠は何かを察した。
「一体何を願った ? あの『核』は『酔うもの』の類は厳しい審査があるが……」
涼の紅潮した顔と、くたっとソファへ無防備に転がる姿を見て、翡翠は真っ先に酒や薬物の可能性を危惧した。
飲酒用ではないアルコールを『城』と契約した者もいた。その者は酷い潔癖で消毒用として願ったのだ。今はそれを加工し横流ししてはいるが、黙認されている。決して全ての娯楽物品が禁止ではないのだ。 しかし妙だと翡翠は涼から離れ、鋭い瞳で見下ろす。涼の今の状態では、とてもじゃないが足腰がいうことを効きそうにない。それほどフラついている。
「失礼。聞くのはマナー違反だったな。だが
……」しかしその姿に、翡翠自身とてつもなく感情を刺激された。
初めての感覚だ。 一目惚れや、性的要求とも違うものだった。「何が起きたんだ ?
確か……お前は人の感情が視えることに苦痛があったそうだな。『城』から与えられたデータではそう聞いている。その類か ? 」極めて他人に心を許さない事は、管理人の翡翠としては有効な性質だと自負していた。
それが今、涼によって、何らかの条件により崩されたのを感じたのだ。涼も理解していた。
翡翠から滲む哀しみの色が薄まると、美しい白い霧のような帯を纏い始める。この白という色は、絶望の黒に視える感情とは真逆の感情の色彩なのだ。「俺、あんたの感情を吸ったんだ……多分……」
「吸った ? 」
「ねぇ、もしかして何か気分変わった ?
もしそうなら……俺は感情が視えるだけじゃなくて……多分、負の感情を相手から吸えるって事だと思う……」「……」
翡翠は言われて初めて、自分の感情に気付く。
この感情は涼に対しての好意的な興味、好奇心、安心感、そして何か肩の荷がおりたような不安感の消失。「人をコントロールする気か ? 」
「いや、多分そんな万能じゃないかな。この体たらくだし。
それに、人の感情なんてそうそう変えられないよ ? ……多分、ソレの感覚は一時的なものなんだ……。 こんな力でどう生きろってんだ『城』 ! 人の相談最後まで聞かずに勝手に決めやがって…… ! 」翡翠は不可思議な面持ちで涼の側へ座ると、一度思い悩んでから切り出す。
「俺自身がやめろと言ったばかりだったが……お前さえ良ければ、『城』と何を契約したのか聞いておきたい」
涼は肩で息をしながら、やっとのことで背もたれから身を起こした。
「俺も文句言いたい。一度きりの願い事がこれ ? ……マジで意味わかんない。帰りたい……」
涼も恐らく翡翠は他言しないだろうと踏んだ。
自分が『城』と話した内容を翡翠に伝えることにした。読了してくださった方、支えてくださった担当さんとXでのリポストなど、全ての方に御礼申し上げます。大変ありがとうございましたm(_ _)m制作小話『強制狂葬 狂眼ドール』の制作について、サスペンスや流血描写を自分の作品上、切っては切れないスパイスになっていて……しかし時代は規制の厳しい年齢制限の時代 ! 何とか打開策はないかと考えたのが、身体を人形の体にする ! 血は出ない ! 修理できる ! 監禁やデスゲーム要素も異界の刑場という事にしてリアル感より気味の悪さを押し出そうと模索しました。強制狂葬、というタイトルの中で「誰が強制的に狂った葬りを受けたのか」は、主人公 涼の他のキャラもある意味当てはまります。しかし他にも……。脱獄という言葉を皮切りにストーリーは進行し、やがて涼は監獄に適応しようとし、それが全てを歪ませてしまう。けれど、最初の歪みはフェンランの存在でもあります。最古の女囚の正体ですね。フェンランを語る上での冥花の存在。あれは……つまり違法な物ですがこれも出すわけに行きませんから、冥界に咲く花を加工する──そうして狂眼ドールの世界は全てはが比喩で作りました。人間が自分の罪を清算するとはなんなのか。どうすれば清算したと言えるのか。それはきっと刑罰を受ければいいとイコールではない。そんなお話でした。これにて連載終了となりますm(*_ _)m長い間ありがとうございました !! では新作でお会いできればと思います!!
京の足音は黒いブーツのゴム底を床に擦りながら歩く音だ。 ズザ……ズザ…… 無言で暗い囚人塔を歩く。誰もいなくなった『城』の内部。カビ臭く、湿度が高い。大きな声で喚く者も、賭けで盛り上がる男たちも、今はもういない。全て外の闇へ巣立って行った。 半分は輪廻転生を叶えるだろう。中でも辿り着けず意気消沈してしまう者も。皆、覚悟の上で出て行った。 今、『城』は大時計が出る前。これから翡翠が完全に『核』へ変貌したら、再びこの天井には藤紫色の大時計が現れるだろう。そしてまたいつか囚人から生贄が選ばれ、時が来たら鐘の音が響き、生贄の眼は狂ったように変色していくのだ。 京は一人、食堂への渡り廊下へ向かう。「…… ! 」 食堂の明かりはついていた。「陳さん……残ったって聞いてた。まじかよ……すげぇ。すげぇよ」「……」 陳は相変わらず口を開かない。しかし京をじっと見つめたあと、トレイに銀の皿とスプーンをカンッと置き差し出した。「はは。こんな状況でも腹は減るもんなぁ……」 トレイに乗ったものは豆カレーとライス。 いつだったか。涼が楽しそうに豆カレーを毎日食べる男の話をしていた記憶がある。 あの時、涼に「生贄に選ばれている」と伝える事が出来ていれば……しかし、京自身あとから聞いた話。不可能だったことは分かっている。 後悔はいつまでも込み上げるものだ。 椅子に座ろうとした時、長テーブルの上に食事の乗ったトレイが他にもある事に気付く。 誰も居ない席。 京はすぐにそれが何か気付いた。 トレイの横に写真立てがあった。中にあるのは写真ではなく絵だったが、恐らく陳が自分で描いたものだ。必死で、何度も描いては消しを繰り返しながら。ようやく描けた愛妻の絵を遺影に使い、誰もいない時に食事を供えていたようだ。
京は吸い終えたシケモクを花瓶へ落とした。透明な一輪挿しの中で紙が解け、冥花がふわりと水に馴染むと途端に真っ青な水に変わる。「もう一本やるか ?」 翡翠は震える手で同じく冥花を落とすと、深く肺の中を空にするように息を吐き燻らせていた紫煙の漂う筋を見る。 細くなった煙の帯が、隙間風に乗ってツイッとドアの外に流れている。「いや、要らん。 ……行こう」 ギシッと椅子が大きく軋み、立ち上がった翡翠は一度隠し部屋の中へ行き、すぐに戻った。「なんだ ? 」「これさ」 翡翠の真っ白な手袋の中には蛍石が握られていた。 この『心臓部』となるその石を持ち、二人は執務室を後にした。 □□「ほらね。……京は逃げない。それに翡翠も」 涼はぼんやりと『核』の中を漂いながら、天音 澄子の意識に言葉を向ける。涼の目は瞼にまで侵食が及び、顔を上半分が藤紫色に変色していた。そのドールアイには城の内部がどこでも視えた。 翡翠と京がこの部屋に向かう姿も。 ドンッ ! 大きな音がたち、ふと涼の視線が揺らぐ。 肉眼では見えない外の光景が、視ようとすれば脳裏に流れ込む光景。 翡翠と京が自分──『核』を見上げて立っていた。「『核』よ。いや、天音 澄子」 翡翠が前に出る。そして、純白の手袋をゆっくりと開き蛍石を見せた。「よく見ていろ」 翡翠が蛍石を摘むと、そのままゆっくりと口の中にカコンと音をっ立てて放り込んだ。「翡翠……。あの石は棺の中にあった……」 それを涼が視認した時、また現段階で半分『核』である天音 澄子の悲鳴が響いた。『翠 !! 翠ぃ〜〜〜っ !! 何故 !!? それは捧げ身に入れるもの !! 何故盗った !! 』 錯乱状態で声を発したキューブ型の浮遊物に、翡翠と京が顔を見合せ静かに頷いた
「ふ……っ、ふはは ! てめぇ逃げてなかったのかよ……」「……ふ……ふふ。何故だろうね ? 」「知らねぇーよ、ふひひ」 翡翠は窓から京にチェアを向けると組んでいた足を組み直した。「京。お前は脱獄に興味があったんじゃないのか ? 門が開いたが ? 」「……ククク ! 馬鹿じゃねぇの ? 俺ぁ、てめぇが『幻のドールアイ』の片方を無くしたら、どんな顔で焦り出すんだろうって面白半分でやってやっただけ ! 」「ああ。馬鹿なんだな。 でも正解だった。両眼揃って闇の世界に出たところで、目的が分からなければサミールの二の舞だ。 ……ははは……本当にね。俺も自分の馬鹿さ加減が嫌になる。 輪廻転生のドアだってさ、くく、そんな不確かな理由であの闇の先に行けるか ? 」「まぁ〜、俺も人の事言えねぇ馬鹿だけどよ。 今、考え無しに門から出ていった囚人らよりゃ考えてるつもりだぜ」「そうか。 じゃあ聞こう。どう考えているんだ ? 」 京はぷくくと吹き出しながら翡翠を指差した。「そりゃあ、管理人様が一番心当たりあるんじゃねぇの ? 」「言ったろ ? 俺は酷い馬鹿なんだ。そんなもんがあるかないか不確かなまま出ていくなんて……その度胸があったら、とうの昔に逃げてるのさ」 京はふと真剣な面持ちに変わるとソファへと体を沈ませる。「過去だけ見りゃ、俺はてめぇだけが凶悪犯様には思えねぇけどな」「ふん。放火魔にそう言ってもらえると嬉しいものだね。罪が軽くなった気がするよ。 最後に一つ聞かせてくれよ。片方のドールアイはどこにある ? 」 京は隠し部屋から倒れて転がっていた絵蝋燭にライターで火をつける。ユラユラと揺らめく光が照らしたローテーブルの上にハラハラと埃
「涼 ! 聞こえてんのか !? 」 既に囚人たちの半分は開いた門から闇へ出ていった。 京の声だけが『核』である自分のすぐそばから響いてくる。「ふふ ! くすくす…… ! 」 涼は耐えられずに笑ってしまった。『……』「面白いね。視えてないのは貴女だってば」『わたしはこの城の脳であり眼でもある』「京はきっと意地でも出ていかないよ ? 貴女も意地でも門を開け続ける ? 」『閉じて欲しいの ? 』「それはさせない。分かるでしょ ? どんどん力が俺の方に流れてる。 門の開け閉めくらい、もう俺の手中にあるよね ? 」『確かにそれは感じる。けれど、そんな脅しでお前を核から吐き出したりするものか。 お前は永遠にこの核になり、魂を捧げ続ける』「貴女は何も見えていない」『見てる』「見てない」 そんな攻防も知らず、『核』の下で京はへたりこんだ。 しかし数秒してすぐに立ち上がる。座り込んでいても仕方がないのだ。「囚人塔は…… ? 大時計はもう出たのか ? 」 一度、『核』の元を離れる。 京の気配が側から消えたのを感じながら、涼は核に釘を刺し続ける。「京が出るまで時計は出さないし、させない。あれは次の後継者を選ぶまでのタイマーだ。京を選びたくないしね」『いくら探し回っても、無駄だよ』「どうかな ? 」『すぐに諦める』「ねぇ、貴女は京が残った理由がわかる ? 」『友情とでも言うのか ? 』「ほらね。見えてない。京はそんな安い言葉で生きてない。 結局、貴女は他人の運命を自分で理解した気になって暴走した身勝手女だ」『その身勝手女の代わりになるのがお前だよ、涼』「望むところだね。最も俺は信じてるけど」 □□□「京 !
「この石が、『核』の本体だよ」「即身仏……には見えないね。ミイラどころかただの生き埋めだね」「『城』が外法で建ててんなら即身仏も何もねぇだろ。呪物になっただけじゃねぇかよ。元々が呪いの城なんだよ。翡翠に殺されて云々じゃねぇ」「そうかもね。なんの準備もない者がなんの修行もなく出来るはずがないんだ。そもそも法律で禁止されてるはずだよ」「それで ? これ、どうすりゃいいんだよ。壊すのか ? 蛍石って燃える ? 」「お前はなんでも燃やそうとするな。発光するとか割れるという事は聞いた事はあるが……呪いを解くイコール壊す、では無いかもしれん」 どうしたものかと慌てふためく側で、涼がジッと出入口を見たまま固まっていた。「涼 ? どうした ? 」「……やばいかも……」 そのうち、足音が近付いて来るのが分かった。バタバタと何人もの物音は大きな騒音となって執務室へ向かっていた。「どうする !? 」「これが本体ならとりあえず ! 」 涼が石に手を伸ばす。「馬鹿 ! やめろ ! 」 何が起きるか分からないものを素手で掴もうとした涼を、誰も止めることはできなかったら。「う、うわぁぁぁっ !! 」「涼 ! 」 カツンと音を立てて涼の指先に石が触れた途端、両眼が狂った様にギョロギョロと動き出す。「くそ、どうなってんだ」「すぐに離して ! 涼 ! 石を離すんだよ ! 」「は……剥がれない ! 」 目の前の何かを払い除ける仕草をしながら涼はもがいたまま尻餅をついてしまった。 そこへプライドと翡翠がやってきた。後には囚人達がゾロゾロと身を乗り出してついてきていた。「呪いの物と分かっていながら何故荒らした !! 」 翡翠が涼に掴みかかる。「涼、『核』への生贄に選ばれて
ペコラの長い腕から繰り出されるナイフ。目で追うのも難しい驚異的なスピード。 ところが何回も何回も斬り掛かるが、京は黒のレザーパンツのポケットに手を突っ込んだままひょいひょいと交わし続ける。 更にその視線はナイフという恐ろしい獲物を見ていない。薄ら笑いを浮かべて、ペコラの怒りに満ちた顔色を伺っている。「強い……」 ペコラには躊躇いがない。 現実の世界であんなナイフの振り回し方をするのは、相手の生死を問わない異常者だけだ。人間は知らず知らずのうちに攻撃は躊躇い傷になりがちだ。心の奥底にある、少しの罪悪感がそうさせる。 だがここは人形たちの世界。加えて壊れても修理されるという事
京と長髪の男が対峙する。「俺は勝ったらあの同居人をいただく ! 」「ん。俺が勝ったらその腰のナイフを貰う」 レフェリーはいない。 有刺鉄線の中。二人は観衆に宣言をする。 そして観衆の囚人たちは、それをギラついた眼差しで魅入っている。『おう、京に賭けた奴いるか ? 』 『俺ぁ、今回はパスだよ。オッズが偏って意味がねぇ』 『皆が京に賭けたら意味がねぇもんな』 『俺はペコラに賭けたぜ』 『チャレンジャーすぎるんだろ』 そんな会話が飛び交ってくる。 涼は周囲を見渡し、フェンランに教えを乞う。「賭けって、ここでは何を賭けるんだ ? 金……とか、あるのか ? 」 フェン
「ねぇ、フェンラン。女性の方はここにいる方だけ ? 」 「ああ。他にもいたけれど。わたし達と群れるのが嫌な子、一緒にいても男どもに気を許した子。そういう女から消えていくの」 「消える……。ここから抜ける……死ぬ方法があるのか !? 」 涼の問いにフェンランが立ち止まり、冷たい顔で見下ろす。着物の昇り龍と目が合った涼は、その奥から再び吹き出す赤色に気まずさを隠せない。 「あんた、自殺者かい ? 」 「……そうです」 「……」 女豹等と生易しいものでは無い。フェンランの持つ『怒り』の強襲はまるで雷のように、晴れていても不自然に起きる天候のようだ。 「ふん。他の連中に言わないことだね
「京、待って…… ! 」 涼が慌てて立ち上がると、長髪の男の取り巻きが押さえ込んだ。「離せ ! 痛ぇな !! 」 口をついて出たセリフに自分で驚く。(痛い !? 本当に痛覚がある !? 人形の体なのになんで感覚まで再現されてるんだっ !? )「お前は商品だ。下層まで来い ! 」 凶悪そうな人形だ。自分の染髪された姿を考えると、この連中も生前を模して作られているはずだ。もし街中でこんな奴がいたら涼は絶対に近寄らないだろう。いかにもな髪の剃り込みにピアスだらけの顔。「行く ! 行くってば !! 触んな !! 」 涼の頭を掴んで引き摺ろうとする。元より京と離れ